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生徒の学ぶ意欲がにじみ出る瞬間をよく観察し、その意欲をさらに引き出すことが金融経済教育の重要な役割

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千葉県立津田沼高等学校の教諭である杉田孝之さんは、学生時代に「授業による生徒の変化」をテーマに選んで修士論文を書いた経歴を持っている。金融経済を生徒にただ教えるだけでなく、生徒がどのように学んでいるか、どう受けとめているかという視野も持って、金融経済教育の内容や方向性を模索しながら、授業の設計を行っている。
経済教育ネットワークのメンバーとして、教育活動そのものの向上を目指す活動も行っている。杉田さんに、金融経済教育の現状・課題・目指していることなどについて、話を伺った。

—教師を志したきっかけと、教師になった経緯を教えてください。
杉田 私は経済学部出身なのですが、在学中に塾講師をやっておりまして、生徒の成長を目の前で見られたことが、教師になろうと思った直接のきっかけです。もう1つのきっかけは、私が入っていたゼミの先生の「企業は労働者に対して、ギリギリのところまで攻めてくるので、覚悟して就職活動しなさい」という言葉でした。
最初は中学の教師を目指していたのですが、ゼミの先生に相談したところ、どうせ教えるならば、「教科のレベルの高いほうが教え甲斐があるのではないか。授業を設計する楽しさがあるのではないか」とアドバイスされました。

そして「学部卒くらいでは通用しないから、修士課程を経てから、教師を目指しなさい」と言われ、修士課程に進んだ経緯があります。専攻は社会科教育学です。その後、修士課程の2年の時に、某県立高校の非常勤講師の話をいただきました。「授業による生徒の変化を」というテーマで修士論文を書く参考にもなると判断して、高等学校の現場で1年間、授業実践し、その経験を踏まえて、修士論文を書きました。そうした経緯もあって高校教諭となり、現在に至っています。

—高校教諭としての経歴を教えていただけますか?

杉田 初任校は商業高校で、商業科教諭として採用され、英語実務という科目を教えていました。2校目は課題集中校でした。現在の津田沼高等学校に赴任してから10年目です。科目は主に現代社会を担当しています。新課程の公共はまだやっていませんが、本年度は歴史総合にもチャレンジしています。
歴史総合の授業内容を公共とつなげるためには、公共で学ぶ内容と重ならないように意識する必要があるでしょう。投資教育に関しては、今後家庭科が扱うことになるため、我々、公民科や社会科の教員が金融を扱う場合は、社会的な意義を軸として教えていくことで差別化していくことが必要だと感じています。

—津田沼高等学校における金融経済教育の取り組みの特徴を教えていただけますか?

杉田 実践的な取り組みを行っているところが特徴です。県の指定を受けて2年間、金融教育を行いました。1年目は『クエスト3』というレジャーランドの再建を目指す経営的な手法を考えていく冊子を使用しました。
今年は『金融クエスト5』という資産運用を考える冊子を使っています。資産運用にかんして、株で儲けるか、債券で儲けるか、預貯金でも儲けるかを学ぶのがメインの内容です。10月に『金融クエスト5』を家庭科の先生に授業を行ってもらいました。本校では新課程では2年生で家庭基礎があり、 家庭科の授業は2時間連続なので、真ん中の50分を家庭科の先生にやっていただき、最初と最後を私が担当しました。こうした形を取ることによって、家庭科と公共の連携をスムーズにする効果もあります。
この他にも「外部との連携をせよ」と、新課程の学習指導要領でもお墨付きをいただいているので、人材も含めて外部教材を積極的に活用中です。例えばブラックバイトというテーマで、弁護士さんをお招きしました。また、東証の『スクールマネ部!~授業支援プログラム~』を活用し、総合的な探究の時間で投資教育を指導することを想定し、先生方向けにも東証の社員の方を講師として迎えて授業を行ってもらいました。年度末に生徒を引率し、東証への見学ツアーや投資体験にも参加する予定です。

—杉田さんは、金融経済教育でどのような取り組みをされていますか?

