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上場会社トップインタビュー「創」

株式会社サンクゼール
  • コード:2937
  • 業種:食料品
  • 上場日:2022/12/21
久世 良太(株式会社サンクゼール)

「和のグロッサリーストア」久世福商店を展開

久世 良太(株式会社サンクゼール)

 ふと点けたテレビの番組、あるいは立ち寄った商業施設で、ちょっと古風な『久世福商店(くぜふくしょうてん)』の看板を見た覚えのある方は多いだろう。辛子明太子をからませた鮭のほぐし身、燻製大根の漬物「いぶりがっこ」を和えたタルタルソースといった独自性豊かな瓶詰めをはじめ、おかずの味を引き立てる出汁などの加工食品で人気を集める「和のグロッサリーストア」だ。

 ユネスコの無形文化遺産に「和食」が登録された2013年12月、千葉市の幕張新都心に初出店し、コロナ禍による「おうちごはん」のトレンドをとらえて成長した久世福商店。その運営元が、標高600m近い長野県飯綱町の丘の頂に本社を置く株式会社サンクゼールだ。社名と同じ『サンクゼール』ブランドで展開するジャム・ワイン専門店なども併せて、現在全国に直営・フランチャイズの約170店舗を展開。会員制大型スーパーのコストコにも商品を供給するほか、米国では調味料ブランド・メーカーを買収して現地展開を始めている。

 年商およそ179億円(2023年3月期決算)、2024年2月末で約270名が従事する同社が柱に据えるのは、自社単独、またはパートナー企業と共同で企画製造した加工食品を、自社ブランドの専門店で販売するビジネスだ。アパレルでグローバルな成功例があるSPA*(製造小売業)のモデルを、食の分野に応用して成果を収めつつある企業といえるだろう。
*Specialty store retailer of Private label Apparelの略

 直近では23年9月、第三の新業態『MeKEL(メケル)」の1号店も長野市内にオープン。久世福商店やサンクゼールと異なるのは、タイカレーや和惣菜、冷凍いなりといったおかず・主食になる冷凍食品を前面に出した点で、輸入調味料などの常温品も取りそろえ、単身世帯や子育て世代を主なターゲットとしている。同店にかける意気込みを、代表取締役社長の久世良太さんは、次のように語る。

「忙しいとき、すぐ一品を用意できる冷凍食品にはずっと注目してきました。技術革新のおかげで、風味・食感を保った冷凍食品を大手メーカー以外も手がけやすくなった今がチャンスと捉えています。気軽に車で立ち寄れる生活圏内のロードサイドに出店すれば、自宅の冷凍庫代わりに使える、今までにない選択肢が提供できるはず。主に商業施設に出店してきた既存業態とは異なるニーズを、いずれ数百店規模で掘り起こせると期待しており、2号店、3号店の開発を急ピッチで進めているところです」

創業地・長野に根ざす企業トップの“原風景”とは

株式会社サンクゼール

 サンクゼールの創業者は、久世さんの父である良三氏(現会長)だ。前身となる法人が長野県北部の中野市で設立された1982年当時、久世さんはまだ5歳だった。

 東京生まれ東京育ち、大手スーバーの食品売場担当を経て家業を手伝う営業職をしていた良三氏が、この地域に公私の本拠を移したのは1975年。趣味のスキーで見いだした新天地・斑尾(まだらお)高原にペンションを開いたのがきっかけだった。ここでオープン2日目の客として出会った女性が、久世さんの母である。

 ペンション経営者夫妻の長男として誕生した久世さんにとって、雄大な自然と、それに魅せられて訪れる宿泊客は、物心つく頃から生活の一部だった。地元の果実を使った手作りジャムを宿の食事に添えて好評を得た母、休みなく働く彼女を楽にしようとジャムのレシピをもとに物販事業を模索していた父、そして現在サンクゼール副社長である弟と4人で囲んだ食卓は「質素ながらも温か」(久世さん)なもので、今も事業構想の拠り所とする“原風景”になっているという。

 もっともその後、新規事業に大きく賭けた父と暮らす中では、借り入れの返済に奔走する苦労もうかがい知れただけに、「いずれ自分も経営者に」との思いはなく、どこか落ち着かない生活への反発心が勝っていたという。高校卒業後に上京、2002年に電気通信大学大学院の電子工学専攻を修了した久世さんがファーストキャリアに選んだのは、長野県内に主要拠点を置く大手プリンタメーカーの研究職だった。

 一方この間に良三氏は、かつて新婚旅行で訪れたフランスの田園風景と成熟した文化に触発されて、緑豊かな長野の丘の上にレストラン・ワイナリー併設の本社屋を構える。1998年の長野オリンピックも追い風に事業を拡大し、翌年に軽井沢で開いたサンクゼールブランドの1号店を皮切りにワインやジャムの直販もスタート。長野から国内の大都市圏、そして一時は中国にも進出していった。

