日本の資本市場を内側から変える! 和製ヘッジファンドのチャレンジは続く

株式会社シンプレクス・ファイナンシャル・ホールディングス
水嶋 浩雅

一人の男の思い

水嶋 浩雅(株式会社シンプレクス・ファイナンシャル・ホールディングス)インタビュー写真

 2015年1月27日、株式会社シンプレクス・ファイナンシャル・ホールディングス(以下、シンプレクス)は、東京証券取引所のTOKYO PRO Marketに上場した。同社は、資産運用業のシンプレクス・アセット・マネジメント株式会社のほか、香港と英国領バージン諸島にある資産運用会社、および投資教育サービス業の株式会社シンプレクス・インスティテュートをグループに持つ持株会社である。
 シンプレクスは、日本における「ヘッジファンド」の草分けとして、知られる存在である。また、歴史があるというだけでなく、5,000億円に達する運用資産残高(2014年12月現在)を有する、国内独立系では最高峰の資産運用会社として活発な活動を展開している。
 その成り立ちと歩みには、一人の男の思いがあった。同社代表取締役の水嶋浩雅さん。その目は、日本の証券業界の枠を飛び越えて世界を見ている。

「私は、日興證券でキャリアを積んだ人間です。最終的には株式の本部長でしたから、日本的には『よく頑張った』と親にほめられるパターンだったと言えるでしょう(笑)。ただ、そのキャリアの後半戦、海外の経験や、本社に戻った後の海外の機関投資家や同業者とのやり取りの中で、『あれ?このままでいいんだろうか?』と思ったことがいくつかあるんです」

「金融・株式というのは世界がつながっていて、言葉や民族・国に関係なく、常に世界のいろんな人を相手に行っているビジネスです。ところが、日本の会社は、単一民族で、内向きな思考で仕事をしていました。日本だけで通用する、特殊なことがたくさんあるのです。自分がずっと『こういうもんだろう』と思っていたビジネスシーンは、海外の同じような投資銀行(=証券会社)のそれとは似て非なるものだと気付かされました」

 「外資と組んで、日本の血が入ったグローバルな投資銀行を創るんだ」という夢に燃えた水嶋さんは、米国の投資銀行ソロモン・スミス・バーニーとの合弁で日興ソロモン・スミス・バーニー証券(2003年に日興シティグループ証券に社名変更)を興し、自らもその役員となる。

 同じ頃、水嶋さんが感じたもう一つの違和感から、生み出された会社があった。

「日本では銀行系、証券系など、核に大きな金融機関のグループがあって、その傘下にアセットマネジメント会社があるというのが一般的です。そのため、日本のアセットマネジメント会社は、金融機関の販売網ありきで、それを活かすような商品、マスに売りやすい商品を創ります。
 ところが、海外では、どこかの金融機関の系列会社としてアセットマネジメント会社があるという姿は案外少ないのです。グローバルにビジネスを展開するアセットマネジメント会社が独立系として存在します。彼らは、良い商品を創り、その商品を本当に理解する顧客に投資してもらうという考え方です」

 そんな日本の特殊性を感じていたとき、水嶋さんのもとに友人で、ソロモン・ブラザーズの債券・株式アービトラージグループを統括していた三上芳宏さんが独立して、ヘッジファンドを設立するという話が舞い込む。水嶋さんは、その会社に日興證券が出資するというプランを描き、実現させた。
 1998年に香港で立ち上がり、翌年に日本法人を設立したその会社こそ、現在のシンプレクスなのであった。

水は高いところから低いところに流れる

水嶋 浩雅(株式会社シンプレクス・ファイナンシャル・ホールディングス)インタビュー写真

 2005年、水嶋さんは日興ソロモン・スミス・バーニー証券時代から足掛け7年間働いた日興シティグループ証券を辞した。以前に感じた日本の資本市場への違和感はますます大きくなっていた。「中国を新興市場だというが、下手をすると中国のほうがグローバルに近くなっていくんじゃないか」。そんな思いが頭をよぎった。
 そして、自分自身の居場所を変えて、日本の資本市場を少しずつ変えていくことができないだろうかと考えた。これまで立っていたセルサイドではなく、バイサイドで、もっと直裁的に動くことをイメージしたとき、数年前に立ち上げを支援したシンプレクスのことを思い出した。水嶋さんは、三上さんと話し合い、MBO(Management Buyout、経営陣買収)によって同社のオーナーとなった。

