IR活動に関するインタビュー
株式会社U-NEXT HOLDINGS
日本発のプラットフォームとしては国内トップシェアの動画配信サービスをはじめ、店舗向け音楽配信や電力小売事業などをグループで展開する、株式会社U-NEXT HOLDINGS。2014年に株式を上場、持株会社化した2017年以降強化しているIR活動では、約30社を束ねる東証プライム市場上場会社として、多角化するグループ事業への理解促進に重点を置いています。
幅広い事業領域の特色と成長性を、国内外に向けて分かりやすく伝える姿勢は、日本IR協議会の「IR優良企業奨励賞」(2024年度)を受賞するなど、高く評価されています。
IR強化を担い、直近では開示セグメント変更も実施した同社の西本翔さんに、自社の戦略と具体的な取り組みについて伺いました。
IR活動の目的・方針
「クオリティグロース」を掲げる自社事業への理解を促す
—IR活動に取り組む目的と、その方針について教えてください。
投資家の方々には、安定した収益基盤を持ちながら成長期待の高い事業も展開している構造を「クオリティグロース」と名付け、当社が目指している姿をお伝えしています。
当社は、60年以上続く店舗向け音楽配信事業や、定額制主体のコンテンツ配信サービス「U-NEXT」など、業績のボラティリティが低いビジネスを、着実に積み上げて成長を続けています。そうした方針や業績が適切に反映され、実力に見合った評価をいただけることが、IR活動のゴールと考えています。
実際の活動では、「開示できる内容は極力資料にして掲載する」「盛り込めなかった内容も、聞かれたときはお答えする」というオープンな姿勢を基本にしています。また、投資家との対話型のコミュニケーションを常に意識し、いただいた提言を踏まえて開示項目を適宜見直しています。
私自身は株式会社USENに2006年、新卒で入社しました。リーマンショック後の事業再構築を経てグループが経営統合した2017年、持株会社となった当社がIRに注力するタイミングでIR担当に就いて現在に至ります。
個人向け事業の認知度をベースに、機関向けPRへシフト
—IRで重視するターゲットについてお聞かせください。
いま最重要視しているのは、より長期的な視点で投資いただける国内・海外の機関投資家に当社を知っていただくことです。情報発信をIR支援企業に依頼していた時期もありますが、徐々に機関投資家サイドから直接面談を打診いただくケースも増えてきています。
IR担当に就いたばかりの頃、私が最優先していたのは個人投資家へのアプローチでした。これは「機関投資家の投資対象となるには出来高が3~5倍必要」という主幹事証券会社の助言を踏まえ、まず個人取引を増やすことに集中したためです。
その後コロナ禍の「巣ごもり需要」によってU-NEXTが想定を上回る成長を遂げ、これに伴って出来高も増えました。さらにU-NEXTは「動画配信サービスとして認知度が9割近い」との調査結果も得られたことから、「個人の方の株式投資においては一定程度、サービス名から当社を想起いただける状況になった」と判断しました。
—時期によって軸足を移しつつ、機関・個人を共に重視しているということですか。
はい。個人投資家の方々にも、引き続き公平で魅力的な銘柄でありたいと考えています。中間決算・本決算の説明会をライブ視聴できるURLは毎回公開しているほか、「個人投資家が投資しやすい環境を整備するために望ましい」とされる最低購入金額50万円未満の水準を超えそうなタイミングで、「貯蓄から投資へ」というトレンドも踏まえて株式を3分割しました(2024年12月)。
U-NEXTという一般向けサービスを持つ当社は、それを体験し、身近に感じていただける機会として株主優待制度にも力を入れています。ただ同時に、優待を利用できない機関投資家が配当の充実を求める声も無視できません。そこで2023年8月期からはU-NEXT利用の優待は残しつつ、もう1つあった優待制度を廃止する代わりに、従来なかった中間配当を実施する方針に切り替えています。
社内体制
メンバー3名がタスクを共有。“社内経済ニュース”も
—IRに取り組む社内体制についてお聞かせください。
IR部門は、管理部門の統括を兼ねる部長の私と、専任スタッフ2名の3名体制です。カバーすべき範囲が広いので、一般的な対応では経理・財務・経営管理・広報の各部門と、また株主優待関連のお問い合わせ対応ではU-NEXTのカスタマーセンターと、常に連携して進めています。
