東証 アジア スタートアップ ハブ
IMM Investment Japan 株式会社
左から:John Yoon氏(IMM Investment Hong Kong マネージングディレクター)、今泉東生氏(IMM Investment Japan 最高投資責任者)、Youngjoon Lee氏(IMM Investment Hong Kong CEO・マネージングパートナー) Image credit: IMM Investment
IMM Investmentの日韓投資戦略、26年で築いた韓国大企業ネットワーク
東京証券取引所が主導する「東証 アジア スタートアップ ハブ」。このプログラムには、アジア各国のスタートアップと日本市場をつなぎ、相互の成長を促進するこの取り組みに、韓国を代表するベンチャーキャピタルIMM Investment(注)(以下、IMM)が参画している。
同社の日本法人IMM Investment Japanで投資活動を指揮する今泉東生(いまいずみ・はるたか)氏は、産業革新機構での経験を経て、日本と韓国、台湾を結ぶ投資のエコシステム構築に取り組んできた。単なる資金提供を超えた、アジア企業間の有機的な連携による成長戦略。日本の優れた技術シーズと韓国・台湾の大企業の製造力・市場開拓力を組み合わせることで、スタートアップの成長を加速させる。
本稿では、今泉氏にIMMの投資哲学、大企業との協調による独自の投資スタイル、日本市場での注力領域、そして東証 アジア スタートアップ ハブへの期待について伺った。
- IMM Investmentのウェブサイトは、こちらをご覧ください。IMM Investment
韓国No.1のVCが持つ圧倒的な存在感
IMM Investmentのウェブサイトに掲出された実績(通貨単位はウォンで表示されているため、文中の表記とは数字に差異があります) Image credit: IMM Investment
IMM Investmentは、1999年の創業以来、韓国のベンチャーキャピタル業界で独自のポジションを築いてきた。現在の運用資産総額(AUM)は76億米ドル以上(2025年9月現在)、日本円にして約1兆円規模に達する。この規模は、韓国のVC業界において群を抜いている。
同社の投資領域は極めて幅広い。ベンチャーキャピタル(シード・アーリーステージ)、グロースエクイティ(ミドル・レーターステージ)、そしてインフラ投資と、企業のライフサイクル全体をカバーする。
「IMM Investment Groupは、韓国ないし東アジアの民間最上位のVC運用規模を有し(編注:総合AUMで韓国1位)、あらゆるアセットクラス・産業への投資に対応してきました」(今泉氏)
IMMの海外展開も積極的だ。韓国での創業後、日本を第1号の海外拠点として、現在は香港、シンガポール、そしてインドにもオフィスを構える。特に日本は、2017年の進出以来、重要な戦略拠点となっている。
投資の資金源であるLP(リミテッド・パートナー)構成も特徴的だ。4割が公的年金、1割がKDB(韓国産業銀行)などの政府系金融機関、残りが機関投資家で構成される。ストラテジックLP、つまり事業会社の比率は小さいものの、数多くの韓国の事業会社が参画している。これらの事業会社は、IMMが運営するファンドへの出資を通じ、IMMの投資先スタートアップとの連携機会を模索している。単なる資金提供者ではなく、IMMの投資戦略において重要な役割を果たす戦略的パートナーなのだ。
大企業との協調が生み出す独自の投資スタイル
IMM Investmentの投資先スタートアップ(一部。すでにイグジット済の企業が含まれます。) Image credit: Growthstock Pulse
IMMの最大の特徴は、投資プロセスにおける大企業との緊密な協調体制にある。一般的なVCが投資後にバリューアップ活動として大企業とのマッチングを行うのに対し、IMMは投資前の段階から大企業を巻き込む。
これらの企業の中には、ストラテジックLPとしてファンドに出資している企業もあれば、LPには参画していないが事業協業のパートナーとして協力している企業もある。いずれの場合も、IMMが投資を検討するスタートアップに対して、実際にビジネスを一緒にできるかという観点で、投資前の段階から相談に応じてくれる関係性が構築されている。
「我々にとっては投資のリスクヘッジでもあるのですが、ビジネスデューデリジェンスをパートナー企業にお願いしています。業界をリードする方々にお声かけし、我々が投資を検討しているスタートアップに対し、どんな関心をお持ちかを事前にお伺いします。ビジネスを作っていけるところまでの確証を得た上で、初めて投資を実行するわけです。広く大企業とネットワークを持てることによって、投資活動においても、その後の事業構築活動においても、蓋然性の高い取り組みが出来ています。このような部分こそ、他のVCにはないIMMのユニークな点となります」(今泉氏)
