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メインインタビュー
(株式会社Zaim 代表取締役 閑歳孝子さん)

斬新なサービスで起業家たちが続々と新規参入し、もはや日常の金融サービスに欠かせない「フィンテック(FinTech)」。その進化の激しさから「教育現場でどう教えたらいいのか?」という問いも多く聞かれるようになった。つかみどころが難しいフィンテックに、元記者でプログラミング未経験からオンライン家計簿サービス「Zaim」を立ち上げた異色の起業家・閑歳孝子さんの視点から迫った。


金融(Finance)に最新の技術(Technology)を組み合わせた「フィンテック(FinTech)」は、従来の銀行・証券・保険などの金融サービスに変革を起こし、絶え間なく進化している。フィンテックにはさまざまな種類があるが、生活に密着したサービスとして人気を集めているのがオンライン家計簿サービス。なかでも、ダウンロード数850万を超える「Zaim」は、日本最大級のサービスとして知られる。ユーザー目線のシンプルでわかりやすい機能と、使いやすい操作性などが受け、今まで家計簿の習慣がなかった人でも続けられると評判を呼んでいる。
このZaimを開発したのが、通信専門誌の記者からエンジニアに転身した閑歳孝子さん。金融とはまったく無縁の世界で生きていた閑歳さんが Zaimの提供を始めたのは、2011年のこと。ベンチャーで働きながら、プライベートの時間を削り、個人のサービスとして作り上げた。
高校時代は「獣医になりたかった」という閑歳さん。そのころちょうど登場したパソコン通信やインターネットにハマり、慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)・環境情報学部に進学した。とはいえ、当時はコンピュータ関連の仕事に就くイメージがなく、就職は「ものを書くことが得意で、知らないことを知ることができそうだから」と、最初に内定をもらった出版社へ。情報通信系の会社を取材する日々が続いた。
その後、インターネット好きが高じて、25歳でWeb系ベンチャーの会社にWebディレクターとして転職。
「自分でプログラミングできるようになりたい気持ちが強くて、働きながら独学で勉強した」

当たり外れが大きい世界で実績なく起業はできない

「インターネットでプログラミングについて調べたり、ほかの人が書いたコードを見て勉強したりするタイプ」だという閑歳さん。29歳のときに別のWeb系ベンチャーに転職し、エンジニアとしての一歩を踏み出した。
「Zaimを開発する前にも、自分で小さなサービスを10以上開発していました。世の中の役に立ちたいと思い、東日本大震災後、計画停電のお知らせを配信するツイッターのbot(自動配信プログラム)も開発。ただ、それで本当に誰かが助かったのかどうか・・・。今ひとつ、手応えを感じることができませんでした」
こうした思いから、「もっと人の生活を良くするもの、影響のあるものを作りたい」と決意して開発したのがZaimだった。
フルタイムで働きながら、オリジナルサービスを立ち上げるのはかなりの労力だ。最初から起業は考えなかったのだろうか?
「一般消費者向けのアプリは当たり外れが大きく、本当にいいものでなければ生き残れません。だから、何も実績がないのに、会社を辞めてベンチャー企業を立ち上げるつもりはありませんでした。それに、技術さえあればわざわざ起業しなくても自分1人でできますから」
家計簿アプリの黎明期だったことにも後押しされ、Zaimのユーザーは1年足らずで10万人を超えた。しかし、10万人の家計情報は一個人が抱えるにはあまりにも大きすぎた。
「アプリをダウンロードするときに、開発者として私の個人名が出るんですが、ユーザーの立場で考えると、家計のデータを預ける先は、個人より会社であったほうが安心ですよね。そう思って会社組織にしたんです」
こうして2012年に法人化し、起業家の道を歩むことになった。起業したくて会社を立ち上げたわけではなかったため、当初は社員を雇う予定はなかったが、事業拡大により徐々にスタッフも増加しているという。

