明治150年 明治期の証券市場誕生

江戸地図 画像

江戸前島に位置する兜町、茅場町は、徳川家康の日比谷入江埋立と隅田川の付け替えに伴い、江戸湾と隅田川河口ににらみを利かせる重要海防拠点でした。ここには、徳川水軍で「海賊」と呼ばれた向井将監をはじめ、間宮造酒之丞、小濱孫三郎に加え、外様の九鬼内匠が兜町、茅場町に配置されました。

兜塚 写真

東京株式取引所の敷地には、牧野家(丹後田辺藩)が江戸初期から幕末まで上屋敷を構えていました。牧野家の屋敷には、江戸でも評判の庭があり、ここに兜町の由来となった「兜塚」があったと伝えられています。
明治期に入ると、牧野家上屋敷は返納され、更地となった後、明治政府により三井家と小野家に下げ渡され、のちに小野家から三井家に土地が譲られます。

明治30年築 東証株式取引所 写真

明治期に入ると、兜町はビジネス街として栄えます。
東京株式取引所も、売買規模の拡大に伴って、兜町米商会所の間借りから自前の建物の建築へ動きます。日清戦争後の明治28(1895)年には、戦後景気で売買高が大幅に伸び、市場が手狭となったため、新しい建物となりました。

第一国立銀行(国立国会図書館)写真

取引所から見て西には、明治5(1872)年完成した重厚な概観を誇る第一国立銀行がそびえていました。二代目清水喜助が手掛けた和洋折衷の銀行は、これまでにない斬新なデザインで、明治の文明開化を象徴する一大建築でした。