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「人とも物とも、全ての出会いに意味がある」 ~人と交じり、融合することで歴史から生み出す新しいイノベーション

前田工繊株式会社
前田 征利

前田工繊株式会社 前田征利

前田征利(前田工繊株式会社)インタビュー写真

出会いに気づくためのテーマづくり

前田征利(前田工繊株式会社)インタビュー写真

 福井県を代表するグローバル企業「前田工繊」の事業は、社会の基盤づくり。土木資材、建築資材から農業用品、不織布、自動車用ホイールまで、多方向からよりよい暮らしのあり方を見つめ、100年もの間、社会に貢献し続けてきた企業だ。代表取締役社長の前田征利さん曰く、成長の要因は「あらゆるものを混ぜ合わせてきた」こと。言葉通り、前田工繊は人と人、先端技術と高機能素材、事業と事業を巧みに融合させることで、数々のイノベーションを達成してきた。

「すべてが出会いですね。誰かと出会って何かを生み出し、一所懸命やっているとまた次の出会いがある。その繰り返しです。出会いをきっかけとするには、好き嫌いで人を選別しないこと。そしていつも自分にキーワードやテーマを持っておくこと。そうすれば、テレビを見ていても、誰かと話していても、テーマに引っかかる。そこからアイデアが生まれて、何かを混ぜ合わせる、新しい何かを生み出すことが自然とできるようになると思いますね」

 穏やかな口調が印象的な前田さんの信条は自然体。自身の好奇心と素直に向き合うことで、会社を変容させてきたからこそ現在があるという。
 前田さんが先代から会社を引き継いだとき、会社は「前田機業場」と名乗っていた。主たる事業は織物業。大企業の下請け業者における若社長として前田さんのキャリアはスタートする。ところが仕事を進めていくうち、すべてが受け身、決定的な物足りなさを感じるように。そこから新しい何か、出会いを求めて動き出すことになる。

「言われるがままの商品を納期通り納めるわけです。少しでも高い商品を買っていただくために私はお酒や麻雀で接待です(笑)。そんなことを3年ほど続けたんですが、全然面白くない。自分たちのつくったものがどこでどういう風に使われるかも分からないし、単価と数量の世界ですから。それでこれは何か新しいことを始めないといかんということで国内、海外を2ヶ月ほど歩いてまわったんです。そのときですね、最初の出会いがあったのは」

 知り合いの建設業者を訪ねて東京へ行った際、面白いものを発見した。それはまるでヘチマのような形をしていて、最初は何に使うものか分からなかったという。

「聞いてみると、トンネルで使われる排水材だというんです。このヘチマのような排水材をトンネルの中に入れて水を逃がすことで、鉄道の線路や高速道路を守ることができると。このマーケットはこれから大きくなるんですかと聞くと、日本列島改造論が叫ばれている時代だからニーズはどんどん広がっていくと言うんです。その一言でもう決まりました。福井に帰って、これをつくろうと。いってみれば瞬間的にマーケティングが終わったわけですね。大きな出会いでした」

 その後の動きはスピーディだった。密接な関係のあった帝人の技術者に相談し、建設資材づくりに着手。「ヘチマ」に出会ってから約1年後には社名を「前田工繊」に変更し、新たなスタートを切った。自分で価格を決め、売って歩き、顧客と向き合いたい。そんな前田さんの純粋な思いが本業の大転換を促す原動力となったのだ。

変容の先にあるイノベーション

前田征利(前田工繊株式会社)インタビュー写真

 繊維業で培った経験と技術を、建築資材製造に活かせたのは、ジオテキスタイルという分野に脚光が当たり始めた時代背景もある。欧州で顕著になっていた繊維と土木の融合。1970年代、前田工繊は道路・埋立地の補強などに使用されるシートの開発で、この新しい分野にいち早く参入した企業となっていった。とはいえ、いくら良い商品を開発したといってもすぐに売上として結果がでたわけではない。前田工繊としてスタートを切った直後、日本はオイルショックに見舞われたこともあり、在庫の山はどんどん膨れ上がっていったという。

「もちろん良い商品をつくったという自負は当時、ありましたし、民間企業には多少、売れてもいました。でもオイルショックに加え、建設資材の最終ユーザーである建設省がまだ首を縦に振ってくれない。そこでどう営業したものかと考えた末、北海道開発庁へ目先を変えた。そこで出会った方に、俺が売ってやると言われてね。これも良い出会いでした。結局、道路の開発などに随分使ってもらえて、青函トンネルにもうちの商品を利用してもらうことができた。ここでの実績があったから、内地でも使ってもらえるようになっていくんです」

