IR活動に関するインタビュー
株式会社BuySell Technologies
高額品の出張訪問買取という新たな市場を切り拓いた株式会社BuySell Technologies(以下、バイセル)。日本には、自宅内で1年以上使われていない不用品、「隠れ資産」が多く存在すると言われています。こうした品物は、所有者が売却を意識しない限り市場に現れません。しかし同社は、顧客のもとを訪問し直接向き合うことで、売却予定の品物にとどまらず、存在を忘れていた物や価値に気づいていない物まで掘り起こし、買取につなげてきました。この“隠れ資産”への直接的なアクセスこそが、同社の成長を支える強みとなっています。
近年は参入企業も増え、競争が激化するなか、業界のリーディングカンパニーとしての地位と信頼をさらに強固なものにするべく、同社は2019年に東京証券取引所マザーズ市場(現グロース市場)へ上場。フェアディスクロージャーの強化とともに、経営陣自らが投資家との対話を重ねる姿勢が市場から高く評価されています。
今回は、IR戦略を統括する取締役CFOの小野晃嗣氏とCFO室室長の森脇基氏に、同社のIR方針や特徴、そして事業成長においてIRが果たす役割について話を聞きました。
IR活動の目的・方針
IRは資本コスト最適化を担う経営機能
取締役CFO 小野 晃嗣 氏
—IRに取り組む目的を教えてください。
IRは上場企業としての責務であると同時に、資本コストを最適化し、持続的な企業価値向上を実現するための重要な経営機能だと捉えています。当社はIRの目的を短期的な株価対策にとどめるのではなく、市場との認識のズレを縮小し、適正な評価を獲得するための基盤を整える活動と位置付づけています。その積み重ねが長期的な株主価値の最大化につながると考えています。
—新規上場(IPO)当時の活動方針をお聞かせください。
IPO直後から完成された方針があったわけではありません。上場申請期から準備は進めていましたが、実際に上場企業として資本市場と向き合う中で、はじめて見えてくる論点も多くありました。上場後は投資家との面談を重ねながら、当社に対する評価軸や期待値、そして市場との距離感を丁寧に確認、分析していきました。その過程で、何が十分に伝わっておらず、どの前提にギャップがあるのかという課題認識が徐々に明確になっていきました。
IPO当初は「対話を通じて学習するフェーズ」であり、日々の対話と株価反応を踏まえてIRのあり方をアップデートしてきました。その積み重ねが、現在のIR方針の基盤を形づくっています。
—海外IRについての実施状況はいかがですか。
当社ではアジアを中心とする海外機関投資家との面談を継続的に実施しており、一定の認知と理解は着実に進んでいると認識しています。一方で、欧米を中心とした投資家層への浸透は依然として限定的であり課題を抱えていました。特定地域や特定属性の投資家に偏った株主構成から、より多様な投資家層で構成される株主基盤の質的転換を通じて、結果としてボラティリティ低減や資本コスト最適化につながると考えており、海外IRの強化を重要なIR戦略と位置づけて積極的に機会を作ろうと推進しています。
海外IRにおける重要な転機となったのが、2025年に実施した海外向けオファリングです。IPO後初のオファリングとして、資金調達・売出しという観点にとどまらず、オファリングの目的や時価総額規模や株主構成の高度化、流動性向上への寄与などを踏まえ、最適なストラクチャーを総合的に検討しました。その結果、チャレンジングな選択ではありましたが、海外投資家のみを対象にした海外オファリング(Reg S)を実行しました。結果としてアジアに加え、ヨーロッパおよび一部米国の新規機関投資家との接点を創出することができました。オファリング以降は、国内外を問わず新規投資家からの問い合わせが増加しており、投資家層の裾野が着実に広がっていると実感しています。
社内体制
経営と一体で進化するIR推進体制
CFO室室長 森脇 基 氏
—現在のIRを推進する社内体制はどのようになっていますか。
上場当初は専任のIR体制を持たず、IR戦略の策定、IRストーリーの構築、投資家面談に至るまで、実質的にCEOとCFOの2名で対応しており、組織的な機能としては発展途上の段階でもありました。2023年にIR経験を有する人材が加わったことを契機に、CFO室を中心としたIR推進体制の整備を本格化させました。現時点で完成形であるとは考えていませんが、戦略立案、資料設計、投資家フィードバックの分析、対話機会の設計といった機能を組織的に担う仕組みを段階的に構築しながら、IR体制の進化を図っています。
