北浜博士のデリバティブ教室

デリバティブの起源

まずは、デリバティブの起源を見てみましょう。

デリバティブのはじまりは古代ギリシャ時代から?

古代ギリシャの哲学者ターレスは天文学から「来年のオリーブは豊作だ」と予想し、前もってオリーブの絞り機を借りる権利を買っておきました。

翌年のオリーブはターレスの思惑どおり大豊作になりました。絞り機を貸してほしい人が殺到し、使用料は上昇、ターレスはオリーブの絞り機を高く貸し、利益を得ました。

これらのオリーブを巡る権利の売買が、現代のオプション取引の仕組みと同様であることから、オプション取引の起源をギリシャ時代に遡ることができると言われています。

オリーブ
古代ギリシャ

先物取引所発祥の地は"大阪"

江戸時代、年貢は主に米で納められていました。
このため、各地の大名たちは大阪に米を廻送して藩財政の資金とする一方、米商人たちは各藩の蔵屋敷から年貢米を買い付けていました。
この買い付ける米の値段は、その年の気象条件などで大きく変動することがあり、彼らは収穫時期の値上がりや値下がりを見越して、収穫前のうちから買付けや売付けをしていました。
これらの売買が、日本における「先物取引」のはじまりと言われています。

また、当時は米が経済の中心であったことから、江戸幕府も米の取引価格に関心を持ち、一時は米の売買に対する様々な規制も行いましたが、最終的に幕府は、需給調整機能が働く市場をつくることで米価の安定を目指しました。
1730(享保15)年8月13日には、当時の江戸町奉行・大岡越前守(忠相)による審査を踏まえ、8代将軍・徳川吉宗により「堂島米会所(どうじまこめかいしょ)」が公認されました。
堂島米会所は、"世界最初に組織化されたデリバティブ取引所"と社会的に認知されています。

堂島米市場跡記念碑

堂島米市場跡記念碑

堂島米会所(大阪府立中之島図書館)

堂島米会所(大阪府立中之島図書館)

デリバティブの対象が通貨や株式などの金融商品に拡がる

1970年代初頭に国際通貨が変動相場制へ移行して以降、為替や金利に対する変動リスクは極めて大きなものとなっていきました。
また、株式市場においても、その規模が拡大するとともに、投資家や証券会社の間では株価の変動に伴うリスクを回避(ヘッジ)したいというニーズが高まりはじめました。

なかでも機関投資家は、大規模かつ積極的な株式投資を行うようになり、資産運用競争に打ち勝つためにも、適切なリスク管理をすることが最も重要な課題となってきました。

そこで、もともとはリスクヘッジと投資の両面から農産物を対象として利用されていたデリバティブ取引が、通貨や株式などの金融商品に拡がっていきました。