 久世福商店の「和のグロッサリーストア」というコンセプトは、シンガポールの展示会に出展した時「なぜ日本人の店なのに西洋風の商品ばかりなのか」という質問を受けて着想したもの。良三氏の父で、戦前からの食品卸・久世商店(現・株式会社久世)の創始者でもある久世福松にちなんで名付けた新ブランドは大ヒットし、会社は一躍有名となった。
 
 父がこうして産み育てた諸事業に加わった二代目の久世さんだが、独自の道を選んで見聞を広げたのち、親も営んでいた食品流通のビジネスに腰を据えたのは父子共通。商人の家系が脈々と受け継ぐ才覚をうかがわせる符合だ。

「値段を決めて自ら売る」ことの強み

久世 良太(株式会社サンクゼール)

 就任から6年近くを経た社長から見て、サンクゼールのコアコンピタンス(核となる強み)とは何か。そんな問いに久世さんは、「自分たちで商品を作るだけでなく、売価も自分たちで決め、しっかり売れること」と即答する。直近では、食品全般に値上げラッシュをもたらした原材料高の一服を受け、久世福商店などの定番商品を最大25%値下げした判断にも現れた特色だ。

 既成の販売ルートに依存しないSPAは、独自の売り場や流通網を整えるための先行投資を要し、出店の成否や、在庫を抱えるリスクも直接引き受けることとなる。その代わり、自社のコンセプトや方針を素早く徹底できる上、中間マージンを省いて利幅を確保し、売価に還元できるなど魅力も大きい。発祥のアパレルにとどまらず、食の分野でも近年参入が相次いでいるのは周知の通りだ。

 SPAを中心に据えるサンクゼールの事業戦略は、「自信作のジャムに自前の販路を持たなかった頃、言いなりの値段で卸した挙句、売れないからと半分引き取らされた」など、創業者が味わった苦い経験がもとになっている。後を継ぐ久世さんもまた自らの体験を経て、SPA主体の経営に確信を深めてきた。

 そもそも、大手メーカーで順調にキャリアを積んでいた久世さんが家業への誘いに応じたのも、ベテラン経理担当の病気に伴い信頼できる身内が求められた事情に加え、直営店の好調で年商20億円規模まで育った実績、さらに「自分で売れる」という強みに気付き、可能性を感じたのが理由だった。

 特に当時隆盛を極めていた家電量販店に販売支援として派遣された経験から、「メーカー社員は接客を応援しても値引き判断ができない」「店頭で競合メーカーより有利な売り場を確保する苦労」といった、作り手・売り手のリアルな力学に触れていたことは、久世さんの決断を大きく後押ししたという。

退職続出の苦い経験からオープン経営を志向

久世 良太(株式会社サンクゼール)

 入社した2005年からトップに就くまでの13年間、久世さんは経理、資金調達、経営企画、物流、IT、店舗開発など、サンクゼールのコーポレート部門を歴任。最初の仕事だった銀行対応で数字に慣れたのち、「その時々、最も課題があるところに入って解決を図ってきた30代」が、今に生きているという。中でも退職者が一時相次いでいた製造部門を立て直した経験は、ひときわ強く印象に残っているようだ。

「直視したくない気持ちを振り切って現場に出向き、まず残ってくれた従業員と一緒にジャムを煮詰めるところから始めました。私なりの言葉で思いを伝え、話を聞いたところ、会社としての考え方が十分伝わっておらず、疑念や不信感を招いていたと気付きました。そこから改善を約束して行動で示し、得られた信頼で次の改革につなげるサイクルを学んだ気がします」

 従業員の共感を集め、現場と一体の経営を実現するため、いま久世さんが取り組むのが、利益創出の仕組みや状況を社員と共有する「オープン経営」だ。

 オフィスや商品開発用のテストキッチンがあり、動画撮影設備も完備した「サンクゼールの森」(長野県信濃町)で毎月開くビデオ会議「全体会」は、その一例だ。全国各店舗の店長に呼びかける社長メッセージの中では、経営の現況や課題に関する情報も可能な限り共有。日々の業務の背景を理解し、納得して打ち込める環境づくりに心を砕く。

 社内や投資家に向けた情報発信と並行し、500社以上にのぼる取引先とのコミュニケーションにおいても、久世さんは事業説明会「ぶどうの木の会」を毎年開くなど、フェアでオープンな関係構築に絶えず努めているという。

「誇りを持って生産活動を続ける全国の方々と組み、各地のおいしいものを販売する私たちの事業は、言動を含めて気持ちよくお取り引きいただくことで初めて持続可能となります。創業者は現在も社内各部署と定期的に対話の機会を持っており、ここでは当社が作り手として、売り手への対応に苦慮した時代を社員全員で追体験することを目指しています」

社風を保てる開かれた組織を目指し上場

久世 良太(株式会社サンクゼール)

