IR活動に関するインタビュー
株式会社スマレジ
主力のクラウドPOSレジシステムを中心に、店舗向けソリューションを展開する株式会社スマレジ。2019年に東証マザーズ市場(現グロース市場)に上場して以来、投資家との長期的な関係構築を重視したIR活動に注力してきました。
デザイナー出身の創業者が決算説明資料の作成を直接監修するなど、常により良いコミュニケーションを追求する姿勢は、日本証券アナリスト協会(SAAJ)の「ディスクロージャー優良企業」に2度選定(2022・2024年)されるなど、高く評価されています。
上場当時からIRに携わる同社の式地めぐみさんと、現在実務の中心を担う遠藤映子さんに、自社のIRの方針や特徴、IR活動と事業成長の関係について伺いました。
(以下敬称略)
IR活動の目的・方針
長期視点での信頼獲得を目指すIRの役割
—IRに取り組む目的を教えてください。
遠藤:IR活動の目的は、当社の事業戦略や財務状況を、投資家やステークホルダーの皆さまに対し正確かつ迅速にお伝えすることだと考えています。
また、当社ではIRを「投資家に向けて会社を売り込む営業活動」とも位置付けています。幅広い層への情報発信を通じて、当社の成長性や中長期的な企業価値をご理解いただき、株式を長期保有いただくことを目指しています。
—IRで重視しているターゲットがありますか。
遠藤:明確に打ち出している訳ではありませんが、短期的な値動きに過度に関心が集まると株価の不安定要因になりかねません。そのため、公平性を保ちつつも、長期保有をご検討いただける機関投資家向けの取り組みを最重要視しています。
分け隔てない情報公開と、機関投資家との個別対話を並行
—ターゲティングと公平性は、どのように両立していますか。
遠藤:すべての投資家に向けて透明性の高い情報開示を徹底し、メール等のお問い合わせにも分け隔てなく対応しています。その上で、機関投資家・アナリスト向けには個別対応を含め、双方向で深い議論や意見交換ができる場を積極的に設けています。
決算説明会についても、以前は機関投資家・アナリスト限定としていましたが、現在は個人投資家の方も事前登録いただければ参加可能としています。
式地:フェア・ディスクロージャーの観点からは当然ですが、当社が発信する情報の内容そのものは、発表においても個別対応においても変わりません。その上で「どのような場を設定するか」によってターゲティングを反映させています。
—株主通信「スマレジInside」は、Webのメディアプラットフォームであるnoteで公開されています。
遠藤:はい。当社は店舗の経営者層を中心に、幅広い方々からお選びいただくプロダクトを展開しています。そのため、株主通信においてもユーザー視点の“現場感”を意識し、PRと融合した情報発信に取り組んでいます。
法定開示は投資家向けに特化した情報ですが、noteはあらゆるステークホルダーと接点を持てるメディアです。私が執筆を担当していますが、業績や利益に関する話題に偏りすぎないように意識し、「会社内外の各方面から見ても、自然と好意を持っていただける表現」を心がけています。
社内体制
四半期で約40件の個別取材対応。決算説明資料作成に丸1か月
—IRに取り組む社内体制についてお聞かせください。
遠藤:現在、IRチームは管理部門に属し、専任担当として私と、産休中のメンバー1名が所属しています。業務はプロジェクト単位で進めており、管理部門の責任者である式地のほか、財務経理・PR・デザインなど、関係する部署の担当者と連携しながら対応しています。
—具体的な業務の進め方についても伺えますか。
遠藤:「四半期決算前の開示準備」をはじめとする各プロジェクトでは、私がメンバー招集・意見調整・スケジュール管理を担当しており、noteの執筆などと並行して進めています。
当社のIRの特徴のひとつは、“神は細部に宿る”という意識を持ち、決算説明資料の作りこみに徹底的にこだわっている点です。役員も交えた制作プロセスには毎回1か月をかけて、細部まで入念に作り込んでいます。
四半期開示後は、機関投資家からの個別取材に約40件ほど対応しています。私がメインスピーカーを務めることもありますが、役員が同席する場合は、事業成長のストーリーを直接伝えてもらうことを意識しています。
IRの意義をトップが得心。現顧問の創業者が外部視点で助言
—かなり熱のこもった体制という印象ですが、これは経営陣の方針によるものですか。
