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上場会社トップインタビュー「創」

株式会社アストロスケールホールディングス
  • コード:186A
  • 業種:サービス業
  • 上場日:2024/06/05
株式会社アストロスケールホールディングス

何度も訪れた転機、学ぶ力が人生を切り開く

株式会社アストロスケールホールディングス

 宇宙は見上げてロマンを感じるもの——科学技術の進歩でかつてよりは、身近になってきた宇宙だが、今でも多くの人にとってリアルな人生で交錯することはない。しかしそこが地球上の一般道や高速道路以上にゴミであふれていると聞くと信じがたいが、それが21世紀の現実だ。
 宇宙には階層があり、月圏より先には未開の余地があるが、その手前の地球周回軌道(以下、軌道)には、多数の衛星が行き交い、稼働中の衛星の数をはるかに超える量のスペースデブリ(宇宙ゴミ)が残される。ゴミの正体は制御不能になった衛星や爆発したロケットの破片、兵器実験の残骸など。高速道路上に事故車の残骸、ガス欠で動かなくなった車、人が落としたゴミが一切取り除かれることなく、残り続けることを想像してみてほしい。軌道上ではこうしたことが起こっている。
 このスペースデブリを除去する技術開発にいちはやく手を挙げた日本のベンチャー企業がある。岡田光信さんが創業したアストロスケールホールディングスだ。

 兵庫県出身の岡田さんには、学生時代までに人生を変えた分岐点が2回あった。

「高校1年のとき、スペースキャンプというNASA(アメリカ航空宇宙局)の宇宙飛行士のジュニアプログラムに参加しました。そのときにお会いした毛利衛さんが本当にかっこいいと思い、手書きのメッセージまでいただいた。それから勉強に励むようになりました」

 環境問題に関心があった岡田さんは大学では森林動物学を学んだ。ずっとアカデミアの道を行くと漠然と思っていたという。ところが2回目の分岐点は大学4年の1月に突然起こった。生まれ育った地を襲った阪神大震災である。

「その日のうちに東京から食料と水を持って駆け付けました。失った人やものが甚大で、すぐに職を見つけなければと考えました。大震災では国の政策で助けていただいたことがあり、卒業後はいったん大学院に籍を置きながら生協で60冊以上の本を買って学び、翌春の国家公務員職の試験に備えました」

 ここでも学ぶ力が役に立ち、社会人としての人生は大蔵省(現 財務省)主計局から始まった。しかしアメリカの大学院に国費留学したときに、ドットコムブームに沸くダイナミズムを目の当たりにし衝撃を受け、さらなる転機が訪れる。

原点に返り蘇った“宇宙は君たちの活躍するところ※”

株式会社アストロスケールホールディングス

 「この社会を大きく変えていけるのは民間企業ではないか」との思いが募り、留学費用を返還して退職。岡田さんは、起業も考えるが翻意し、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社する。その後いくつかの企業を経て、自分の会社を立ち上げたが、最初の2社はソフトウェア会社だった。

「ドットコムブームのときからソフトウェアで世界を席巻することに憧憬があったのですが、実際にやってみて思ったのは、私ではソフトウェアだけでは世界に勝てない、新しいハードウェアを開発し組み合わせることで道が開けるのではないかということです。その解を探していたときに、ふと15歳で出会った毛利衛さんの世界に立ち返ったのです。そのときにはすでに39歳。ミッドライフ・クライシス(中年の危機)に初めてなり、もがいていた時期に、毛利さんからいただいたメッセージ“宇宙は君たちの活躍するところ※”が蘇ってきました」

 ここでもまた学ぶ力が道を切り開く。

「宇宙に関連する学会に出かけ、何がホットトピックなのか探るとスペースデブリ問題に行き着きました。宇宙はすでにゴミだらけでこのままいくと軌道は使えなくなる、課題が明確なのに解決策を誰も持っていないと知ったのが2013年4月。これは本当にやりがいがあると思いました。そして1週間後にはシンガポールでASTROSCALE PTE. LTD.を立ち上げ、自分の心のクライシスは終わりました」

