上場会社トップインタビュー「創」

日本の未来を見つめ「観光大国」のフロントランナーに!

株式会社西武ホールディングス
後藤 高志

バンカーが本気になった日

後藤 高志(株式会社西武ホールディングス)インタビュー写真

 2014年4月、上場廃止から約10年の歳月を経て、西武HDが再上場した。
 10年前に西武が引き起こした有価証券報告書の虚偽記載事件は、経営者の責任とともに「なぜ不正が見つけられなかったのか」という牽制機能が問題視され、『内部統制』が企業に義務づけられるきっかけとなった事件だ。いわば西武の再上場は、『経営者の説明責任』と『経営の透明化』という十字架を背負ってのカムバックと言える。10年越しで経営改革に取り組んだ代表取締役社長 後藤高志さんに西武がいかに変わったか、内部の変化をお話しいただいた。

 2004年10月、有価証券報告書の虚偽記載事件が発覚すると、その問題の大きさから東京証券取引所は西武鉄道の上場廃止を決定した。
 青ざめたのは銀行だ。西武へ1兆3,500億円もの貸し付けがある。最大債権者だったみずほ銀行は「西武グループ経営改革委員会」を立ち上げた。ここに後藤さんも入っていた。西武グループを担当するみずほコーポレート銀行の副頭取だった。

「西武鉄道は100年近い歴史を有して、銀行から見ても日本を代表する優良な会社でした。カリスマ的なオーナーが経営しており、信用力は高かったんです。しかし大変な不祥事を起こして信用が一気に崩壊して、銀行内部でもどうするんだという声が日に日に高まっていきました。とにかく信用不安を押さえなくてはいけない、いわばつっかえ棒が必要でした」

 120近いグループ会社に3万人の従業員。カリスマ経営者が長年経営しており、西武の内部で瞬間的にこの巨体を支えられる人材はいなかった。「自分が行くしかないんじゃないか」と考え始めたとき、みずほの首脳から正式に「行ってくれないか」と言われた。これで腹が決まった。
 2005年1月31日、みずほコーポレート銀行取締役副頭取を退任。ここで退路は断った。後藤さんの覚悟は、特別顧問就任会見での発言「朝の来ない夜はない」に表れていた。2月1日西武鉄道の特別顧問、5月に同社の代表取締役社長に就任した。

世間を驚かせた再編デザイン

後藤 高志(株式会社西武ホールディングス)インタビュー写真

 当初、銀行主導の経営改革委員会はコクドと西武鉄道とプリンスホテルの3つを合併するシナリオを描いていた。しかし、西武に入った後藤さんは、この案に疑問を持ち始めた。西武グループの幹部、社員、現場の人たち、いろいろなレベルで議論を重ねると、外からは見えなかった縦割り組織の軋轢やカルチャーの違いが見えてくる。お互いの仲も決してよくなかった。
「3社の単純な合併は無理だ」
 カルチャーの異なるものを一つの器に入れるとどうなるか、かつて3つの銀行がみずほとして統合したときの経験で誰よりも理解しているつもりだった。しかも、鉄道とホテルという、全くの異業種同士である。

「合併はどうしても内部調整に時間がかかります。ちょうど私が西武に入った4月にJR西日本・福知山線の電車脱線事故が発生し、非常に焦りました。社員のモチベーションの低下から事故など起こしたら大変です。はっきり言って、内部調整などしている時間はなかった」

 最優先は、「安全・安心」をグループ各社が肝に命じビジネスモデルを再構築することだ。後藤さんは3社合併ではなく、持ち株会社を活用したグループ再編とそれによる一体再生を選んだ。
 そしてもう一つ、世間を驚かせたことがある。外資系ファンドを活用し、増資を行ったことだ。
「経営改革委員会が提案した優先株の引き受けはデット・エクイティ・スワップと言って、債務の株式化なんですね。財務的には債務が減って自己資本が増えますが、キャッシュフローが増えるわけではありません。しかし、西武の再生には“生きたお金”が必要だった。ですから、事業からの撤退と新たな成長戦略のために増資を考えたんです」

 しかし、なぜサーベラスだったのだろう? 後藤さんの人脈だろうか。

「実は出資に当たって30社近くから提案を受けていました。内外の投資家や証券会社、この中からどこを選ぶか。私は生え抜きの幹部たちに、どこの提案が西武グループの再生に一番有意義かフラットに議論してもらいました。それで彼らに5社にしぼってもらったんです。このプロセスが大事でした」 

 こうして選んだ5社の中から後藤さんも検討チームに加わり、最終的にサーベラス等が選ばれた。生え抜きの社員と一緒に再生していくという後藤さんのメッセージでもあったのだ。

経営改革の肝は「社員の気持ち」

グループ再編はハード面での経営改革だ。後藤さんはこれと同時にソフト面での経営改革も進めていた。変えなければいけないのは社員の気持ちだった。

「西武グループの社員は、非常に実直なんですね。ですが、上から指示されたことは一生懸命やるけれども、自分で能動的に行動を起こすところが非常に弱かった。しかし再建は、社員一人ひとりが意識を持って取り組まなければ絶対できません。そこでまず全社員を対象にアンケートを実施して、グループをどう思うか、誇りが持てるか、自分の仕事にやりがいを持っているかと聞いたんです」