式地:そうですね。私がよく覚えているのは、上場時の代表取締役だった山本博士(現取締役会長)が上場前後にIR関連のセミナーを聴講し、自社の方針を模索していたことです。
その中で触れた「機関投資家への営業活動」という説明で、彼はIR活動の意義について腑に落ちたらしく、以来この考え方に沿ってIRに注力する姿勢が、経営陣に共有されるようになりました。現在の代表取締役である宮﨑龍平も、決算説明会に必ず出席して質疑に応じています。
遠藤:上場から1年あまり経った2020年夏、当時営業担当だった私が、社長室直下のIR担当として配属されたのも「IRは会社を売り込む営業だから」という理由が大きかったと聞いています。
—個別の取り組みにも、トップの意向が反映していますか。
遠藤:はい。例えばnoteを活用した発信も、「未来の株主も意識した公開型の株主通信を」という山本の意向を受けてスタートしたものです。
式地:決算説明資料については、当社創業者(現顧問)でデザイナー出身の徳田誠が監修しています。具体的には、前回決算後に投資家から得られたフィードバックを踏まえ、「今期の業績評価のうち何をトピックに・どう伝えるか」を社内で議論する際、徳田が「IRを理解する外部デザイナー」として意見を提供しています。
資料の構成や視覚効果の助言はもちろん、経営から一歩引いた立場から「ハレーションを恐れない情報開示を」と後押しされていることも、内容の充実につながっています。
遠藤:制作工程間の調整は多く、手間もかかりますが、その甲斐あって、出来上がった資料には毎回「見やすい」との評価を多くいただいています。
IR活動の特徴
受賞2回。「社内の認識と社外の評価が一致」
—SAAJのディスクロージャー優良企業として、2022年度の初受賞に続いて2024年度も選ばれました。高評価をどう受け止めていますか。
式地:「社内で力を入れている領域ほど、外部の評価も高かった」という認識です。特に2024年度は「説明会、インタビュー、説明資料等における開示」「フェア・ディスクロージャー」の2項目で、新興市場銘柄カテゴリーの1位を獲得できました。
ちょっと、評価していただき過ぎかもしれませんね(笑)。
—初受賞から直近の受賞までの間、IRの取り組みにどんな進展がありましたか。
遠藤:開示内容の充実と、機関投資家との対話の多様化に向けて、空白を作らず継続的に取り組んできました。中でも注力したのは大きく2点で、1つは「オンライン決算説明会の内容および運営の質向上」。もう1つは「グローバル投資家へのアプローチ」です。
2023年度のオンライン説明会では、参加率向上を狙い、証券会社アナリストの方と当社役員との対話形式による進行など、新たな取組みにチャレンジしました。
また、グローバル対応では、従来課題だった英文開示のタイムラグを改善し、説明会資料と決算短信サマリーの日本語・英語同時開示を実現しました。
自社がいま、投資のプロにどう見えているか
—特にグロース市場で機関投資家へのアピールが課題とされがちな中、貴社は上場承認直後の説明会(ロードショー)時点で、すでに高い関心を集めていたそうですね。
式地:はい。当時依頼していたIR会社の発信をきっかけに当社をフォローいただき、その後も継続して対話を続けているアナリストや投資家もいらっしゃいます。
当社が上場した2019年2月は、軽減税率導入を伴う消費税率引き上げ(同10月)を控えたタイミングで、主力とするクラウドPOSに特需があったという追い風が大きかったと思います。
加えて、これは推測ですが、サブスクリプション型の売上と、サービスの初期費用である機器販売などの売上がそろって伸びるという、当社事業の安定性・成長性が、投資家視点で分かりやすかったことも幸いしたとみています。
遠藤:当社では、キャッシュレジスターやレガシーPOSを代替するクラウドPOSの十分な成長余地を、経営陣の試算をもとに示しています。決算説明会のアンケートでも「財務健全性」「成長性」のスコアが高く、派手さはないものの「長期視点で底堅い」と評価いただけているのではないかと思います。
—投資家から見た自社の姿を、強く意識しているのですね。
遠藤:はい、それは常に意識しています。私たちが機関投資家の方々と積極的に個別対話を行っているのも、「自社がいまどう見えているか、社内の感覚だけでは決して分からない」という考えがあるからです。