「98年の立ち上げのときに交わした会話を思い出しました。『必ず、水は高いところから低いところに流れる。同じように、物事は長い時間をかけて、きちんと効率的な方向にいく。そのときに、ヘッジファンドの役目は何かと言えば、それを加速させることだ。そこに運用者としての意味があるんだ』という話です。日本の資本市場はいずれ特殊な状態ではいられなくなるに違いないが、自分たちが係わることで、それを加速するんだという思いを強く持ちました」

 シンプレクスは、よりアクティブに活動し始める。この年、『シンプレクス・ジャパン・バリューアップ・ファンド』など日本株の運用をスタート。2009年には『WTI原油価格連動型上場投信』によってETFの運用を開始。さらに、2012年、日本初のレバレッジ型上場投資信託(『TOPIXブル2倍上場投信』)を東京証券取引所に上場した。その他にも高度な金融プロダクトを次々に生み出している。
 また、複数の著名なヘッジファンド情報会社が実施するアワードを、同社が運用するファンドが度々受賞するなど、グローバルに評価される日本の独立系アセットマネジメント会社として、その名を知らしめている。

資産運用業界の三ツ星企業

水嶋 浩雅(株式会社シンプレクス・ファイナンシャル・ホールディングス)インタビュー写真

 シンプレクスは、金融技術と投資運用のプロフェッショナルが集まった集団である。彼らの国籍はばらばらだが、シンプレクスという会社の考え方に共感し、その環境・居心地を享受し、自分たちの駆使する戦略・技術に100%の自信を持って、極めて高い集中力を発揮して資産運用という仕事を行っている。それが、同業他社を凌駕するパフォーマンスを生み出している。
 そのパフォーマンスを認め、欲するプロの投資家がシンプレクスの顧客である。国内では年金基金や金融機関、海外ではファミリーオフィスと呼んでいる富裕層の資産管理会社、政府(ソブリン・ウェルス・ファンド)、財団や寄付基金、年金基金、ファンドオブファンズが運用資産の6割を超える。
 世界と日本の資本市場の違いを感じ、自らが係わることで日本市場の特殊性を変えていきたいと考えた水嶋さんの思いは、シンプレクスによって体現され、プロ投資家の顧客群を得ることによって無言のうちに支持されていると言えるだろう。この支持の上に積み上がったのが、冒頭に挙げた運用資産残高5,000億円なのである。しかし、この運用資産残高を右肩上がりにどんどん増やすつもりはないと、水嶋さんは言う。

「運用資産残高を1兆円、2兆円にすることを目指しているのではありません。重視しているのは、運用パフォーマンスを追及することです。そこに、我々のエネルギーの大半を使っています。まさに、我々が独立系だからこそ、親会社の意向も何も無く、ただただそこに集中できるのです。
 ボリュームよりもパフォーマンスを重視しているという話をもう一つします。運用パフォーマンスを追及していると、ファンドごとに運用する資産の適正サイズがあることがわかります。我々は、運用する資産が適正サイズいっぱいになったと考えると、そのファンドの申し込み受付を終了します。ソフトクローズと呼んでいますが、そういう自律を持つことでパフォーマンス追求を明確にしているのです」

 この姿勢を表す言葉として、シンプレクスは「資産運用業界の三ツ星企業」を掲げている。目指すのは巨大な資産運用企業ではなく、通な顧客が最高級の味とサービスと雰囲気を求めてやまない三ツ星レストランのような、顧客の期待を決して裏切らない仕事をするアセットマネジメント会社だというのである。

