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金融リテラシー教育を充実させることが、個人の資産の保全、企業の成長、経済の活性化に繋がっていく

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大阪公立大学の商学部准教授である北野友士さんは民間企業での勤務を経て、AFP資格を取得後、大阪市立大学大学院経営学研究科に入学し、研究者・教育者となった経歴の持ち主だ。金融機関論・ファイナンス・金融教育など、経済関連のさまざまな研究を行っている。その中のテーマの1つである「金融リテラシー教育」の研究を進める一方、大学の金融制度論の講義を通じて、金融リテラシー教育を実践している。
北野さんが金融リテラシー教育の柱としているのは「パーソナルファイナンス」だ。「パーソナルファイナンス」とは、長期的なライフプランの視点での「個人のファイナンス」を意味している。生活に密着したファイナンスを軸として研究し、わかりやすい発信を目指しているとのことだ。2022年8月に開催された『JPX北浜フェスタ2022』でも、『これからの金融リテラシー教育』というテーマで展示パネルの制作とセミナーを行っている。
北野さんに、金融リテラシー教育の現状と今後の展望などについて話を聞いた。

—大学教員を目指した理由と金融リテラシーを研究対象とした経緯を教えてください。

北野 学生時代までは、金融にほとんど興味を持っていませんでした。大学卒業後も明確な目標のないまま、一般企業に勤務しました。その当時、バブル崩壊後の日本経済の元気のなさは「お金の力をうまく使えていないからではないか」と考えたことが、経済に興味を持つきっかけです。さらに、2000年頃に多重債務が社会問題となり、金融リテラシーに興味を持ちました。
個人が自分の資産を守るためには、金融リテラシーが必要だと考えたためです。
その後、金融リテラシーを学びたい、研究したいと考えて、AFP資格を取得しました。しかし資格を取っただけでは、研究はできません。当時、その分野での研究が活発ではなく、FPの体系立てた研究が難しい状況があったため、2003年に大学院に入りました。
ほぼ同じ時期の2003年5月に、りそな銀行が自己資本不足で実質国有化されたことにより、私自身の金融リテラシーへの認識が多少変化しました。どれだけ個人の金融知識がしっかりしていたとしても、金融サービスを提供する側の金融システムが安定していなければ、意味がないと感じたからです。りそな銀行の実質国有化の報道をきっかけとして、大学院時代には、銀行の自己資本比率規制を中心とした金融規制を研究しようと決めました。
「個人が自分の資産を守るための金融リテラシー」と「個人が金融リテラシーを活かすための金融機関を中心とした金融システムの安定の重要性」の両面を考える必要性を感じて、大学院では金融機関について研究し、大学で研究職を得てからは、個人の金融リテラシーについても研究を開始しました。

—大阪公立大学で実践している金融リテラシー教育の取り組みはどのようなものですか?

北野 私が大阪公立大学に赴任した時点で、すでにカリキュラムができあがっていたため、現時点ではまだ金融リテラシー関連の科目を立ち上げられていません。金融リテラシー教育に関しては、今の3年生に行っている金融制度論という科目の中で、今年度後期から日本FP協会との連携授業という形でゲストを招き、金融リテラシー教育を取り入れる予定です。

—大学生の金融リテラシーのレベルや関心の高さについて、どのように感じていますか?

北野 レベルが高いか低いかは、一概には言えないことだと考えています。一方で、学生たちの金融リテラシーへの関心は、年々高くなっているのではないかと感じています。例えば、学生が私のゼミを選ぶ場合に、以前は「銀行に就職したいから」という理由が多かったのですが、最近は「投資について学びたいから」「金融リテラシーを高めたいから」という理由が増えてきました。
かつては、こうした発想はありませんでした。
私の担当しているゼミの学生たちは、日銀主催の学生向けコンテスト『日銀グランプリ』に参加しているのですが、論文のテーマとして、ゼミの学生たちが金融リテラシーを選んだことがありました。論文のタイトルは『お母さん銀行はもうやめへん? お年玉運用カタログギフトの提案』というもので、奨励賞をいただきました。
こうしたテーマを選ぶことからも、学生たちが金融リテラシーに関心を持っていることがわかります。
前任校では非常勤講師としてパーソナルファイナンスをベースとしたファイナンス論を教えていますが、「今後に役立ちそうだ」との学生の反応を感じています。しかし、FP対策講座という趣旨の講義では、学生の関心が薄いと感じる瞬間もありました。不動産や事業承継など、学生によっては一生使わない退屈と感じそうな内容も網羅する必要があるため、どう関心を持たせるか、ジレンマもあります。

—大学での金融リテラシー教育で、課題だと感じていることはありますか?

大学での金融リテラシー教育の課題は、位置付けが難しいことです。経済学部、商学部、経営学部の科目という認識がありますが、本来、金融リテラシーは学部に関係なく、必須の教養として受講できる科目にすべきだと考えています。
そのためには全学部含めた調整が必要になるでしょう。その調整の難しさが、課題の1つだと考えます。
もう1つの課題は、パーソナルファイナンスを教えられる人材が少ないことです。ファイナンス論を教える人はいますが、ほとんどがコーポレートファイナンス中心です。前任校の桃山学院大学を辞めて3年になるのですが、後任がいないため、現在も非常勤で授業を行っています。

—金融リテラシーをわかりやすく伝えることの重要性について、どのようにお考えでしょうか?