実務は四半期決算に沿ったスケジュールで、「発表に向けた準備」「発表後、毎日2~3件の投資家面談」「新たな施策の仕込み」という各タームを1カ月ずつ繰り返しています。投資家面談のスピーカーは私の担当ですが、その他の定期的な業務はメンバーの誰かが不在になってもカバーできるよう、タスクを意識的に割り振って標準化に努めています。
—社内向けのIR活動にも取り組んでいるそうですね。
はい。「社内経済ニュース」というコンセプトで、四半期決算の発表ごとに社内ネットワーク限定の動画を配信しています。
内容は、IR担当3人による決算概況の説明や、その3カ月間でトピックがあった事業担当者へのインタビューなどです。従業員にグループ全体を俯瞰した視点を持ってもらう狙いとともに、従業員持株会を通じた多くの社員株主に対する説明という意味合いもあります。
安定した継続課金モデルをアピール、トップも定期的に発信
—IRに対する経営トップの関わりについて教えてください。
宇野(康秀・代表取締役社長CEO)は当社の代表であるとともに大株主でもあるため、当然ながらIRへの強い関心を持っています。
中間決算・本決算の説明会では宇野自身がプレゼンテーションや質疑に対応し、さらに証券会社主催のカンファレンスにも積極的に登壇してメッセージの発信に努めています。一方、IRの通常業務についてはトップが都度指示する形ではなく、要所で方向性を確認しながらIR部が一定の裁量を持って進めています。
これは、オープンな情報提供への共通認識があることに加え、グループ売上の約8割を安定的な継続課金ビジネスが占めている事情も大きいです。事業が多角化する中でも、当社は一貫してこのビジネスモデルに強みを持ち、その点を前面に打ち出すIRが基本方針となっています。
IR活動の特徴
多角化した事業の情報開示などが高評価
—2024年度の「IR優良企業奨励賞」に選ばれました。高評価をどう受け止めていますか。
受賞理由のうち「投資家の質問」への対応では、「投資判断の最終確認かもしれない」という意識を常に持ち、できる限り当日中、遅くとも翌営業日の回答に努めている点を評価いただいたと認識しています。
また、「詳細な業績変動要因」「KPI達成状況」「ビジネスモデルや競争優位性」を示すIR資料にも評価をいただきました。「できるだけ短時間で・直感的に現況を理解いただく」ことを目指す当社の資料では、テキストによる説明は必要最小限にしています。その代わりとして、継続課金ビジネスの推移を過去3年にさかのぼって一覧できる、各セグメント共通のグラフなどを採用しています。
注目領域は管掌役員が説明。社内競技会招待で現場力も訴求
—イベント開催に積極的な点も評価されています。
はい。新規開拓は複数の発行体が集まるカンファレンスが有効と考え、主催する証券会社の方々に直接参加意向を伝えていますが、すでに一定の関心をお持ちの方々に向けた当社主催のIRイベントにも、併せて注力しています。
例えば、特に注目度の高いコンテンツ配信事業では単独の戦略説明会を開き、数字が中心となる普段のIRでは見えづらい定性的な背景・意図を中心に管掌役員が直接お伝えする場を設けています。
—投資家を、社内の競技会にも招待したと聞きました。
当社は全国に1,000名の技術社員を配置し、提供するサービスの初期設定・メンテナンスを現地で直接行える体制を整えています。この強みを知っていただこうと、年1回行っている社内競技会に今年初めて投資家をご招待しました。
地方大会を勝ち上がってきた代表たちが、模擬店舗で吊り下げモニターの施工や配膳ロボットの設定、ユーザー対応などを実演し “日本一”を争う様子を間近にご覧いただきました。こうした現場力をアピールする取り組みは、今後も続けていきたいと思います。
開示セグメント変更時に、新旧の経年比較とデータファイルを提供
—2025年8月期から開示セグメントを変更しています。狙いは何ですか。
より大きな枠組みで全体像を把握していただくべく、従来開示していた5つのセグメント(「コンテンツ配信」「店舗サービス」「業務用システム」「通信」「エネルギー」)を、まず3つ(「コンテンツ配信」「店舗・施設ソリューション」「通信・エネルギー」)に集約しました。さらにそこから中長期的に育成する領域(「金融・不動産・グローバル」)を独立させ、計4セグメントに再編しています。
これは「持続的成長を実現するため、安定成長事業で得た資金を、コンテンツ配信などの高成長事業や新規事業に積極投資する」というポートフォリオマネジメントを宣言したもので、前年から進めてきた社内体制変更の反映でもありました。
