「社長になる」少年の夢は22歳で現実に
情報技術分野では、以前から派遣や業務委託のエンジニアの活躍が目立っている。1990年代からドッグイヤーと称されてきた進化と変化が目まぐるしいIT業界では、全ての技術スタッフを自前で育てるのは非効率と言える。
自社システムの開発が終わった後の処遇にも困る。エンジニアを派遣する企業も登録型が多く、プロの技術者に頼っている。
こうした中、エスユーエスは技術者の実務経験の有無を問わず社員として雇い、自ら教育した後に各取引先に送り出す。
株式会社エスユーエスの齋藤公男さんが現在の会社の前身「有限会社ジャパンスタッフリーシング」を京都市に設立したのは1999年。
時は日本でIT革命という言葉が流行った2000年の前年だが、マネジメント能力に長けた経営者が時代の波に乗って——という物語とは少し様相が異なる。
「最初に入社した半導体装置の会社で、社会人としての基本から機械、電気の設計まで仕事を通して教えてもらいました。21歳頃には自分で設計ができるようになり、海外案件も担当させてもらえたことから『起業してもできるんちゃうか』と勘違いし、22歳で半導体装置の受託製造会社を立ち上げました。独自の技術を強みとしてスポンサーを見つけ、社員も十数名雇ったのですが、バブル崩壊に伴い、スポンサーの資金ショートが原因で黒字倒産してしまいました」
公男少年が最初に見た将来の夢が「社長になってお金を儲ける」だけあって、元来起業家精神は旺盛だった。
しかし社会に出て数年で起業したときは、経営ノウハウや資金がなく雇われ社長。リスタートでは資本金の準備から始め、300万円を元手に設計の受託会社を自力で興した。
「一度会社を潰した人間だから世間に迷惑をかけていますし、そもそも起業の動機が『金持ちになったろう』ですから単純すぎてね。大いに反省して、今度は社会に貢献できる経営者にならなければと意を決したわけです。30歳の頃です」
会社に育てられた経験から“社会人学校”でエンジニア育成
ほどなくITソフト産業に向けた技術者派遣に着目した背景には、この分野のエンジニアが慢性的に不足していたことが大きい。ただそれ以上に齋藤さんには恩義があった。
「私は会社に育ててもらったおかげでエンジニアになれました。当社のコンセプト『社会人学校』は、まさに時代が要求する技術をしっかり教える会社がないとだめだという思いからきています。エンジニア派遣の会社でありながら、未経験者を正社員雇用し、一から教育して派遣するというビジネスモデルには懐疑的な声もありました。給料を出しながら勉強までさせる、それで経営は成り立つのかと。でも会社は無名でも求職者は多数集まりました。プロのエンジニアは社会全体で不足していたので、経験者に限定するとこうはいかなかったでしょう。大勢から選び、教育して立派になる社員が多く生まれました」
当時日本企業の採用は、今以上に新卒者中心であった。ましてや、技術職に関しては、未経験者の中途採用はほぼ門戸が閉ざされていた。そのため、社会人学校は注目を集め、人気があったという。
「新卒入社のうち、30%程度は3年未満で退職するとされています。社会に出てからやりたいことが見えても未経験だと採用されない。そういう人たちが当社にメリットを感じてくれました。また取引先企業がとれないリスクを当社がとることでチャンスをいただけ、ビジネスとしても回っていきました」
派遣という仕組みのメリットの最大化を目指す
人財教育に重きを置くことで、社員には多様なキャリア形成のチャンスを提供する。社員は『社会人学校』を通じてキャリアを積み上げ、希望によっては独立・起業を目指すというロードマップも描けるのだ。
最近は日本でも聞かれるようになった「フリーエージェント」。スキルの高い人たちが自分の条件にあった仕事、その仕事を提供してくれる会社を選ぶ仕組みを2000年代初頭から取り入れていた。
しかし、端から独立させることを念頭に置いて育てるメリットはあるのだろうか。
「社会人学校なので『卒業』というゴールもあるんです。その後は自分に合った会社に行ってもいいし、当社をエージェントとして、条件の合った会社と契約してもいいわけです。また、創業当時はeラーニングができるネットワーク環境が整備され始めた頃です。当社では教育のためにスキルアップシステムを構築し、リモートで会社から与えた教材の個々の進捗状況がわかるようにしました。この2つが他社との差別化要因として社会から高い評価をいただき、京都市ベンチャー企業目利き委員会のAランク認定など数々の受賞にもつながりました」
社会に評価されれば知名度も上がるが、同社の着目点は広報活動の代替のような話ではない。
多くの技術者は、企業に入社するとその組織が求めるキャリアを歩むことになる。本人が望まなくとも、やがてマネジメントサイドに立つのが一般的なキャリアパスだが、それではプロエンジニアとして究めることはできない。翻って派遣の場合は1人で仕事をするのが原則。目標や取り組みたい内容が変われば、別の派遣先に替わることも容易だ。
派遣にはデメリットもあるが、メリットもある。このメリットを最大限生かそうというのが、エスユーエスのコンセプトの根幹にある。まなざしがまず社員、技術者に向いているので、彼らが望むなら選択肢が起業でもいいわけだ。
先端分野への投資が社員の人間力と技術力を鍛える
プロエンジニアを育てて社会に貢献する一方で、今後は有望な事業への投資も積極的に行っていく意向がある。
「当社が作ったラボで、そこに集まった研究者と当社のエンジニアが協業で商品開発をする取り組みを始めました。今はちょうど第4次産業革命と言われ、AIやIoT、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)の領域が活性化しています。そうした新しい分野の研究開発に投資していきたいのです。これは起業家志向を持ち、入社した社員のためでもあります。実のところ、エンジニアから起業という道筋は簡単ではないので、一つの仕掛けを作ることで啓発していきたいという思いが強いんです。エンジニアの領域を超えていくバックアップをしたいと思っています」