TOKYO PRO Market上場を経て、アジアNo.1を目指す

水嶋 浩雅(株式会社シンプレクス・ファイナンシャル・ホールディングス)インタビュー写真

 こうした歩みを続ける中で、シンプレクスはTOKYO PRO Marketに上場したのだが、その理由はどういうところにあるのだろう。
 それは、「運用パフォーマンスの追及」とともに、「信頼できるプラットフォーム」というテーマをシンプレクスが重視していることに由来する。

「とにかく運用パフォーマンスを上げれば良いかというと、それだけではいけないと私は思っています。たとえば、国内ではAIJ投資顧問による年金詐欺事件、海外ではバーナード・マドフ事件など、投資家を陥れる不正や事件が起きています。真に投資家の信頼を受け、継続的に会社を運営していくには、信頼できるプラットフォームの上で、非常に高い運用パフォーマンスを、上げていることを示す必要があると私は思っています。これまでも、監査法人による会計監査やファンド監査、SSAE16(米国公認会計士協会が定めた、受託業務を行う会社を対象とした内部統制の有効性を評価する保証基準)の取得など、できる限りのことはやってきましたが、今回上場したことで透明性、信頼性はさらに高まったと思います」

 「資産運用業界の三ツ星企業」であるためには、顧客であるプロ投資家から全面的に信頼される必要がある。それは、パフォーマンスとは別の意味での、顧客の期待である。それに応えるために、今後も一層の企業情報公開と、企業統治および内部統制の確立が求められる。それを上場という環境に身を置くことで、自らに課したのである。

 さて、日本No.1を自認するヘッジファンドとなったシンプレクスはどこを目指すのか。水嶋さんが見ているのはアジアである。

「『水は高いところから低いところに流れる』と言いましたが、世界の金融の中でアジアにパワーが移ってくるのは自然の流れです。ところが、そのシフトの過程にありながら、東京や上海、香港などを含むアジアのマーケットは非効率なんです。整っていないし、未開発でもある。この魅力的でありながら非効率なマーケットを変えていくのは、実はヘッジファンドだと私は思っています。だから、私たちはこれまでやってきた『最高の運用パフォーマンスを、信頼できるプラットフォームで』というスタイルを、今度はアジアで展開していくつもりです」

 手始めは香港。香港を拠点とするシンプレクスのグループ会社は、昨年、同地で資産運用業のライセンスを取得し、イノベイティブなアジアのファンドを開発中である。水嶋さんのフォーカスは、「日本No.1」から「アジアNo.1」へと置き換えられた。ただし、ボリュームでアジアNo.1ではない。あくまでも運用パフォーマンスと信頼性でアジアNo.1、それがシンプレクス流である。

(文=志澤秀一 写真=イシワタフミアキ)2015/03/03

プロフィール

水嶋 浩雅(株式会社シンプレクス・ファイナンシャル・ホールディングス)プロフィール写真
水嶋 浩雅
株式会社シンプレクス・ファイナンシャル・ホールディングス 代表取締役社長
1954 年
東京生まれ
1977 年
早稲田大学商学部卒業
日興證券入社
1999 年
日興ソロモン・スミス・バーニー証券 マネジング・ディレクター/日本株部門グローバルヘッド/シティグループ・グローバル・エクイティ・エグゼクティブコミッティーメンバー
2003 年
日興ソロモン・スミス・バーニー証券は日興シティグループ証券に名称変更。エクイティ本部マネジング・ディレクター/経営会議メンバー/常務執行役員
2005 年
日興シティグループ証券を退職し、シンプレクス・アセット・マネジメント株式会社をMBOし、同社代表取締役社長となる。
2006 年
持株会社体制に移行。株式会社シンプレクス・ファイナンシャル・ホールディングスを設立し、代表取締役社長となる。

会社概要

ロゴマーク
株式会社シンプレクス・ファイナンシャル・ホールディングス
  • コード:7176
  • 業種:証券、商品先物取引業
  • 上場日:2015/01/27