博多織の技術を未来に伝え、着物市場に新しい波を起こす

株式会社はかた匠工芸
岡井 弘志

着物は文化ビジネス

岡井 弘志(株式会社はかた匠工芸)インタビュー写真

 博多織は、鎌倉時代、博多商人満田弥三右衛門が宋から持ち帰った唐織の技術に端を発すると言われる。その250年後に、弥三右衛門の子孫である満田彦三郎が明に渡り、新しい織物技法を習得して帰国。家伝の技法と組み合わせ、織工の竹若伊右衛門とともに工夫・改良を重ねて琥珀織りのように生地が厚く、浮線紋や柳条などのある厚地の織物を作り出すことに成功した。
 江戸時代になり、筑前藩主となった黒田長政が、博多織を幕府に献上したことから『献上博多』として広く知られるようになった。
 この博多織の伝統を維持しつつ、現代の日本にフィットした新しいビジネス・モデルを模索する会社が株式会社はかた匠工芸(以下、はかた匠工芸)である。同社社長として忙しい日々を送る岡井弘志さんは、着物業界一筋に歩んできた自分のキャリアをかけて、この新しいチャレンジを牽引している。

「博多の織物文化と言われるものを伝え、残しながら、そこにビジネスを生み出すことが大切だと思います。これは、博多織だけの問題ではなく、着物業界全体につながる話なのです。以前は、製造メーカー、卸、小売り、すべて合わせて2兆円産業と言われた業界ですが、最近はその勢いを失い、今では『和服は必要あるのか』という声を聞くこともあります。けれども、その中で、和服の良さをしっかり伝えれば、『やっぱり、着物が良い』という人たちがいます。だから、私は『教えて、伝えて、流通を促す』ことに徹すれば、まだまだ可能性はあると思っているのです」

 和服は日本文化の重要な要素である。グローバルにつながった世界の中で、海外の国から日本を訪れる旅行者の数はどんどん増加している。2020年に予定される東京オリンピックに向けて、この傾向はさらに強まるだろう。そうした海外の人たちが日本を訪れることによって、和服をはじめとする日本文化の諸要素は再度注目を集めることになるに違いない。岡井さんは、その時流にチャンスを見ている。

「ある意味で文化ビジネスなのです。今、日本人に博多織の献上柄の意味を訊ねても、九割以上の人が答えられないと思います。でも、その意味をお話しすれば、多くの方が興味を持ってくださるのです。
 献上柄の伝統的文様は、独鈷(どっこ)、華皿(はなざら)、親子縞、孝行縞です。独鈷と華皿は仏具をモチーフとした縁起の良い模様です。親子縞は、外側に2本の太い線、その内側に2本の細い線を配した柄で、両親(太い線)が子(細い線)を守るという意味があります。また、孝行縞は、太い線の両側に細い線を配した柄で、子(細い線)が親(太い線)を守るという意味になるのです。こういった子孫繁栄と幸せの願いが込められています。こういう説明をちゃんとすれば、多くの人に響くものがあるはずです」

手織りの伝統を守りつつ、新しい“男きもの”を提案

岡井 弘志(株式会社はかた匠工芸)インタビュー写真

 他の織物産地と同様に、博多織も明治期に機械織が導入される。そして、戦後の高度成長期に需要が増したことで、機械織が主流となり、熟練の手織り職人が育ち難い環境になってしまった。
 しかし、和服に親しむ人たちの間では、職人の個性が反映された手織りの風合いは、機械織には出せない価値があるという声が高い。

「機械織は、一定の品質のものを大量に生産するには向いていますし、利益を出しやすいと思います。でも本当に良いものは手織りです。職人の手の技によって生み出された博多織は、作品といって良いレベルに仕上がっています。
 他の織物産地よりも博多織は手織りを重視してきたと思いますが、その中でも私たちはこだわりを持って手織りを守ってきました。現在、ここには11台の手織り機があり、4人の伝統工芸士と、これから2~3年の内にその域まで達する職人が2人います。また、新しい世代の育成も行っており、この春も博多織の業界として若手職人を育成する『博多織ディベロップメントカレッジ』という専門学校の卒業生が入社しますので、さっそく手織り機で修行してもらおうと思っています。
 博多織という日本文化を守っているだけではなく、この先に続ける環境と人材を持って前進しているところが私たちの強みではないかと思っています」

