上場会社トップインタビュー「創」

挑戦しなければ変わらない。さあ、新しい世界を見に行こう!

株式会社エイチーム
林 高生

柔らかく自由な精神

林 高生(株式会社エイチーム)インタビュー写真

 モンスターバトルゲーム『ダークサマナー』、麻雀アプリ「麻雀雷神-Rising-」など、大型ヒットゲームを開発し急成長した「エイチーム」。スマートフォン向けゲームとインターネットを利用したライフスタイルサポート事業を2本柱に、2012年4月にマザーズに上場し、その後には史上最速で一部上場を果たした。まさに新進気鋭の企業、と言いたいところだが、エイチームには20年の歴史がある。代表取締役社長である林高生さんにお話を伺った。

 インタビューで対面した林さんは落ち着いた印象の方だった。クールに見られるでしょうと話しかけると、「16歳からずっと働いて社会にもまれてきたからかもしれませんね」と答えた。

 林さんは中学卒業とともに働き始めた。家庭の事情もあったが、それよりも学歴にこだわらない林家の価値観のほうが大きい。林さんは小学校3年生のとき、陶芸家であったお父様を亡くし生活面で、苦労されている。しかし、小学校5年生のときに無理をして買ってもらったパソコンでゲームのプログラミングをはじめ、中学生の3年間もずっと明け方までゲームをつくっては、授業中寝るという奔放な毎日を過ごした。それで高校受験は失敗した。

「ちょうどその頃、中卒東大一直線というドラマがあって、大検というものがあると知っていたので、僕もそれを受ければいいやと、軽い気持ちで働き始めました」

 林さんの精神は自由だ。これはお母様の影響だろう。お母様は小さい頃から知育となるおもちゃは林さんに与えても、勉強しなさいと言ったことは一度もない。勉強そっちのけでプログラミングばかりしていても、何も言われなかった。自由に自分の好きなことをやりながら、何か事業を起こそう、早くお金持ちになろうと考えていた。

 林さんが最初に起業したのは19歳のとき。それはなんと「学習塾」だった。中卒だから塾ができないという思考は林さんにはない。教室は自宅を使えばいい、講師は大学に行っている友人を家庭教師と同じ相場で雇う。非常に合理的だ。最初は赤字続きで、林さんは引っ越し屋など別のアルバイトでお金を稼いで友人たちに講師料を払った。最終的にはビジネスとしての魅力を感じなくなり友人にゆずった。その後はいろいろなアルバイトをして暮らした。しかし収入が安定しないばかりか、その日暮らしの生活が続いたため、ソフト開発の会社でプログラマーとして働きはじめ、友人と23歳で独立。25歳でエイチームを立ち上げた。

新たな出会いが・・・

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 仕事は順調に増えていった。普通の人が1ヵ月かかる仕事を、林さんは3本こなすことができた。小学生の頃からプログラミングをやっているのだ。林さんの技術は高く、月に100万円も200万円も稼げるようになった。2000年になるとiモードが誕生し、着メロや情報サイトなどの注文が増えていった。しかし納期や発注のしかたが乱暴なクライアントと、意識の低いアルバイトの狭間で立ちいかなくなる。ストレスはピークに達し、初めて「人生に失敗したかもしれない」と思った。

 このときに出会ったのが『非常識な成功法則』という本である。やりたいことを紙に書いて、毎日それを眺めなさい。それだけであなたの夢は叶う、という内容だ。そこには科学的根拠もある。毎日やりたいことを眺めていると、人間の脳は、それを実現するための方法を考えないではいられなくなるというのだ。目的達成のための情報キャッチ能力が高まり、自ずと実現の可能性は高まる。

 林さんは素直に信じて紙に書いた。
 下請けをやめる。携帯のゲームを作る。モバイルサイトが簡単にできるシステムを作る。売上げを2年で10倍にする。これを毎日眺めた。友人に見せて、こうなるんだと話した。するとなんと、作成した携帯ゲームが見事に当たり、2002年に売上5000万円だったのが、2006年には6億円を達成。4年で10倍を超えるまでに成長した。