杉田 私はもともと経済教育積極派なので、授業でも4月の段階からミクロ経済学の入り口として「希少性」「トレードオフ」「機会費用」など、重要な経済概念を扱ってきています。これらの概念をただ覚えさせるのではなく、生徒たちが実際の生活でより良い選択をするために、それら経済概念の考え方の習得を目的として授業を行ってきました。吉本佳生さんが監修した『出社が楽しい経済学』というDVDがあり、経済概念の習得の良い教材になっています。
生徒たちは私の授業を最長で2年受けます。その中で教えた経済概念の中で、どれがもっともインパクトがあるかを聞いたことがありました。私にとっては意外だったのですが「機会費用」と答える生徒が多かった点です。
「機会費用」は難しい概念ではあるのですが、実際の生活に深く関わる考え方だといえます。日常生活でも「こうしておけば良かったのに……」と思うことはよくあるでしょう。「機会費用」という概念を学んだことで、「慎重に選択するようになった」と答える子もいます。学んだことを自分事にできているのだと納得しました。
ただし、金融経済教育の教え方について、ここ数年迷っていることがあります。迷い始めたきっかけは、私の所属している経済教育ネットワークで、2022年の冬に慶応大学の中島隆信先生からご指導いただいたことでした。その内容は「現場で金融経済教育を実践する場合には、帰納的に行ったほうがよい」というものです。中島先生は『大相撲の経済学』『障害者の経済学』など、応用経済学を勉強したい方向けの啓蒙的な書籍を数多く出版されている方で、言葉にも重みがあります。生徒の能力や意欲を引き出すためには、どうすべきなのか。どのように具体的なアプローチを取り入れていくべきか。私自身、まだまだ試行錯誤している最中です。

—金融経済教育の授業を行う上での問題意識を教えてください。

杉田 活動型の教材を使う際のリスクは「楽しかった」だけで終わってしまうことです。月並みではありますが、どこまで生徒を引き上げるか、その見極めや見通しが重要だといえます。すべてを教えるのではなく、生徒がおもしろいと感じた瞬間に、本の紹介や資料の提示をすることが重要です。つまり、生徒の学ぶ意欲がにじみ出てくる瞬間をよく観察し、その意欲をさらに引き出すことこそが教育の重要な役割だと考えています。
もう1つ大切なのは、何がわかったか、何がわからなかったか、これからどんなことを調べていきたいのか、生徒一人ひとりに総括させることが大切だと考えています。「授業のここがおもしろかった」といった振り返りを書かせるのではありません。
金融経済教育を実践するためには自分自身の働き方や将来像についても考えさせて、お金を稼ぐとはどういうことなのかを理解させた上で行っていくべきものです。例えば、○○業界の平均年収も調べさせますし、生活するために、どれくらいのお金がかかるかも調べさせます。こうした実態を把握することによって、経済が自分の暮らしと関わっていることがわかり、より深い学びにつながるからです。実はこうした内容は、新課程の家庭科の教科書の中で、実によく書かれています。

—金融経済教育を実践されてきて、生徒の成長や変化を実感されるところはありますか?

杉田 変化として感じるのは「お金は自分の幸せに直接的に影響してくる」と理解するようになってきたことですね。もう1つ意外な変化としては、インフレに対する意識が高くなってきたことです。金融経済を学ぶ前には、ほとんどの生徒が預貯金の意味を考えていませんでした。
しかし、金融経済について学んでからは、投資という選択肢に興味を持つようになりました。とくに『クエスト5』の教材で学び、感覚的につかんだことが大きかったと感じています。

—今後の授業での課題として考えていることはありますか?

杉田 自分の幸せに直接関わってくることは、生徒たちも理解しつつあると思います。しかし、リスクとリターンのマネージメントについてはまだまだなので、しっかりと理解させなくてはと考えています。例えば「余裕資金」についても、単純に言葉の意味を覚えるだけでなく、考え方や生活との関連で理解することが必要です。その気づきを得るためには、授業の流れや発問、指示のタイミングを工夫しなければなりません。「余裕資金」という言葉にたどり着くまでの授業の流れが大切なのです。だからこそ、家庭科との連携も重要になります。
家庭科では「所得がこれだけあり、私は生活上のマネージメントはこうする」といった具合に自分事として学びます。一方、社会科は、社会における金融の意義を学びます。だからこそ、家庭科と社会科とを関連づけて理解することが求められます。新学習指導要領では、投資教育は今後家庭科が主に担っていきますが、家庭科の授業の前後に私の授業を入れているのは、そうした狙いがあるためです。

—東証の金融経済教育活動について、授業で活用できる部分なども含めて、思われていることを教えていただけますか。

杉田 実際に東証に見学もさせていただいていますし、東証の金融経済教育の普及活動は、私たちにとってもありがたいものです。生徒や先生方も「本物」を求めています。ゲストティーチャーを呼ぶことに関して、本校では手続きを踏めば問題ないので、これからも授業にきていただきたいです。金融経済教育ではありませんが、本年度夏休みに裁判員裁判も傍聴しました。凶悪な刑事裁判を見に行く可能性もありますが、実際の社会の現場を肌で知ることが大切です。
さらに金融経済教育積極派にとって追い風になっているのは、2025年に金融経済教育推進機構ができることです。しかし、学習指導要領に金融経済教育の必要性が明記されていても、現場の教員が金融経済教育の意義を理解していなければ、現場に定着させるのは簡単ではありません。
東証にお願いしたいのは、金融経済の授業に興味を持っている教員の方々が、研修に参加してもらう手立てを考えていただきたいということです。経済教育ネットワークでは、春、夏、冬の経済教室の開催、東京、大阪、札幌部会活動などを通じて若い先生方にも参加していただいています。現在経済教室や各部会を通じた“点”でのお付き合いはできていますが、なかなか“線”になっていきません。ここが課題です。
東証は、金融経済教育についての先進的な取り組みを行っています。若い人材の発掘・育成に関しても、さらに積極的に関わっていただけたらありがたいです。

—2022年度に改訂された新しい教育課程について、どう評価されていますか?

