上場会社トップインタビュー「創」

爆発的ブームに興味はなし。恒久的に愛される強いブランドを目指して

株式会社北の達人コーポレーション
木下 勝寿

株式会社北の達人コーポレーション 木下 勝寿

木下 勝寿(株式会社北の達人コーポレーション)インタビュー写真

起業を決意したキッカケは「巨人の星」

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 かつて、人々の物質的欲望を満たすことで高度経済成長を達成してきた日本。そして、近年、生活の質をいかに向上させるかという点に、人々の興味はシフトしてきた。こうした流れを受け、急速に市場を拡大させているのが美容や健康に関連する食品、商品の分野である。2015年4月に開始された機能性表示食品制度も消費者への信頼獲得に成功。2016年度の健康食品市場規模は前年度比100.9%(矢野経済研究所調べ)と、ここ数年、右肩上がりの成長を続けている。

 こうした市場のなかでも、とりわけ注目を浴びる一企業が北海道・札幌に拠点を置く『北の達人』だ。同社は主力製品の『カイテキオリゴ』を筆頭に、ネットを通じて自社開発の健康食品、化粧品等を販売。オリジナルブランドである『北の快適工房』ではヘルスケア、スキンケア、ビューティーといった分野毎に高品質の商品をラインアップし、幅広く、定期購入のユーザーを獲得している。

 同社は、2012年に札幌証券取引所 アンビシャス市場に上場を果たすと、翌年には本則市場に市場変更、2014年には東京証券取引所市場第二部上場、そしてついには2015年11月、東京証券取引所市場第一部指定と、たった4年間で驚異のステップアップを達成。2017年通期の会社予想を見ても、15〜20%増で推移しており業績は好調だ。そんな駆け足の成長ぶりについて、社長の木下勝寿さんに問うと、こんな答えが返ってきた。

「10代の頃から、東証一部上場企業をつくって社長になりたいと思っていたんですが、まだ道半ば、という感覚がありますね。かといってハングリーに、苦しいけど頑張っているという意識もなくて、語弊はあるかもしれませんが、会社経営が面白くて仕方ない。私自身もスタッフも面白いから続けていられるわけで、その延長線上に上場があったということですね。ですから全く浮ついた雰囲気もありませんし、これからも実直に事業を運営していくだけです」

 言葉通り、10代から起業を意識し、ブレなく邁進してきた木下さん。プロ野球選手や宇宙飛行士でなく、中学の頃から自ら会社を起こすという漠然とではあるが目標を立て、大学時代には実現に向け自身でビジネスを開始した。10代半ばで起業を目標に据えたきっかけについて、本人はこう振り返る。

「幼い頃、アニメ“巨人の星”を見て、こう思ったんです。星飛雄馬のライバル花形満は社長の息子だからあんなにお金持ちなんだと(笑)。その後、中学の授業で、会社というものは自分でつくれるということを知った。一社員から地道に頑張って出世し、ようやくたどり着けるのが社長だと思っていたんですが、自分で起業すればすぐに社長になれると分かったんです。そこで考えたのは、あまり長いスパンで夢を実現しようとしても自分は流される性格なので、きっと行動しないだろうと。だったら早いうちに起業してしまおうというのが、私の描いたビジョンでした」

失敗が教えてくれた貴重なヒント

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 中学生の時に、将来の起業が視野にあったとはいえ、大学に入るまでは具体的な行動を起こさなかった木下さん。ただ、高校生になると、世の中を動かす仕組みについて俄然興味が湧いてきたという。

「たとえばテレフォンカードは一枚1,000円でしたが、カードをつくるのにもコストがかかるわけです。だから、NTTとしては現金で電話を利用してもらったほうがよりいいだろうと。そこでコレクション性のあるカードを世に出し、多くの人がテレカを買ったけれども使用しないという状態をNTTは意図的につくり出し、ビジネスとしても成立させた。こういう事実を雑誌などで知るたび、心を動かされていたんです。世の中には誰かの仕掛けとか巧みな仕組みがあって、ビジネスが成立しているということを知り始めたわけですね」