 同時に、内地の建設省への説得材料とするため、大学との共同研究も始めた。国土のインフラに関わる商品を採用してもらうためには、自社のみの調査結果では客観性が足りないと考えた前田さんは、福井大学、金沢大学や東京工業大学とのコラボレーションによって信頼性のあるデータを得て、その数値を学会で公表することで、自社製品の品質を証明していったのだ。

 このように様々な出会いを大切にし、人々と交わることで事業を強固にしていった前田工繊。建設資材という新規事業を立ち上げてからほぼ10年で、全国に販売網を構築することに成功する。その後の加速度的な成長を後押ししたM&Aに関しても、「出会いの結果」だと語る前田さん。現在、主力製品のひとつとなったジオテキスタイル「アデム」も、自社の力だけでは開発できなかった商品だと説明する。

「樹脂製造企業から事業譲渡の持ちかけがあって私はそれをお受けした。先方は樹脂を専門としていて、弊社は繊維の会社。樹脂に繊維を組み込んだ製品が『アデム』で、こうした素材の組み合わせが強度を産んでいるわけです。新しいものをつくりだすには、新たな人との融合によって、新たなアイデアを見つけだす必要があるわけですよね」

 目まぐるしく変化する時代とともに、企業も常に変革しなければならない。こうした当たり前のことを実践できない企業も多い中、前田工繊は常に変容を続けている。これからどんな商品が生みだされるか、そしてどんな新規事業を手がけることになるのか。10年先は予測がつかないと言いながら、前田さんは微笑む。

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「仕事」を通して「社会貢献」というこれ以上ない使命

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 現在、全国の販売網に配置するスタッフの質も前田工繊の強味だ。各地の社員は営業だけにとどまらず、施工のコンサルティングから竣工まで、一気通貫で関わることのできる専門性を有している。そんな社員のモチベーションを高めるべく、前田さんが常々、口にするのはこういうフレーズだ。

「売上は顧客の評価。評価されるということは社会に貢献しているということ。やりがいというのはお金だけでなく、仕事を通じて世の中のために尽くそうということしかないですよね」

 前田社長の経営に対する意識をより強固にし、社員の士気も高めたという意味では2007年の東京証券取引所市場第二部上場、2012年の市場第一部銘柄への指定は大きかった。
1989年、バブルの絶頂期において、国税庁の税務調査を受けたとき、会社は社会の公器であるべきだとの想いが強く芽生え始め、小さくても上場することが必要だと気付いた。
 結果、上場を目指したことで、企業と社会の関係性を社員がより強く意識するようになったと前田さんは説明する。

「国土のインフラに関わる商品をつくる。」という公的な事業内容をあらためて見つめ直したとき、やはり株式公開は必要なことだと思ったんです。上場によって私自身、“私”から“公”へと、社会に対する責任を再認識できましたね。社員はもちろんですが、最も意識が変わったのは経営者としての私かもしれない。

 上場すると株主の方を始め、社外取締役なども含め外部の方から経営に関するご意見を多数いただきますよね。それらが経営者を磨く事になるのだなと思いました。経営というものは社内外を問わずオープンでなければならないし、外部のアイデアをも活かしていかなければ成長はない。やっぱりこれも出会いなんですよね。
 社外取締役として経営に参画いただいているカルビー株式会社の松本晃さんは、古くからの付き合いですが、遠慮なく厳しいことをズバっと言われる。私はこれをとてもありがたいと感じています。やっぱりダイバーシティですよね。シリコンバレーにしても多様性が基本にあったからこそ発展することができた。経営者にとっても化学反応は必要で、刺激的な意見を言ってくれる社外取締役は皆さん、大切な存在なんです。」と組織が強くなったと語る前田さん。

 さらに、社員のモチベーションを高めたひとつの要因として、上場を目指し、月次というスタイルで経営を見える化したことも挙げられる。個々の構成員が事業の全容を認識、目標にコミットするため、アイデアを出す意識も強まった。
引き続き、社員育成の一環として事業部門ごとに3カ月単位で、製造工程、コスト、技術に加え、人としての生き方を前田さんが説く「前田塾」を開いている。会社は、社長一人の判断や思いつきだけで動かすことなどできるはずはなく、みんなの力で成り立っている。

