上場会社トップインタビュー「創」
- コード:263A
- 業種:情報・通信業
- 上場日:2024/10/18

対面交流が途絶えたコロナ禍の孤独
株式上場は「ゴール」ではなく「通過点」。達成した経営者の多くは、そう振り返る。しかし中には上場を「転機」に、自身や会社にとって新たな推進力をつかむ経営者もいる。熱い語り口とは裏腹に「少し心を病んだ時期がある」と明かす、株式会社デジタルキューブ(兵庫県神戸市)の代表取締役社長、小賀浩通さんは、その一人だ。
同社が主力とする「Amimoto」「Shifter」は、Webサイト用のコンテンツ管理システム(CMS)である「WordPress」、クラウドコンピューティングの「Amazon Web Services(AWS)」といった世界標準のITを、より簡単・安全に運用できるサービスだ。充実したサポートを強みとし、国内大手企業、さらに海外のユーザーも多い。
2006年設立のデジタルキューブは、無料のオープンソースソフトウェア(OSS)であるWordPressによるWEBサイト制作会社としてスタートした。高額なライセンスが当たり前だった商用レベルのCMSも自由に使って改良・シェアできるOSSに「衝撃を受けた」小賀さんは、それ以来、国内でWordPress普及の先導役を果たし、AWSのパートナーとしてもクラウドの隆盛を先取りするように実績を獲得。地方を本拠地とする小所帯でありながら、時代の趨勢を見通す確かな目で成長を遂げてきた。
小賀さんにとって、全国各地の社員とフルリモートで進める仕事と、OSSの核となるユーザーコミュニティ活動、そしてキーパーソンとの交流を深める海外カンファレンスへの参加は、2019年までの日常だった。31歳で起業して以来、ITの未来像を仲間と形にしていくムーブメントに夢中で、会社の全責任を一人で負う重圧は意識しなかったという。
その状況を一変させたのがコロナ禍だった。欧米市場に仕掛けるShifterのプロモーションを控えていた矢先に現地と連絡が途絶え、結局流れてしまう。外に向かう意識を突如阻まれた小賀さんは「いつまで続くか分からない創業経営者の孤独」という、自身の内面と直面するようになった。
見いだした成長戦略に仲間を迎える
パンデミックを機に、経営者として足下を見つめ直した小賀さん。とりわけ不安だったのが「会社の意思決定に関して選択肢が乏しい」ように感じられた点だった。
「一人で抱え込む重荷から解放されたければ『すっぱり廃業するか、会社を売って決定権を全て手放す』というのが、周囲を見た限りの印象でした。立て直しならともかく、上手くいっている事業のコントロールまで失うのは、何か違う。当社のような数十人規模の地方企業にも現実的で、自分たちらしさを保てる方法がないか考えるようになりました」
そんなある日、小賀さんは出身地の四国から届いたコンサルティングの提案に目を留める。差出人の公認会計士は、京都と香港でキャリアを積んだのち郷里の香川県にUターンした和田拓馬さん。M&A・事業承継・IPOのスペシャリストで、現在はデジタルキューブの取締役ファイナンス部長である。当時のやり取りを、小賀さんはこう振り返る。
「会社の売却以外で何か方法はないかと尋ねたら『TOKYO PRO Market(TPM)というものがある』と。初耳でした。僕にとって上場はキラキラした遠い世界、全く無縁の話と思っていたんです。しかしTPMは売上高などの数値基準がない。しかもこれまでのように僕一人で物事を決めるのでなく、会社を適正に運営する仕組みが“インストール”されたか、上場審査でチェックしてもらえるという。結果はどうあれ、これは望み通りでした。とはいえ分からないことだらけで、結局『和田さんが教えてくれたんだから一緒にやりましょう』と頼み、当社にジョインしてもらいました(笑)」
TPMという新たな目標を掲げたのに前後して、小賀さんは旧知の会社との協業にも動きだす。相手は、2022年に完全子会社化した株式会社ヘプタゴン(青森県三沢市)。同社の創業経営者がデジタルキューブの取締役と大株主にも名を連ねる株式交換方式で、新たなパートナーシップが結ばれた。
小賀さんによると、両社は今も「並列の仲間」。ベースには「町内の付き合いのような関係」があるという。
「AWSのコミュニティ活動を、ヘプタゴンとは10年ほど一緒にやって来ました。彼らはクラウドやIoTに詳しく、地元東北に根ざした地域課題の解決にも取り組んでいる。『地方にいながら世界標準で活動し、より良いやり方を広めたい』という、ビジネスだけでない思いが強い会社です」
