上場会社トップインタビュー「創」
- コード:6229
- 業種:機械
- 上場日:2020/12/17

“物を作るための物を作る”仕事に魅かれて

“バルブ”と聞いて、その存在は知っていても、身近に目にしながら生活している人はほとんどいないだろう。しかしあらゆる設備のほとんどすべての配管に取り付けられ、水や空気などを流す、止める、調整する機能を司る、誰にとっても必要不可欠な部材の一つだ。このような人目には触れにくいが、大切な物を研究し作っている会社が世の中にはたくさんある。
株式会社オーケーエムもその1社。1902年に鋸切製造所として創業。日本の工業部門を核とした高度経済成長期前夜の52年には、電動のこぎりの台頭に危機感を持ち、バルブコック専門メーカーに転換した。同社創業地・滋賀県において、県東部彦根地域の地場産業がバルブ製造であったことも、決断を後押ししたという。
滋賀県出身で創業家の1人である現社長の奥村晋一さんは、会社を継ぐことを強く意識していたわけではないというが、自然と向かった先はものづくりの世界——
「幼少期から粘土で遊んだり工作をしたり、ものづくりには興味がありました。大学では物理学を専攻し、高温超伝導の研究をしていました」
東京の大学院の修士課程修了後には、帰郷はせず横河電機株式会社に入社した。
「一つの業界に特化するのではなく、物を作るための物を作ると言いますか、メーカーに供給する物を作るための機器類を開発して作っているところに魅かれました。派手さはなくてもやりがいがある面白い企業だなという印象を持って入社しました」
「バルブも同じで、単体ですべてを完結するのではなく、ほかの配管機材やポンプ、センサーなどと連携して一つの機能を発揮します。それでも当初は横河電機にずっと勤めるつもりでした。配属された部署はまもなく独立して別会社となり、移籍してから約6年勤めました。そこはケミカルの分析器を扱う会社で、配属は営業。マーケティングの観点でユーザーニーズに合った提案をしていくという考え方が勉強になり、その経験が今も活きています」
職場は様々な経験ができ楽しかったものの、結婚を機に当時社長だった叔父から「いつから来てくれるんだ」と既定路線のようにオファーを受け、新しい家族とともに生まれ故郷に帰る決意をした。
「ものづくりに近い仕事がしたいという思いがふつふつと沸き、転職を決めました」
カスタマイズに定評、世界トップシェアのニッチなバルブも

奥村さんの入社は1997年。そこからさかのぼること約10年前のいわゆるバブル期から、オーケーエムは、新規事業、つまりバルブ以外の新製品を開発し市場投入することとともに、店頭公開を目指すという目標を持っていた。バブルが弾け、いったん小休止したものの、株式の公開、事業の成長への思いは根強くあった。そこに当時の社長から若い奥村さんへの期待があったのかもしれない。
入社後はまず開発に配属、そこから技術、品質保証、製造への配置転換と同時に取締役に就任した。
「私個人のターニングポイントは品質保証部の部長を経験したことですね。バルブは作って納めて終わりではないんです。何かしらのトラブルが起こる。特にカスタマイズ品は試運転時にトラブルが起こりやすいのです。そうしたときにお客様に寄り添って一緒に解決していく。その中で様々な情報や真のニーズを知ることができます。それが次のカスタマイズ製品の開発や、ビジネスモデルの構築につながっていくと実感しました」
現在の同社の特徴についてうかがった。
「当社の主な製品は、バタフライバルブ、ナイフゲートバルブ、ピンチバルブです。バルブは配管があるインフラのほとんどすべてで使用されています。配管を流れるものには水、空気、ガス、粉状、固形物まで様々あり、これらをバルブで制御します。当社は上水道や空調システムに使われるような標準的なバルブ製品も提供していますが、特に得意としているのはお客様のニーズに合わせたカスタマイズ製品です。高圧や高温、低温、開閉頻度が多いなど過酷な環境で使用される場合には、標準品では対応が難しくカスタマイズが必要になります。それを短納期で納められるのが強みです」
同社は『2020年版グローバルニッチトップ企業100選』(経済産業省)に高温のガスが流れる船舶エンジンに使う高性能バタフライバルブ(船舶排ガス用バルブ)が選定されたが、この製品は40%超の世界トップシェアを誇る。非常にニッチな製品だが、デンマークに拠点を置き、世界の90%近いシェアを持つ船舶用2ストロークの主機(推進用)エンジンのライセンサーから認証を取得している。
社員が自分の成長を実感できる会社に