 世間から厳しい批判を受けて、社員の気持ちは下がっていた。西武グループに対する愛着も揺らいでいると率直な気持ちが寄せられた。そこでみなの気持ちを一つにするビジョンを作成しようとプロジェクトチームを結成。社員が中心になって、自分たちはどうあるべきか、地域社会にできることは何かと考えた。
 2006年3月27日。グループ再編の完了とともにグループビジョンを発表。実質的な西武グループの再スタートである。

後藤 高志(株式会社西武ホールディングス)インタビュー写真

●グループ理念
「私たち西武グループは地域・社会の発展、環境の保全に貢献し、安全で快適なサービスを提供します。また、お客さまの新たなる感動の創造に誇りと責任を持って挑戦します。」
●グループスローガン
「でかける人を、ほほえむ人へ。」

 後藤さんの次なる仕事は、このビジョンを浸透させることだった。しかし、ビジョンというものは浸透させることこそ難しい。実際、後藤さんは銀行でも経営理念の策定に携わったことがあり、求心力を作り上げることの難しさを痛感していた。西武HDで成功したポイントを伺ってみた。

「常にビジョンに立ち帰り咀嚼することだと思います。ビジョンブックは私も常に携行して、判断に迷ったときには必ず読み返しています。グループ社員にも携行してくれと伝えて朝礼のときに唱和してもらったりしています。グループの横断的な活動もしていて、たとえばビジョンに基づいた優れた取り組みを表彰する『ほほえみ大賞』や、ビジョンを実現する施策を社員に提案してもらう『ほほえみFactory』、後者はもう8年続いていて、ここから駅チカ保育所『Nicot』やお子さまの健やかなる成長を支援する『西武塾』などが生まれました。毎年4月は『グループビジョン推進月間』と定め、若手社員らと座談会をしたりしています。そうして常にビジョンを感じてもらう、考えてもらうことがとても大事で、これをやらないとビジョンは形骸化してしまうんですね。でもこの活動を会社が本気でやると社員は変わってきます。いまでは経営でいちばん大事なのはビジョンの浸透だと思っています」

 グループビジョンを作成して半年ほど経ったとき、こんなことがあった。西武鉄道の駅長等現場の管理職を集めて研修会を開催し、研修後に畳の大広間で酒を飲みながら懇談会を開いていたときのことだ。この日も車座になっていろいろな話しをし、そろそろお開きというとき、懇談会の幹事が締めの挨拶で「後藤社長に言っておきたいことがある」と切り出してきた。「なんだ」と身構えると、その幹事はこう言った。

「後藤社長、あなた絶対に銀行に帰っちゃだめだ! 帰らないでくれ」

「あのときは本当に嬉しかった」と後藤さんは目を細めた。
「帰らないよ。帰るわけがないじゃないかと言ったんです」

後藤 高志(株式会社西武ホールディングス)インタビュー写真

再上場に向けた3つの施策

後藤 高志(株式会社西武ホールディングス)インタビュー写真

 『再上場』は、社長に就任したときから経営の最重点課題として位置づけていた。そこには3つの課題設定があった。

「一つ目は内部統制の強化・充実です。まず内部統制はコンプライアンスをしっかりやる。僕はコンプライアンスで大事なのはトップのコミットメントだと思っています。うちでは毎年10月の第2週を『コンプライアンスウィーク』として、グループ社員を1,000人ほど集めて、私はトップとしてコミットメントを発出します。トップ自らがやりますと、宣言するんです。そのとき僕が必ず言うのは、築城3年、落城3日。3年かかって一生懸命城を築いても緩んだとたんに3日で落城する。アリの一穴で堤防が決壊する。こういう話を毎年します。
 二つ目は財務体質の強化です。これは一言で言えば、銀行借入を減らす。1兆3,500億円あった借入が、2015年9月時点で約8,100億円。10年間で5,000億円強も減らしました。三つ目が収益力の強化。これは『峻別と集中』で国内外167あった事業所を91にしました。これによって収益力が飛躍的に高まりました」

 後藤さんが行動を起こすときの判断基準としてグループ社員によく言う言葉がある。
最優先は「安全・安心」。2番目は「お客さま目線」。3番目は「きれいな利益」を上げること。

「若干脱線しますけども、チャレンジや利益という言葉が、ややもすると悪いようなイメージで言われていますが、それは絶対違います。挑戦は、私たちのグループ宣言にもありますが、絶対必要なんですね。そして企業の永続性、次の100年に向かって成長していくためにはやはり利益を上げなくちゃいけない。だけども、それはきれいな利益でなくてはならないということです。アンフェアな利益は企業の存続を危うくする。10年前、西武グループはそれで辛酸をなめたわけですから」

