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高校の金融経済教育で重視するのは「自己と社会とのつながりを察知する能力の育成」

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東京都立農業高等学校の主幹教諭である塙枝里子さんは、民間企業勤務を経て、教員になった経歴の持ち主だ。赴任後、「社会の問題を自分の問題として捉える」視点を持つ生徒の育成を目指して、金融経済教育に積極的に取り組んできている。立教大学経済研究所客員研究員、文部科学省検定高校公民科教科書編集委員、金融経済教育を推進する研究会委員、経済教育ネットワーク評議員などを務めているほか、教員向けの金融教育セミナーへの登壇など、金融経済教育の啓発活動も行ってきている。
塙さんに、金融経済教育の現状、具体的な実践方法、課題、今後の活動などについてインタビューした。

—東京都立農業高等学校での仕事の内容を教えてください。

塙 担当教科は公民科で、教育課程推進部の分掌主任、ダンス部の主顧問も担当しています。

─教員を目指すようになったきっかけを教えていただけますか?

塙 直接のきっかけは、民間企業への内定が出た後に行った教育実習です。それまで「教師は楽しそうだけど、大変そうで自分には遠い仕事だな」と漠然と思っていました。しかし教育実習を経験し、とても創造力が必要な仕事であるとわかり興味を持ちました。
ダイレクトに生徒の反応が返ってくることによって、忘れられない経験・感動を得たことも大きかったと思います。教育実習後に「民間企業で経験を積み、いずれは教員になれたらいいな」と考えるようになりました。

─民間企業ではどのような仕事をされていたのですか? また、転職の経緯を教えていただけますか?

塙 最初に入社したのがNTTコミュニケーションズ株式会社という通信会社で、法人営業を行っていました。その後、株式会社リンクアンドモチベーションというコンサルティング会社に転職したのですが、リーマンショックの影響で給料が激減し、当初に思い描いていた計画よりも早めに教員になろうと決めました。
かつての日本には「大手に勤めたら一生安泰」との風潮がありました。しかし時代は大きく変わり「自分も変わらねば」という危機意識もあり、「自分が本当にやりたいこと、できること、求められていることで合致するものはどんな仕事だろう?」と考えた結果、「やはり教員だな」との結論に達しました。

─民間企業に勤務した経験で、今の仕事にプラスになっていることはありますか?

塙 「たいていのことはどうにかなる」と思えるようになったことです。民間企業で培ったビジネスパーソンとして「当たり前」と思える基礎は、さまざまな場面で役に立っています。直接的にプラスになっているのは、第一線で活躍する社会人との人脈があることです。社会人に教室で話をしてもらう、著名な方に学校で講演してもらうなどの企画をスムーズに実現できているのは、民間企業での経験が活きているからかもしれません。
また2社目に勤めた会社では「遊学働の融合」という方針を掲げていました。現在の自分も「遊ぶ・学ぶ・働くを融合しよう」というスピリットを継承しているところはあるかなと感じています。教員をすることは、労働やライスワークというよりもライフワークに近いものと捉えているからです。

─金融経済学習への取り組みに力を入れる理由を教えてください。

塙 かつて初任校で、「金融や社会のことは自分とは関係ない」と言う生徒がいました。「だから勉強する必要もない」という理屈なのですが、実際には社会に出た瞬間に、嫌でも金融とも関わりを持ち、いろいろなことを経験するわけです。大人になって、金融の重要性に気づいて勉強したくなっても、卒業すると時間も機会も限られてしまいます。
「卒業するまで金融の重要性がわからない問題」を解決したいと考えたことが、金融経済教育に取り組むきっかけです。私自身が単純に「金融経済教育はおもしろい」と感じていることも、力を入れて取り組んでいる要因の1つです。

─金融経済教育のおもしろさをくわしく説明していただけますか?

塙 日々お金が動くものであり、社会的インパクトが大きいことです。昨日の株価や昨日の為替は日々変化していますし、金融に関する制度も変化していきます。1秒単位で変わるもの、昨日とは同じではないことにおもしろさを感じています。

─金融経済教育の目的は、どのようなことでしょうか?

塙 目的は2つあります。1つ目はお金の学習を通じて無知による損失を防ぐこと、2つ目は社会の問題を自分の問題と捉え、主体的に学び行動する素地を養うことです。私は社会とつながるうえで、ツールであるお金の流れを学習する金融の知識は欠かせないものだと思っています。そして、どの授業でも「自分ごと化」が重要で「株式学習ゲーム」を取り入れるのもその一環であると言えます。

─金融経済教育に関して、塙先生ご自身の取り組みと、都立農業高等学校としての取り組みとを教えていただけますか?