お金をどう「増やすか」ではなくどう「使うか」に興味があった

そもそもなぜ、家計簿アプリだったのか。
「当時の家計簿サービスは、男性が個人の趣味程度で作っているものしかありませんでした。私は最初のWeb系ベンチャーで個人ユーザーのアクセス解析を手掛けていたので、この分野なら自分の強みを生かせると思って挑戦したんです」
閑歳さん自身が社会人になってから家計簿をつけ続けていたことも、家計簿アプリの開発に大きく影響した。
「大学生のときに奨学金をもらっていたので、卒業と同時に300万円の借金を背負った状態に。それを早く返したくて家計簿をつけ出し、返済後もしばらくその習慣を続けていました」
金融畑を歩んできたわけではない閑歳さんにとって、「お金を増やすというより、お金をどう使うか、お金を使って何をしたいのかが最大の関心事」。"お金と時間の使い方"に焦点を当てたサービスにしたことが、Zaim最大の特長でもあり、躍進の原動力にもなったという。
同社ではユーザーの声をとても大事にしている。ほぼすべての問い合わせメールに返信し、要望をリスト化。ユーザーへのヒアリングも頻繁に行っている。
「Zaimが金融機関と違うと感じるのは、メインのユーザーが20代後半~30代前半の男女である点。ヒアリングする相手もこの世代です。また、社員もさまざまな業界から集まっているので、感覚も一般企業に近い」
この一般的な感覚こそ、Zaimの大きな強みだ。また、記者出身の閑歳さんならではだろうか、金融という業界発の発想ではなく、世の中のトレンドに着目している点も少なからず影響しているようだ。
「ユーザー側の発想を大切にしながら、規制や法整備に対応することは容易ではありません。フィンテック関係の法整備が進み、金融機関との連携が増えていくにつれて難しさを実感しています」

どこを見て"ものづくり"をし何をもって成功とするのか


現在1500を超える金融機関やサービスと提携。正式な提携先は毎月増え続けている。今後はより金融寄りのサービスに力を入れていくのだろうか?
「金融機関と正式提携することで、よりセキュリティを高め、安定した家計記録の更新が可能となりました。ただ、それはあくまでも付加価値の1つに過ぎません。今の世の中、何をするにもお金はかかり、お金と生活は切っても切り離せないもの。私たちが目指しているのは『お金の面から日々の暮らしを充実させる』ことなんです」
たとえば子育て中だと、時間がなくてストレスをためている人も多い。そんなとき、家事の外注は1つの選択肢になりえる。
「お金がもったいない、知らない人を家に入れるのが嫌、という気持ちもわかります。でも、本当に辛ければ、一度だけでもいいので試してみてほしい。シルバー人材センターなどリーズナブルな団体もあります」
お金と向き合うことによって、ユーザーが実現したいと思っていることを後押しする。それがZaimの目指す未来だ。
「老後が不安だからといって、実現したいことを諦めて貯金したり、節約したりするだけではもったいない。将来の選択肢を増やすためにも、Zaimを使うことで、今を肯定しながら将来に備えて行動できるようにサポートしたいと思っています」
閑歳さんが大事にしていることは、「人の行動を変える」「多様性を認める」という2点だ。
「目指すところはどこなのかを見誤らないようにしたい、と常に考えています。1人でも多くの人に、私たちのサービスを使っていて良かった、これがあったから人生により良い選択肢を発見できた、と思ってもらいたい。それが、私にとっての成功の定義です」
話題のフィンテック企業ではあるものの、閑歳さんにとって、それは目的を実現するための1つの手段に過ぎない。実現したいことは「人とは違うお金の使い方や、本当にしたいことをサポートする」ことだ。
「結局は周りが何と言おうと、1人ひとりが何をしたいのか、どう生きたいかが重要なのではないでしょうか。もしそれがまだ見つかっていないなら、何をしているときが一番うれしいのか、もしくは周りの人に比べて簡単にできる得意なことは何なのかを考えることから始めてみるのもありだと思います」

中高生にも重要な「金融教育」社会にとってのお金の意味を説く

閑歳さんは、3人兄弟の家庭で育った。「3人兄弟で住宅ローンもある。家計は厳しいと思っていた」という。特に金融教育を受けて育ったわけではなく、「大学進学にどれだけお金がかかって、それが家計にどれだけのインパクトになるのか、誰も教えてくれなかった」だけに、家庭内で交わす"お金の話"についての重要性を説く。
同社では過去に、親子向けお金のワークショップを開催。お金が社会にとってどんな意味があるのかを噛み砕いて説明しているものの、そもそも「お金に関して親子で話すきっかけがない」という問題意識によるものだ。
「お金の役割を教わっていないと、社会がどう循環しているのかわかりません。中高生にとっても、それを知ることはとても大事なこと。金融教育は、重要だと思います」

教えて!閑歳さん!Q&A

Q:忘れられない恩師はいますか?

