上場会社トップインタビュー「創」

人生に、野遊びを取り入れ、豊かな人間性を取り戻してほしい

株式会社スノーピーク
山井 太

野外での生活の質を高める快適基準寸法

山井 太(株式会社スノーピーク)インタビュー写真

 約30年前、日本におけるアウトドアシーンは登山が中心だった。そんな時代に、新潟県三条市を本拠とする小さなギアメーカーヤマコウ(後のスノーピーク)が打ち出したのは「オートキャンプ」という新機軸。この全く新しい提案は瞬く間にユーザーの支持を得て、爆発的ブームが巻き起こる。メディアもこぞってオートキャンプというキーワードを軸に新しいレジャーの手法を紹介。90年代初頭には確固たる市場が形成されるようになっていく。

 このムーブメントを仕掛けた張本人が現在、スノーピークの社長を務める山井太さんだ。父の幸雄さんが経営する会社に入社したのは86年のこと。故郷を離れ、大学生、会社員として約8年半、東京で過ごした後の帰還だった。

「私が東京で会社員になりたての頃、好調な日本経済を背景に、4WDの車がひとつのブームになっていたんです。車って世相を反映するものでしょう。人々のアウトドアマインドが急激に高まっているなと実感したんです。それにこの頃、自分自身が自然の中で遊ぶことに対する枯渇感を強く感じていたこともあって、オートキャンプという発想が芽生えた。でも、こうしたアウトドアアクティビティをやろうと周囲を見回してもロクなギアがない。なんとかギアをかき集めてみても、すぐに壊れるし、使い勝手も悪く、そもそも見栄えが良くない訳です。じゃあ自分で開発してみようと。もともと、やりたいことが明確に見つかったら新潟に戻って父の会社に入ろうと考えていましたしね」

 新潟に戻った山井さんはすぐさま新規事業であるキャンプ用品の企画、開発に着手。約1年半で100アイテムものキャンプギアをシリーズで世に送り出した。企画段階で着目したのは快適性の徹底追求。幾度も幾度もフィールドでの検証を重ねた結果、生まれた概念が「快適基準寸法」だった。

「立って調理をするにはどんな高さのテーブルが最適か。あるいは椅子に座って仕込み作業をするにはテーブルにどれだけの地上高が必要か。こうしたアウトドアでの活動に即した細かい寸法を、徹底的に考えていきました。野外で生活の質を高めるには、理にかなった数値が必要です。参考になったのは日本で古くから用いられている尺貫法ですね。合理性のある単位を基準に畳や柱、調度を設計すると整然として美しく、機能的な形になる。言わばモジュールという概念です。どのギアもこだわり抜いた一貫性ある基準寸法によって出来ているので、複数のギアを組み合わせても相性が抜群にいい。家族構成や遊び方が変わっても、弊社のギアを買い足していただければ快適に使っていただける。このスノーピークレイアウトシステムというコンセプトがユーザーに支持された訳です」

「永久保証」は絶対的な自信の表れ

山井 太(株式会社スノーピーク)インタビュー写真

 東京で過ごした会社員時代、山井さんは海外の高級ブランドを扱う仕事に従事していた。この経験も、スノーピーク躍進の大いなる原動力となっていく。
「長く故郷を離れ、東京で社会人として経験を積んだおかげで、新潟という土地を改めて新鮮な目で見つめることができたんです。まず感じたのは、燕三条という地域がモノづくりをする上で絶好の場所だということ。金属加工、木工、縫製など幅広い分野において腕のいい職人、工場が揃っている。これらを活用すれば世界に通用するモノづくりが可能だと直感しましたね。一方、ネガティブな側面もありました。地元企業はせっかく質の高いモノを生産しているのに、各地の量販店やホームセンターなどで安売りしてしまっている。人件費の高い日本のメーカーなのに、結局、中国を初めとしたアジアの生産工場とコスト競争しているという矛盾です。そこで出たのが、製品の質を徹底的に高めて、同時に相応の価格で売る、という自然な発想だったんです」

