JPXマネ部!ラボ

~お金のコト、投資のコト、まずはここから~

JPXマネ部!ラボ とは
SEARCH

金融経済教育とは「自らを豊かにするもの」であるだけでなく、「社会のためになるもの」との視点を持つことが重要

JPXマネ部!ラボ

大阪府立三国丘高等学校公民科の教諭である大塚雅之さんは、小学生の頃から政治経済を「おもしろい」と感じる子どもだったという。教師になってからも、そのおもしろさを生徒たちに伝えるべく、ゲームを活用するなど、工夫を凝らした授業を行っている。
さらには、文部科学省検定教科書「公共」の執筆、経済教育ネットワーク評議員などを務め、広い視野に立ち、金融経済教育に取り組んでいる教育者である。
その大塚さんに、金融経済教育の取り組み方、課題、展望などについて話を聞いた。

—教師を志したきっかけと、教師になった経緯を教えてください。
大塚 小学生の頃から新聞を読むのが好きで、社会面から入り、その後、政治経済に興味を持つようになりました。そして「政治経済のようなおもしろいこと、役に立つことを人に教えたい」と思ったのが、教師を志したきっかけです。
父親が金融機関に勤めていたことも影響しているかもしれません。子どもの頃から、父や母と金利や住宅ローンについてよく会話していたことを覚えています。趣味は貯金で、郵便局の窓口に500円玉を持って並び、通帳に記載された数字が増えていくのを眺めて喜んでいる子どもでした。

大学は経済学部に進み、公民科の教員の採用試験を受けましたが「採用人数1名程度」だったこともあり不合格でした。ずっと受からないことも考えて、就職活動をして現在の三菱UFJ銀行に入りました。とりあえず社会勉強も兼ねて就職し、機会をみて高校教員になろうというのが、当時の計画です。銀行での仕事がつまらなかったわけではありませんが、より分かりやすく目の前の人の役に立つ仕事がしたい気持ちが強くなり、教師にならなければ将来後悔すると思ったため、仕事をしながら、本気で勉強し2回目で合格しました。

—銀行に務めた経験で、教師の仕事にプラスになっていると感じることはありますか?

一般的に専門外の教員で複雑な金融の仕組みを理解している人は少ないので、その意味で多少はプラスになっているかもしれません。ただし、銀行に勤めていたのは遠い昔の話ですし、偉そうなことは一切言えません。あえてプラスの要素をあげるとしたら、金融の授業の冒頭で「銀行員はどんな仕事をしているか知っている?」と聞いてから、お札をきれいに数えるやり方を見せると、生徒は喜びます。
そのため、対生徒では「金融にくわしい先生」として教えられるところはあります。

—金融経済学習に注力する理由を教えていただけますか?

大塚 金融経済学習に力を入れるのは「人生で役立つ」と生徒に思ってもらえる授業を行いたいからです。最初に赴任した学校では大学受験をする生徒はほとんどいませんでした。そのため、大学受験にむけた難しい勉強はしようとしません。一方、どんな生徒でも、知らないことを理解したい、わかるようになりたいという気持ちを持っています。授業がつまらなくて寝てしまうのは、教える側に責任があるのです。おもしろい授業をすれば、生徒たちは聞いてくれます。教員は人にものを教える立場ですが、実は生徒から教えられることがかなり多いと感じています。
教員になった当時は、グレーゾーン金利が注目されていた時期だったため、ヤミ金問題などを授業で扱い「消費者金融やヤミ金でお金を借りるとどうなるか?」など、生活につながることを意識して教えていました。新聞記者や弁護士、市長などを授業に招き、生徒に社会問題について質問をさせる取り組みも行っていました。子どもにとって直接関わる大人は、保護者と学校の教員くらいしかいません。
いろいろな職業の大人に会い「こういう立場の人がいるのだな」と、知ってもらいたいと考えて行った授業でした。

—最初に赴任された学校で6年勤務されて、その後、進学校に赴任されたとのことですが、学力のレベルに応じて、金融経済教育のやり方を変えたところはありますか?

