上場会社トップインタビュー「創」
- コード:293A
- 業種:小売業
- 上場日:2024/12/19

現場に寄り添い、顕在化しづらいニーズを開拓

必要な枚数の紙おむつを準備し、1枚1枚に名前を書いて持参する。子どもを保育所に預ける保護者にとって、それが長らく“常識”だった。一見ささいな作業や判断は他にも山ほどあり、積もり積もって生活時間を奪い、心を疲弊させる。とはいえ1つ1つは小粒、しかもいずれ終わるから、さほど深刻視はされない。育児期の就労者が時間的・精神的な余裕を持てない「時間貧困」は、こうして長年放置されてきた。
問題は、当事者の負担だけではない。もし「大変でも我慢するのが当たり前」なら、子育ては楽しさよりリスクが上回る選択となる。さらなる少子化は避けられないだろう。
紙おむつとおしりふきを保育所に直接届ける定額サービス「手ぶら登園」の提供元であるBABY JOB株式会社の代表取締役、上野公嗣さんは、この事業を「ニーズが顕在化しづらいサービスだった」と解説する。
サービス開始の翌年「日本サブスクリプションビジネス大賞2020」のグランプリを受賞した「手ぶら登園」は現在、登園時に徒歩や自転車、公共交通機関の利用が多く、保護者の荷物負担が大きい東京都内で、約3,600施設ある認可保育所の4割近くが導入するまでになっている。しかし2019年7月の開始当初は、電話でアプローチした保育所約1,000件に「保護者がおむつを持ってきてくれているので困っていない」と、ことごとく断られていたという。保育士資格を持ち、民間保育所の運営経験も豊富な上野さんは、保護者自ら声を上げにくく、周囲も負担に気付きづらい状況を、こう代弁する。
「特に0歳、1歳頃の子育ては夜泣きもあり、『記憶がないぐらい忙しかった』という方がたくさんいます。ただ周囲が『こんなかわいい子ができて幸せね』って喜んでくれる中で『私しんどい』とは、やっぱり言いづらい。そして時期が過ぎると、本人も苦労を忘れてしまいます。保護者みんなが、本当に心の底から『子育ては楽しい』って言えるような雰囲気が、実はまだまだ実態としてない。それは僕らが運営していた保育所で定点観測し、保護者の方々と本音で話してきたから気づけたことです」
レールを外れ、偶然からキャリアをたぐり寄せる

180cm超の颯爽とした長身と、よく通る張りのある声。いかにも社会起業家らしい印象の上野さんだが、本人いわく「昔から“変わり者キャラ”」。敷かれたレールの上を走るのは性に合わず、「自分にしかできないことを常に探してきた」という。
プログラマーの父と幼稚園教諭の母を持つ上野さんは和歌山市生まれ。県内有数の進学校に進み、数字に強いことから理系の国立大学を目指していたが、「このまま大学に行っても将来をイメージできない」と、卒業時には学年で唯一ワーキングホリデーを選び、オーストラリアに1年滞在した。農場や宿で汗を流し、多様な価値観に触れるうちに企業経営への興味が湧き、帰国後は夜間制の経営学部に進学。日中は父の知恵を借りながらパソコン教室を開いた。
この時点で個人事業として十分な収入を得ていたが、「“新卒切符”を生かして大きなビジネスの全体像を見ておくべき」という知人の勧めもあり、内定した数社の中から紙おむつ・生理用品等の大手メーカーに入社。配属された東京では2003年から6年間、ベビー用品店などを回る営業担当として実績を残した。
しかし、花形である本社のマーケティング部署に抜擢された上野さんは、実感に乏しい生理用品の仕様検討というミッションでつまずき、2年後には大阪で再び営業を命じられた。ただ、地元には近くなり、妻にとっては郷里でもある。「ここで根を下ろそう」との思いが、独立起業を決める最初のきっかけとなった。
営業職時代に紙おむつの店頭販促を多数企画した上野さんは、“説得力”を持つ育児経験者の派遣スタッフが抜群の成果を挙げるのを知っていた。紙おむつに限らず、哺乳瓶やベビーカーも構図は同じ。にもかかわらず、母親限定でスタッフを派遣する会社は当時見当たらなかった。折しも自宅では、2人目を出産したばかりの妻が「ずっと赤ちゃん言葉で話していると普通の言葉が出にくくなる」とこぼすのも耳にしていた。
ならば「お母さんたちを集めた人材派遣会社」を作れば、新たな機会を提供できるはず。確信した上野さんは即採用に動いたが、当の母親たちから返ってきたのは「働こうにも子どもを預ける場所がない」との声。起業プランは急きょ「保育所の運営」に切り替わり、自らも保育現場に入らざるを得なくなった上野さんは、保育士と幼稚園教諭の資格を取る。実地に身を置くうちに探究心が募り、社会人大学院に通って臨床教育学も修めた。
起業翌年の2013年4月、大阪・南森町で定員5人の保育所を開いたのを皮切りに、上野さんの会社は数年で、全国45施設を擁する民間保育事業者へと急成長を遂げる。背景には、国会論戦になるほどヒートアップしていた待機児童問題があった。小規模認可保育所をゼロから素早く立ち上げる術を体得した上野さんは、一時期「明けても暮れても出張先で荷ほどき」に追われたという。
「時間がない」。独自性ある領域で成長に全力集中