「上場企業を幅広くフォローしているプロの厳しい目を通して、経営や開示の改善点を探る」ことは、私が最初に山本から指示されたミッションのひとつでもあります。そのため、個別取材の際には「他にどんな会社をフォローしているか」「ベンチマークはどこか、当社の相対評価はどうか」を、ネガティブな点も含めて伺うようにしています。
また、投資家との対話を通じて外部のフラットな意見に触れたり、日頃意識しづらいマクロ経済の動向を身近に感じたりできることも、IRを担う上での大きなモチベーションになっています。
株価に一喜一憂しない。個別活動のプロセスを重視
—外部要因にも左右される株価への貢献が見えづらいなど、IR活動には「評価が難しい」という問題もあります。この点に関し、実情やお考えをうかがえますか。
遠藤:個別のIR活動については「決算説明会の参加者数」「IRサイトの資料閲覧動向」などの定量的な指標を検証し、改善に生かしています。ただし、何らかのKPIを設定しているわけではなく、「決算説明会や個別取材で得た外部のフィードバック」「アナリストレポートに当社の伝えた内容が正しく反映されているか」といった定性面の評価が大きなウエートを占めています。
式地:IR活動への評価は、最終的に投資家の方々からいただくもので、ひいては株価などにも反映するのかもしれません。
例えば「地道に活動を続けるほど出来高が増える」など、何らかの相関関係が見えていれば理想的ですが、現状ではまだ確立されていません。日々の株価に一喜一憂せず、活動のプロセスを重視したいと考えています。現時点では、活動の評価を株式の動向と関連付けず、各プロジェクト単位の目標達成度を半年ごとに評価するという方針をとっています。
事業の展望とメッセージ
「いつでも出資を打診できる関係」の構築を
—最後に、今後のIR活動への展望、また新興市場に上場または検討中でIRを強化したい企業へのメッセージをお聞かせください。
遠藤:IR活動を通じて、投資家との長期的な信頼関係を築くことが何より重要 だと考えています。その一環として、ESG関連の取り組みの強化 は、今後の大きなテーマのひとつです。ESG関連の取り組みが相対的に薄いとの評価をSAAJから受けており、これは社内の課題感とも一致しています。
そこで、2021年から続けているエンジニア人材発掘・育成事業「スマレジ・テックファーム」をESGの「S」(社会課題の解決)という文脈で訴求するなど、既存事業の伝え方に工夫していきたいと考えています。
また、IR活動の本質的な意義として、私は着任以来、「当面資金調達の予定がなくても、いざというときに投資家に直接『お願いしたい』と言える関係を築くこと」 を意識してきました。これは、継続的な取り組みの意義やモチベーションにも関わる重要な要素です。これからも緊張感を保ちながら、経営戦略の一端を担っていきたいと考えています。
営業職出身の私は、「要望を掘り下げ、真の課題を探る姿勢」を大切にしてきました。これはIR活動でも同じで、形式的な質疑応答に留まらず、率直な意見を引き出すことが、投資家との関係を深める鍵だと考えています。
確信を持ってストーリーを発信し“本音”を引き出す
—上場当時のIR担当だった式地さんからも、展望とアドバイスをお願いします。
式地:仮にもう一度、当社の同じメンバーで上場準備段階からIRをやり直せたなら、その経過は全く違うものになるでしょう。これは「現時点から振り返ってみると、成功した開示ばかりではなかった」という率直な反省でもあり、「IR活動は常に未経験の事態に直面するため、経験から学び続けるしかない」という側面もあるからです。
IRが「投資家に会社を売り込む営業活動」であるという当社の方針については、私自身も深く共感しています。IR強化を検討している方々に私の経験からお伝えしたいのは、「担当者自身が自社の成長ストーリーをしっかり捉え、企業価値向上への道筋を確信した上で発信することが極めて重要である」ということです。特にグロース市場では、中長期のポテンシャルを説得力を持って伝えることが求められます。
対話を通じて引き出した投資家の“本音”に合わせて、ストーリーの伝え方を柔軟に見直していく。さらに透明性・公平性の高い開示も両立していくのは、かなり難易度の高いことです。評価は難しく、再現性も乏しいものですが、地道な積み重ねを続けることで、投資家との関係は確実に深まっていくはずです。引き続き当社も、焦らず、たゆまず、頑張っていきたいと思います。