大塚 公民科という科目において、高校入学時点で生徒の持っている知識は、学校によってそれほど大きな違いはありません。ただし、学校によって生徒が理解するスピードは大きく異なります。そのスピードや学力に応じた授業は、意識しています。
大学受験がありますから、入試問題の出題傾向を研究し、逆算して授業を組み立てることも多いです。そうした場合でも、授業の中で楽しさや興味・関心を持ってもらえるように、工夫しています。たとえば1,000万円を持っているとしたら、どの株式に投資するかをシミュレーションする模擬売買ゲームの活用も工夫の1つです。ゲームで腑に落ちる体験をさせ、振り返りを通して、社会の仕組みの意味に気付かせる狙いもあります。
また、授業の冒頭では新聞を使い、政治経済に関する解説をしています。このコーナーは人気があり、授業の進行上割愛したときには「先生、今日は何で新聞なかったんですか?」というような生徒からの声もありました。東京証券取引所(以下東証)の方も、何度か呼んで、講義を行ってもらっています。この講義は生徒からも、授業を見学している教師からも好評です。

—三国丘高等学校としての金融経済教育の取り組みについて、教えていただけますか?

大塚 本校はSGH、スーパーグローバルハイスクールに過去に指定されており、日本政策金融公庫主催の「高校生ビジネスプラン・グランプリ」に出場しています。そのグランプリで、2度全国1位になりました。金融経済教育に関しては、積極的に探究的な学習を行っていると思っています。この他にも、フィリピンにあるアジア開発銀行へ生徒を連れていくなど、金融に関わるさまざまな取り組みを学校として行ってきました。

—大塚先生は行動経済学のカードゲームを考案し、授業でも活用していると、伺っています。どのようなきっかけで考案されたのですか?

大塚 日本学術振興会から科研費をもらい、行動経済学のカードゲームを個人研究として開発しました。人間は必ずしも合理的な行動を取るわけではないことを、ゲームを通じて実感させる狙いもあります。カードの表面に、金融経済に関わる人間のバイアスが働いてしまう場面を記して、どの選択肢を選ぶべきかを話しあい、説得しあいます。
裏側にはナッジなど行動経済学の考え方の解説を載せ、生徒同士で教え合う仕組みです。行動経済学の考え方を応用して、どのような政策が行われているかを調べさせて、最後には自分たちで政策ナッジを考案し、発表させる取り組みへとつなげています。
こうしたゲーム教材は、生徒たちの考える力を養う意味でも有効です。

—金融経済教育で課題だと感じていることがあったら、教えていただけますか?

大塚 ゲーム教材の活用は、準備に時間を要することが課題です。まだ実践はしていませんが、この課題を解消するポイントは、おそらくICT化だろうと考えています。ICTを活用し、アプリなどを利用することで、労力を減らせるようになるだろうと期待しています。

—金融経済教育全般の課題について思うことはありますか?

大塚 高校で教える金融分野は、大きくパーソナルファイナンスとマクロの金融にわかれます。前者の内容は、生徒の関心も非常に高いです。株式や奨学金の話は、生徒がイメージしやすいため、自分の生き方の問題として捉えています。
ただし、パーソナルファイナンスに関わる内容は、本来は社会や公民科よりも家庭科が行うものです。家庭科との親和性の高さを踏まえると、NISA教材などを今後家庭科で扱う余地はおおいにあると考えています。
学習指導要領上、社会科や公民科で扱うことが求められているのは、マクロの金融に関わる内容です。しかし、進学校の生徒であっても、コールレートやマイナス金利などの理解は難しいと思います。抽象度が高く、自分とは別の世界の話だと感じてしまうためです。そのため、私は、パーソナルファイナンスの要素を活かして、マクロの金融をつなげて教えるように心がけています。
それでもマクロの金融は、生徒が苦戦する内容で教える上では課題に感じています。
教え方も工夫する必要があるでしょう。今後やりたいことの1つとして考えているのは、自分がこれまで行ってきた授業について、まとめて発信することです。たとえば、新しく入ってきた先生が、それを読めば50分の授業ができるような、マニュアル的な内容の資料を作成中です。授業は生徒の実態に合わせて担当の先生が作るのが原則ですが、少しでも自分の経験が参考になればと考えています。

—新しい教育課程についてどう感じていますか? 今後の改定を期待するところはありますか?