 2022年12月21日、サンクゼールは東証グロース市場に上場。久世さんにとっては、起業家表彰制度「EY アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2015 ジャパン」で甲信越地区代表に選ばれた専務時代、初めて「上場できる」と背中を押してくれた業界関係者の見立てに応える快挙でもあった。

 とはいえ経営移譲の過程では上場以外も含め、あらゆる選択肢が検討されたようだ。久世さんは、こう明かす。

「創業家がオーナーのまま経営を続ける道もあったと思います。しかしこれは、自分たちで何でも決められる状態。将来経営者として極限まで胆力を試されたとき、全て手放して楽になりたいと思えば、それも簡単にできてしまいます。実際に会社売却を打診されたこともあり、クローズドな体制のままでは、培ってきた社風をかえって失いかねないと感じました。そのため最終的には、『世界に開かれた上場会社として、投資家の方々から応援をいただきながら社風を維持するのが、最もサンクゼールらしいのではないか』と思い至りました」

 上場前後のプロセスを経て、知名度・信用度の向上など多くのメリットを実感したという久世さんはいま「地方企業こそ上場する意義がある」と断言する。

「大手からの中途入社など、上場を機に地元以外を含め、いっそう多様な方々が集まってくれる会社になりました。その土地に根ざす企業が人的資本の塊として育てば、自社の業績はもちろん、持続可能な地域づくりにも貢献するでしょう。海外に出ても上場会社への信頼は厚く、米国では特にオーナー系の経営者から『よくぞそこまで』と賞賛をいただきます」

「上場に際して“必須条件”と位置づけることで、思い切った社内改革ができるのもメリットです。実際に私たちは労務管理を明確化し、それを受け入れる文化に改めることができました。取締役会も、私以外の11名中5名に忌憚なく発言いただける社外取締役を迎えて緊張感が生まれ、新規事業への進出や展開に際しても、確かな知見を得て判断ができています。社内の幹部も、社外視点からの提言を真摯に受け止めて実行しており、現在も組織改革などを進めているところです」

実践とともに海を渡る「愛と喜びのある食卓」

久世 良太(株式会社サンクゼール)

 創業から今日までと同様、これからサンクゼールが提供する商品・サービスも時代をとらえ、多彩な展開をみせていくことは間違いない。ただ、それがどのようなものであれ、「誰かの心を動かすのは、そこに込めた自分自身の経験や感動。だからこそ一人の生活者として感じることを大事にしたい」と話す久世さん。家族の団らんや絆を想起させるコーポレートスローガン「愛と喜びのある食卓をいつまでも」についても、やはり自身が率先して実践している。

 進学を控えた娘とオープンキャンパスに出向くなど、多忙な社長業のかたわら三児の父親として共に過ごす時間を大切にしているほか、現在離れて暮らす両親とも、毎週日曜日には経営報告を兼ねて、必ず食卓を囲むという。外食の機会も多く、ファミレスから高級店まで幅広く楽しんでいるが、「どこに行っても気がつくと仕事目線。『この値段でこの質をどうやって』などと、つい考えてしまいますね」と笑う。

 今後の事業戦略について尋ねると、久世さんは「上場したからこそできる思い切った投資」への意欲をのぞかせた。「国内ではM&Aによる製造機能の強化なども視野に入れ、まだまだ成長余地のあるSPA業態を伸ばしたい。中長期的にはグローバル展開も重要で、すでに取り組んでいる米国・台湾のほかカナダや韓国、東南アジアへの販路開拓も進め、海外比率を4割程度まで引き上げたいと考えています」

 熱を込めて未来を描く久世さんの背後では、3月中旬の取材前日に降ったまばゆい雪と、じっと芽吹きを待つ木立が窓一面に広がっていた。豊かな自然を残す長野の地に根を下ろし、地場産品加工で培った企画開発力を原動力として、食のSPAモデルの拡張に挑み続けるサンクゼール。顧客と従業員、そして社会にもたらす「愛と喜び」は今後、国内外でさらに身近な存在となりそうだ。

株式会社サンクゼール

(文=相馬 大輔 写真=和田 博 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2024/03/13

プロフィール

久世 良太(株式会社サンクゼール)
久世 良太
株式会社サンクゼール 代表取締役社長
1977 年
長野県生まれ
2002 年
電気通信大学大学院電子工学専攻修了、同年セイコーエプソン株式会社入社
2005 年
株式会社斑尾高原農場(現当社)に入社
2009 年
信州大学経営大学院イノベーション・マネジメント専攻(MBA)修了
2017 年
St.Cousair Oregon Orchards, Inc.(現St.Cousair,Inc.) 取締役
2017 年
株式会社斑尾高原農場 代表取締役社長(現任)
2018 年
当社 代表取締役社長(現任)
2018 年
St.Cousair Oregon Orchards, Inc.(現St.Cousair,Inc.) 非常勤取締役(現任)
2022 年
東証グロース市場上場

会社概要

株式会社サンクゼール
株式会社サンクゼール
  • コード:2937
  • 業種:食料品
  • 上場日:2022/12/21
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