「よくどういう人が伸びますかと質問されますが、僕は素直な人じゃないかと思います。その本を当時読んだ人は多かったですけど、僕のまわりで素直に信じて実行に移した人はほとんどいませんでした」

経営理念が生まれた瞬間

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 2004年、ベンチャーの上場企業がプロ野球の球団を買収する話が出た。
「上場企業ってすごいな」
 そこで初めて上場企業というものを意識した。サイバーエージェントなど、同じ年代の社長も上場している。彼らの本を読むと、年商3億円でしかも赤字で上場したと書いてある。
「うちはいま2億円で、来年たぶん3億円いくから上場できるかもね」
 当時いた10人のメンバーにプランを話し、「よし、上場だ!」と勢いづいた。その
矢先、信頼していた社員二人が、会社を離反することを計画しているチャットを見てしまった。夜中に一人、会社で仕事をしているときだった。

「信頼していただけに、全身の力が抜けました。他のメンバーに電話をして、夜の1時頃、すぐに3人が集まってくれました。裏切りをした一人は僕の右腕のようなプログラマーだったので、「彼が抜けても大丈夫か」と話したら、「大丈夫です、なんとかします」と言ってくれて、みんなこんなに優しいんだと救われました。みんなが帰り、オフィスに一人残って事の顛末を見つめ直した時、「そうか」と大きなことに気づきました」

実はこの頃、林さんは経営理念を作ろうとして悩んでいた時期でもあった。
現役バリバリのプログラマーだった林さんは、「技術者として驕るな、もっと高みを目指すんだ」といった内容を考えていた。

「技術は手段、目的は作品をつくること。だからこそ驕るなと本気で思っていました。でもこれは経営理念とは違う。2年以内に売上げを10倍にするということも、僕の目標としてはあっても、みんなの目標じゃない。そもそも僕の目標に、みんなが命令されて動くのは経営理念としては、何か違う。そうじゃなくて、みんなが共有して願いたいものを目標に掲げるべきだと思ったんです」

 深夜、一人オフィスに残った林さんの心の中に、ずっと探していた経営理念が生まれた。

『みんなで幸せになれる会社にすること』

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技術者から経営者へ

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 こうして経営理念を生み出し、オリジナルゲームを制作してエイチームの快進撃は始まった。2006年に6億円だった売上げは、2010年35億円、2015年には158億円。
 従業員10人の世界でもがいていたプログラマー社長は、10年で500名を束ねる一部上場企業の経営者へと成長した。その過程では組織作り、内部統制の構築などあまり得意ではないことも多かっただろう。

「僕は上場を目指すことによって、少しずつ経営者になっていったんだと思います。当初、上場準備は管理部門を整えたりお金がかかることばかりで、体制を整えながら高い成長を続けていくのは相当難しいなと思いました。でも、上場企業として認められるためにはやるしかない。そこで、上場準備対応の役員を置いて彼に一生懸命やってもらい、僕はビジネスに注力するという役割分担で進めました。途中で痛感したのは、一人前の上場企業として成長していくためには、やはりきちんとした体制がないとダメだということです。それが経営に必要なコストだと分かったときが、経営者に近づけたタイミングだったんでしょうね」

 エイチームの設立記念日は2月29日である。4年に1回しか来ない。2012年の2月29日は、ナゴヤドームを借り切って社内運動会を開催し、この日にマザーズの上場承認が降りたことを社員に告げた。ナゴヤドームで歓声がわき起こった。

「みんな泣いて喜んでくれました。上場後も株価が上がって、自分たちの可能性はもっともっと大きいんだと感じられました。
 次の目標である東証一部へのステップアップは、会社が大きくなってからチャレンジしようと漠然と考えていましたが、マザーズに上場してから期間を空けると、審査に向けた体制を一から作り直すことになってコストがかかるんです。ですから、行けるのなら一気に目指そうと。あと管理部の人間が、頑張れば最短で東証一部へのステップアップが狙えるんじゃないかと気づいたので、勢いづきました」

 マザーズ上場、一部銘柄への指定は、林さんとエイチームを急成長させた。素直な人間が伸びていく。まさにその言葉の通り、エイチームは上場企業へのプロセスを上手に利用して、どんどん企業経営の階段を登っていった。