杉田 一番重要なのは学習内容と評価を一体化することだと考えています。もう少し具体的な内容や実践があると、実際の目標も決まりやすくなります。
例えば、金融教育で資産運用を内容とした場合、どこまでの成果をあげたら高い評価をできるのか基準を明確にできれば、さらに効果が上がるのではないでしょうか。餅は餅屋ではありませんが、東証や日本証券業協会の教材を使うことも効果的です。東証や日本証券業協会と、付き合いのある先生方とのハブを利用し、地域ごとに金融経済教育のネットワークを作ることが必要だと考えています。

—大学受験に直結するかどうか、生徒たちが金融経済教育を学ぶモチベーションが左右されるなどの課題を感じることはありますか?

杉田 極端な言い方をすると「この科目を勉強するのはおもしろい」と感じている生徒には、学習指導は必要ありません。好きな科目は自分で勉強するからです。ここで残念なのは、今年の共通テストの政治経済が読解問題中心となっていて、政治的な知識や経済的な知識がそれほどなくても解けてしまう問題だったことです。逆に読解ができなければ、知識があっても点数を取れません。本校の生徒たちは、読めないから高得点を取れなかった生徒が多かったようです。
与えられた60分の中で高い点数を取るためには、 グラフや統計も含めて読み取りのトレーニングが必要となります。そのため『金融クエスト5』をやっている時間はないとの理屈も成り立つのですが、「経済や金融は勉強するに値する」と気づいてもらうことのほうがはるかに重要です。
生徒は勉強する価値があると思えば自発的に勉強しますし、新聞も眺めるようになるでしょう。経済ニュースを見て「今日の株価、上がりましたね」といった会話もするようになります。意欲は授業の内容と連動しています。入試は入試向けのトレーニングが必要です。どちらかを犠牲にするのではなく、バランスよく行うことが大切だと考えています。

—津田沼高等学校の生徒の金融リテラシーは現時点で、どのようなレベルだと感じていますか?

杉田 金融、投資に対する興味、関心は高いです。ただし、リテラシーはさほど高くないと感じています。その理由は、お金のことを積極的に口に出すのはどうだろうという風潮が、一部でまだ残っているからです。
もう1つ直接的な要因としてあげられるのは、中学と高校の教育に連続性がないことでしょう。新課程では高校2年の家庭科で初めて投資の学習をするのが一般的です。中学校の公民でも多少は扱っているはずですが、公民で金融経済を学ぶのは、早くても11月頃だと聞いています。翌年2月には入試があるため、相当なスピードでの学習になり、中学での金融経済に関する学習にはあまり期待できない状況があるようです。
中学校の社会科の教員と我々高等学校の教員との間には、ほとんど交流がありません。中学と高校の教育が連動していないことが、生徒の金融リテラシーが低くなる要因の1つであり、課題だといえるでしょう。

—最後に金融経済教育に興味を持っている生徒へのメッセージをいただけますか?
杉田 私は生徒に常々「幸せになろうね」と伝えています。私は2年間で120回ほど、授業をしていますので、相当の回数、この言葉を口にしている計算になります。その120回の授業の中でもっとも評判がよいのは「働き方に関するもの」です。働き方とリンクしているのが金融であり、金融を学ぶことで幸せにもつながります。私が生徒に「幸せになろうね」と願っているのは、彼らのためだけではありません。彼らとは40歳ぐらい離れていますので、私たちの老後を支えてくれるのが彼らだからです。「あなたたちが幸せになれば、私たちもついでに幸せになれるよ。だから税金と保険料をしっかり払ってね」と伝えています。金融経済教育が幸せに関わるものであることを理解して、しっかり学んでほしいです。

金融教育の内容を充実させるとともに、生徒のやる気を引き出していくことの重要性について、再認識させられるインタビューとなった。金融経済教育が自分たちの人生にとって必要なものであると理解すれば「生徒たちは自動的に勉強する」という杉田さんの指摘は鋭い。
授業を行うことで、生徒たちがどう成長していくかという視点を持ち、授業に臨んでいるところにも、杉田さんの教育方法の特徴が表れている。東証など外部の組織も巻き込んで、教師のネットワークを作り、金融教育そのものの底上げを図ろうとする杉田さんの姿勢と視野の広さも印象に残った。金融教育そのものだけではなく、金融教育が浸透する環境や仕組み作りへの示唆に富んだ取材となった。

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