過去の各種研究会

第1回「日本経済の直面する諸課題と金融市場」

講師 吉野 直行氏 (慶應義塾大学経済学部教授)
日時 2011年9月14日(水)15:30~17:00

講師プロフィール

吉野直行氏

1950年東京都生まれ。1973年東北大学経済学部卒業。1979年米国ジョンズ・ホプキンス大学大学院経済学博士号取得(Ph.D.)。ニューヨーク州立大学、埼玉大学大学院、慶應義塾大学で助教授を歴任し、1991年より現職。パリScience Po訪問教授、オーストラリアNew South Wales大学訪問教授、スウェーデンGoteborg大学訪問教授。財政制度等審議会、関税・外国為替等審議会など、多くの政府審議会の委員を歴任。2004年スウェーデン・ヨテボリ大学名誉博士(Honorary Doctorate)。現在、金融審議会会長及び金融分科会長、預金保険機構運営委員、金融庁研究センター長、放送大学客員教授、政策研究大学院大学客員教授。専攻は、金融財政政策。

要旨

Ⅰ.資金の流れの変化と財政安定化のための政府歳出ルール

現状の資金循環は、民間企業や個人から金融機関に集まった預金が、金融機関から民間企業等への貸出しには回らず、政府への資金(国債の購入)に当てられている。今後の経済成長のためには、国債に資金が向けられるのではなく、企業の設備投資や生産のために資金が回るようにする必要がある。このためには、国債のさらなる発行は行わず、財政破綻回避のための財政安定化ルールが必要であり、(i)歳入と歳出(社会保障、中央から地方への配分)のバランス、(ii)国債残高の長期安定水準への削減、(iii)GDPギャップなどを見ながら、財政の歳出を決定するルールに従う必要がある。企業の生産向上の観点から、一定程度の資本ストック維持・労働人口の確保も必要となる。日本の財政赤字残高が対GDP比200%となる中、日本がギリシャのような財政破綻を免れているのは、ネット残高1100兆円の個人の金融資産による下支えがあり、それは、銀行の運用難を背景にした国債発行の95%国内消化と低利という形で現れていた。しかし、個人の金融資産の余力は極僅かで、今後の国債発行増を海外投資家からの資金でまかなうとした場合、ギリシャのような危機の可能性は高まる。

 

Ⅱ.日米のバブル現象の共通点と家計の早期警戒指標

日米のバブルの共通点として、(i)低金利・マネーサプライ増を背景とする不動産・株価の上昇とそれに伴う資産効果が挙げられるが、(ii)政策的対応の遅れも拡大要因なので、バブルを測る指標が重要になる。バブル指標として①不動産向け貸出と銀行全体の貸出の比率、②不動産向け貸出の伸び率と実質経済成長率の比較、③平均所得に対する住宅価格の倍率があげられる。日米のバブル期はこれら3つの指標が異常な数値を示していた。

バブルの発生と崩壊の過程をみると、まず、住宅・不動産価格の上昇を予想した個別金融機関の行動(ミクロ)から始まり、個別銀行の行動が銀行全体(マクロ)に発展すると、住宅供給は全体的に増大し、住宅価格の下落を招き、合成の誤謬から、バブルが崩壊する。

 

Ⅲ.バーゼルⅢを受けてのリスクマネー供給の新たなチャネルの構築

銀行の自己資本規制比率がバーゼルⅢとなり、今後銀行が貸出リスクを取りにくくなる中、リスクマネー供給の担い手として資本市場への期待が高まる。特に、日本経済を支える中小企業への資金供給の観点からは、中小企業のクレジット・レーティング(格付け)の充実・促進のための中小企業データの収集(CRDのようなやり方)とともに、中小企業をはじめとする地域経済にリスクマネーを供給する仕組みとして、それぞれの地域の投資家のお金を集めて地域ファンドを設立し、地域の新規企業やリスクの高い中小企業等に資金を回す方法を提案したい。こうしたコミュニティ型のファンドによる資金供給は、銀行中心であるアジアの域内の投資活性化にも資するものであり、新たなリスクマネーの提供手段となると考える。

  • 本要旨は、当社において作成いたしましたが、文中の意見にわたる部分については、講師の個人的見解であることをお断りいたします。
 

講演録・参考資料

講演録 PDF
参考資料 PDF