 とはいえ、その時点では、一ソフトウェア企業の経営者だった岡田さん。宇宙業界では門外漢であり、まだ見ぬ技術を共に開発しようというエンジニアは現れなかった。そこで学会で配られる論文を数百本読み、学ぶことに専念した。その中でようやく仮説に行き着き、その仮説を持って、論文の著者を訪ね、世界を周った。最初は訝しく思われたが、何人もの研究者が長時間対話に時間を割き、研究室を案内してくれたという。

「とても学びになりましたし、ワールドツアーも3周目になると、その間かかわってくださった皆さんにも『これはできるかもしれない』と考えてもらえるようになってきました。それが2014年9月で、そこから半年以内に、資金を作り、チームを作り、工場を作ると決めました」

 この熱意と思いは社名にもこめられている。

「当社は、『将来の世代の利益のための安全で持続可能な宇宙開発』をビジョンに掲げる会社です。宇宙を表す言葉は複数ありますが、一番古いギリシャ語由来の“アストロ”を使い、スケールは天びんを意味します。宇宙開発と宇宙環境保全のバランスをとることが、宇宙のサステナビリティの実現には必須であると考え、宇宙のバランスの責任を担う会社になると決めたのです」

スペースデブリ除去と軌道上サービスが2大ミッション

株式会社アストロスケールホールディングス

 こうして次世代に持続可能な軌道を継承するための、スペースデブリを取り除くサービスの開発に取り組む世界初の民間企業が本格的に立ち上がり、2つのミッションを通じて宇宙空間での技術実証にも成功した。
 取り組むのは、スペースデブリの除去だけではない。唯一同社だけが持つ「非協力物体へのRPO(接近・捕獲)技術」を用いて、稼働中の衛星への燃料補給、故障機や物体の観測・点検も行う。

「これまでの宇宙はずっと使い捨て文化でした。リペアもリサイクルもリフュール(燃料補給)もリムーブも、つまり“Re-”がない世界だったのです。例えば新車を購入してガソリンが切れたら捨てて新たに買い替える人はいません。車も航空機もパソコンも作って売って、消費者が使った後にメンテナンス、修理して最後は破棄もしくは再利用するというバリューチェーンが確立しています。しかし、この川下が何もなかったのが宇宙業界。ここにチャンスがあることは誰もがわかっていたのに、誰もできなかった理由は、RPO技術がなかったからです」

 RPO技術を確立した同社は、現在ではスペースデブリの除去だけでなく、寿命延長・燃料補給や観測・点検等も含めた、幅広い軌道上サービスを手がけている。スペースデブリの問題を契機に創業された会社だが、サービス領域を順調に拡大してきた。

 最初は岡田さん1人で始めた研究は、前述の様々な研究者たちを含め、さまざまな人たちとのふれあいで実を結んだ。毛利衛さんとも起業後に再会している。

「もう1人、キーマンを挙げるならスペースX(アメリカの民間宇宙企業)のかたです。ドイツの学会で宇宙の掃除をする会社を作ると言ったときに、多くの専門家が親切心からではありますが、『市場がない、技術がない、民間ましてやベンチャーがやることではない』と大真面目に否定する中で、唯一そのかただけが、『やるべきだ』とメールをくださいました。そして会社を作った3日後にはスペースⅩに招かれ、工場をすべて見学させていただきました。そのときに自前で工場を持たないとイノベーションは起こせないと言われたことが会社の方向性を決める礎となったのです」

株式会社アストロスケールホールディングス

ファーストムーバーにこだわり宇宙の課題をスピーディに解決へ

株式会社アストロスケールホールディングス

 こうして今では、衛星の製造が可能な工場を備えた、600人以上の社員を抱えるグローバル規模のテクノロジー企業に成長している。立ち上げ当初、日本で宇宙を専門とする技術者は、JAXA(宇宙航空研究開発機構)か大企業、研究所や大学院、一部の部品会社にしかいなかった。誰もベンチャーに目を向けない中で、まずはJAXAのミッションを請け負っているグローバル企業で一次定年を迎える60歳の人や、大学院や研究所で研究だけでは飽き足らない人から採用を始めたという。

