上場会社トップインタビュー「創」

株式会社碧
  • コード:3039
  • 業種:小売業
  • 上場日:2013/06/04
西里 弘一・奥間 弘子(株式会社碧)どこにもなかった鉄板焼ステーキレストランはどこにも負けない“おもてなし”をお届けする

“おもてなし”のあるステーキレストラン

西里 弘一(株式会社碧)インタビュー写真

 沖縄は独自の食文化を育んできた。沖縄そば、チャンプルー、島豆腐、あるいはラフティなどの豚肉料理は、沖縄を訪れる観光客の楽しみの一つになっている。
 こうした伝統料理に加えて、沖縄の第二の食と言われるのが牛肉ステーキである。第二次世界大戦後、アメリカの統治下で沖縄にはアメリカの食文化が持ち込まれ、浸透した。沖縄には本場アメリカ風のステーキレストランがいくつもあり、今日的でポップな沖縄カルチャーを形づくる重要な要素となっている。
 その中で、株式会社碧(以下、碧)が展開する鉄板焼きステーキレストランは、極めてユニークなサービスを展開し、他店との差別化に成功している。
 碧は、同社専務取締役の奥間弘子さんの着想を実践し、その考えに共感した同社代表取締役の西里弘一さんのマネジメント力によって今日の成功を獲得した。まずは、その道程からたどってみたい。

「私は、もともと会計事務所で働いていたのですが、手に職をつけたいと考えてステーキレストランで働き出しました。けれども、経営者の考え方と私の思いが違って、意見がぶつかってしまうので、そこを辞めて自分でお店をやってみようと考えました」(奥間)

 奥間さんがやりたかったこととは何だったのだろうか。

「今では“おもてなし”という言葉を使っていますが、当時としては、お客様に喜んでいただくということです。そのために、それまで当たり前のこととしてやっていた成型したじゃがいもや人参を添えるというのではなく、沖縄の食材を『いかがですか?』と出したいと思いました。ご飯も炊き立てをお出しする。そんな気持ちのこもった料理とサービスのお店にしたいと思いました」(奥間)

 奥間さんのこの考えに共感した西里さんが協力を申し出て、1999年6月、那覇市久茂地に『鉄板焼ステーキレストラン 碧 久茂地店』がオープンする。西里さんは、それまでサラリーマンとしてのキャリアを歩んでいたが、この時から創業パートナーとして経営の舵取りを一手に引き受けた。

「オープンから6ヵ月は赤字でした。久茂地店は“わざわざ”型の立地でした。人通りが多い場所ではなかったので、『あの店で食べよう』と決めたお客様しかご来店いただけなかったのです。だから、お店のことを知っていただくことと、ご来店いただいたお客様にはとにかく満足していただくこと。これを徹底しました。それが浸透して、半年後からは好転し始めました。
結局、“おもてなし”が差別化になったのでしょう。他店と競合する中で、従来のステーキ屋という概念をはずしたことによって、お店の個性がはっきりして、『“わざわざ”行ってでも食べたい』という期待を持っていただけるようになったのです」(西里)

 西里さんによれば、一号店の久茂地店は33席のキャパシティで、損益分岐は月間売上で230万円程度であったという。前述のように初期6ヵ月はそこに届かず苦労するが、その後は順調に売上を伸ばし、数年のうちに月1,000万円を超える売上を上げるまでになった。

全スタッフが女性。その理由は・・・

株式会社碧インタビュー写真

 同社の躍進はまだまだ続くのだが、ここで、創業から変わらない碧の特徴を確認しておきたい。
 メインの牛肉は、もちろん最高級の沖縄県産和牛とオーストラリア牛をこだわりを持って選び、ていねいに仕上げている。「炊き立てご飯を提供する」ために、お客様の来店時点から炊き上げる炊飯システムを確立。その他の食材、特に野菜は旬のものを使うようにしている。また、沖縄の素材・料理を融合させている点もユニークだ。

「ステーキの副菜には、じゃがいもの代わりに紅芋を使っています。それから、夏にはゴーヤーチャンプルー、冬には人参シリシリを鉄板でさっと作って添えます。とにかく真心を込めて、おいしいものを楽しく食べていただくことを一生懸命に心掛けてきました」(奥間)

 こうした調理やサービスを行う人材についても、碧は独特のスタイルを持っている。お店で働くスタッフ全員が女性なのだ。しかも、その多くが正社員だ。

「私は、“おもてなし”を商売では考えていないんですよ。自分の家庭にお友達が来たときに、『いらっしゃい』と迎えるウェルカムの気持ちと一緒です。これを発揮するには、女性が向いていると思うんです」(奥間)

 同社では、新卒の女性社員に対して、奥間さんを中心としたベテラン社員が1年間かけて教育し、一人前のスタッフに育てていく。

「私たちは三位一体と言っていますけれど、調理・接客・仕込み、この3つの仕事を1人ができるようにします。鉄板調理をした人が、その後はホールの仕事を担当したり、たいへん混んできて調理の人が足りない状況になれば厨房で働いていた人が出てきて調理する、そういう動きができるようにしているのです」(奥間)

 “おもてなし”をお店の軸に据え、「それを実現する料理とはどんなものか?」「サービスとは?」「スタッフのあり方とは?」といった課題に対する答えを明確にすることで、同社の現在の店舗運営が成立している。そして、お客様は“おもてなし”を求めてリピートを繰り返す。これが同社の安定した集客を作り出しているのである。

沖縄から東京・大阪へ

 2002年、碧は那覇のメインストリートである国際通りに出店する。経営は順調だったが、出店にあたってのリスクを過大視する周囲からは悲観的な声も聞かれた。

「久茂地店は家賃30万円でしたが、国際通りの候補地は家賃150万円でした。そんなに家賃を払って、飲食店が成功するはずがないと言う人もいたのです」(奥間)