また、IRは専任組織だけで完結するものではないと考えています。当社ではIR業務に直接関与しない事業側の執行役員や幹部陣に対しても、定期的に投資家からのフィードバックを共有しています。投資家が当社をどのように評価しているのか、どの論点に期待や懸念を抱いているのか、資本市場からどのように見られているのかを可視化し、経営陣全体で共有することを重視しています。IRを通じて得られた市場からの示唆を組織全体に還流させることで、経営判断や事業運営に資本市場の視点を組み込み、より一貫性のある企業価値向上につなげていく。そのような全社的な体制の構築を目指しています。
—現在はどのようなIR活動をされていますか。また、IPO当時と変化した点も教えてください。
現在は、機関投資家との1on1ミーティングを軸に、四半期ごとの決算説明会や個人投資家向けIRを組み合わせた多層的なコミュニケーションを行っています。単に決算数値を伝えるのではなく、その背景にある事業構造やKPIの動き、成長ドライバーの変化まで分解して説明することを重視しています。加えて、M&A戦略や財務戦略などの方針も具体化し、投資家の理解の解像度を高めることに努めています。その結果、将来の成長見通しに対する合理的な確信度の向上につながると考えています。
IPO当時は、上場企業として必要最低限のIR業務を遂行することが中心で、体制面でも個別対応に依存する部分がありました。その後、投資家との対話を重ねる中で関心軸を把握し、説明内容や開示のあり方を見直してきました。現在は、市場の期待値とのギャップや投資家ニーズを意識しながら、IR活動を設計する段階へと進化しています。
また、投資家との接点拡大も重要なテーマです。証券会社を通じたIR機会の創出、海外NDRやカンファレンスへの参加、評価機関を活用した企業分析レポートの発行など、能動的に接点数の拡充を図っています。
IR活動の特徴
経営主導による期待値調整型IR
—御社のIRの特徴はなんでしょうか。
当社の特徴は、IRを経営上の中核的なミッションとして位置づけている点にあります。企業価値は、戦略やリスク認識といった前提がどこまで市場と共有されているかによって大きく左右されます。そのため、適正なマーケット評価を獲得するためには、それらの前提を経営陣自らが責任をもって市場と対話することが不可欠だと考えています。当社ではIRを経営の延長線上にある機能と捉え、代表取締役およびCFOが投資家との対話に直接関与する体制を維持しています。戦略の方向性やリスク認識について、経営陣自身が説明責任を果たすことが、当社IRの根幹にあります。
—IRを行ううえで重視されていることはありますか。
最も重視しているのは、企業と市場の期待値のズレを可視化し、その距離を継続的に縮めていくことです。IRストーリーの策定や1on1ミーティングにおいても、当社がポジティブに伝えたい点を説明し尽くすこと自体を目的とはしていません。どの前提が十分に共有されていないのか、どのKPIや戦略に不確実性が残っているのかを把握することを重視しています。投資家との対話は、理解を得る場であると同時に、認識の違いを把握する場でもあります。
その違いを踏まえ、開示資料の構成やKPIの提示方法、成長ストーリーの時間軸、さらには経営メッセージのトーンに至るまで継続的に見直しを行っています。
外部評価と課題
信頼構築を支える開示姿勢と継続的高度化
—御社は日本証券アナリスト協会の2025年度ディスクロージャー優良企業(新興市場銘柄)に選定されました。どういった点が評価されたのでしょうか。
まだ改善の余地は多くあると認識している中での選定であり、率直にありがたく受け止めています。
評点を踏まえると、トップマネジメントが戦略やリスクに関する考え方を自ら説明し、継続的に投資家との対話を重ねてきた姿勢が評価につながったものと受け止めています。また、市場との認識の差や投資家ニーズを意識しながら、開示内容を継続的に見直してきた点も一因であると考えています。IRを単なる情報発信ではなく、前提の共有と理解度向上のプロセスとして設計してきたことが、結果として一定の評価につながったのではないかと認識しています。
—フェアディスクロージャーの評価が上がった背景について教えてください。
適時開示の内容や情報提供の頻度を継続的に見直してきたことが背景にあると考えています。月次情報の開示を開始したほか、投資家から多く寄せられる質問はQ&Aとして整理し、公開しています。
また、決算説明会や1on1ミーティングを通じて、十分に伝わっていない論点や解釈のずれが確認された場合には、必要に応じて追加開示や説明資料の補足を行っています。IRで得られた気づきを開示内容に反映させることを意識してきました。
