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工学博士の一念が創り上げる、 人とロボットの未来

CYBERDYNE株式会社
山海 嘉之

HAL®誕生の原点

  人の動作意思に応じて筋肉をサポートして動かす「ロボットスーツHAL®」。その原理は驚くべきものだ。人が動こうとすると微弱な電気信号が脳から筋肉に送られる。HALはその信号を皮膚に取り付けたセンサーで検知し、人の意思にしたがってモーターを作動して人の動きをアシストする。そして、脳からの「動け」という意思を読み取り、実際に「動いた」という感覚が脳へとフィードバックされ、一連のループがHALによって機能することで、脳・脊髄・筋肉などの疾患による運動機能障害の方の身体機能の機能改善につながるという。

山海 嘉之(CYBERDYNE株式会社)インタビュー写真

 CYBERDYNE社(サイバーダイン)のHALの真骨頂は、脳・神経科学、行動科学、ロボット工学、IT、システム総合技術、生理学、心理学、法学、倫理といったさまざまな分野の融合複合によって生み出された【サイバニクス】という新学術領域の技術を駆使したことにある。異分野を結びつけ新技術を創り出す山海さんの発想は、どこからきているのだろう。

「私は物心がついた頃から、自分の手や指が思った通りに動くということに対して、かなり不思議に思っていました。幼少期から人間の動きに興味があったんです。小学校3年生のときアイザック・アシモフが書いた『われはロボット』を読み、大きくなったらロボットを研究する博士になりたいと思うようになりました。当時は真空管からトランジスタへの移行する時代で、最初は見よう見まねで作っていましたが、結局、原理が大切で原理と原理を組み合わせて色々と発想し始めていました。小学校6年生の頃にはレーザーって何だろうと研究したり、理科の教科書に書いてある実験は、授業でやらなくてもほとんど自宅でやっていたんですよ。カエルの足に電気を流す実験では、岡山城のお堀からカエルを捕まえてきて、自分で作った発信機で試していました。横軸は周波数、縦軸は振幅量としてどの周波数で最も振幅が大きいかと筋肉の反応をみていたんです。ほとんど毎日6時間から8時間、そんな実験をしていました」

山海 嘉之(CYBERDYNE株式会社)インタビュー写真

 小学校6年生の山海少年には分からないこともたくさんあった。そこで電気系と化学系の大学生を家庭教師につけてもらい質問攻めにする。大学生から「分からない」という返事が返って来るたびに山海少年は、専門の大学生でもそうなんだと少し驚きながらも嬉しくもなった。「自分にとって難しいことは、みんなも難しいんだ」と、自分の勉強して行く先の壁は意外と目の前にあると感じたのだ。小学生から中学生になるころには、医学博士と工学博士になりたいと思っていた。

 その思いを持ち続け、筑波大学で工学博士を取る1年程前から医学部の受験勉強を始める。そんな山海さんに二人の教授がストップをかけた。

「医学部に行き博士をとるまでに10年かかる。キミはいつ研究するんだ? それよりも医学と連携してみたらどうか」

 それもそうだと思い、このアドバイスに従って医学との連携を始めた。これは完璧だった。医学の全分野と組めるのだ。手応えを感じた山海さんは一つの勝負に出た。

「所属学会を辞めさせて欲しいとお願いしました。学会に所属していると学会向けの研究に舵取りをすることになり自由に研究テーマを決められないのです。学会論文を書くこともしばらくお休みさせて頂きました。これは若い研究者にとっては命取りでしたが、私は子供の頃から描いていた『人とテクノロジーが一体となった新領域』をつくりあげたかったのです。グランドデザインを描くのに2年半かかりましたが、『サイバニクス』という脳・神経科学、ロボット工学、IT、生理学、心理学などを包括する新しい学術領域をつくりあげました。そして、これを具現化するためにHALの原理を作るところから挑戦がスタートしたのです」

工学博士が起業した理由

山海 嘉之(CYBERDYNE株式会社)インタビュー写真

 HALは1991年より試作1号、2号と進み、3号からバックパックを背負ってすべてが独立している形になった。それまでは大きな制御装置と人が繋がっていたので4メートルくらいしか動けなかったが、すべてを一体化した瞬間にドアを開けて外に出ることが可能となったのだ。HALの進化が始まった。