 大学に入ると、起業家としての道を歩むべく、関西の学生が起こしたベンチャー企業「リョーマ」に参画する。ほとんどが将来の起業を視野に据えるメンバー。彼らに刺激され、意識レベルが高まっていったという木下さん。卒業後はリクルートに就職し、ここで幅広い業界についての知識を得て、28歳の時、いよいよ独立を果たす。もちろんすぐに事業が成功したというわけではなかったが、挫折やあきらめとも無縁だったという。借金を一切背負わず事業を展開していたため、ポジティブに次の一手を模索していた。そんな木下さんを強烈に刺激したのがインターネットの隆盛だ。

「インターネット革命と呼ばれる時期になって、自分は時代の変わり目にいるなとあらためて自覚したんです。坂本龍馬がなぜ成功したかと考えると、彼も時代の変わり目にいたことが大きかったんだろうと。ネットの革命は、完全に明治維新レベルだと私は感じていたので、自分もここで成功できなかったら言い訳できない。だからとにかくやってみようと始めたのがネットでの通販事業でした」

 そしていくつかの試行錯誤を経て出会ったのが「北海道」というキーワードだった。世界的にも知名度の高い北海道という地域。このブランドを利用して地元の特産品を販売すればきっと売れる。そう考えた木下さんのビジネスは一時的には大成功を収めた。ところが、すぐに競合他社が乱立する事態となってしまった。次に行き当たった方向性が「ワケありグルメ」だ。足の折れたカニや端の切れたタラコなど、「訳あり」商品に特化した同社のビジネスはまたしても大成功。マスコミにも数多く取り上げられ、全国的な「ワケありグルメ」ブームの牽引役として注目を浴びるようになっていく。

「でも、またビジネスモデルをマネされて、事業が難しくなっていくわけです。特産品、ワケありグルメと、自分では他社との差別化だと思ってやってきたモデルが、次々と模倣されていく。もうこの延長線上には成功はないなと考えるようになりました。『他社が絶対にマネできないような自社ブランドを開発する以外に、道はない』それが結論でした」

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長く愛されるブランドを構築するために

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 いくつかの失敗を経験しながらも、同時に成長のヒントを得てきた『北の達人』。オリゴ糖のポテンシャルに着眼し、改良に改良を重ね、ついに他人がまねできない唯一無二の商品の開発にこぎつける。健康食品の分野においてたちまち人気ブランドとなっていった『北の快適工房』のあり方について、木下さんはこう語る。

「効果を実感できる商品でなければ一過性で終わってしまいますよね。ですから、愚直に研究開発を続けること、アフターサービスをしっかりすることなど、実は当たり前のやり方を実践しているだけです。言ってみればブームを避けて、本当に質の高い商品を提供し続けること。定期購入が売上の約7割という事実は、私たちの意思がお客様に伝わっている証拠だと感じていますね」

 一度、購入してくれた顧客とは一生付き合うつもり、と力強く語る木下さん。それだけ商品の質には自信があるのだろう。「画期的」「感動的」と呼べるレベルまでの商品でなければ世に出さないという同社の哲学は、商品発売前のプロセスにもにじみ出ている。

「市場調査で良い結果が出ると、発売に踏み切るという企業は多いですよね。でも、“市場調査だけ”では一過性の商品で終わってしまう可能性も高い。いかにリピートしてもらえるか、どれだけ長く利用される商品になれるかは、市場調査だけでは分かりません。ですから私たちは試作段階でモニター調査を何度も行い、その効果を検証していく。社内でのモニタリングではひいき目で商品を見てしまうため、もちろん外部のモニター調査を重視した上で、慎重に発売までのプロセスを進めていきます。

 一方、たとえ発売当初に売れ行きが良くない時でも、関わるスタッフに品質への確信があり、この商品をなんとか広めたいという熱意があれば長い目で見ていく。市場調査ももちろん大切ですし、商品開発やモニタリングにも最大限のエネルギーを注ぐ。その上で我々、スタッフの熱量もブランディングには欠かせない要素だと思っていますね」