この双方向の関係性は、26年間という長い時間をかけて築かれてきた。IMMは大企業のグローバル展開を支援し、大企業はIMMの投資先スタートアップの成長を後押しする。このエコシステムが、韓国のスタートアップシーンにおけるIMMの競争優位性を生み出している。
技術と市場のギャップを埋める
IMM Investment Japan チーフインベストメントオフィサー(CIO)今泉東生氏 Photo credit: Growthstock Pulse
IMMが2017年に日本進出を果たした背景には、明確な戦略的判断があった。
「日本には非常にいいアカデミアシーズ、テクノロジー、サービスがあります。しかし残念ながら、ここ20〜30年の間に、日本の大企業のグローバルにおけるプレゼンスが相対的に失われています。その結果、スタートアップにとっての顧客が日本国内にいなくなってしまった産業も出てきました」(今泉氏)
この指摘は、特に半導体産業において顕著だ。1990年代、世界の半導体メーカートップ10に日本企業が6社も入っていた。しかし現在、韓国のSamsungやSK、台湾のTSMCが世界市場で圧倒的な存在感を示している。
「半導体に関連するテクノロジーで、素材においても製造装置においても非常にいいものがあります。しかし、それらを使いこなす日本企業のポジションが低下してしまいました。そのため、そうした日本の技術と、顧客として活用してくれる韓国企業や台湾企業を結びつけることによって、日本のスタートアップの成長機会を引き出す必要があると感じています」(今泉氏)
この戦略は、単なる仲介を超えた価値創造だ。日本のスタートアップは、韓国・台湾の巨大企業という確実な顧客を得てグローバル市場への足がかりを築ける。一方、韓国・台湾企業は、日本の先端技術にアクセスし競争力を強化できる。
「我々のような海外ファンドは、何かしら強みを持ってやらなければ、日本において存在意義が薄れてしまいます。弊社IMMが他の日本のVCにはない圧倒的な強みを持つのは、韓国のネットワークです。ここにおいては絶対に誰にも負けないという自信があります。この強みを活かし、強みが実際に機能する領域に投資を集中していきます」(今泉氏)
IT分野では、韓国にも有力企業が存在するものの、日本のスタートアップにとっては、将来的なグローバル協業の文脈で必ずしも最適な接続先とは見なされていないことが多々あった。一方で、半導体他電子部品分野では状況が大きく異なる。
「SamsungとSKとの協業に関心を有しないスタートアップは皆無と言っていいかと思います。こうした領域でのハブとしての立ち回りこそ、我々が日本のスタートアップに望まれるところですし、我々が日本のスタートアップエコシステムに存在する価値であると信じています」(今泉氏)
IMMは、この明確な優位性を持つ領域に集中することで、日本市場での独自のポジションを確立した。1号ファンドは、ハードウェア・ディープテック領域に特化した投資活動を展開してきた。そして現在の2号ファンドでは、エンターテインメント・メディア・コンテンツ領域も加え、投資の幅を広げている。
2つの注力領域
Free images from Freepik
IMMが日本市場で注力する領域は2つある。一つはハードウェア・ディープテック、特に半導体と電子部品の領域。もう一つがエンターテインメント・メディア・コンテンツ領域だ。いずれも、韓国企業が世界的に強みを持ち、かつ日本市場との親和性も高い分野である。
ハードウェア・ディープテック領域では、日韓台の産業構造の補完性が活きる。今泉氏は前職の産業革新機構時代から台湾企業との連携を進めてきた経験を活かし、現在は地域金融機関のネットワークも活用しながら、九州エリアのディープテックスタートアップの発掘と育成に取り組んでいる。
「ハードウェア・ディープテック、特に半導体や電子部品のスタートアップと、韓国、台湾の大企業との連携を通じた、スタートアップの海外進出を支援しています。半導体産業の成長が著しく、また、台湾企業との連携が進む九州においては、スタートアップ・中小企業を問わず、韓国企業との連携による開発・販路拡大支援を中心に取り組んでいます」(今泉氏)
韓国のディープテックスタートアップの特徴として、大企業からのスピンアウトが多いことが挙げられる。一方、日本は基礎研究の層の厚さにおいて、依然として一定の競争力を維持していると考えられる。
