上場会社トップインタビュー「創」

株式会社鳥貴族
  • コード:3193
  • 業種:小売業
  • 上場日:2014/07/10
大倉  忠司(株式会社鳥貴族)

ものごとの良き面に着眼し、仕事や人生をポジティブに捉える

大倉  忠司(株式会社鳥貴族)インタビュー写真

 
 生き馬の目を抜く飲食業界において、驚異の急成長を遂げているのが鳥貴族だ。厳しい価格競争をものともせず、創業の黎明期から均一価格のシステムで、固定客の獲得に成功。生まれ育った東大阪の地を発端に現在では店舗数602店(2017年12月31日現在)にまで成長し、大目標とする2,000店舗までの道のりを着々と歩む。焼き鳥一筋30年超。どのような思いと努力によってここまでの大企業に育て上げたのか、社長の大倉忠司さんに話を聞いていくと、その原点は学生時代のアルバイトにあったという。

「高校生の頃、ビアガーデンでアルバイトしていて、純粋に楽しいなと思ったんです。どちらかといえばシャイで話下手だったんですが、ビアガーデンではいやがおうにもしゃべらなくてはならない。でも、お客さんと話すのがとても面白かったし、楽しそうに過ごしているお客さんを眺めるのも好きでした。その体験から、将来、こういう仕事で生きていければいいなと思うようになったんです」

 このような誰にでもある経験で、飲食業界に着目した大倉さん。その後は調理師専門学校を経て、大手ホテルに入社し、イタリアンレストランに勤務。以来、飲食の世界一筋に、汗を流してきた。これだけ自分と合う仕事に出会えたのは単なる偶然なのだろうか。

「確かに自分でも早い時期に天職と出会えて運がいいなと思い続けていました。でも今から数年前に、そうじゃないと気付いたんですよね。天職と出会ったのではなく、私が天職にしたんだなと。私は今まで働いたどの職場でも楽しさを見つけられたし、やりがいを感じられた。自己分析によれば、人を嫌いになるということもないんです(笑)。そういう性格もあって、良き協力者、良き仲間にこれまで恵まれたんだと思っています。ですから初めてアルバイトをしたのがアパレル関係だったとしたら、きっとその業界が好きになって今とは別の仕事を楽しくやっていたと思いますよ。こういうのをポジティブ思考というんですかね」

 これまで、人を好きになることで、人からも好かれるという好循環が繰り返されてきたと語る大倉さん、最初の転機も人に好かれることからスタートした。イタリアンレストランの勤務時代に、行きつけの焼鳥屋の店長に気に入られ、熱心な誘いを受けた。店長からの決め台詞はこうだった。「俺は一大チェーンを作るという夢を持っている。お前とならできる気がする。だから一緒にやろう」。迷ったあげく、焼鳥屋に転職した。大倉さん22歳の決断であった。

 この店長を大きくすることで、自分も大きくなれる。そう信じた大倉さんは、二人三脚で店を切り盛りすると同時に、経営の勉強にも力を入れる事になる。参考になったのは流通業に関する書物。いつしか、先人の論理的な経営手法を飲食の世界で応用していく、という具体的なプランも描けるようにもなっていった。

揺るぎない起業の決断、後押しする家族の期待

大倉  忠司(株式会社鳥貴族)インタビュー写真

 
 焼鳥屋の店長に誘われ、ともに歩んだのは3年間。この間に大倉さんの心に芽生えたのは、今につながる起業家精神だ。店を大きくする様々な提案をするものの、採用してもらえないアイデアがもちろんあった。確信に満ちたアイデア、挑戦してみたいアイデア、それらすべてを形にするには自分がトップに立って起業するしかないと思うようになっていくのだ。

 そこで25歳の時、いよいよ独立を決心する。とはいえ、その時期はちょうど長男が生まれるタイミング。第一子誕生という人生における一大イベントで、決心が揺らぐことはなかったのか?周囲の反対はなかったのか聞いてみた。

「やっぱり周りの人々に恵まれているんでしょうね、私は。家内に出会った時から、私は自分の夢やアイデアを色々と話していました。そういう部分に家内も共感してくれていたんですよね。ですから独立を決めて、“自分でやるわ”と話すと、“あっ、やりやり”、それどころか“やっと!!”という感じでした(笑)。商売をしていた両親も“ああ、やっとか”と、みんなあっけないほどすんなり賛成してくれました。それでももちろん自分でも失敗のリスクは考えましたが、成功イメージの方が勝っていましたね。