 また、販売面では、親会社である日本和装ホールディングス株式会社(以下、日本和装)への販売がほとんどであったが、他の販売ルートの開拓も始まっている。

「これまで職人だけでやってきましたが、そこから一歩出て、この会社の独立性を高めたいと思っています。そのために、販売チャネルを広げる必要があります。現在、4人の営業が全国各地を飛び回って、新しい問屋さんとの取り引きや、催事での直販などにアプローチしているところで、成果は徐々に上がってきています」

 さらに、着物業界に新しい風を吹き込む、斬新な試みにも着手している。2014年4月、日本和装と共同企画で男きもの専門店『SAMURAI』の銀座本店、京都店を相次いで開店させ、着物、羽織、帯、長襦袢、仕立てまでをセットにした新商品を提案したのだ。

「普通に考えれば、和服の市場のメイン・ターゲットは女性です。でも、文化ビジネスとすれば、男性にも着てもらうことが大切です。その市場を創るためには、最初は情報発信しなければいけません。当社が提案する『刀-KATANA』シリーズは、セットで14万7,000円という破格の安さでご提供しています。今まで和服を着たことのない男性に一度試していただき、和服の良さを楽しんでいただきたいという思いで挑戦しているのです」

 伝統の中に引きこもるのではなく、伝統を今に活かし、未来につなげるイノベーションの第一歩が始まったのである。

実家の紋彫業が自身の原点になる

岡井 弘志(株式会社はかた匠工芸)インタビュー写真

 現在は福岡に移り住み、はかた匠工芸の経営にどっぷりと浸かる岡井さんだが、生まれ育ったのは京都である。実家は、織物を織る織機に、織物の紋柄を織り出すためのデータを伝える紋紙(パンチカードのように穴が開けられた厚紙)を製造する紋彫業を営んでいた。現在では機械織のコンピューター化によってあまり使われなくなってしまったが、以前は、紋紙がなければ織物が織れず、複雑な模様の織物には何千枚もの紋紙が必要だった。

「自宅と会社が一体となっていたので、機械のガッチャンガッチャンという音を聞いて育ちました。自分では意識していませんでしたが、そういう環境が日本の伝統や文化を大切にしたいという今の気持ちの原点になっているのかも知れません。
 ただ、初めからこの業界に就職しようと思っていたわけではありません。実は、高校時代に交通事故にあってしまい、日常生活には問題が無かったものの、肉体的な作業や外回りの営業などはできないと考え、経理の専門学校に行ったのです」

 ところが、人生の展開はわからないものである。就職説明会で、何とも楽しそうに紹介を行っている会社のブースをのぞいたところ、そこは和服の仕立てや、クリーニングなどを行っている会社だったのだ。そして、何度か面接に行くうちに大いに興味をひかれるようになり、当初は経理の仕事に就こうと思っていた岡井さんだが、その会社で営業などに携わることになる。

「父や母には、『なんでこの業界なんだ』と反対されました。もう、着物業界は景気が悪くなっていましたから。でも、そんな中でその会社は伸びていました。業界の景気が悪いと言われていても、やり方次第でビジネスは上手くいくということを、その会社から学びました」

 水を得た魚のように働く岡井さんは20代で頭角を現すが、そんな時、着物業界の風雲児である日本和装の吉田重久社長と出会う。そして、「うちの会社はやりがい創造企業なんだ。一緒にやらないか」との言葉に動かされ、転職を決意する。