「コロナ禍に、話し相手が近くにいなくてしんどい、共同創業の会社がうらやましいと僕がつい口にした時、うなずいてくれたのが立花君(ヘプタゴン代表取締役の立花拓也氏)。TPM上場に向けた組織づくりにあたって『経営陣が足りない』となったとき、真っ先に思い浮かんだのが彼の顔でした」
急成長でなくてもポジティブな成長戦略を描ける上場なら、一緒に試して広めたい。「地方の会社でもできるんだと示すファーストペンギン(リスクを恐れず先陣を切る人)になろう」。そんな思いが重なり、準備はいよいよ本格化していった。
実体験で鍛えた上場支援サービスを続々リリース
TPMへの上場準備まっただ中だった2023年10月、デジタルキューブは新製品のSaaSをリリースしている。上場準備・M&Aに特化したタスク管理ツール「FinanScope(ファイナンスコープ)」だ。
社内の必要に迫られて開発改良した製品が社外で支持されるサクセスストーリーは、ITの世界で珍しくない。FinanScopeも「作りだしたきっかけはエンジニアとしての直感。まず自分たちで使いながら改善を続けてきました」と小賀さんは明かす。
「フルリモートの当社がこれまで滞りなく業務を進めてこられたのは、期限から逆算した日程と進捗、担当者が一目で分かるWebアプリで、情報をリアルタイムに共有してきたからです。上場にチャレンジする地方企業が今後増えていけば、情報共有は必ず課題となるはず。目的地まで迷わせない専用の可視化ツール、いわば“上場のカーナビ”が、絶対あったほうがいいと確信しました」
積極的な実践は社内にとどまらなかった。小賀さんは、同社の上場を支援したJ-Adviserであるフィリップ証券株式会社の担当者も巻き込み、プロトタイプ段階からFinanScopeの試用を依頼。意見を製品に反映した。IPO関連の実務者と交流が多い和田さんも手応えを感じているといい、「タスク管理を軸に、担当者に役立つ記事配信なども充実させ、上場に挑む側・支援する側の双方に役立ててもらえたら」と意気込む。
上場プロセスの中から生まれたサービスはFinanScopeだけではない。「専門スキルで社内外でのキャリアアップを実現していきましょう」と和田さんが呼びかけるのは、オンライン配信中の動画「ゼロからわかるIPO準備の実務」。デジタルキューブ社員を「IPO実務検定」合格に導いた実績のカリキュラムで、いつでも・どこでも学べるコンテンツだ。
小賀さんは「管理部門が僕一人という状態から上場準備を始め、まず財務・経理などの職種で数名を採用後、皆で上場準備を学ぶ社内勉強会を定期的に開きました。これらの取り組みは全てリモートで進めましたが、直近では『第二新卒で、上場準備や簿記は未経験』という社員も、入社半年で検定に合格しています」と胸を張る。
和田さんも、こう続ける。
「優秀な人材は東京に限らず地方にもたくさん眠っていて、上場準備実務の担い手は、カリキュラムの工夫と本人の努力があればどこでも育つ。それが今回明確になりました。実務経験者が周りにいないハンデは、意欲的な若手を伸ばすチャンスでもあります。『地方だから』と上場をためらう必要はありません」
上場と並行して地銀系ファンドから資金調達
果敢な努力の数々が実り、デジタルキューブは2024年10月18日にTPM上場を果たす。ほどなく増資も実施し、ベンチャーキャピタルファンド「みなと成長企業みらいファンド3号投資事業有限責任組合」から2025年2月、3,000万円の出資を得ている。TPMでは上場時・上場直後の株式による資金調達が多いとはいえず、貴重なリーディングケースとなった。
資金調達の交渉に立った和田さんによると、同ファンドの母体であり兵庫県を地盤とする地域金融機関、みなと銀行がデジタルキューブのメインバンクだったこと、そしてTPMへの上場準備が同時進行していたことが「確実にプラスに働いた」という。
「ファンド側からは『上場銘柄への追加出資となれば前例はないが、ぜひやりたい』と、終始前向きにご検討いただきました。信頼感を得られたのは特に監査の部分で、上場準備で会計監査を受けただけでなく、今後も継続的に監査を受ける見通しを示せたのが大きかったと思います」
「またJ-Adviserから上場適格性の調査・確認を受けた中では、事業内容や競合優位性、今後の戦略とその根拠といったビジネス面に、かなり掘り下げた説明を求められました。口頭だけでなく文書も出す決まりだったので社内資料が充実していき、手持ちのテキストを少し手直しすれば、増資・借入・事業提携いずれもすぐ動き出せる状態になった。結果的にスピード感と、広い選択肢が得られました」(和田さん)