「2000年頃には3号機での試験もかなり進んでいました。障がいをお持ちの方に試していただきたかったので後にサイバニクス倫理委員会も作り、倫理の問題も抱えながら医療機器水準に高めようとしていました。と同時に、企業回りも始めたんです」

 山海さんは自ら、日本を代表する大企業のトップ20の会社の半分ほどを回った。そこではどの企業も「これは素晴らしい」と感動し、若い研究者がやってくることになりました。しばらくともに研究した後、山海さんは「これはいつ頃事業化するのですか?」と尋ねる。すると、どの企業からも「私たちは研究者なので、事業化はわかりません」と同じ返事が返ってきた。

「企業から来られて事業化をしないのだったら、来て頂く意味がありません。それで私は自分で起業することにしたんです」

 2004年。起業するにあたり、企業というものの意味や大学発ベンチャーであることの意味を考えていた。山海さんには『自分の研究を人や社会の役に立てたい』という強い思いがあったのだ。しかし証券会社は「基本的に企業は利益を追求する組織ですから」と言う。山海さんは「おかしいんじゃないんですか?」と切り返した。

「民間企業と公的機関は、連携してやっているところもあれば、きれいに分離しているものまでいろいろあります。社会というものは官も民も一緒になって動かしていくものです。ある民間企業は社会に情報発信するメディアとしての役割を持っている。これは利益追求だけをしているのではなく、組織を維持するために収益を上げて、それで社会に対して情報発信の役割を果たしている。官に代わって公的役割を担い社会を形成している企業としての意味があるわけです。ですから証券会社の方には、『社会が抱える課題を解決し、その過程で新しい産業をつくり、未来開拓型の人材を育成するという理念を追求する企業体を作ろうと考えています』と伝えました」

「人や社会に役立ってこそ」という信念を貫くために

  山海さんは会社の定款作りから始めた。会社法も勉強した。工学博士の大学教授がやることとは思えないが、子供の頃から自分で学ぶことを自然に身につけてきた山海さんにとっては「どうということはなかった」。さらにこのときには、起業後しばらくは、理念を追求できるよう「無議決権株式のみでいこう」と決めていたというから驚きだ。これが2006年、日本初の無議決権のみの第三者割当株式発行につながり、社会的に大きな意味をもたらした。

「通常は、起業をしようとすると、コンサルティングの方たちが、いろいろなアドバイスをくれます。そういう中で、右へ左へとかじ取りをさせられたり、投資家に『今はこちらが収益が上がるから』と言われたりして、軸がどんどんブレていくんです。そういうことにならないために、無議決権株式というものをやりました。これはちょうど会社法が調整されて、種類の違う株式が使えるようになったからです。そこで、無議決権株式のみで第三者割当を行いました。そうしたら新聞に「サイバーダイン、日本で初めて無議決権株式のみで第三者割当に成功」という記事が出たんです。「初めてだったんだ」と思いました。それからしばらく経つと今度は「東証、無議決権での株式上場を検討」と載ったわけです。
 そこでわかったことは、社会変革や産業変革をしていくためには、事例をアクションとして起こして示していくことの必要性や重要性です。そうすると、社会がそれに反応していくことになります」

 こうして山海さんは行動を起こすことの重要性を学んでいく。2013年にはヨーロッパ全域で医療機器認証を取得し、さらにドイツではHAL医療用を使った機能改善治療に対して公的労災保険が適用されるという快挙を成し遂げた。

山海 嘉之(CYBERDYNE株式会社)インタビュー写真

「これは大変でした。生活支援ロボットの国際安全規格そのものがありませんでしたから、2007年頃から国際標準化機構(ISO)にメディカルロボットの委員会が設置され、オブザーバーとして招かれ、そこで発言をしていくうちにエキスパートメンバーになってくれと要請があって、世界の国際規格を策定する側になったのです。パーソナルケアロボット・生活支援ロボットについても同様です。国際規格としてルールが作られると、認証機関がそのルールを参照できるので、革新的医療機器に対しても円滑に認証を発行できるようになるのです。そして、欧州全域で医療機器としての認証を取得し、ついに、ドイツがいち早く公的労災保険の適用を開始してくれました。
 こういった経緯の中で、世界中の大手企業がコンタクトを取ってきていました。私はどこと組むかを考えていました。テクノロジーが社会で生きていくとき、デバイスの数がいくつ売れるかということだけでいいのか、社会でしっかり使われているということがビジネスでなければいけないのではないか。HALを医療機器として社会に組み込んでいくためには、公的機関と組むことが一番です。そこでNRW州公社に介在してもらい公的労災保険機構にアプローチすることにしました」

