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IR活動に関するインタビュー

あすか製薬ホールディングス株式会社

あすか製薬ホールディングス株式会社

1920年に創立以降、医薬品、医療機器などの研究、開発、製造、販売を手掛けてきた、あすか製薬株式会社。2021年からは、医療用医薬品事業を中核にアニマルヘルス事業、検査事業を加えた3事業をまとめる、あすか製薬ホールディングス株式会社が設立されました。同社は企業価値向上のため、積極的なIR活動を推進し、その功績はIR関連の受賞というかたちで評価され、詳細かつ丁寧な情報開示のスタンスは広く知られるようになっています。
IR活動を活発化させた理由や積極的なIR活動によって得られた成果などについて関係者の皆さん(注)にお話をお聞きしていきます。

  • 代表取締役専務取締役 丸尾 篤嗣 氏
    グループ経営管理本部 副本部長 小林 秀昭 氏
    グループ経営管理本部 グループ経営企画部長 市川 学 氏
    グループ経営管理本部 グループ経営企画部 企画課長 松枝 晃司 氏
    グループ経営企画部 コーポレートコミュニケーション課長 山田 真也 氏
    グループ経営企画部 コーポレートコミュニケーション課 主幹 齋藤 俊介 氏
    グループ経営企画部 コーポレートコミュニケーション課 原田 浄良 氏
    グループ経営企画部 コーポレートコミュニケーション課 鈴木 茉莉 氏
    (以下敬称略)

IR活動の目的・背景

IR活動を「ストーリー」として捉え、社内で共有

—IR活動に注力する理由を教えてください。

丸尾:当社は人々の健康、生命に関わる非常に社会性・公共性の高い領域で事業を推進しています。製薬会社には新薬の研究、開発、治験、その後申請、承認を得て販売に至るまで、複雑かつ時間を要するプロセスがあり、ビジネスの流れが一般の方から見て非常に分かりにくいという状況にあります。こうした背景に基づき、私たちはステークホルダーの皆様に可能な限り、事業内容や決算内容、今後の展望などをわかりやすくお伝えするべくIRを積極的に行う必要があると考えています。

 

ーIR活動を活発化するキッカケは何かありましたか?

丸尾:当社のPBRが0.5〜0.6倍あたりを推移していた3~4年ほど前、社内では企業価値がアンダーバリューされているとの問題意識が高まりました。その頃から、全社的に事業戦略や成長戦略、研究開発体制などの情報を社外へ積極的にアピールしていくことが重要だという方針が固まっていきました。2023年11月には「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」開示を行い、①成長戦略の実行とそのためのキャッシュアロケーションの開示、②株主還元強化のため配当方針を業績利益連動配分に変更、③IR活動の強化を打ち出し、よりIR活動の活発化が加速していきました。

IR活動の活発化とその効果

ステークホルダーの要望を企業運営に活かす

ーどのようにIR活動を活発化させていったのですか?

小林:以前はIRの取材は受動的でプレスリリースなども少ない状況でしたが、2019年頃からIR担当部門であるコーポレートコミュニケーション課が中心となって、他社事例を学んだり、関連書籍を読んで知見を深めたり、他社のウェブサイトを研究したりといった取り組みを始めました。手探りながら、できることはすべてやっていこうという雰囲気もIR活動の活発化につながっていったと思います。コロナ禍において、オンラインでの1on1ミーティングがアレンジしやすくなったこともIR活動の活発化につながった要因の1つと考えています。

松枝:まず、IRにおいて一体どのようなことを行いたいのかということを、チーム内で話し合いました。IRにおける戦略をある種のストーリーとして捉え、市場関係者にどのようにアプローチし、何をお伝えすればいいのかということを整理し、その時点でできていることと、できていないことを1つ1つ書き出したのです。これが大きなポイントでした。このストーリーを経営陣と共有したことで、皆でやっていこうという潮目ができていったと感じています。

 

ー決算説明会のほかにパイプライン説明会、1on1ミーティング件数も年々増加しています。その理由を教えてください。

丸尾:IR活動に取り組む中で、複数の投資家の方から、当社の将来性についてもっと知りたいというご要望をいただきました。そこで実施した1つの試みがパイプライン説明会で、新薬の研究体制や臨床試験情報など、当社の研究開発を対外的にアピールする目的で2年前から定期的に実施しています。このような情報開示によって、今の業績だけでなく、数年後の当社の将来価値をよりご理解いただけるようになったと認識しております。