A:大学のとき「コンピュータにとっての新しい表現」という研究室に所属しました。そのときの先生に教わった「作り方を作る」という考え方。何を作るかではなく、その作り方自体を作るという発想が、心に響きました。卒業するとき「10年後に会いましょう」と言われたんですが、その10年間、先生に見せて恥ずかしいものは作れないという思いがあって・・・。約束の10年後に会ったのですが、さらに次の10年後に会う約束もまた近づいてきていて、ドキドキしています(笑)。

Q:起業家として、学校で「起業」を教えるとしたら、どんな授業をしますか?

A:自分自身が起業したくてしたタイプではないので、いろんなパターンがあっていいと思っています。必ずしも起業する必要はありません。向き不向きもあるし、副業と起業の間だったり、人を雇うか雇わないかだったり、どれも選択肢の1つ。会社員になるのも、自身で起業するのも等しく肯定されるべきことです。そして、そもそも働いていなくても、生活していること自体が素晴らしい。
中学生くらいの年齢だと「会社員はつまらない」とか、夢がないように思うかもしれませんが、起業は良くも悪くも全部自分でやらなければいけないし、会社員にもさまざまな人がいます。まず「自分はどんなことをしたいか、できるか」を知ることがスタートだと思います。

Q:どんな金融教育を受けてきましたか?または、どんな金融教育を受けたいと思いますか?

A:「10代で知っておきたかった」と思うのは、実家の家計の状態ですね。私は実家が貧乏だと思っていたんですよ。3人兄弟だし、住宅ローンもあったし。家にお金がないから自分で奨学金を返そうと思ったわけです。今、両親は年2回くらい海外旅行に行っているので「あれ? 思っていたほどお金に困っていたわけではないのかも?」と思うのですが、当時の家計はきっと厳しかったはず。だからこそ見せてほしかった。教育費にこれくらいのお金がかかって、それがどれだけ家計の負担になっているのか。今ならその価値がわかりますが、当時はその重みがピンときていませんでしたから。稼ぐことはこれだけ大変なんだとか、自分の教育費がこれだけかかっているんだとか、そういったことを知ると、親やお金、自分の環境に対するありがたみがより増したのではないかなと思います。

~閑歳さんが起業するまで~年表

<プロフィール>
閑歳孝子(かんさい・たかこ)1979年生まれ。2001年、慶應義塾大学環境情報学部卒業後、日経BP社に入社。3年半記者・編集職に従事したのち、Web系ベンチャーに転職。Webディレクターとしてフルタイムで働きながら独学でプログラミングを学び、2008年にWeb系ベンチャー・ユーザーローカルの社員第1号としてエンジニアに。アクセス解析ツールの開発・企画等に携わりながら、2011年プライベートで開発した家計簿アプリ「Zaim」を個人でリリース。2012年に法人化し起業。現在、株式会社Zaim代表取締役の傍ら、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス特別招聘教授も務める。

<Zaimとは?>
850万ダウンロードを誇る日本最大級のオンライン家計簿。スマートフォンアプリはもちろんのこと、Webからも利用でき、レシートからの自動入力や約1500の金融機関やクレジットカードの入出金を自動取得・分類、グラフを使った家計分析などを無料で提供しており、2大アプリマーケットApp Store総合1位、Google Playファイナンス部門1位を獲得。グッドデザイン賞ベスト100、総務省オープン&ビッグデータ活用・地方創生推進機構CiP準備会賞受賞など、今もっとも注目されているフィンテック企業の1つ。