 それまで子どもが生まれたら好きなことができないと複数の人に言われてもいましたが、それは嘘だと思っていたんですよ。やる人はどんなタイミングでもとにかく実行するし、やらない人はいつまでもできない理由を探し続けて、踏み出そうとしない。ですから私も迷いは一切なかったですね」

ピンチだからこそ実現できた発想の転換「均一価格」という斬新なアイデア


 こうして幸福な独立を果たした大倉さん。ところがスタートから順風満帆とはいかなかった。当然、焼鳥の味にこだわり、接客にも最善を尽くした。でも思うように売上げが伸びない。当初の自信とは裏腹に、創業当初は倒産が常に脳裏をよぎりながらの経営だったという。だが、その苦しい時期を支えたのは全国に一大チェーンを展開するという大きな夢。

 そして他にはない斬新なアイデアという無形の財産だった。経営の研究を続けるなかで最も影響を受けたのは、当時は流通の神様とも言われたダイエーの創業者、中内功氏でした。「価格破壊」や「1人でも多くのお客様に喜んでいただく」という氏の考えを自身で消化し、全く新しいビジネスモデルで店を成功させるという挑戦心にも火が付いた。

「一大チェーンを築くという夢と同時に、やはり社会的インパクトのあることを実現したいという気持ちが強かったんです。しかし、このままだったら間違いなく倒産するという状況でしたから、もう思い切って温めていたアイデアを形にしてみようと。それが均一価格ということだったんです。

 飲食業界は原価率はおよそ30%程度の世界ですから、これは大きな賭けでした。でも、やるしかなかった。もちろん最初は手探りでしたが、客単価をこの業界のボトム、2,000円くらいに設定し、とにかく市場を大きくするという考えも相俟って、自分としてはしばらく我慢すればきっとうまくいくという確信があったんです」

 大ピンチを大チャンスに変えてしまったこの時期。今でこそ、デフレ状況の真っ只中では、均一価格は妥当な方策のようにも思える。だが、大倉さんがこの方策を採り入れたのはバブル期の真っ只中。お金に不自由を感じない時代にできるだけ多くの利益をと欲張るのではなく、敢えて顧客第一を掲げ、財布に優しい提案をしたことが後の大成功につながっていった。もちろん焼鳥の味もあらためて吟味し、大きく方向性を変えた。

「酒とともにある焼鳥のタレは甘さを抑えるべきだ」というかつての師匠の教えを疑い、甘みをどんどん増していった。これは、業績が振るわないこの頃、流行りの焼鳥店を廻り、自分の舌で得た確信でもあった。こうして苦しい時も、自身の感性とアイデアを信じ続けた大倉さん。当初は利益度外視でスタートし、ひとつひとつ店舗を増やすたびに仕入れ価格を交渉。店が増えていくにつれ、利幅も増え、同時に固定客が定着するという好循環がもたらされるようになっていった。

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「49%は任せた」。個性の尊重によってチェーン展開を推進!!

大倉  忠司(株式会社鳥貴族)インタビュー写真

 
 東大阪で起業し、それから13年で10店舗のチェーン展開を達成。2005年には東京に初進出し、その3年後には100店舗目を出店する。さらに200、300と店が増え続けていくなかで、各店舗の味や質を高水準に保つのは簡単なことではなかったはずだ。チェーン店増大と同時に経営者が直面する、社員教育の問題。大倉さんはどう舵取りし、スタッフを牽引してきたのか、聞いてみた。

「経営者なら誰でも考えるのは、社員には自分の思う通り、動いてほしいということ。つまり100%指示に従えという思いです。私も店舗数が少ない頃は、店舗を見て回るなかで目につくことが多かった。要は自分の思うように社員が動いてくれないと。

 でもそのうち悟りを開いたんです(笑)。こんなんで任せて大丈夫かなと心配になっていた気持ちを自然と抑えられるようになりました。これも彼らの個性だろうと。ですから私の方針は、『51%は言う通りに動いてもらって、49%は自分で考えてください』。100%言うとおりに動ける人なんて実はいません。だから49%は任せることにしました。

 それに自分と同じような人間ばかりが社内にいても仕方ないですからね。社員ひとりひとりが考えて個性を発揮することが、店の魅力につながっていくんですよ。そう考えるようになってからは幸い、気持ちにゆとりができましたね(笑)」

 社員ひとりひとりが自律的に動ける理由は、この方針だけではない。“企業は社会の公器”という哲学を持つ大倉さん。会社の外からはもちろん、社内においても経営者の言動が納得のいくレベルでなければ社員はついてこないと断言する。