原田:決算説明会の後に参加者へアンケートを取ったことがあったのですが、その中で特定の医薬品における研究開発はどの程度進んでいるのかとか、その医薬品がビジネスとしてどの程度の規模になるかといったことを知りたいという回答がありました。そのご意見を活かし、次の説明会ではパイプラインの詳細についてご説明しました。このようにさまざまな場でステークホルダーの方々のご意見・ご要望を聞き、次のIRの場で活かすことで説明会や1on1ミーティングの質が向上しているという実感があります。

丸尾:投資家の方と深く対話できる1on1ミーティングは、ご質問に直接お答えしながらさまざまな情報交換をさせていただいています。その内容は経営会議において報告し、有益であるご意見については企業活動に活かしています。過去を振り返ると1on1ミーティングは2020年3月期では41回でしたが、2025年3月期には117回実施いたしました。

 

ー1on1ミーティングで注意していることはありますか?

小林:医療用医薬品事業に関する質問が中心となるため、薬機法の関係で製品の宣伝につながらないよう注意して情報開示しています。ただ、わざわざ1on1ミーティングに参加していただける方にしてみればもっと有力な情報が欲しいというお気持ちが当然ありますので、どこまでお話しして良いかを意識しつつ、どうしても核心の部分をお話しできない場合は公表されている周辺情報をお知らせしています。

松枝:数字について深掘りされる方、海外の市場動向を確認される方、法制度にご関心をお持ちの方など、皆さんの求める情報は非常に幅広く、そのようなご要望にお応えするには準備も大切です。何より、参加していただいた方が、1on1ミーティングで得た情報を有益と感じていただけるかどうかに私たちはフォーカスしていて、そのために可能な限り深いコミュニケーションを心がけています。

 

ー1on1ミーティングの回数が増えた背景には、御社のどのような努力があるのでしょう?

松枝:1on1ミーティングを活発化させていこうと言っても、当初は何もわからない状態で、とにかく興味のありそうな方へメールを送るという作業に終始していました。たとえば1on1ミーティングのお誘いについて50件のメールを送信しても反応があるのはわずか1件程度という状態でした。でも、これを毎日続けることで、積極的に情報収集をしたい方の属性や特性が少しずつわかってきました。地道なトライ&エラーの積み重ねによって、段々と1on1ミーティングの回数を増やせるようになったということになります。

鈴木:今は私がメールをお送りしています。ただ待っているだけでは1on1ミーティングのリクエストが増えていくということはありません。お断りをいただくことも多いのですが、熱心にお誘いしているうちに何度目かでお受けいただけることもあり、やはり、地道なご案内を継続していく必要性を感じます。

 

ー積極的なIR活動による御社のメリットは何ですか?

丸尾:医薬品にはGMP(Good Manufacturing Practice)という基準があり、原料の仕入れから出荷までの製造管理や品質管理のルールが定められています。企業によっては時として、このGMPに抵触するケースもあり、多くの患者さんが待つ医薬品を安定的に供給できない事態も起こり得ます。ですから当社は品質管理に対する考え方や安定供給に対する取り組みもガラス張りにし、情報公開しています。ステークホルダーの皆さんにサプライズを与えないよう、どのような情報であっても適宜適切に開示することが、当社に対する信頼性や企業価値が向上していくためにも重要なことだと考えています。
このように幅広くIR活動を展開することで、ステークホルダーの皆さんが当社にどんなことを求めているのか、期待しているのかが明確になるというメリットは大きいでしょう。こうして得られた社外からのご要望、ご期待を企業活動に反映しております。

齋藤:決算説明会や1on1ミーティングに備え、IRのチームは頻繁に社内を巡り、現場の社員から情報を収集するインタビューを行なっています。その際、外部からのご要望やご意見、当社の業績や製品に対する印象を伝えると、現場の社員たちは新たな気づきや満足感を得たりしているようです。普段外部と接することの少ない部門では、こうした刺激が仕事に対するモチベーションにつながるのだと感じています。

原田:研究開発に携わる社員や関連会社の皆さんは、外部からのご意見について詳しい情報を得る機会があまりありませんので、私たちがインタビューに訪れることで社内全体に多様な情報が行き渡り、その結果、会社の全体像を皆で共有できるメリットは大きいですね。

 

ー企業としてIR活動を活発化させていくために必要なことは何ですか?