「最初エンジニアは20代と60代だけでしたが、今では年齢や国籍、バックグラウンド等が多様な人材を採用できています。非協力物体へのRPO技術は本当に複雑で、さまざまな技術の総合技です。例えばデブリを見つけるためのセンサー技術やアルゴリズムを解析する技術など、領域をまたいで多岐にわたります。宇宙工学の分野に属する知識や技術も当然必要ですが、あくまでほんの一部にすぎません。専門が異なるエンジニアの集合体でも、一緒に働いていると、おのずとお互いの世界、知識を学際的に学んでいけます」

 だからチームワークが大事と、岡田さんは言う。

「さらに言えば、同じビジョンを共有する熱量の高さ。宇宙を持続開発可能にするために課題を解決するというビジョンを皆が徹頭徹尾持っていることです。最近では世界のメディアが当社を取り上げてくださり、そうしたことも社員にとってはパワーになっていると思います」

 経営において優先度を高く持っていることを聞いた。

「当社のコアな技術はすべて自社開発です。他社にはないという理由もありますが、常にファーストムーバーとして挑戦し、やり切ることが重要だと考えています。セカンドムーバーは楽ですが、宇宙の環境悪化は刻々と進んでいますから、とにかく時間が惜しいのです。そして、グローバルで複数拠点を早期に立ち上げてきました。現在5カ国にオフィスとR&D拠点があり、各国で設計から開発までできる体制をつくっています。普通のスタートアップなら一国の成功経験を持って次に行くと思いますが、それでは世界で勝てない。いずれも最も資本支出がかかる仕組みですが、そのほうがリターンは高いと考え、まさに今成果が出始めているところです」

 ステークホルダーを大切にすることも、重要な経営課題ととらえているそうだ。

「すべてのステークホルダーを大切にすること。当社は本当にいろいろな人にサポートいただいています。政府、宇宙機関、株主、投資家、パートナー、お客様、サプライヤー、メディア、そして一般の方々まで。そうした人々に、当社を正しくご理解いただき、今後もご支援いただけるよう、常日頃から丁寧なコミュニケーションを心がけています。」

資金調達と流動性の確保を目的に東証上場を選択

株式会社アストロスケールホールディングス

 アストロスケールホールディングスの東証グロース上場は、2024年。比較的直近だが、同社の事業特性上、収益に結びつくまでに多額の資金が必要となる。複数の資金調達手段もあるなかで上場を選択した。

「上場前に7回資金調達をしています。段階的に行ってきていますが、私募債か公募債かという選択肢があるなか、結局上場を進めたのはいわゆるパブリックエクイティ投資家(上場株式に投資する投資家)からの需要があったからです」

 創業はシンガポール。5年後に日本に本社登記とオフィスを移しているが、その理由とほかの海外市場への上場は考えなかったのかを聞いた。

「東証への上場を見据えると、本社をシンガポールに置きながら、上場することは難しいと気づきました。ほかの海外市場への上場も考えましたが、上場に際しては、十分な流動性を確保しながら、機動的な資金調達が可能かが最優先事項でした。資金調達と流動性の確保が実現できる市場となると選択肢が狭まりますが、当社の規模感を考えると東証への上場が良いと思いました。もちろん私が日本人であることも大きいですが、仮にニューヨーク市場に上場した場合、他の銘柄に埋もれてしまい、投資家に発見されにくいのではないかという懸念もありました。東証であれば海外投資家も呼び込めます」