「経営者は自分を客観視し、常に自分を律するべきだと私は思います。人一倍働くことでしか、成功は得られない。『立派な人間になるには、一所懸命働くこと』。かつて、私の母がそう教えてくれたのです。ですから若い頃はとにかく働いていれば安心していました(笑)。それは今も変わりませんが、そういう自分を周りは見ているはずだし、だからこそ社員は自分も頑張ろうと思ってくれているんじゃないですか。大切なのは夢に向かってがむしゃらに頑張ることで、そうすると周りが自然と応援してくれるようになるんですよ」

 いつも笑顔で。とはいえひたむきに、努力を重ねた末、掲げた具体的な目標は国内2,000店舗達成。すでに立地はリサーチ済みで、あとはロードマップに沿って動くのみ。長年続けてきた均一価格は市場にも十分認知され、視界をさえぎるものは今のところ、何もない。大倉さんが見せる底なしの笑顔は、これから数年、数十年と続くに違いない。

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関わってくれたすべての人々を幸せに。海外進出という夢の実現へ。

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 2014年のJASDAQ上場から2016年の東証一部上場へ、スピーディーに存在感を増してきた鳥貴族。当然、資金調達面で上場は有利に働き、チェーン展開の勢いにも拍車がかかった。さらなる繁栄に向け、上場は自然な流れだと語る大倉さん。今、あらためて、ステークホルダーに対する責任、社員に対する責任、そして顧客に対する責任をどのように捉えているのかを問うてみた。

「株主第一で他は第二という経営者もいらっしゃるでしょう。でも私はそうは考えていません。企業経営の一番の目的は、ステークホルダーを幸せにすることだと私は思っています。誰かを不幸にする訳にもいきません。よく通ってくださる馴染みのお客様を始め、社員だって、取引業者さんだって、皆、ステークホルダーです。

 言い換えれば、ありとあらゆる方々を幸せにすることが企業の目的だと私は思う。大きな決断をする時には、このことを絶えず意識すれば間違いありません。何が皆さんにとって善なのか。そう考えると、地域社会にどう貢献していくかというのも企業にとって大きな目的です」

 1,000店舗達成の先には海外進出も視野に入れ、そのための動きも加速している状況。海外展開を大成功に導き、世界の鳥貴族になるべく、肝に命じているのはこの「地域貢献」だと熱く語る。

「もちろん日本で培ったノウハウを海外展開でも導入していきますが、出店が軌道に乗るにはローカライズがカギを握るでしょう。さらに、基本的にはその国の食材を可能な限り利用していこうと考えています。今、掲げている国産国消を、海外進出先でも実行したい。お客様だけでなく、地域経済に対しても貢献しに出ていくわけですから、その国の食材を有効に活用していく。自分たちだけが利益を独占してもうまくいくわけがありません。その土地全体に貢献できなければ、企業活動の存続は難しいと私は考えているんです」

 どこまでも貫かれる「正しい経営」という哲学。その延長線上に見える海外進出によって、どんな国でどんな笑顔が生まれるのか、今から楽しみでならない。

「均一価格」という挑戦をキッカケに大きな成長を遂げた鳥貴族。今も人一倍、忙しく働く大倉さんのプライベートはどのようなものなのだろうか。

大倉  忠司(株式会社鳥貴族)インタビュー写真

「今ではきっちり土日を休むようにしているんです。旅行が好きで色々な場所へよく行きますし、やっぱり飲食が好きだからそういう店をぶらつくのは楽しいですね。ただ、他店視察という気持ちはまったくなくて純粋に楽しむようにしています。逆にその方がいろいろなことに気付けるようにも思いますね。

 それと、これからは妻へのサービスも意識していきたい(笑)。長男が夢を持って、私の知らない世界に飛び込みたいと相談してきた時も、妻はその夢を潰すことをせず、たったひとこと『あなたならできる』と。私に対してもそうなんですよ。だから私も長男も妻に育てられたようなもの(笑)。そんな妻が喜ぶことを少しでもやれればなんて、考えています」

(文=宇都宮浩 写真=永田謙一郎)2017/11/10

プロフィール

大倉 忠司
株式会社鳥貴族 代表取締役社長
1960 年
大阪府生まれ
1979 年
調理師学校卒業後、大手ホテルに入社
イタリアンレストランに勤務
1982 年
焼鳥屋に転職
1985 年
独立し、「鳥貴族」1号店(東大阪市内)をオープン
1986 年
株式会社イターナルサービス(現:株式会社鳥貴族)を設立。
代表取締役社長に就任し、多店舗化に乗り出す
2014 年
JASDAQに上場
2015 年
東証二部へ市場変更
2016 年
東証一部へ市場変更

会社概要

株式会社鳥貴族
株式会社鳥貴族
  • コード:3193
  • 業種:小売業
  • 上場日:2014/07/10