丸尾:一つはトップのスタンスでしょうか。今年6月に当社の代表取締役社長に就任した山口惣大はとてもエネルギッシュにIR活動と向き合い、決算説明会はもちろん、パイプライン説明会やそのほかの投資家向け説明会にも積極的に臨んでいます。こうした方向性に沿って、役員や各部の長、課長クラスまでが総力戦で各種説明会を創り上げている状況です。

山田:私は2025年4月からIRのチームに加わったのですが、着任直後、俯瞰で見ても、揺るぎのないチームが出来上がっているなと感じました。さらに言うなら責任と覚悟をしっかり感じているメンバーが揃っていることが活発なIR活動の継続につながっているのだと感じます。こう考えると、IR活動を活発化させていくには、会社がその方向性を明確に示すことと、長期的な目線でしっかりとIRの道筋をデザインしていくことが大切なのではないかと思います。

情報開示における効果的な手法

常にアップデートしていく強い意識

 

ー情報開示における効果的な手法について教えてください。

松枝:私たちももちろん模索中ですが、敢えて言うなら資料はメリハリを効かせることでしょうか。基本的には、資料を見られる方に強い印象を与えるため、お伝えしたいことを的確にシンプルにまとめていくこと。一方でアペンディックスなどは詳細に作るなどして、全体としてメリハリを効かせることだと思います。

原田:投資家の方に満足いただけるよう、資料にできるだけ付加価値を付けていくことも重要だと感じます。たとえば、現在のIRチームには経理部門や人事部門から異動で来られた方もいるので、彼らの知見を新たに資料に加えていくことが今後は可能になります。資料や説明会を常にアップデートしていく意識が、情報開示において効果を生むのではないかと考えています。

 

ーウェブサイトでは詳細かつ分かりやすく見やすい情報開示を実現されていますが、サイトの制作や運営はどのようにされているのですか?

齋藤:以前は外部業者にサイトの開発、更新などを依頼していたのですが、CMS(コンテンツ管理システム)を確立し、現在では日々の更新を社内で行えるようになりました。これにより情報開示のスピード向上やコスト削減を実現すると同時に、的確な情報を閲覧者の皆様にしっかりお伝えすることができるようになったと感じています。

小林:一部の作業は業者に委託していますが、データの見せ方や色彩についての知識などを当社のスタッフが蓄積してきたことで、業者に対しても的確に方向性を示すことができるようになってきました。

外部からの評価とメッセージ

IRチームの熱量こそが肝要

 

ー御社はIR優良企業奨励賞など数多く受賞をされていますが、社内で変化はありましたか。

市川:受賞は間違いなくIRチーム全体のモチベーション向上につながっていると感じています。また社内の表彰制度「あすか製薬グループ表彰」でもIRチームが複数回、表彰されており、これもモチベーションの向上につながっていますね。

 

ー般的な日本企業のIR活動について、どのように捉えていますか?

市川:日本の文化でもあると思うのですが、自らの情報を積極的に発信するのが苦手だという印象はありますし、実際、当社も以前は積極的な情報発信をしていませんでした。良い製品をリリースすれば自然に売れるとか、アピールしない方が美しいといった感覚も根強いのだと思います。私たちはIRにおいて全社的な意識改革に成功したことで、IR活動によるメリットを実感できた次第です。

 

ー最後に企業の皆様にメッセージをお願いいたします。

市川:私たちは少しずつ成功体験を積み重ねていき、IRのチーム全体で熱量を高め、積極的なIR活動が企業価値の向上につながっていると実感できるようになりました。メッセージというのはおこがましいですが、IR活動を活発化し、効果的な情報発信を実践するには人材や時間的な問題などさまざまなハードルがあると思いますが、最初の一歩を踏み出す勇気を会社全体で共有することがスタート地点になるのではないかと、あらためて感じています。

(取材日:2025年8月5日)