カスタマイズ製品を短納期で提供するというビジネスモデルは、人(営業社員や技術者など)が介在する余地が大きい。そこで人材育成や活用、企業風土について話を聞いた。
「10年前と比べると、今の人材への取り組みは、認識も含めて大きく変化していると思います。以前は何かトラブルが起こると、部署関係なく営業も工場も管理部門も一丸となってその対応に取り組んで何とかして解決していこうという雰囲気がありました。困難なこと、何か新しいことにも全社一丸で挑戦するという社風があり、その風土については今も残っていると思いますし、しっかり残していきたいです。ただ、その姿勢は属人的で人への依存度が高い。良いところは残しつつも、一方で組織的に解決する、あるいはAIや自動制御、DX(デジタルトランスフォーメーション)など技術を取り入れてシステム化していく取り組みを進めています。今はそういった人材育成、仕組みづくりにかじを切る過渡期だと考えています」
目的は生産性を上げるということだけでない。働く社員が自分で考え、勉強して成長する、自立的な人になっていけるよう会社として応援することで、社員自身が自分の成長を実感できる会社にしていきたいそうだ。
奥村さんは人材育成に強い意欲を持つ。
「今一番の課題であり、優先順位が高いのは、人材育成とマーケティング、開発です。現在中長期ビジョンとして“Create 200”を掲げ、2031年3月期に連結売上高200億円を目指しています。その実現のためには、新規分野への展開をマーケティングの観点から取り組む必要があります。そのためには現在の社員の成長とともに、新たな社員の採用と育成が重要なかぎとなってきます」
研究開発にはDXがキーワードになる。例えば、バルブをハブとしてセンサー機能やAIなどと組み合わせて遠隔地から監視できるようなシステム開発もその一つだ。すでにそうした取り組みを進めているが、さらなる推進のためには専門人材の育成も急務だろう。

同社の製品
脱炭素を進める社会と伴走し、バルブの最適化で貢献
DXともう一つの研究開発のキーワードは、脱炭素社会の実現。事業への取り組みがそのままSDGsにもつながる重要な観点だ。
「クリーンエネルギーには、当社だけでなくバルブ業界全体が注目しています。最終的には社会の中で水素の活用が進んでいくと思いますが、そこに至るまでには天然ガスやアンモニアがあります。船舶の燃料供給装置向けのバルブ開発では、天然ガスはすでに市場投入を済ませ、アンモニアについては開発がほぼ終了し、これから実証実験に入ります。当社が得意な船舶向けも、船舶燃料が重油から天然ガスへ、天然ガスからアンモニアへと移行が進んでいます。その燃料供給装置向けとともに、排ガス処理装置向けのバルブ開発も進め、実用化に向けて動いています」
作っている製品がクリーンエネルギーの供給など、サステナビリティに寄与する設備に使われていることは、SDGsにつながる事業活動と言える。さらに排ガス処理や水処理など環境対策型装置にも活用されている。大量生産型ではなく、カスタマイズにより顧客企業のニーズに最適化することが強みというオーケーエムの特性が活きている。
加えて地域社会への貢献として、滋賀県の自治体に環境啓発絵本の配本を行っている。同社の『バタローと仲間たち』というキャラクターを使った物語を絵本にして、地域の園児や児童に環境を守る大切さへの理解を深めてもらっている。