「アカデミアから何かものを作っていこうという機運は、日本の方がまだまだパワーがあると思います」(今泉氏)
エンターテインメント領域は、IMMの2号ファンドから本格的に追加された注力分野だ。この選択には、日本市場での上場を見据えた明確な戦略がある。
「特にエンターテインメント領域では、機関投資家に振り向いてもらうのは当然ですが、個人投資家にも振り向いていただくことが重要です。日本において、そのスタートアップのファンを作っていくことが重要になります」(今泉氏)
日本市場での上場を目指す場合、評価軸は機関投資家にとどまらない。個人投資家の関心を引くには、事業内容が生活者レベルで理解され、共感を得ていることが重要になる。エンターテインメント領域は、この条件を自然に満たす分野だ。
例えば電子部品の領域では、日本が培ってきた技術や素材の基盤がある一方で、それを製品として使いこなし、市場を押さえているのはSamsung、LGやSKといった韓国企業だ。エンターテインメント分野でも、価値の源泉と市場での展開を担うプレーヤーが必ずしも一致しないという点で、同様の構造が見られる。
「韓国の大企業で、日本でマーケットをしっかりとっているのは、自分たちで直接参入してきたケースが多いです。ただ、大企業からスピンアウトとして出てくるスタートアップが昨今多い中で、スピードを加速させるには、日本のプラットフォーマーや大企業との連携が重要になります。我々はそこのつなぎをやっていこうと思っています」(今泉氏)
東証 アジア スタートアップ ハブへの期待
ソウル市内のスタートアップが集積するカンナムの風景 Photo credit: Elina Volkova Free image via Pexels
東京証券取引所が主導する「東証 アジア スタートアップ ハブ」について、今泉氏は、投資家として、またプログラムのパートナーとして、その取り組み自体を高く評価している。従来、証券取引所は企業の上場を待つ立場にあり、上場前のスタートアップに公式に関与する機会は限られてきた。その証券取引所が、アジア各国のスタートアップを正式に紹介し、日本市場との接点をつくろうとする試みは、明らかに新しいアプローチだ。
「上場しているわけでもなく、将来上場するかどうかも分からないスタートアップのロゴを、証券取引所が公式に掲載する。これは、非常に踏み込んだ一歩だと思います」(今泉氏)
一方で今泉氏は、このプログラムを「本当に価値あるもの」に育てていくためには、いくつかの課題があると指摘する。今泉氏が注視するのは、選定そのものではなく、その後に何が起きるかだ。
「選定されたスタートアップはいるものの、そこから実際のアクションやビジネスにつながっていくかが重要です。ロゴが並ぶだけで終わらず、参加することで具体的な変化が起きる。そうした状態をどう作るかが重要だと思います」(今泉氏)
今泉氏は3つの観点から提言を行う。第一に、日本市場でのビジネス構築支援の強化だ。多くの参加スタートアップは、上場を検討するよりも前の段階にある。彼らにとって最優先なのは、日本市場で実際にビジネスを成立させることだ。
「上場を考える前に、日本でビジネスが作れるかどうかが先です。そこを支援した上で、次のステップとして上場支援につなげていくのが自然だと思います」(今泉氏)
第二に、パートナー企業の関与を実質化する仕組みづくりだ。現在、多くの企業がパートナーとしてプログラムに参画しているが、今泉氏は、より能動的な関与が重要だと指摘する。
「パートナー企業も、もう一段アクティブにスタートアップを支援できる余地があると思います。東証には、パートナーの取組を後押しする仕組みをもう少し整えていただけるとありがたいです」(今泉氏)
第三に、実際のビジネス創出への後押しだ。
「プロジェクトが生まれ、売り上げが立つ。そうした実体的な成果につながる部分に、もう少し力を入れていただけると、プログラムの意味合いは大きく変わると思います。単なる交流や情報発信にとどまらず、事業として前に進む事例が積み重なることで、参加企業にとっての価値も、プログラム全体の説得力も高まっていくはずです」(今泉氏)
今泉氏自身も、この取り組みに積極的に関与する意志を示していて、IMMが持つ大企業ネットワークや、長年にわたる事業構築支援の経験を活かし、参加スタートアップに具体的な価値を提供していきたいという。
東証 アジア スタートアップ ハブは、まだ始まったばかり。より多くの実質的なビジネス機会を生み出す場とするため、各関係者がそれぞれの立場で一歩踏み込んだ関与を行うことが期待される。
本稿は、Growthstock Pulse に掲載された記事の要約です。全文は、Growthstock Pulse の記事(前編と後編)をご覧ください。