 加えて、上場が及ぼしたビジネスを進める上での対外的な変化については、M&A戦略の交渉で有利に働いたと感じていると答える。

「具体的に経営現場で感じ取った変化の中には、当社のM&A戦略の交渉でも有利に働いているのではないでしょうか。
 実際に過去の実績を振り返ってみて、売り手にとっては、従業員の雇用維持や経営の透明性・健全性が重要な判断要素になると思いますが、上場会社として情報開示していることが、信用力アップにつながっているのではないでしょうか。
 また、上場後は投資案件の情報が集まりやすくもなり、選択の幅が広がり、交渉の場で有利に働いていると感じますね。
 加えて、東証市場第一部に指定されてからは、海外の機関投資家に注目される市場への上場ということ事で、今後の海外展開を推進するうえでも、同様のメリットがあると考えています。」

 強力なリーダーシップを有しつつ、常に新たなアイデアを求めながら、貪欲にアンテナを張り続ける。そんな前田さんのスタンスを周囲は感じ取って、有益な情報や新たな発想を提供するようにもなる。この幸福な出会いのスパイラルこそ前田工繊の動力源といえよう。

日本という特異な環境での経験を活かして

前田征利(前田工繊株式会社)インタビュー写真

 地震や台風を始めとした天災や環境問題の深刻化、日本全土における交通インフラの老朽化など、より良質な建設資材、土木資材へのニーズは高まる一方だ。このような時代に前田工繊が果たす役割について、前田さんはどう考えているのか、聞いてみた。

「災害による被害を最小限に抑えるため、私たちのすべきことは膨大にあります。遮水や護岸、構造物の補強、道路舗装のほかにも、まだできることはあるでしょう。日本は国土の中央に3,000m級の山脈があって、人々の住むエリアと川や海との距離も極めて近い。つまり急流が多いわけで、おまけに雨も多い。しかも火山はあるし、地震も多い。これだけ特異な環境で培った技術を、私たちは海外に輸出していくという使命を負っていると思うんです」

 特に注目している分野のひとつに農業を挙げた前田さん。言葉通り、農業用保温材や防草シート、遮光シートなど農業に関わる同社の新商品は、近年、増え続けている。その背景にあるのは、日本の食料自給率を改善し、食の安全を図る「食料安保」、自給自足の安定化を考える時代に来ているという想いだ。縁の下の力持ちとして農業を後押しすることで、歪んでしまった日本の食料生産事情を改善させたいと考えている。

「今、農業に従事したいという若い人が増えつつある。そういう人々の手助けになるようなことができればと考えているんです。今の日本では24時間、コンビニエンスストアで何でも食べ物が買えて、インターネットではボタンひとつですぐに食べ物が届く。これだけ飽食の時代であるがゆえに、大量に食品を輸入して、いつの間にか自国で食料をつくらなくなってしまいました。私は“足るを知る”という言葉が好きで、今の日本に欠けている精神だとも思います。もう少し節度を持った生活を心がけて、食料にしても必要な分だけ自分たちでつくればいいでしょう。食の安全についてももっと目を向けなければならないし、日本全体で農業について深く見つめ直す必要がある。私たちがこの分野において、できることはたくさんあるなと感じているんです」

 プライベートでは「歩く」ことが好きだという前田さん。京都まで出向き、歩くことがオンオフの切り替えにもなっているというが、そこでもつい仕事のことを考えてしまうとか。

「堤防などの近くを歩いていると、やっぱり仕事のことと結びついてしまう。なかなかスイッチをオフにすることはできないですね。オフにした途端に生気がなくなってしまうので、いつまでもオンにしておかないとならない(笑)」

 ものづくりは得意だが、ものを売るのは苦手といわれる福井人の気質。100年の歴史を重ね、そんな土地の空気を前田工繊は大きく変えてきた。地元の良さを活かしながら、県外の空気を取り入れる触媒となりたい。そう語る前田さんが繰り出す一手はどのようなものになるのか。業界内外から熱い視線が注がれている。

前田征利(前田工繊株式会社)インタビュー写真

(文=宇都宮浩 写真=前田龍央)2017/03/07

プロフィール

前田 征利
前田工繊株式会社 代表取締役社長
1945 年
福井県生まれ
1968 年
大阪大学基礎工学部 卒業
帝人株式会社 入社
1970 年
前田機業場 入社
1972 年
前田工繊株式会社設立 代表取締役社長
2006 年
当社 代表取締役社長兼執行役員CEO
2007 年
当社 代表取締役社長
東京証券取引所市場第二部に上場
2012 年
東京証券取引所市場第一部に指定
2014 年
当社 代表取締役社長兼CEO(現任)
株式会社エイチアンドエフ社外取締役(現任)

会社概要

前田工繊株式会社
  • コード:7821
  • 業種:その他製品
  • 上場日:2007/08/06