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第6回「マクロ経済からみた企業金融環境」

講師 齊藤 誠氏(一橋大学大学院経済学研究科教授)
日時 2012年2月16日(木)15:30~17:00

講師プロフィール

齊藤 誠氏

1960年生まれ。83年京都大学経済学部卒業、同年住友信託銀行に入社。その後、スタンフォード大学経済学部客員研究員、ブリティッシュ・コロンビア大学経済学部助教授、京都大学経済学部助教授、大阪大学大学院経済学研究科助教授を経て、2001年より現職。1992年、マサチューセッツ工科大学経済学部博士課程修了(Ph.D.取得)。
2007年、日本経済学会から石川賞受賞
専攻は、マクロ経済学、金融政策、ファイナンス理論

要旨

国際収支統計や国民経済計算といった公表統計を丁寧に見ることにより、昨今の金融環境の中で日本企業がどんな対応が迫られているのか、方向性の示唆を得ることができる。

まず、企業が生み出す主な付加価値のうち、労働所得について、実質雇用者報酬をみると、90年代後半からは下落傾向、特に2002年から2007年までの戦後最長の景気回復期でもほぼ横ばいである。企業収益は、一株当たり当期純利益を過去10年平均実質収益でみると、先述の景気回復期は、収益が非常に回復している。これを株価との関係では、株価の何倍かという指標としてPERがあり、見込んでいる期待収益率の逆数が目安になる。企業業績がボラタイルなことから、PERも実質化した1株当たり収益の過去10年平均でみると、先述の景気回復期は100超であるが、概ね40前後のレベル、期待収益率では2.5%程度である。なお、米国では、概ねPERは20前後、期待収益率で5%という水準である。

次に、昨今の円高等の為替動向と企業収益の関係を考える。名目為替レートでは、確かに一時76円を上回る円高になっているが、物価動向を加味する実質為替レートで考えると、購買力平価説に基づきインフレの国の通貨が下がり、物価が安定している国の通貨が上がることになり、名目為替レートの動きを相殺するようになる。この実質為替レートから円相場を見ると、実は長期水準(100)に収斂していること、先述の景気回復期は、むしろ2割ほどの円安になっており、輸出戦略上相当優位な条件にあったことがいえる。米ドル相場については、長期的下落傾向、ユーロについては、統一通貨下で各国の物価動向が異なっており、物価安定国のドイツやフランスが輸出での恩恵を受けている。韓国については、輸出競争力が、技術力革新と共に、ウォン安に支えられている。

それでは、実質レートではそれほどの円高ではないのに、なぜ、昨年貿易収支が赤字になるなど、輸出企業の収益が痛んでいるのか、数量としては実質輸出の方が実質輸入を上回るのに赤字になるのか、それは、輸出価格を分子に、輸入価格を分母にした比率である交易条件の悪化がある。景気回復期のような円安の時期は、輸出でたくさん売れるが、購買力が低くなるため、材料費等を高い値段で買わなければならない。その後の円高の時期には、交易条件は改善されるはずだが、日本の製造業が円高分を現地価格に転嫁できないため、赤字を出しながらの輸出ドライブをかけている状態にある。これを交易利得からみると、2005年以降、数量的には実質純輸出は増加しているが、価格転嫁できず安く売っている分、交易利得がマイナスになっており、貿易から付加価値を得られない状態にある。

以上を国際収支統計からみると、近時の経常収支の黒字の中身は、国内製造活動や貿易ではなく所得収支による。証券投資は、円高を背景に日本の円建て金融資産への投資が集まっている。一方、直接投資では、日本の企業が製造ベースを外に移し、その過程で海外企業や資産への投資を活発しており、外貨準備もドルの供給を増やしている。国内の製造業の競争力喪失に伴う海外移転への適応プロセスを含め、この円建ての流入と外貨ての流出という国際収支の流れは、リスク分散できる双方向の健全なものである。

  • 本要旨は、当社において作成いたしましたが、文中の意見にわたる部分については、講師の個人的見解であることをお断りいたします。
 

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