『バタローと仲間たち』
投資家との対話からの気づきが事業の成長を促進

「3度目の正直」。株式公開には過去に2度頓挫した経験があるという。
「最初は、私の入社前になりますが、新規事業の立ち上げと店頭公開を目指した1980年代、ちょうどバブル経済のころです。バルブとは違う製品の開発を目指しながら取り組んだようですが、あえなくバブルが弾けました。2回目はリーマンショックの前あたりです。いつもタイミングが悪いんですよ(笑)」
そして3度目の正直は2020年だが、今度はコロナ禍という魔物が立ちはだかる。
「上場を目指したのは、船舶排ガス用バルブの需要が急拡大したことが契機で、企業としての成長も見込めたからです。ところがちょうど上場申請期にコロナ禍が始まり、数字が読めなくなりました。結局、当初上場予定だった9月から3カ月遅れて12月に東証第二部(現 スタンダード市場)に上場しました。社内では本当にできるのかという議論もありましたが、当時の社長が『株価がつかなくてもいいから、今やろう』と判断しました」
不運な巡り合わせはともかく、3度目は長年の実績があり、満を持してのものだった。したがって、上場が大きく寄与したのは、資金調達面よりむしろ人材採用面と社内体制の整備だったという。
「求人への応募が上場前と比べると10倍くらいに増えました。従来の社員の意識も一段上がったと思います。上場準備段階では予実管理面など苦労がありました。上場前にはみんな数字より技術や製品、納期の話が中心でしたが、厳格な予実管理が求められ、正直社内では戸惑いもありました。それでも上場プロジェクトの中で、予算立案から実績の管理、次の計画立案というPDCAを回す仕組みが何とかかたちになり、これは上場の大きな成果の一つです。新製品の開発やマーケティングへの意識も高くなったと思います」
管理部門には、上場企業の管理部門経験がある中途採用者が多く入社。以前からの社員のステップアップの助けにもなり、社内の雰囲気にも変化が生じている。管理部門に限らずこれまで均質的だった人材が、様々な経験を持つ人材の入社で多様性が一段進んだと感じるという。
上場したことで、投資家とのコミュニケーション、IRについても力を入れている。また、IR活動を通じて気づきも生まれている。
「個人投資家向けIRセミナーや機関投資家との定期的なミーティングを積極的に実施しています。これまでは業界の中やお客様との対話が中心でしたが、初めて一般の投資家の方々と接することで、当社がどう見えているのかという話が聞けるのはありがたいことです。一方でこちらからも理論づけを持って、当社の事業や実績などについて説明をしなくてはなりません。どういった活動をすれば利益や成長につながるのか、整理をして話すことは、実際に事業活動を進めるうえでも非常に役立ちます」

個人投資家向け説明会の様子
バルブ×DXと脱炭素型製品開発が事業成長のかぎ

上場から約4年、今後の事業展望を聞いた。
「当社はバルブをコアに流体制御機器を提供しています。その軸は大切にしながら、DXに取り組みシステム化を進めていきます。また、クリーンエネルギー向けバルブのカスタマイズ製品の開発、さらにメンテナンスサービスの充実をはかっていきます」
バルブは劣化すると交換されることが多い。その際には他社のバルブと入れ替えられるケースも少なくない。提案型のメンテナンスを行うことで、交換する場合もただ同じものを入れ替えるのではなく、進化型製品の提供を進めていき、長く顧客との関係性を築いていく。
「M&A(企業の合併・買収)にも取り組んでいきます。単純に売上高を増やすための合併ではなく、本事業を拡大していく中で足りないところを補うような提携や、必要に応じてのM&Aを進めていくということです。例えばDXの分野も一つのターゲットになり得ます。海外市場に向けては、今は東アジア(中国、韓国)中心ですが、東南アジアにも広げていく考えです。各国の市場にあったカスタマイズ製品のラインナップを増やしていくことを今、社内でも議論しています」
最後にこれから上場を目指す起業家へのアドバイスを聞いた。
「上場メリットは、社内の体制整備ができ、企業の成長に向けて地ならしができる点です。もう一つは採用面でのメリットが大きいと思います。ぜひ挑戦してほしいと思いますし、経験談をお聞きになりたい場合は、当社にお問い合わせください」
本社は現在、滋賀県のJR野洲駅から徒歩圏内だ。奥村さんは電車通勤を選び、毎日読書の時間に充てるという。1週間に1冊のペースで、ジャンルは決めず乱読する。オフには家族と一緒に城や神社仏閣めぐりを楽しみ、家庭菜園で野菜づくりにも精を出す。「あちこちかじっているだけ」と笑う奥村さんだが、穏やかで豊かな日常の暮らしが垣間見える。
そんな日常を陰から支えるものづくりに魅了されまい進するオーケーエムの今後に期待したい。
(文=吉田香 写真=吉田三郎 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2024/07/16
プロフィール

- 1966 年
- 滋賀県生まれ
- 1991 年
- 横河電機株式会社入社
- 1997 年
- 株式会社オーケーエム入社
- 2006 年
- 株式会社オーケーエム 取締役就任
- 2020 年
- 東証第二部に株式上場
(2022年4月4日~スタンダード市場)
- 2021 年
- 株式会社オーケーエム 代表取締役社長就任
会社概要

- コード:6229
- 業種:機械
- 上場日:2020/12/17