成長の理由は強固なチームづくり

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 熱量の高いスタッフをより良い方向に導いていくため、どのような手法を用いているのか、聞いてみた。

「朝会には力を入れていて、毎日、30分くらいかけています。朝会には『グッドアンドニュー』と『クレド』という2つのコーナーがあって、チームワークや経営理念の理解などに役立っていると思います」

 グッドアンドニューは、24時間以内に起こった自分にとって好ましい出来事を皆でシェアするというもの。社員同士がプライベートの話題を共有し合うことで、人間関係が深化。チームワークの醸成にも影響を及ぼし、仕事上での円滑なコミュニケーションに結びつく。また、クレドでは、経営理念や行動指針などを読み合わせし、討議しながら認識を深めていくというもの。これによりスタッフの目的意識が明らかに変わっていったという。

「経営理念というのは社長の自己満足で終わってしまうことがほとんど。でも全員でディベートしながら理念を検証していけば、自分のこととして考えられる。サービスやビジネスってどういうことかを皆が自分で考えるようになれば、その会社はきっと強くなる。経営理念を繰り返し読むだけでなく、理念とは異なる意見でも発言できる環境をつくり、皆が納得して仕事に向かえればと思っているんです」

 自らは大阪出身で、ツテも何もない北海道で事業を成功させた木下さん。地元ではない土地で事業を起こすことについて、どんな難しさがあったのか、あらためて聞いてみた。

「まったくツテもなく、知り合いもいなかった場所で起業したわけですが、逆にそれが良い影響を及ぼしたとも感じているんです。北海道の方は意外に地元の良さに気づけていない。起業当時、私はそう強く感じました。その土地の特色や強味は、外から来た人間の方が理解しやすい。つまり、若い起業家の方は、自分の知らない土地に着目してみるのも面白いと思うんです。もちろん最初は難しさもあると思いますが、宝の山は外から見た方がより輝いて見えますからね」

 今後の目標については、東京五輪をひとつの区切りとし、世界的なブランドに成長させていきたいと意気込む。その話しぶりに、浮ついた部分は微塵も感じられない。

「海外の方が日本をイメージした時、思い浮かぶブランドのひとつになりたいということ。爆発的ブームを起こしても、すぐに忘れ去られるようでは意味がありません。5年、10年と長く使われるような商品があって始めて、ブランドとして認知してもらえる。そう考えるとやっぱり、どれだけ顧客に寄り添った商品開発ができるか、なんですよね」

 経営者は天職であり、オンでもオフでもビジネスのことを考えるのが楽しいと笑う木下さん。オフの時こそ良いアイデアが出るようで、思いつきをメモやICレコーダーに記録するのが習慣化しているという。

「私だけじゃなく、皆が仕事に楽しみを見出している。お客様の喜ぶ顔や声を意識しているからこそ、自分は何ができるかと全員が真剣に考えるし、それがなによりも楽しい。そういう意識は浸透していると思いますね」

 社長を始め、スタッフ全員がビジネスを楽しめているなら、会社にとってそれほどの強味はない。木下さんが紡ぐ全ての言葉は、同社の行先が極めて明るいことを容易に感じさせてくれた。

木下 勝寿(株式会社北の達人コーポレーション)インタビュー写真

(文=宇都宮浩 写真=佐藤敏光)2017/03/13

プロフィール

木下 勝寿(株式会社北の達人コーポレーション)プロフィール写真
木下 勝寿
株式会社北の達人コーポレーション 代表取締役社長
1968 年
兵庫県生まれ
1992 年
株式会社リクルートに入社
2000 年
ウェブサイトで北海道特産品のインターネット販売を開始
2002 年
株式会社北海道・シーオー・ジェイピー(本店:大阪市)を設立、代表取締役に就任
本店を北海道へ移転
2009 年
株式会社北の達人コーポレーションに商号変更

会社概要

株式会社北の達人コーポレーション
株式会社北の達人コーポレーション
  • コード:2930
  • 業種:食料品
  • 上場日:2014/11/21