北野 教える側がわかりやすさを意識することはとても大切です。また日銀や政府など、金融情報を発信する側も、わかりやすさを意識する必要があると考えています。例えば、日銀が「利下げする」「利上げする」などの金融政策を打ち出したとしても、家計や企業がその政策に反応して行動を変えなければ、政策の効果は少なくなるでしょう。
つまり金融リテラシーは、マクロ政策の安定にとっても重要な要素だといえます。
かつて日銀や政府の発信する金融政策は「専門家がわかっていればいい」という認識が一般的でした。しかし、現在では「一般の人々に伝わるように、いかにわかりやすい表現を心がけるか」が重要になってきました。

—金融リテラシー教育について、計画していることはありますか?

北野 今の4年の学生たちと大学生向けのファイナンスに関するテキストを作ろうと考えています。前任校で非常勤としてファイナンスを教えていますが、その講義で使えるテキストがあると便利だと感じたことが、きっかけになりました。既存のファイナンス論のテキストのほとんどは、コーポレートファイナンスの専門家が執筆したもので、ファイナンス論をベースとした大学生向けのパーソナルファイナンスのテキストはありません。
学生に協力してもらって一緒に考えながら作ることで、大学生向けの実用的なテキストを作れるのではないかと考えています。基本的にファイナンス論を組み込んだうえで、大学生活から就職後の生活まで、ライフプランを組み立てるために必要な金融リテラシーを網羅したテキストをイメージしています。


—新学習指導要領が導入されたことによって、中高の金融教育が拡充されました。現時点でどのように評価されていますか?

北野 まだ動き始めたばかりなので、現段階で評価するのは難しいのですが、かなり頑張って盛り込んでくださったなというのが正直な感想です。起業家の役割や老後資金の問題など、ライフプランを見据えた金融リテラシーとの印象を受けました。ただし、まだ過不足を論じる段階ではありません。実際にどう運用されるのかの見極めが大切です。
教える側がどこまで新しいカリキュラムに対応できるのかも、課題になるのではないかと考えています。日本証券業協会の調査によると、金融を学んだことがない社会科の教師がかなりいるとの結果も出ています。生徒に金融を教える難しさとして「金融が身近でないため、子どもたちに伝わりにくい」との理由をあげているケースもあるようです。しかし、その理由には納得がいきません。子どもたちも日々お金を使っているので、お金が身近でなければ、何が身近なのだろうかと考えているからです。

—東証での金融経済教育活動についてご存じですか。授業などで活用できる余地はありますか。

北野 金融経済教育活動、おもしろいことをたくさんやっている印象があります。実際、おおいにお世話になっています。前任校でも東証に見学に行き、学生たちと一緒に投資のシミュレーションをさせていただいたこともありました。充実したコンテンツをたくさん提供しているので、授業で活用できるものもたくさんあります。

—昨年8月のJPX北浜フェスタにおけるパネル制作と監修にご尽力ありがとうございました。パネルをどのような意識で制作されましたか。また、セミナーを行って感じたことはありますか?

北野 実はJPX北浜フェスタでのパネル制作がきっかけで、学生といっしょにテキストを執筆できないだろうかという発想が生まれたくらいなので、いい機会をいただけたなと感謝しています。パネル制作にあたって考えていたのは、若い人たちに、お金をうまく使って自分の人生を切り拓いてほしいということです。
金融リテラシーについての研究を通じて感じるのは、親の影響が大きいことです。親が金融に興味を持つと、子どもも金融に興味を持つ割合が高くなる傾向はあります。親が子に与える影響は大きいので、親もお金の知識をアップデートし続ける必要があるでしょう。

—今後、どのような研究・教育に取り組んでいこうと考えていますか?
北野 子どもたちへの金融リテラシー教育も重要ですが、幅広い世代への対応も必要だと感じています。たとえば、OECDは2018年に中小企業経営者に求められる金融リテラシーのコア・コンピタンスを公表しました。中小企業の経営者が金融を理解していないケースが意外と多いという課題も見えてきました。
私自身、今後、中小企業経営者の金融リテラシーを研究対象の1つにしようと考えているところです。将来の経営者、もしくは経営者を支えられる人材の育成という観点でも、中小企業の経営者の金融リテラシーを研究する意義が大きいのではないかと考えています。

北野さんの話でとくに印象的だったのは、「個人の金融リテラシー」と「組織の金融リテラシー」の両面が必要であることだった。個人の経済活動を充実させるためにも、企業や社会の経済活動を充実させるためにも、金融リテラシーが不可欠になるということだろう。大学での金融リテラシー教育は、企業や金融機関を支える金融人材の育成という役割も担っていると北野氏は指摘していた。研究者と教育者の視点での金融リテラシーに関する考察は、多くの示唆に富んでいた。

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