新たな社内体制は、近しい事業分野でのシナジー創出を目指しています。持株会社である当社は従来、約30ある事業会社を個別に管理しており、「有線放送には詳しいが自動精算機は専門外」など、現場の知見・スキルが限定されがちでした。横の連携を今後強化し、スキルの標準化が進めば、例えば泊まりがけの出張対応だったメンテナンスが最寄り拠点で即日対応できるようになるといった効率化の可能性も生まれます。そうした新たな成長戦略が、今回は結果としてセグメント変更にもつながりました。
—セグメント変更関連のIRでは、どこに力を入れましたか。
数字の連続性を担保することと、開示の方法を工夫しました。戦略の反映とはいえ、セグメント変更は当社の都合です。変更前後の連続性が検証できなくなる「数字の断絶」は絶対避けるべきで、その上で投資家の方々に極力負担をかけない形で行いたいと考えました。
そこで、セグメント変更発表のタイミングでは過去3期の実績を新旧セグメント基準で対照できるデータを開示したほか、新セグメント移行後の第1四半期からは過去3期の実績を四半期ベースに分解するとともに、投資家が作成している分析用データの修正を手打ちでなく“コピー&ペースト”で行えるよう、決算説明資料で開示している数値を「databook」としてExcelファイルでも公開しはじめました。
膨大な過去実績を再集計してくれた経理部門の尽力もあり、再編した3セグメントに対するハレーションはほぼなく、切り出してフォーカスを当てた商業ビル運営などの新規事業には、狙いどおり多くの質問をいただきました。
事業の展望とメッセージ
「日本版○○」をフックに、海外投資家から注目を獲得
—海外投資家の獲得について、どうお考えですか。
当社の発行済み株式総数から代表である宇野の持分を除外して計算した場合、現在の海外投資家の比率は約15%です。長らく国内主体のビジネスを展開してきた当社には、海外進出する事業のマネジメントにあたり、まだ乗り越えるべきハードルがあります。ただそうした状況を前提としても、海外のIRカンファレンスに参加してきた感触から、この15%はもう一段上、25%程度まで狙えるとみています。
—国内事業主体でも、海外から注目を集められるということですか。
できると思います。特に当社が意識しているのは、業態が近いグローバルブランドと比較する「日本版○○」のアプローチです。
「当社の定額制動画配信は日本市場で、Netflixに迫るシェアを獲得している」「日本版のToast(飲食店向けPOSレジなどを提供する米国の上場企業)にあたるビジネスも成長余地がある」といった説明で認知を獲得できれば、そこから事業構造や業績を深掘りいただき、投資につながる可能性が十分あると考えています。
より長期的な目線で投資いただくことを目指し、国内・海外合わせて年間500件近い面談を重ねていますが、純粋な長期保有目的の機関投資家を獲得する取り組みは道半ばです。どこに向けてどう動くか、引き続き解を探っていくつもりです。
課題を分解、効果的なアクションを探り続ける
—IR人材の育成と、人事評価への考え方もお聞かせください。
当社は現在、経理出身の男性と営業出身の女性がIR担当のスタッフです。一般にはプロフェッショナル採用も多いポジションですが、事業部門と密な連携が求められる業務の性質上、社内に顔が利くメンバーがいるかどうかで「パフォーマンスが全く異なってくる」というのが実感です。
IRは、「数字」に基づく「コミュニケーション」です。どちらか一方で実績があるプロパーを迎え、もう一方のスキルも伸ばしてもらうのは現実的な戦略だと考えています。
IR部門の人事評価については、管理部門も統括する私の経験上、「定量指標での評価が困難」というバックオフィス部門同様の構造があるとみています。したがって人事評価では両部門とも、連結営業利益に連動した昇給を基本としつつ、定性面から個人の到達度評価を加味する方法を採っています。
—最後に、IR強化を検討中の担当者にメッセージをお願いします。
特定の施策だけで劇的な成果が出ることはないと考えているので、私たち自身、何か特別なことをやっている意識はありません。その時々の会社の状況を踏まえ、課題を要素に分解し、対応するアクションを一つ一つ試し続けることが大事だと思います。
自社をバリュー株・グロース株のどちら寄りに見てもらうか、その裏付けとして示すべき項目とKPIは何か、どういった投資家層をターゲットにしたいのかといった検討から、大まかな戦略はロジカルに出てくるはずです。具体的な取り組みでは当たり外れが避けられませんが、効果があれば続け、なければ少し切り替えたり、投資家側からフィードバックを得て考え方を変えたりしてみる。これの繰り返しなのかなと思います。