こうした取り組みにより、情報の透明性と再現性を高め、投資家の理解度向上につなげることができたと認識しています。
—ネガティブ情報の開示についてはどのように考えていますか。
ポジティブ情報とネガティブ情報を区別せず、同じ原則のもとで開示すべきだと考えています。重要なのは結果そのものよりも、その背景にある前提や意思決定プロセスを市場と共有することです。
例えば業績の下方修正であっても、単に数値を提示するのではなく、どのような仮説や戦略に基づいて判断してきたのか、どの前提が変化したのかを説明することが不可欠だと考えています。
結果が想定と異なった場合も、タイムリーかつ率直に開示することが、長期的な信頼の蓄積につながると認識しています。ネガティブ情報の開示は評価を下げる行為ではなく、企業価値の前提に対する信認を維持するための重要なプロセスだと捉えています。
—改善点や課題についてお聞かせください。
非財務情報の説明は、依然として重要な課題の一つです。リユースという当社の事業特性は循環型社会に資するビジネスモデルである一方、その価値をどのように定量的に示し、企業価値との接続を明確にするかについては、なお整理を進めている段階です。
人的資本についても同様です。人材への投資が中長期的な競争力の源泉であると認識しているものの、どの指標を用いてどの水準まで開示するのが適切か、その説明方法を含めて検討を重ねています。
また、投資家からは、これまでの成長が今後も持続するのか、その再現性に関する質問を多くいただいています。成長ドライバーの構造やマイルストーンをより明確に示し、将来の見通しに対する理解を深めていただくことが、今後の重要なテーマだと考えています。
加えて、IR体制の高度化も継続課題です。取り組むべき論点は整理できている一方で、リソース面ではなお強化の余地があります。体制整備を進めながら、より質の高いIR活動を実現していきたいと考えています。
事業の展望とメッセージ
成長戦略と一体で進化するIR
—今後の事業展望と、その中でIRが果たす役割、重要性についてのお考えをお聞かせください。
今後は既存事業の強化に加え、さらなる成長を実現する観点から、テクノロジー投資およびリユース業界を中心とするM&A戦略の推進を重要な成長ドライバーと位置づけています。労働集約的になりがちなリユース業界において、AIによる査定の高度化やデータ基盤の整備を通じて生産性を向上させるとともに、同質的なサービスを提供する企業が多い業界においてロールアップを主導することで、業界構造そのものを変革していくことを目指しています。
こうした取り組みが将来的な収益性や損益構造にどのような変化をもたらすのか。その因果関係を市場と共有することがIRの重要な役割だと考えています。特に投資が先行するテクノロジー投資やM&Aについては、それぞれの施策が中長期的なキャッシュフロー創出力の向上にどう結びつくのかを示すことが不可欠です。
IRは情報開示のための活動ではなく、事業戦略・経営戦略と一体であるべきものです。実態を伴わないメッセージは持続しません。経営として着実に実行し、その成果と課題を適切なタイミングで伝える。そのバランスを踏まえながらIRを設計しています。
また、企業の成長段階によって市場が求める説明も変化します。成長初期には事業モデルの再現性や成長ドライバーが問われますが、規模拡大とともに投資家属性が変化すれば、キャピタルアロケーションや財務戦略、資本効率といったより高度な論点が重視されるようになります。IRも企業の進化に合わせて高度化していく必要があります。
—グロース市場を目指す、またすでに上場している会社にIR活動についてのアドバイスやメッセージをお願いします。
IRは開示業務の延長としての単独機能ではなく、資本市場と向き合う経営機能として捉えることが重要です。その前提として、戦略やリスク、成長ドライバーについて経営陣とIR部門が共通認識を持ち、IR戦略として構造的に整理し、言語化しておくことが不可欠であり、IRの質は、その整理度と一貫性に大きく依存します。
上場初期には、資料の作り方や説明の巧拙に意識が向きがちですが、本質は市場との対話を通じて自社がどのような前提で評価されているのかを把握し、その認識の差を継続的に調整していくことにあります。その積み重ねが、評価の安定や資本コストの最適化につながり、長期的な信認と企業価値向上に寄与すると考えています。当社もなおIRの高度化に取り組む途上にありますが、より質の高いIR活動を通じて、日本の資本市場全体の質的向上に貢献していきたいと考えています。