大塚 もっとも大きく変わったのは、評価が「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」という三観点になったことです。特に「主体性の評価」は判断が難しく時間もかかるため、多くの教員にとって負担になっていると感じています。そのような評価をすると、生徒にどのようにメリットがあるのかを、具体的に発信してもらえるとありがたいです。目的が明確になれば、評価の仕方もおのずと見えてくるからです。

—国や制度、東証に求めることはありますか?

大塚 国や制度に対しては、今後も教師の専門性が重んじられる方向性を維持してほしいと考えています。なぜならば、学校の教員は教科書や学習指導要領に書いてあることだけでなく、目の前の生徒、保護者、地域など、さまざまな人たちが求めていることをもっともよく把握しているはずだからです。
たとえば本校の場合、特に求められているのは進学に役立つ教育です。しかし、プラスアルファで将来的にグローバルに活躍する生徒もいるため、社会に出たときのことも踏まえて授業を行っています。具体的には、公民科の授業の中で経済分野を多めに扱い、SDGsの話につなげる、探究的な学習の時間ではビジネスプランを作成させるなどです。ビジネスプランに関しては、単なるお金儲けが目的ではなく「フィリピンの貧困を救うためのプランを考えなさい」といった課題を出しています。実際にフィリピンへ赴いて現地学習するなど、視野を広げる教育も意識しています。
東証には、金融を専門とする会社として、今後も先生たちに積極的に情報提供をしてもらいたいです。東証の出張授業は、何度も活用させてもらっています。特に良いと思うのは、最新の新聞を取り上げて、為替や株の動きがわかるように説明してくれる点です。講義内容もとても練られていますし、さらに広げていってほしいです。

—大塚先生は教科書の作成にも関わられていますが、理想の教科書の使い方のイメージはありますか?

大塚 教科書はどうしても一般的なことしか書けません。そのため、教科書だけを使って授業をするのは至難の業です。教科書に書いている内容は正確性を重視する代わりに、抽象度が高いため、生徒の実態に合わせて説明内容の抽象度をコントロールすることが、教員に求められるスキルの1つです。たとえば、生徒が日常生活でどのようなことを感じているか、どんなアイドルが好きなのか、何がほしいのか、どこに遊びに行きたいのかなどを把握し、教科書の内容とつながる教え方を工夫する必要があるでしょう。

—生徒の金融リテラシーについて、感じていることはありますか?

大塚 一部、私を超えるのではないかと思うほど、金融リテラシーの高い生徒もいます。しかし本校の場合、アルバイトなどを通して自分でお金を得たことのない生徒が大半です。そのため、金融の仕組みを実感としてわかっている生徒は少ないと感じています。現在は18歳成人ですから、ローンを組んだり、高価なものを購入したりすることも可能です。現実に即した形で、お金についての理解を深める必要があると考えています。

—金融経済教育に関心を持つ生徒とその親御さんへのメッセージをいただけますか?
大塚 金融に対して「怖い」というイメージを持っている方もいるかもしれません。しかし、金融の仕組みは人生の選択肢を広げるものでもあります。生徒たちにも、具体例をあげて説明するようにしています。たとえば「奨学金の制度がなかったとしたら、お金のない人は学校に行けないんだよ」といった話です。金融経済教育は、自分の豊かさのためだけのものではなく、社会のためになるものであることを、理解してほしいと願っています。保護者の方にも、そうした視点と意識を持って、子どもたちに教えていただけたらよいと考えています。

大塚さんの話を聞いていて「金融経済教育は難しいもの」というイメージが覆っていくようだった。大塚さんは、金融経済教育の中にある「おもしろさ」や「楽しさ」を引き出して、生徒たちに伝える工夫をしているからだ。いかに生徒に興味を持ってもらうか、日々の生活につなげていくか、というところに教育の極意があるのかもしれない。金融経済教育について印象的だったのは、「金融とは怖いものではなく、役に立つもの」という視点である。金融経済教育の本質について、再確認するインタビューとなった。

おすすめ記事