 とはいえ、入社直後の山井さんは、やりたいことをすぐに実行できた訳でもなかった。それまで作ったことも、販売したこともないキャンプ用品の開発に、社長であり父でもある幸雄さんが難色を示したからだ。
「いくらアイデアを出しても、どのくらい売れるんだと言われ、そんなもの作ってみなければ分からないという返答の繰り返しでね。当初は押し問答ばかりで一つも形にならなかった。それで、私は作戦をたてたんです。製品を作る前に卸先で予約注文を取り付けて、片手に1000個分の注文書、もう一方の手には辞表を(笑)。これでも製品化できないんだったらもう辞めようと思っていましたね」
 企画を提案しつつ、同時に注文書を叩きつけた山井さん。社長の幸雄さんからは意外にもあっさりと開発の許可が出た。これが端緒となり、燕三条の地から、数々の独創的なキャンプギアが世に出ていくことになるのだ。

 こうして、山井さんが入社後に企画した製品群中、とりわけ目をひくのがキャンプ用の高級テントだ。価格はなんと16万8000円で、それまで市場に多く出回っていたテントの約10倍以上。極めて挑戦的な試みだった。
「お金に糸目をつけず、最良の素材と技術を存分につぎこんだんです。でも社員でさえ、こんな高いものは絶対に売れないと言っていましたね」
 しかし結果はすぐに出た。この高額なテントは初年度で100張ほどの売り上げを記録。ハイエンドのアウトドアギア市場が確かに存在することを体感した出来事だった。

 山井さんが打ち出した「永久保証」という画期的な方策も、ユーザーの支持を得る大きな理由となった。80年代半ばから現在に至るまで、同社の全プロダクトには保証書がついていないのである。
「私達は自らの企画力、開発力が世界一のレベルにあると考えていて、この自信が永久保証というシステムにつながっています。品質には絶対の自信があるのでとにかく製品を長く愛用して、沢山の思い出を刻んでいただきたい。でも万が一、製造上の欠陥が見つかれば、永久に保証しましょうと。なぜ、スノーピークの製品は他社製品と比べて値段が高いのかとよく聞かれますが、永久保証ですからと説明すればそこで話が終わる(笑)。全てが永久保証を前提としているので、開発スタッフのモチベーションにしても、極めて高い状態で維持できる訳です」

山井 太(株式会社スノーピーク)インタビュー写真

ユーザーとの交流が新たな発想を産む

山井 太(株式会社スノーピーク)インタビュー写真

 2000年から毎年、増収を重ね、飛躍的に成長を続けてきたスノーピーク。昨年は売り上げで前年比20%アップを記録し、暮れには東証マザーズ上場も果たした。こうした成長を加速させた理由はどこにあったのだろうか。

「私が社長に就任した96年は、実は売り上げが下がり続けていた時期だったんです。オートキャンプのブームが過熱しすぎて、その反動で醒めるのも早かった。それに、人口構成比率も次第に変化し、ファミリー層のキャンプ人口が減っていくことも分かっていたので、経営上、何か変革が必要だった。そんなタイミングでユーザーの方から貴重なヒントを頂いたんです。」

 今では恒例となっているユーザーとの交流キャンプイベント「スノーピークウェイ」。日本全国でユーザーとスタッフが共にキャンプを楽しむという試みだ。98年、第一回目のスノーピークウェイでユーザーとたき火を囲んだ山井さん。ここでスノーピーカーと呼ばれるコアなファン達から、率直な意見が投げかけられた。

「スノーピークの製品はとにかく値段が高いと(笑)。さらに、どの店に行っても品揃えが悪くて欲しいモノが買えないということを直接、言われたんです。それで考えたのが問屋を通さずにギアを販売するという方法でした。その時点で約1000店舗に製品を置いていたんですが、流通を問屋に任せていたため、中にはハイエンドな製品に似つかわしくない店舗や、製品の扱い方をきちんと説明してくれない店舗などもあった。じゃあ問屋を経由しないで取扱い店舗を250店舗に絞り、スノーピークの世界観をしっかりとお客さまに提案できるようにしようと。問屋を仲介しなければ価格も下げられますしね。もちろん長い間お付き合いをさせていただいていた問屋さんからの反発は大きかったんですが、これを断行した。この改革を行ったことで、ユーザーさんから聞いた2つの大きな不満を解消することができたんです」