生まれ変わった西武が見つめる未来

西武HDの長期戦略、中期事業計画を見ると、グループ各社がそれぞれ役割を与えられていることがわかる。西武鉄道など都市交通・沿線事業は「企業価値向上の源泉」、プリンスホテルなどホテル・レジャー事業は「企業価値向上の原動力」、そして不動産事業が「企業価値向上の鍵」だ。この3つのコア事業が組み合って西武の未来を構築する、これぞまさしくホールディングスの部分最適が全体最適につながる仕組みだ。

「都市交通・沿線事業は安定的にキャッシュフローを生み出してくれますので、これはまさに泉。プリンスホテルを中心とするホテル・レジャー事業はこの3年間、限界的な伸び率で、すばらしい原動力を発揮しています。そしてこれからは不動産事業が「鍵」となってきます。
 2016年夏頃にオープンするグループ一大プロジェクトでもある東京ガーデンテラス紀尾井町。このほか、所沢駅、池袋駅などの再開発も予定しています。西武鉄道沿線のEmioやPePeなど商業施設も非常にいいですよ。軽井沢 プリンス・ショッピングプラザも史上最高の売上を年々更新しています」

後藤さんは日本の大銀行の頭取になっていたかもしれない方だ。西武のトップが見る日本の未来と銀行のトップが見る日本の未来、その景色は違うのだろうか。

「業態によって見る視点は違うと思います。いま金融機関で話題といえばフィンテックでしょう。これが今後の金融システムの中で大きなテーマになっていくと思います。
 一方、われわれ西武グループから見ると、いま日本はパラダイムシフトのまっただ中です。その要因は少子高齢化とインバウンドの急増。この二つは国家戦略の中では最終的に融合する話ですが、これに西武グループはプロアクティブに取組んでいこうと考えています。
 まず少子高齢化には『こども応援プロジェクト』、『シニアほほえみプロジェクト』を進めていて、われわれは『生活応援企業グループ』として取り組んでいます。インバウンドは、『観光大国』のフロントランナーを目指すということです。 
 いま国家戦略で二つは融合すると言いましたが、観光大国は少子高齢化問題を解消する最大のキーワードなんですね。消費額で言うと、海外の観光客10人が日本人1人に相当するそうです。ということは10人、人口が減ったとしても100人観光客が増えれば消費がまかなえる。観光ビジネスは、地方創生の切り札にもなります。地方が元気になれば、安心して子供を生んで育てる環境もできるし、お年寄りも観光ボランティアなど活躍の場が広がります」

 後藤さん率いる西武HDが見ている世界が見えてきた。日本が真の観光大国になるためのインフラをつくろうとしているのだ。金融機関のトップとは違うやり方で、後藤さんは日本経済を救う道を見つめている。



 さて、大変お忙しい後藤さんであるので、最後に大急ぎでオフの過ごし方を聞いてみた。すると親しい友人と「秩父映画祭」を見てきた話などしてくださったが、でもそれは現場視察では? 
 後藤社長は笑って答えた。

「僕はマグロなんですよ(笑)。いつも回遊していないと呼吸ができなくなっちゃう。だから土日のほとんどは、ホテルやゴルフ場、西武のいろんな駅に視察に行っています。あと映画も好きで、『007』『ダイ・ハード』などのアクションものが好きですね。直近では『KANO』という台湾の野球部が甲子園で準優勝した映画を見ました。実はこれ2回見ているんです。2回ともウルウルしました(笑)」

 武闘派で知られる後藤さんをつかまえて失礼かと思うが、映画館の片隅で涙を浮かべる姿はほほえましい。東大ラグビー部出身らしくこんな話もしてくれた。

「ラグビーでは僕はウイングというポジションでしたが、ラグビーの中で一番価値あるプレーは、球を持って相手に突っ込んでいって、ラック状態の中でスパイクで踏み付けられようがなんだろうが、とにかく身を挺して生きた球を仲間に渡す、この人なんですよ。ラックの中はグジャグジャで大変ですが、ここで踏ん張る人がいるからトライに結びついていく」

 おそらく西武グループの中で、このグジャグジャになって生きたボールを送り出す役割を後藤さんが担っているのだろう。パスを受け取りトライするのは社員たちだ。西武ライオンズをイメージリーダーとする西武グループは、いま一丸となって未来に向かっている。

(文=江川裕子 写真=戸塚博之)2015/11/20

プロフィール

後藤 高志
株式会社西武ホールディングス 代表取締役社長
1972 年
株式会社第一勧業銀行(現 株式会社みずほフィナンシャルグループ)に入行
2000 年
株式会社みずほホールディングス執行役員
2004 年
株式会社みずほコーポレート銀行(現 株式会社みずほ銀行)取締役副頭取
2005 年
西武鉄道株式会社特別顧問、同社代表取締役社長
2006 年
株式会社西武ホールディングス 代表取締役社長(現任)
株式会社プリンスホテル取締役(現任)
2007 年
株式会社西武ライオンズ取締役オーナー(現任)
2010 年
西武鉄道株式会社取締役会長(現任)

会社概要

ロゴマーク
株式会社西武ホールディングス
  • コード:9024
  • 業種:陸運業
  • 上場日:2014/04/23