リアルな知見と実績、また政府を動かした「使用済みおむつの園内処分推進」の運動などでプレゼンスを高めながらも、現在のBABY JOBはグループの保育事業をすべて売却。直営の保育を手放す代わりに、保護者や保育士、保育所へのサポートに特化する道を選んでいる。
ここでもキーワードは「自分たちにしかできないこと」への集中だ。上野さんは、自社の狙いをこう説明する。
「以前に比べ保育所運営のノウハウを持つ企業は格段に増え、新設需要も落ち着いてきました。一方、行政の補助を受けて運営する認可保育所には『目的外利用の禁止』というルールがあり、手ぶら登園のようなサービスを自前で提供しづらい面があります。つまり保護者に別途契約いただく『外付け』のサービスでないと展開が難しかったというのが、サポート事業に特化した大きな理由です」
止まらない少子化は、「子どもを産むことにネガティブになっても仕方ないくらい課題がたくさんある」ことの現れと上野さんはみる。保護者に元気よく働きに行ってもらうには、保育所という「箱」だけでは足りず、もっと手を差し伸べるような「中身」のバージョンアップが必要。今の子どもたちが大人になる前に解決しなければ手遅れで、従来の延長上で改善していく時間的余裕は、もはやない。保育経験者を含む使命感の高いメンバーを迎えて正面から優先課題に挑み、事業成長を強く志向するのは、そのためだ。
現実の課題を直視し、持続可能なビジネスとして柔軟に解決策を探る上野さんの姿勢は、手ぶら登園のサービス史にも現れている。
紙おむつ持参不要というアイデアはもともと、運営自由度が高い代わりに園児募集も自己責任になる認可外保育所を1園だけ営んでいた頃の“目玉”だった。用品準備一切を園で行い、「お子さんと手を繋いで登園してください」と呼びかけた有料オプションは大いに喜ばれ、上野さんは他園に応用できないか検討し始める。
ちょうどその頃、「保育所内での紙おむつの利用実態や展開方法について知りたい」との相談が古巣からあり、「現場のサポートは受け持つので最少ロットで紙おむつを届けてほしい」と打診したところ、協業関係が成立。運営と物流の分担により、店頭購入と大差ないリーズナブルなサービスを実現するオープンイノベーションの素地が整った。
サービスの契約者は保護者のため、保育所は紙おむつの在庫管理と発注をするだけで、決済には関与せずに済む。「保護者に貸した紙おむつを返してもらう」という気が重い依頼も一掃されるので、実は保護者だけでなく保育士と保育所のメリットも大きい。それでも普及の道のりは平坦ではなかった。
「保護者のメリットをまず考えていたので、使った分だけ払う従量制を基本にスタートしました。でもこれは計算がすごく煩雑で、施設側の負担が重くなる。しかも利用枚数をめぐってトラブルになりがちで、保育士の評判もよくなかった。そこで土曜日の登園があるかないかのプランに変えたのですが、今度は利用者から『土曜日は来たけど平日1日休んだとき』の料金に意見が出ました。『やはりシングルプライスしかない』と、思い切って月額定額制に変えたらシンプルで分かりやすくなり、むしろ“サブスク”として広まりだしたんです」
試行錯誤の末に確立された、保護者・保育士・保育所、そしてメーカーのニーズをそろって満たす仕組みは、ユニ・チャームと共同でビジネスモデル特許も取得。ユニ・チャームの「ムーニー」「マミーポコ」に加え、花王の「メリーズ」製品を提供するサービスも、同様の仕組みでBABY JOBが運営している。

売出しを伴うTPM上場第1号。「可能性をフル活用したい」

従業員数100人規模まで成長したBABY JOBは、2025年2月期 に黒字転換する見込み。年商も前期比およそ1.7倍の約28億円(同)と急伸しており、こうした好調を追い風に2024年12月19日、TOKYO PRO Market(TPM)への上場を遂げている。
保育のサポートに特化した組織としてBABY JOBを設立(2018年10月)した当初から、公共セクターとの協業に欠かせない信用度向上、また資本増強による企業成長のため上場を目指していた上野さんは2023年、日本取引所グループ大阪本社と大阪府市が共催した「大阪スタートアップ成長支援塾」に参加。IPOに関する体系的な理解を深めている。取引が相対的に少ないTPMのイメージを覆し、市場初となる売出しを伴う上場を達成できたのも、そうした入念な準備の賜物だった。
「一般市場上場では、短期的な値動きも課題になる」とみていた上野さんは、買付けがプロ投資家に限定されているTPMに「すごく可能性を感じていた」という。ただ、成長企業に投資する機関投資家は、投資対象を未上場会社に限定することが少なくない。そのためTPM上場は既存の出資者にとって、出口戦略上の懸念材料になりえた。一計を案じた上野さんは今回、自ら引受先を探して確保。売出しを無事成立させ、「応援してくれた投資家への恩返し」を果たした。
支援塾を通じ、市場運営側からみた “あるべき姿”を理解できたのが大きかったと明かす上野さんは、投資家からのさらなる理解にも期待。「今後も流動性を起こすべきときに起こせる市場としてTPMをフル活用していく」と力を込める。
そんな同社の上場にあたって伴走役を務めたのは、TPM上場を支援するJ-Adviserの株式会社船井総合研究所だった。担当部署を統括する宮井秀卓氏(価値向上支援本部 IPO支援室 マネージング・ディレクター) は「J-Adviserとして後発の私たちにとっても記念すべき、上場達成の第1号案件。J-Adviserとして契約させていただいた段階で準備は相当進んでおり、ぜひ上場をという強い思いのもと、人員を優先的に充てて短期集中で取り組みました」と振り返る。