 製品を扱う店舗数は一気に約1/4まで減少。しかし、充実の品揃えで丁寧な接客を行う店舗が逆に増加したことで、2000年からは売り上げが上昇に転じた。同時に、ユーザーの声を確実に反映するというスノーピークのスタンスが、市場に深く浸透。ユーザーと密接な関わりを持ちながら成長していく、「コミュニティブランド」という側面がファンの増大を後押ししていく。

新たな自然とのつながり方を模索し続けて

山井 太(株式会社スノーピーク)インタビュー写真

 2018年度には売上高300億円を視野に入れているという山井さん。そのための施策も着々と進んでいる。一つは海外でのシェア増大に向けた取り組みだ。スノーピークは90年代後半からアメリカ、韓国を初め、積極的に海外での認知度を高めてきた。さらにこの動きを加速させ、2018年度には海外での売上げを総売上の約50%にまで拡大したいと山井さんは意気込む。

「それともう一つの大きな方向性は、国内での全く新しい市場開拓ですね。例えば、もう既に展開し始めている、アーバンアウトドアというコンセプト。都市生活者が、日常の中で自然との接点を増やせるようなギアの展開やライフスタイルの提案です。直営店で、マット、テーブル、コーヒーを抽出するパーコレータなどをセットでレンタルして下さいと。いつもはレストランでランチしながらおしゃべりしていたのを、近くの公園やドライブがてら、楽しんでみてはという提案です。日本ではせっかく庭があるのにガーデンパーティのカルチャーもまだまだ浸透していない。遠方までキャンプしに行かなくても、ちょっとした工夫で自然と触れあうことができますからね」

 こうした取り組みと同時に昨年からは、機能的でデザイン性に優れたアパレルのラインアップも拡充し始めた。ウェアは広大な自然のフィールドと都市生活をつなぐ、ブリッジとしての位置付け。タウンでも着こなせるスノーピークアパレルは、早くも業界内外で注目の的となっている。

 座右の銘は「人生に、野遊びを」。年に約60泊以上、テントで宿泊しているという山井さんは生粋のアウトドズマンだ。仕事にかける情熱の源について尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「スノーピークの事業の本質は、人間性の回復だと思っているんです。私自身、野遊びをすることで人間本来の五感が研ぎ澄まされることを実感しています。ですから、とかくストレスの多い社会構造の中で生きる人々、とりわけ都市生活者に対し、自然の中で過ごす喜びを改めて感じてほしい。そのためにはタフなギアが必要ですし、モダンなデザイン性も求められます。私たちが力を注げば注ぐほど、より多くの人々が生き生きと暮らせる。そう考えると、つくづく幸せな仕事をさせてもらっているなと感じますね」

 常に、新市場を模索しながら、自然との新たなつながり方を提案し続けてきたスノーピーク。次の一手がどのようなものになるのか。ユーザーの期待は高まるばかりだ。

山井 太(株式会社スノーピーク)インタビュー写真

(文=宇都宮浩)2015/02/25

プロフィール

山井 太(株式会社スノーピーク)プロフィール写真
山井 太
株式会社スノーピーク 代表取締役社長
1959 年
新潟県三条市生まれ
1982 年
明治大学を卒業後、外資系商社リーベルマン・ウェルシュリー & Co.,SA 入社
1986 年
父が創業した(株)ヤマコウに入社。アウトドア用品の開発に着手し、オートキャンプのブランドを築く
1996 年
社長就任と同時に社名を(株)スノーピークに変更
2014 年
東証マザーズ上場

熱狂的なアウトドア愛好家で毎年30~60泊をキャンプですごす。

会社概要

株式会社スノーピーク
株式会社スノーピーク
  • コード:7816
  • 業種:その他製品
  • 上場日:2014/12/11