永く続く強い会社づくり

エイチームにはもう一つの理念がある。「今から100年続く会社」。この「今から」が重要なのである。常に今日から明日から、つまり永続的にということだ。この経営理念には「幸せは長く続かない」という林さんの人生観が反映している。幼い頃にお父様を亡くし、社員の裏切りに合い、そういうことは起こるものだと林さんには分かっている。

林 高生(株式会社エイチーム)インタビュー写真

「よく他の会社の社長さんから遊びの誘いがあるんですけど、みなさん時間があるなあと思うんです。見方によれば自走できる組織を作られているということですが、僕は会社のことが気になってしょうがないですね。会社が一つの陶器とすると、常にケアしていないと乾いてしまうような気がして」

 林さんは陶器をつくる手振りをした。

「こうしてべたべたと触ってですね、土を重ねていって、この辺崩れそうだなと思えば手当てして、絶えず触って育てていくタイプなんです」

 放っておくと乾いて崩れていく。人間でも会社でもそうだろう。だから、幸せを続けていくために、理念をつくりルールをつくり、それを実現するための施策を実行する。ゲーム開発だけでなく、安定的に収益をもたらすライフスタイルサポート事業を始めたのも、各事業部を分社化して若い経営者を育てているのも、永く続く強い企業をつくるためだ。

「評価はいろいろありますが、僕はリクルート創業者の江副浩正さんを素晴らしい方だと思っています。今でもあの会社は、社員がみんな会社を大好きで、リクルートへ入ると成長できると思っている。トップ層はすごく優秀な方たちが緻密な戦略を考えて物事を進め、現場では元気のいい子たちがどんどん実践していく。組織として非常に完成されていますよね。僕の理想です」

 急成長した会社は、どこか足下に不安が残るものだが、エイチームにはそうした浮つきが感じられない。それは江副さんが残したリクルートを範とする林さんの経営スタイルによるものだ。林さんは若い力を伸ばし、優秀なビジネスマンを育てていくインキュベーションセンターのような会社を目指している。

 エイチームは昨年、品川に広いオフィスを構えた。東京を市場と考えているのではない。東京の優秀な人材を確保するためだ。スマートフォンという世界統一デバイスがエイチームの市場を一気にグローバルに広げた。「エンターテインメントは世界共通」と林さんは語る。中国、韓国、北米、それぞれに特性はあるが、世界中の人たちをスマートフォンで楽しませることができる。みんなで幸せになりながら、みんなで成長しながら、中長期計画では1,000億円から1,500億円の売上を目指していく。

「我が社はビッグマウスはしないようにしています。確実に結果を出していくことが、ステークホルダーの皆さんに一番迷惑がかからず恩返しできる方法だと思っています」

 堅実な林さんらしい言葉だ。
 ちなみに趣味のゴルフで一番好きなクラブは7番アイアン。150ヤードからグリーンを狙うのが好きだと言う。これも手堅いお人柄を表しているが、しかし、名古屋の本社入口にはこう書いてある。

走り続けなければ、つかめない。
挑戦しなければ明日は変わらない。
さあ、新しい世界を見に行こう。 

 挑戦こそが継続の道なのだ。経営理念を共有しながら、エイチームは元気に細胞分裂を繰り返していく。互いに補完し刺激し合いながら、100年続く市場に向かっている。

林 高生(株式会社エイチーム)インタビュー写真

(文=江川裕子 写真=石井伸明)2016/01/28

プロフィール

林 高生
株式会社エイチーム 代表取締役社長
1971 年
岐阜県生まれ。小学5年生からプログラミングを始める
1997 年
25歳でエイチーム設立
2000 年
有限会社エイチーム設立。代表取締役社長就任(現任)
2004 年
株式会社に組織変更
2012 年
4月 マザーズに上場
9月 大阪スタジオ開所
11月 東証一部指定
2015 年
9月 東京スタジオ開所
12月 本社を大名古屋ビルヂングに移転

会社概要

ロゴマーク
株式会社エイチーム
  • コード:3662
  • 業種:情報・通信業
  • 上場日:2012/04/04