実は、より高い技術と人間力を持つ人財を育てようとする姿勢のプロセスから生まれた商品がある。特にコミュニケーション能力、分析力などのヒューマンスキルは、マネジメント人財や起業家には必要不可欠なものだが、可視化が極めて困難だ。こうした課題は、企業・業界を問わず共通である。
エスユーエスが研究者と共同開発した『HQ Profile®』は、一般的なテストでは測りにくい50項目のヒューマンスキルを測定し、人物像を顕在化する。開発当初は自社の社員のための商品だったが、やがて取引先に派遣する人財の質を担保するために活用するようになった。
その際、取引先企業に所属する技術社員にも同じテストを受けてもらったところ、取引先でも独自に使いたいという申し出が続々寄せられたという。その結果、約3000社が採用。今では人材派遣で取引関係のない会社でも利用されている。
一方で、エンジニアの人材不足は今後も深刻化するだろう。だからといって、足りないピースを埋めているだけでは成長できないと齋藤さんは話す。
「技術には答えがあります。それを教えるのは同業他社でも大差なくできます。ただ、問題はOJTができるかどうか。そのためには自社にノウハウがないとできません。私たちは、AIやVRなど第4次産業に力を入れ商品開発しているので、他社に先駆けたOJTが可能です」
現状維持では二流。一流を目指すための上場
創業から約20年、資金調達に困ったことはほぼなく、社会人学校は大きな費用対効果を生んできたという。採用が容易な分、求人広告より教育にコストがかけられたのが大きい。
基幹の人材派遣事業は、売り上げの回収が早いのが特徴だ。自社社員として雇用しているゆえ待機率が大きくなると難しいが、リーマンショックの一時期を除いては5%程度で推移している。
資金調達に困らなくても上場に踏み切ったのはなぜなのか。
「社会に恩返しをしながら、これまでに出会い支えてくれた人、もちろん家族の思いにも応えていきたいと思いました。近江商人の『三方よし』の精神ですが、そのためにはオーナー会社のままではいけないし、もっと社会に認められる実績を積み上げたいと考えたとき、上場は必然でした。」
上場の指揮は齋藤さん自らが執った。
「現状維持では二流。“一流”を目指そう。そのための上場だと強い意志を持って、意識改革に取り組みました。共通言語を持ち、知識領域を広げていくことが重要なので、上場準備の3年間は自らの勉強と社員教育に明け暮れました。上場会社といっても、当社の規模では何事もトップの責任になります。正直、最初は少し軽く考えていましたが、管理部門に優れた人財が必要だと気づいたのは3年目です。管理が鉄壁だとイノベーションが起こりにくいのではないかという懸念もありました。しかし自分の考え方が変わると、新しい出会いもあり、本質を知る一流の人が集まってくれるようになります。そこでチームを築けば、会社を守ってもらえる。攻守のバランスが経営だと思うので、今は管理部門を壁だとは思いません。上場を機に4人の管理のプロを当社に迎えましたが、自社で育てられる部門ではないと痛感しています。
社員たちも上場することで周りから刺激を受け、前向きな意識変化が生まれてきたようです。とはいえ、上場会社としてはまだスタートダッシュの時期。得た利益は未来に投資しているので、これからもっと変わっていきます。3年後の当社を見ていただきたい」
第4次産業革命にコミットし、エンジニアとともに未来を描く
では3年後のエスユーエスは—。
「自社開発により積極的に取り組んでいきたいと思います。上場会社として、投資に対する効果を求められるので、より確度の高い商品を選別して、意欲ある優れた研究者との連携を深めていきます」
すでに動き始めている事業もある。AR(拡張現実)とVR(仮想現実)をベースとした教育に取り組む世界的リーダー企業EON Reality Inc.と業務提携し、VRイノベーションアカデミー(VRIA)を設立した。ここでは国際的なAR、VRのエキスパートによる教育プログラムの実施、地元企業や起業家にソリューションを実装するためのアクセス環境の提供などを行う。
京都の東映太秦映画村に拠点を設けたことで、東映はもとより京都府からのバックアップも得た。
ただ、この領域が本格的に社会にインパクトを与えるのは、5Gのサービス開始以降だと言う。
クリエイターAVRで人体臓器の学習をする子供たち
「5Gがテクノロジーの進化を加速させ、いわゆる『マトリックス』の世界が現実のものとなります。その中で私たちはコンテンツやビジネスモデルを創っていく。その時代をしっかり見据えて自分たちの商品を持つ。そして人財育成においても、第4次産業の中では圧倒的な強みを発揮できると自負しています」
次々と新たなアイデアを形にする齋藤さんにこれから上場を目指す若い経営者へのメッセージを伺った。
「私が創業したのは、世界的にはITバブルの後期でした。先にシリコンバレーに集まった起業家が開発競争をしたので、日本は立ち遅れていたのです。しかし、もう一度、第4次産業革命というチャンスが巡ってきました。今後この分野でベンチャー創業を目指す人は、しっかりとしたビジョンを持ち、強みを創造し事業を興してほしい。その際には管理部門体制も大事にされた方がいい。企業としてイノベーションを起こす骨格が弱いと、アイデアだけあっても人は集まらず、社会から求められません。そういう意味で、創業初期の事業は、本質的なイノベーションではなかったんです。だから当社エスユーエスにとっても、今回はチャンスだと思っています」
社会人学校で育ったエンジニアは、同社の挑戦にとって大切なリソースだという。そしてエスユーエスが描く未来は、エンジニア予備軍の希望にもなり得る。
(文=吉田香 写真=井田公雄 編集責任=上場推進部"創"編集チーム )2020/01/14