塙 私の取り組みの代表例は、株式学習ゲームを活用した授業デザインです。株式学習ゲームとは、生徒たちがチームに分かれて1つのチームが1,000万円の仮想資金を持ち、実際の株価と連動して運用し、一定の期間を経てその資産の合計額を競うものです。このゲームをやり始めると、自分が株を買った企業の動向が気になります。またどうすれば勝てるのか研究するようになるため、ニュースをよく読むようになることも特長です。
お金に興味を持つことは、社会や世界に興味を持つことにつながるため、有効な教育方法といえるでしょう。「儲かった」「儲からない」を重視するのではなく、株式学習ゲームを通じて自分と社会がつながっていること、そして金融によって社会に貢献できる可能性があることを伝えることを目的としています。都立農業高等学校の取り組みとしては、新学習指導要領の導入により家庭科に資産形成の話が入ってきたことを受けての、家庭科の先生との連携強化があげられます。

─金融経済教育の現場で感じている課題を教えてください。

塙 以前は教育の現場でも、お金に関する教育に積極的ではない状況がありました。しかしここ10年ぐらいで相当変わってきて「教えてほしい」と言われることが増えたので、良い傾向だと感じています。
金融経済教育は勉強しただけでは忘れてしまうこともありますし、正しい知識を身につけたとしても、正しい行動ができるとは限りません。そのことを前提とした教育が求められます。教育とは砂漠に水を撒くような行為であるため、いつか芽が出たらいいなと願いながら継続することが重要だと考えています。

─金融経済教育を行う中で、注意すべき点、気を付けなければならない点には、どのようなものがありますか?

塙「金融教育=投資」と捉える人もいますし、「投資するならば、儲かる投資がいいよね」とローリスク・ハイリターンを求める人もいます。そのため、生徒が投資の難しさを認識・理解できるように、バランスの取れた教育を心がけることが大切です。
昨今、若年層の詐欺被害が拡大してきました。詐欺が巧妙になっている要因もありますが、ローリスク・ハイリターンの投資は存在しないことへの理解が欠如しているためだと考えます。なぜ人間が引っかかりやすいのか、行動経済学や認知心理学を採り入れた教育も必要でしょう。
来年度から新NISAが始まることもあり、金融経済教育は「アツい」わけですが、イコール投資教育になることには懸念があります。お金はあくまでツールです。生徒にはお金を通して「何をしたいのか」について自分と向き合い、最終的には社会とつながる視点を持ち合わせてほしいと願っています。豊かさや幸せは、人それぞれで感じ方が違います。自分にしか感じ取ることができないものなので、神経を研ぎ澄ませて 一生かけて考えていってほしいですね。

─今後の金融経済教育の取り組みについて、教えてください。
塙 今まで通りの取り組みを進めることと、高校を卒業した人たち向けて公開ゼミを開講することです。より広い世代に金融経済教育の本質を伝えていけたらと考えています。社会に出てから、実際にどうすればいいのかを知りたい人が多くいると感じているからです。今年の夏には、先生たちに向けて講座を行うことも企画しています。
─東証の金融経済教育活動についてご存じでしょうか? また、授業で活用できる余地はありますか?

塙 もちろん存じていますし、実際にお世話になっています。株式学習ゲームも東証が開発者の一人です。全体の授業計画の中で、金融経済教育をどのように位置付け、実践していくかは我々教員の腕の見せどころだと思っています。
また、教員が金融経済教育の重要性を正しく認識することも必要です。いくら外部が盛り上がっても、内部(教員)が盛り上がらないと普及していきません。先生たちの中で金融経済教育の必要性を感じてもらうことが大事だと考えています。

─このサイトの記事を読むのは大人の方が中心になると想定されます。金融経済教育を学んでいる生徒をサポートする親御さんへのメッセージをいただけますか?

塙 「子どもと一緒にやってみよう」ということですね。子どもに言うだけでなく、お金を活用する経験を一緒にすることも有効だと考えます。簡単な例として、知人が小学1年生のお子さんと実践した「親子メルカリ」があげられます。
知人の子どもがシーグラス(波によって角が取れ、曇りガラスのようになったガラス)を集めてメルカリで売った経験をきっかけに、子どもが商売に興味を持つようになり、小学生ながら「起業する」と言いはじめたそうです。子どものやりたいことをサポートした結果、金融経済教育になっていたという良い例でしょう。金融経済教育を難しく捉えず、「まずは一緒に楽しいことをやってみよう」という姿勢を持つことが大切だと考えています。

高校の金融経済教育への認識が大きく変わるインタビューでした。「投資の仕方」よりも前に学ぶべきなのは、「社会の中での生き方を考える力を養うこと」なのでしょう。社会とのつながりを大切にすることは、おそらくお金を丁寧に扱うことにもつながると思います。塙さんの情熱的な取り組みが物語っていたのは、金融経済教育とは人間教育そのものであるということです。

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