 医療先進国のドイツは理解が早く、2013年、サイバーダイン・ケア・ロボティックス社が立ち上げられた。ドイツの公的労災保険機構も資本参入し、HALの保険適用を共同で動かすしくみが完成したのだ。さらに主導してきた「生活支援ロボットの国際安全規格ISO」も策定され、HALはその第一号として認証を取得。国際規格づくりを日本が主導した初めての例だ。こうしたアドバンテージを携え、2014年3月、サイバーダインはついにマザーズに上場した。

テクノロジーとともに進化する未来を創る

  1991年に原理づくりがスタートして23年。HALは目覚ましい進化を遂げ、世界テクノロジー賞大賞(2005年)、第5回産学官連携功労者経済産業大臣賞(2007年)、米国エジソン賞金賞(2014年)と数々の賞を受賞した。
 2010年からレンタル販売が始まった現行モデルのHAL福祉用は、国内で約355体が稼働中だが、まだ医療機器としての承認は受けていない。なぜなら新医療機器の承認は非常にハードルが高いからだ。HALは2010年から医療データを集め、統計解析をし、サンプルサイズを決めて2013年3月から治験をスタートしている。来年以降、欧州に続き、日本および米国での医療機器承認の取得と、日本での介護保険適用を目指し、公的機関・規制当局とも相談しながら事業推進のスピードを加速させていくとしている。

「実際のものを作るのは本当に大変なんです。基礎研究で成果を出す100倍、1000倍の労力が必要です。ところが99.9%の研究者は研究を論文作成の道具に使い、その後は企業が製品化してくれるだろうと、テクノロジーを生み出しても発表したままにしています。しかし、テクノロジーを生んだ親が横に置いてしまったものを、誰が最後まで面倒みるでしょうか。特に国際規格まで作らなければならないようなものは、どこかで塩漬けになります。だから自分で育てる。私はそういう思いを持ちながらずっと続けているのです」

 国際規格作りに参加するのも、海外の公的機関と契約するのもそんなに簡単な話ではない。『人や社会の役に立てたい』という一念が、あらゆる困難を乗り越えさせているのだろう。しかし100倍、1000倍の労力が必要と語りながら山海さんはとても楽しそうだ。大学生を質問攻めにしていた小学生のような笑顔で、サイバーダインの今後を語ってくれた。

「私たちが医療機器認証にこだわるのは、それが一番ハードルが高いからでもあるのです。その認証が取れると、それはオールマイティのカードなんですね。多少時間がかかっても、そこを突破すればすべての分野に出ていけます。工事現場でも家庭でも、エンタテインメントの分野でもいいわけです。
 人間は自然淘汰という進化の道を捨てて、テクノロジーと生きることを選びました。私たちの未来はテクノロジーとともにあります。だから適切な未来を創るということは、どういう適切なテクノロジーを作るのかということと一体でなければなりません。ですから、しっかりとした目的を持った出口指向が必要なんです。私たちは医療、福祉、生活の3つの軸で今後の展開を考えています。生活というのは楽しみも含めてですね。その準備も進んでいますよ」

山海 嘉之(CYBERDYNE株式会社)インタビュー写真

(文=西垣成雄)2014/07/11

プロフィール

山海 嘉之(CYBERDYNE株式会社)プロフィール写真
山海 嘉之
CYBERDYNE株式会社 代表取締役社長/CEO
1958 年
岡山県生まれ
1987 年
筑波大学大学院工学研究科博士課程修了
同大学の講師、助教授、米国ベイラー医科大学客員教授、筑波大学教授を経て、同大大学院教授に
1991 年
HAL®の基礎研究を開始
1997 年
HAL®1号機を開発
2004 年
大学発ベンチャー企業としてCYBERDYNE株式会社を設立
2014 年
3月、東証マザーズ上場

会社概要

CYBERDYNE株式会社
CYBERDYNE株式会社
  • コード:7779
  • 業種:精密機器
  • 上場日:2014/03/26