財務のテクニック面でも、同社はTPMの特徴をフル活用している。例えばデジタルキューブ株は上場後間もないタイミングで、少量ながらも市場での売買が成立。理論上算定される株価だけでなく、客観的な取引価格も判断材料に加わったことで、増資に向けたコミュニケーションが格段にスムーズになったという。
この局面でTPMが特に有利だったのは、買い付けがプロ投資家に限られることもあり、一般市場のような株価変動リスクが比較的少ない点だった。「一般市場の上場会社の増資では、企画から実行までの間に外部環境が変わり、自社の株価も連動して大きく上下する可能性があります。当初規模で出資を受けるとオーナー側の持株比率が想定外に希薄化する場合、やむなく調達額を減らすシナリオも考えられますが、私たちはTPMで、そうしたリスクをほぼ回避することができました」と、和田さんは解説する。
自身と会社の未来を見いだそうと掲げたTPM上場を達成したいま「僕は非常にやってよかった」と小賀さんは断言。一般市場とは異なる制度が、必ずしもマイナスでないことを強調する。
「動いてみて分かりましたが、資金調達ではTPMだからこそ可能な方法がありました。会社が必要とする協力者・環境・資金を獲得していく上で、期待値を相手方と揃えやすく、成長速度や規模感に関して手堅い戦略が選べるのもメリット。身の丈に合ったことを、アイデア次第でいろいろできる市場だと思います」
「もう一人じゃない」
TPM上場会社として出資を獲得する快挙に続き、デジタルキューブは獲得した資金を、いったい何に投じるのだろうか。
そんな問いに小賀さんは「上場後は資本・業務提携の打診が一気に増え、さまざまな会社と対等な立場で話せる機会が増えました。こうした環境も生かし、投資は新たな機会創出を重点にしたい。例えば分社化も視野に入れた社内ベンチャーの育成や、当社にまだない機能を補うM&Aなどを考えています」と答える。キーワードは「地方の活性化」だ。
創業以来「職場はインターネット」と自称してきた小賀さんは、「物理的な場所へのこだわりが希薄で、どこにいてもビジネスができるようにしたい」ポリシーの持ち主。リモート勤務の新入社員に積極的な実務教育をしてきたのも、機会と報酬を求めて都市部に流れがちな若者が地元でやりたい仕事を見つけ、地元就職できることが地方の活性化に不可欠と考えるからだ。
地元就職を検討する若者の背中を押すのは、周囲の大人だ。大人が応援したくなる就職先として分かりやすい属性の一つが「上場企業」。つまり、全国各地で上場検討中の企業コミュニティを作れば、やがて地方を活性化する運動の推進力にもなるというのが、小賀さんの見立てだ。
いち企業が善意で取り組む話ではない。しかし、仲間が集まるコミュニティとビジネスの両立こそ真骨頂という小賀さんには勝算がある。
「ビジネスではいきなり提案せず、まず仲間を作る。同じ意思、世界観を共有している人同士のコミュニティができたところで、仲間に自分たちのプロダクトを使ってもらう。起業からずっと、僕はそのやり方です。上場に関しても、まず僕らの経験をシェアし、やりたい仲間が出てきたらFinanScopeも使いながら、最短距離で達成してほしい。さらに本業で何かIT関連の困りごとがあれば、そこも僕たちがお手伝いしていくつもりです。TPMをきっかけに皆がもっとチャレンジできるような環境づくりを、持続可能なムーブメントにできたら面白いなと思っています」
では、かつて感じた経営者の孤独は和らいだのだろうか。
「もう一人じゃない。めちゃくちゃ嬉しいですよね。今はアイデアを投げたら、社内の皆が考えてくれる状態。集まった考えをすり合わせながら、着実に進んでいます。組織がきちんと回る環境で、仲間と一緒に会社を続けられる。本当に幸せだと思います」
とびきりの笑顔で目を細める小賀さん。新たな進路への自信がみなぎっていた。
(文=相馬 大輔 写真=永田 謙一郎 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2025/09/02
プロフィール

- 1975 年
- 徳島県生まれ
- 1998 年
- 日本マクドナルド株式会社入社
- 2003 年
- 株式会社カーフー入社
- 2006 年
- 株式会社デジタルキューブ設立
- 2024 年
- TOKYO PRO Market上場
会社概要
- コード:263A
- 業種:情報・通信業
- 上場日:2024/10/18