 東証上場にも苦労はあったと振り返る。

「一番苦労したのは、今でこそ宇宙関連企業が徐々に市民権を得てきていますが、当初は、投資家に会うときには軌道の説明から必要でした。限られた時間で当社の事業や成長可能性を正しくご理解いただくことは困難でした。個人投資家に対しても同じです。なぜここに事業機会があるのかをシンプルにわかりやすく説明し、ご理解いただくのに苦労しました。専門知識をお持ちでない一般の投資家の皆さんにも分かりやすいよう、目論見書に落とし込むことは容易ではなかったです。また、上場審査では本当に多くを学ばせていただいたと思います。質問に自分では答えているつもりでも表現しきれていなかったことも多々あったはずです」

 上場後は投資家層が一変し、普段の投資家との面談や株主総会で寄せられた質問や期待が刺激になっているという。また、採用の際に応募が増えたことも、上場が後押ししているのではないかと考えている。

「ステークホルダーへの説明は上場前から丁寧に行うことを心がけてきましたので、ステークホルダーとのコミュニケーションの姿勢はあまり変わりませんが、それでも上場したことは有形無形のプラスがたくさんあるのだろうと思っています」

10年後には軌道上サービスをインフラに

株式会社アストロスケールホールディングス

 宇宙の市場を取り巻く状況は、数年単位で一変している。同社の今後の展望を聞いた。

「数年前まで軌道上サービスへの認知はなく、市場そのものもなかったですが、今は受注残高が伸び、世界が変わってきました。当社は「ELSA-d」と「ADRAS-J」という2つのミッションを通じて、非協力物体へのRPO技術を実証してきました。RPO技術は、地球の周りを猛烈な速さで飛び回るあらゆるものに接近してソリューションを提供する上で、必要になる基礎的な技術です。今は当社が衛星を打ち上げるたびに取材で取り上げられますが、例えば地上の高速道路にロードサービスが出動してもメディアは関心を持たないでしょう。軌道上サービスも、ロードサービスと同等のレベルに2030年までには到達したい。軌道上サービスは当たり前だと、そういう時代を今後5年でつくります。そしてその先5年で軌道上サービスをインフラにして、あらゆる衛星の運用者がこれを前提に設計を考える世界観に持っていきたいですね」

 5年、10年という単位は、宇宙では“あした”と同義だという。それでも急がなければスペースデブリ問題はさらに悪化し間に合わなくなると、岡田さんは身を引き締める。

 これから上場を目指す起業家へのアドバイスは——

「会社を大きくするのであれば、こういう未来をつくればみんなが幸せになるという姿を明確に描いてほしい。多くのスタートアップが上場によって集めた資金で、そのミッションを加速していくことができれば、日本は明るいニュースがあふれるのではないかと期待しています。当社もまだスタートしたばかりですので、ひたすら前を向いて全速で走っています」

 ところで、お話をうかがった当日、同社には小学生のグループが学びのために訪れていた。高校時代に毛利衛さんと出会ったことが岡田さんの原点であることを思うと、ここを訪れた子どもたちの中から第2、第3の岡田さんが生まれ、日本で、世界で、明るいニュースがあふれる未来をつくってほしい。

株式会社アストロスケールホールディングス

(文=吉田 香 写真=工藤 裕之 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2025/08/07

プロフィール

株式会社アストロスケールホールディングス
岡田 光信
株式会社アストロスケールホールディングス 代表取締役社長兼CEO
1973 年
兵庫県生まれ
1997 年
大蔵省(現 財務省) 入省
2001 年
マッキンゼー・アンド・カンパニー 入社
2004 年
ターボリナックス株式会社取締役就任
2012 年
MIKAWAYA21株式会社設立、取締役就任
2013 年
ASTROSCALE PTE. LTD.設立、CEO就任
2015 年
株式会社アストロスケール代表取締役就任
2018 年
株式会社アストロスケールホールディングス代表取締役兼CEO就任
2024 年
東証グロース市場に株式上場

会社概要

株式会社アストロスケールホールディングス
株式会社アストロスケールホールディングス
  • コード:186A
  • 業種:サービス業
  • 上場日:2024/06/05