「けれども、戦略的に見て『国際通りに出るべきだ』と、私は考えていました。沖縄一番の激戦地で成功することはとても重要なことです。また、国際通りの良い立地に入ることは、そう簡単にできませんから、話を聞いたときには『よし、出よう』と決断しました。同時に年商1億8,000万円というイメージを描きました。その売上に対して、家賃の割合が1割という計算になります」(西里)

 さらに、2002年7月に『鉄板焼ステーキレストラン 碧 国際通り三越前店』(現『国際通り牧志店』)が開店する。競争は激しかったが、ここでも碧の差別化の効いたメニューとおもてなしはお客様の満足を得ることに成功し、西里さんがイメージした年商1億8,000万円は開店後5年ほどで達成される。
 同社は順調な業績を背景に出店を続ける。2005年12月に『国際通り松尾店』、2007年5月に『新都心おもろまち店』を出店する。こうして、碧は創業から数年で沖縄でのポジションを確立した。しかし、そのチャレンジは終わらない。2010年9月、碧は東京に進出する。三越銀座店新館に『鉄板焼ステーキレストラン 碧 銀座三越店』を開店したのである。

「銀座三越店は、私たちの仮説を検証する場であると捉えていました。世間では、『沖縄とは違うから、上手くいかないだろう』と言われていました。しかし、私は、我々が沖縄で成功したのは、『手の届く非日常』を提供したからだと考えていました。それを求めるニーズは、実は大都会になればなるほど、豊かになればなるほどあるんだと想定しました。これを検証するために、銀座に出店したのです」(西里)

「もう少し具体的に言えば、東京の三越銀座店が我々を誘致したのは、何ゆえでしょうか? それは、鉄板焼ステーキレストランのイメージを破った“軽さ”……良い意味での、気軽さ、明るさ、華やかさ、細やかさ、これが欲しいということだったのです。専務の奥間が中心になって創ってきた我々独自のスタイル、それが普遍のものであるかどうかを試す機会が銀座出店でした」(西里)

 その結果、碧は、銀座三越店内の飲食店で売上トップを記録するほどにお客様の好評を得る。西里さんの仮説が見事に証明されたのである。
 続いて、2013年4月、グランフロント大阪に「鉄板焼ステーキレストラン 碧 うめきた店」を出店。こちらも人気店となっている。

上場は、第一に「社員のため」

 2013年6月4日、碧は東京証券取引所のTOKYO PRO Marketに上場した。取材に対して、西里さんは上場の目的として「社員のため」という言葉を発した。

「お店の運営について、女性中心で、しかも正社員で行っています。会社としては社員に永く勤めてもらい、勤め上げた後には退職金もちゃんと出したいと思っています。そのために、退職金制度を設け、お金を積み立ててもいます。ただし、その額は一部上場企業に並ぶほどには至っていません。
 また、在職中も社員には豊かな生活を送ってほしいと思っていますが、それぞれが給与の中から貯蓄するだけでは限界があるとも思います。
 であれば、社員の資産形成を行うために株式市場を活用するのはどうだろうかと考えたわけです。従業員持株会やストックオプション制度などを活用すれば、企業の成長と共に社員の資産形成に貢献できるのではないかと考えています。」(西里)

 株式上場によって社外的な信用を高めるという利点がよく指摘される。しかし、西里さんは、社内における会社と社員のつながり強化を図り、社員であることのインセンティブを明確にすることでやる気づくりを図るために、上場をレバレッジ・ポイントにしたのである。
 もちろん、このTOKYO PRO Market上場によって得られる社会的な信用や話題性は同社にとってプラスに作用する。

「将来、直営牧場を作るというビジョンもあるので、そういう先行投資を行う場合には資金調達を考えるでしょう。いずれにせよ、成長していくためには自社の透明性を高め、情報を開示して、ステップアップできる体制を整えておくことが必要なのです」(西里)

 2015年6月、那覇市内東町国道沿いにある300坪の敷地に、4階建て床面積500坪の本社ビルが竣工予定である。この本社ビルは、同社の明日への道を具現化したものだ。1階には碧と新業態の「しゃぶしゃぶ」店の出店を予定している。今後の事業は、この2つの業態で展開することになる。2~4階に本社機能はもちろんのこと、社員研修センター、宿泊センター、多目的ホールなど人材育成機能が厚く設定されている。この本社ビルで人材を育て、今後の出店に備えるのである。
 将来を見据えて、先手を打つ西里さん。“おもてなし”を軸とした運営をぶれることなく続け、人材を育てる奥間さん。そして、2人を囲む「チーム・碧」とも呼べそうな明るく快活な社員たちが、明日の飲食業界にどんな風を吹かすのか、大いに楽しみだ。

(文=志澤秀一 写真=矢嶋健吾)2015/02/24

プロフィール

西里 弘一(株式会社碧)インタビュー写真
西里 弘一
株式会社碧 代表取締役
1946 年
沖縄県宮古島市生まれ
1966 年
琉球信託株式会社(現琉信ハウジング株式会社)入社
1999 年
鉄板焼きステーキレストラン碧 開業
2005 年
株式会社碧設立 代表取締役就任

プロフィール

奥間 弘子(株式会社碧)インタビュー写真
奥間 弘子
株式会社碧 専務取締役
1947 年
沖縄県那覇市生まれ
1967 年
沖縄工業商事株式会社入社
1973 年
株式会社共栄ミート入社
1987 年
神谷会計事務所入所
1999 年
鉄板焼きステーキレストラン碧 開業
2005 年
株式会社碧設立 専務取締役就任

会社概要

株式会社碧
株式会社碧
  • コード:3039
  • 業種:小売業
  • 上場日:2013/06/04