「とにかく仕事にやりがいがあって楽しかったですね。『北陸三県に日本和装がないから、岡井、立ち上げに行ってこい』と言われて、何の用意もないままクルマで行って、それから3日間クルマで寝泊りしながら立ち上げ準備をしたということもありました。その後、東海や関東、北日本などいくつかのエリアの責任者を務め、多くの地域の伝統織物について学んできましたが、今回は日本和装のキャリアに一区切り付けて、はかた匠工芸を大きくしようという決意で福岡に来ました」

和服を世界遺産に

岡井 弘志(株式会社はかた匠工芸)インタビュー写真

 2014年7月15日、はかた匠工芸は東京証券取引所のTOKYO PRO Marketに上場した。着物業界において、生産地の企業がベンチャーの気概を持って上場したことは、ある種の衝撃を持って受け止められた。

「きれい事を言っているように聞こえるかもしれませんが、業界の景気が悪い中で、うちが上場したことで『職人でもできるんだ!』ということを示せたと思うんです。同じような生産地の職人気質の会社の中には『まだまだがんばろう』と希望を感じたところもあるはずです。また、“男きもの”の提案とTOKYO PRO Market上場を立て続けに行ったことで、取引先はもちろん着物業界の人たちに『はかた匠工芸は、何かやるに違いない』というインパクトを残せたと思います」

 もちろん、TOKYO PRO Marketに上場することで、自社にとって大きなメリットを得られたと岡井さんは感じている。

「企業ブランドを確立して、アピールすることができました。それに加えて、お客様に与える安心感も大きなものがあります。また、上場によって社員に会社の継続的な発展を約束することができました。皆、喜んでくれていますし、これまで以上に誇りを持って仕事に励んでくれています。上場するための費用や、今後の維持費用などはかかりますが、このメリットを考えると必要経費であると納得しています」

 上場後1年目という大事な時期を、会社の発展に結び付けるために多忙な日々を過ごす岡井さん。「好きなゴルフにもなかなか行けません」とこぼしながらも、その目には多忙さを楽しむ笑みが宿っている。胸の内には、新しい着物メーカーの姿を追求するという目の前の目標だけでなく、長期的な視野に立った“和服の復権”という夢がある。

「日本和装が発足させた“和服を世界遺産にするための全国会議”に私たちも積極的に参加していこうと思っています。先ごろ、和食や和紙が世界無形遺産になり、私たちに縁のあるところでは富岡製糸場が世界遺産になっています。そうであれば、日本文化を代表する和服も世界無形遺産になってほしいと思うのです。そうなれば、各地の産地にどれだけ勇気を与えることができるか。これは、はかり知れないものがあります」

「1月に、“和服を世界遺産にするための全国会議”の新年会が帝国ホテルで開催され、このときに『黒紋付を日本の最高正装に』という宣言が行われました。そこに私も参加しましたが、黒紋付姿で集合した100人が会議の後に東京駅まで歩きましたので、相当注目されました。何というか、和服の持っている力のすごさを改めて感じた瞬間でした」

 和服にはすばらしい伝統・歴史、文化がある。このコンテンツを、どうすれば未来に活かすことができるのか。はかた匠工芸を率いる岡井さんの次の一手に注目したい。

(文=志澤秀一 写真=和田洋平)2015/02/18

プロフィール

岡井 弘志(株式会社はかた匠工芸)プロフィール写真
岡井 弘志
株式会社はかた匠工芸 代表取締役社長
1975 年
京都府生まれ
1998 年
関西経理専門学校卒
着物の撥水加工などを手掛ける株式会社パールトーンに入社
2001 年
関西和装振興協会(現・日本和装ホールディングス株式会社)に入社
2011 年
日本和装ホールディングス株式会社北日本ブロック長
2012 年
同社第二営業部長
2013 年
2013年 同社営業担当執行役員
2014 年
2014年 株式会社はかた匠工芸代表取締役に就任

会社概要

株式会社はかた匠工芸
株式会社はかた匠工芸
  • コード:3610
  • 業種:繊維製品
  • 上場日:2014/07/15