明治150年 明治期の証券市場誕生

1. 証券市場誕生の契機

公債 写真

明治の証券市場誕生の契機は、明治政府による公債発行と、その売買が盛んになったことにありました。

2. 証券業者の誕生

上:横浜の街角・下:国立銀行 画像

横浜で為替取引をしていた両替商:通称「ドル屋」が、東京に進出し、公債売買への参加を始めました。これが証券業者の誕生です。
公債の買い手は国立銀行、売り手は士族でした。公債売買が盛んになると、仲買人同士で公債の在庫量を調整したいというニーズが生まれ、取引所設立を目指すようになります。

3. 東京株式取引所の設立

左:今村清之助の肖像・右:渋沢栄一の肖像

取引所設立の動きは、明治6年に顕在化しましたが、実現させたのは、横浜から東京に進出した両替商の1人、今村清之助と渋沢栄一でした。
清之助を中心とする両替商仲間の「横浜組」が取引所の会員となり、栄一と組んで取引所設立を目指します。
当初、栄一と清之助は話が合いませんでしたが、清之助の度重なる説得に栄一も折れ、栄一と清之助が合同で株式取引所の設立を行うことが決まりました。東京株式取引所が実現することになりました。

4. 東京株式取引所の風景

左:錦絵・右:東京株式取引所 明治30年代の外観画像

明治11(1878)年、東京株式取引所は、旧公債、新公債および秩禄公債の3種が創業当初の上場物件で、事実上、"公債取引所"としてスタートが切りました。その後、明治11年内に第一国立銀行、兜町米商会所、蠣殻町米商会所、東京株式取引所の4銘柄が上場します。
明治期から株取引の街であった兜町・茅場町は、周囲を川で囲まれているため、どこから行くにも橋を渡る必要があったこともあり、次第に「シマ(島)」とあだ名されるようになります。

5. 明治期の企業勃興

明治末頃の定期取引市場 写真

明治期は、今に続く多くの会社が生まれた時代でもあります。近畿日本鉄道、みずほ銀行、三井住友銀行、王子製紙、帝国ホテル、キリンビール、トヨタ紡織、新日鉄住金など、その名をあげればきりがありません。
日本初の起業ブームとなったのは鉄道でした。
JR東日本の主要鉄路を敷いた日本鉄道をはじめ、明治25(1892)年までに、阪堺鉄道、伊予鉄道、両毛鉄道、水戸鉄道、大阪鉄道、山陽鉄道、讃岐鉄道、関西鉄道など14社が設立され、いずれも東京株式取引所に上場されて人気銘柄となったことで、鉄道会社の株式が取引所の商いの中心となります。

6. 明治の経済発展:証券市場が果たした役割

交通インフラや工場の整備には、多大な初期資金が必要とするため、資金集めのために長い年月がかかり、立上げに数年かかることがあります。その点、明治時代の証券取引所は、創立間もない会社が上場でき、市場から広く初期資金を集めることができたので、交通インフラや新規産業の起業が早くできました。
当時、兜町・茅場町は、起業のノウハウを持つ投資家、銀行、情報、資金調達を行う証券市場が一か所に集まっており、まさに「起業の総本山」でした。みずほ銀行、三井物産、王子製紙、キリンビールをはじめ、日本経済新聞までが兜町・茅場町で生まれました。
明治期の証券市場は、日本経済が前に進むための挑戦場であったのです。