小林氏(左)、宮井氏(右)
実務に携わった小林聡之氏(同室 マネージャー)は、「売付けのファイナンスを伴うのはこの市場で初とあって、流動性プロバイダーや証券代行機関も交えた週次の会合を開き、密なコミュニケーションを保って進めてきました。前例のない分野で貴重な知見が得られたことに感謝しています」と語る。
中堅・中小企業による事業承継スキームとしての活用もみられたTPM市場に、いわば“ベンチャー型”のBABY JOBが与えたインパクトは大きかったといい、同氏は「新興のネット企業などからもTPMに関心が集まっている昨今のトレンドに、ドライブを効かせてもらった気がします。出資側となる機関投資家・事業会社の方々にもぜひ注目いただき、この流れを活性化していけたら」と期待をのぞかせる。
サービス拡充で、子育て世帯に「1時間の余裕」を

主力とする手ぶら登園に加え、マップから探せる保育所探しポータルサイト「えんさがそっ♪」などを展開中のBABY JOB。2024年9月にリリースしたキャッシュレス決済サービス「誰でも決済」は、こども家庭庁が所管し2026年度から本格実施される「こども誰でも通園制度」に備え、一時利用料などが生じても現金管理をしなくて済むインフラ整備の意味合いが強い事業だ。
各家庭の責任とされてきた役割を社会で広く分担する「子育ての社会化」が、介護に続いて当たり前のものになるか。事業を通じ、常識のアップデートを働きかけてきた上野さんの使命感は確固たるものだ。
「保護者が子どもとしっかり接し、対話するゆとりを持つには、余計な労力はないほうがいい。手ぶら登園のようなサービスも、保護者はもちろん保育士・保育所の負担も軽減できるので、正直『みんなやったらいいやん』と思っています。ただ一方では『楽をせず、手をかけてこそ愛情が生まれる』という考え方が、まだまだ深く根付いている。それを100%否定するつもりはないですが、保護者の働き方や生活環境、家族の形は時代とともに変わっています。特に少子化の改善という意味では、社会全体として考え方を変えていくことが、すごく重要なんじゃないかなって思います」
ミッションに掲げる「すべての人が子育てを楽しいと思える社会」を実現するため、BABY JOBが今後取り組むのは、保育支援サービスの活用を当たり前にし、時間貧困問題を解決すること。子育て世帯に「1時間の余裕」を創出するのが、当面の目標だ。
「紙おむつの定額サービスを全国すべての保育所で利用できる状態にするのが、まず一丁目一番地。そこから食事エプロンやシーツなど、登降園の準備や荷物を減らすサービスを拡充し、さらに小学校・中学校を含む子育ての課題を、より多く解決したいと考えています。保護者向けのサービスと施設への支援は両輪の関係で、保育の質向上に向けたコンサルティングも、このほど設立した子会社で注力していくつもりです。
0歳児を最長11時間保育する日本は、実は世界的にみても希有な国で、その体系化された保育の方法論が今、すごく評価されています。海外展開には丁寧なカスタマイズやローカライズが必要となりますが、いずれは共働き世帯が増えているインドなどでも、より豊かな子育てに貢献したいです」
多忙な仕事の合間に興じている趣味の釣りは、起業家仲間との交流、さらに故郷の和歌山で旧交を温める機会にもなっているという上野さん。先頃は「半分仕事」として地元に戻り、若手にアイデアを競ってもらう起業イベントに参加。市長や知事とも意見を交わしている。
「地元のつながりを生かした活動の中から、地方に共通した課題の解決策を見いだしたい」。そう話して輝かせた目は、絶えず「自分にしかできないこと」をまっすぐ追求する充実感に満ちていた。
(文=相馬大輔 写真=高橋慎一 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2025/02/19
プロフィール

- 1978 年
- 和歌山県生まれ
- 2003 年
- 大阪経済大学卒業後、紙おむつの大手メーカーに入社
- 2012 年
- 株式会社S・S・M設立
- 2013 年
- 定員5名(0・1・2歳児対象)の家庭的保育を開始
- 2018 年
- BABY JOB株式会社を設立
- 2024 年
- TOKYO PRO Market上場
会社概要

- コード:293A
- 業種:小売業
- 上場日:2024/12/19