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Vol.350 連載第九回「澁澤栄一と東京株式取引所」

澁澤栄一は、明治4年に「立会略則」という為替会社の仕組みを紹介した本を書き、前回お話したように国立銀行条例の施行を主導します。
こうした政府の動きに呼応する形で、三井組や小野組から銀行設立の要望がなされます。
これらの要望に当初、当時の明治政府、担当である改正係や澁澤がどういう対応を考えていたかは、実は明確ではありません。

明治政府が考えていたのは、民間資本を利用した発券銀行の創設で、いわば、形は民間の純然たる株式会社ですが、国法によって規制される政策的な意図の強いものでした。
しかしながら、三井組や小野組の考える銀行は、あくまでも三井組や小野組といった家業としての金融業を行う会社ですから、ある意味相当異なるものだったわけです。

澁澤は当所、三井や小野の思い描く私的な銀行設立に好意的だったという見方もありますが、結局、彼らの要望を抑える一方で、かなり強引に第一国立銀行設立を見越して、明治5年に、三井小野組合銀行を設立させています。
国立銀行条例が施行されると、この組合銀行を母体に、明治6年、第一国立銀行を創立させます。
澁澤の日記には、普段はかなり詳細に物事が記述されていますが、この辺りの事情に関しては、ほとんど何も記されていません。
この銀行設立を主導したのは澁澤しかいないわけですが、日記にも書けない、あるいは書きたくない政治的な事情があったのだと推察されます。

NHKの大河ドラマでは、三井の大番頭、三野村利左衛門との暗闘のような描かれ方をしていましたが、実際には、三井や小野側の資料などでは明治政府側の強引なやり方への反発が受け取れます。
また、政治的には、澁澤は大久保利通の財政拡張路線との対立が大きく、井上馨(澁澤の直属の上司)の酷い汚職を、江藤新平が政治的に利用して井上を失脚させる等、澁澤のコントロールできない世界で事態が動きました。
澁澤自身、これを契機に官僚を辞める意図もあり、それが第一国立銀行設立と絡んでいたのです。
澁澤自身がなんとも説明しづらい様相のなか、第一国立銀行が船出をし、官僚を辞めた澁澤が、国立銀行条例に定めの無い総監役というイレギュラーな役職につくという事になっていきました。

第一国立銀行の資本金は、三井組が100万円、小野組が100万円、その他民間からの公募分が44万7千円という内訳でした。
澁澤の立場は、資本金の大部分を出した三井、小野の上に立ち、銀行経営を元官僚の一民間人として、法的な位置づけなく実質的に主導するというガバナンス上きわめて不自然な状態だったわけです。


(金融リテラシーサポート部 石田 慈宏)

先生のための「冬休み経済教室」開催のご案内/経済教育ネットワーク

先生のための「夏休み経済教室」(2021 年8 月 16 日)では、大竹文雄先生から行動経済学の教え方について多くのこ
とを学びました。
今回の「冬休み経済教室」では、大竹文雄先生からの学びを受けて、行動経済学の知見をどのように具体的に 活用すれ
ば「授業で使える行動経済学」となるか、経済教育からの講演、中高の現場からの授業提案、エコノミストからのサジェス
チョンの三つの方向から、皆様と考えてゆきたいと思います。
関連科目を教えていらっしゃる先生方、教員志望の学生の皆さんなど、行動経済学に関心を持たれている多くの方々の
参加をお待ちしています。

日時:2022年1月8日(土) 14:00-16:00
場所:慶應義塾大学三田キャンパス南校舎443教室+オンライン(Zoom形式)

授業支援プログラムなどの告知!/日本教育新聞社

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