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東証 アジア スタートアップ ハブ

株式会社ジェネシア・ベンチャーズ

左から:鈴木隆宏氏 (General Partner 、海外投資統括責任者)、Hoang Thi Kim Dung氏(Country Director of Vietnam)、Elsha Eliasa Kwee氏(Country Director of Indonesia)相良俊輔氏(Country Director of India) Photo credit: Genesia Ventures

左から:鈴木隆宏氏 (General Partner 、海外投資統括責任者)、Hoang Thi Kim Dung氏(Country Director of Vietnam)、Elsha Eliasa Kwee氏(Country Director of Indonesia)相良俊輔氏(Country Director of India) Photo credit: Genesia Ventures

アジアの成長を東証につなぐ——Genesia Venturesが描くクロスボーダー投資の新地図

東南アジアのスタートアップ投資が、大きな変曲点を迎えている。2010年代を席巻したグローバルVC資金の流入と、その後の冬の時代を経て、エコシステムはいま質的に異なるフェーズへと移行しつつある。GrabやShopeeといった地域の超大型プレイヤーが収益化の局面に入り、次の産業の担い手をどう育てるかが問われている。

この潮流の交差点に立つのが、2016年設立のGenesia Ventures(注)だ。「Genesis(創生)」と「Asia(アジア)」を組み合わせた社名が示すとおり、同社は創業時から「日本とアジアの共創」を核に据え、東京・ジャカルタ・ホーチミン・ベンガルールの4拠点体制でアジア新興国への深いコミットを維持している。クロスボーダー投資の最前線を担うGeneral Partner 鈴木隆宏氏に話を聞いた。

タイムマシン経営は終わった——新しい投資の二つの軸

Photo by el jusuf via Pexels

Photo by el jusuf via Pexels

前職のサイバーエージェント・ベンチャーズ(現:サイバーエージェント・キャピタル)で2011年よりインドネシア事務所代表を務めた鈴木氏が最初に向き合ったのは「タイムマシン経営」、すなわち日本や欧米で成功したモデルをいち早く東南アジアへ持ち込む戦略だった。しかし2018年10月にGenesia Venturesに参画した頃には、その方程式は通用しなくなっていた。プレイヤーが増え、市場は急速に成熟し、空白地帯が埋まっていったのだ。

「当時はバーティカルごとのタイムマシン経営で、このバーティカルはこれで決まり、というのが分かりやすかった。それを順に実行していったのが2000年代中盤から2010年代中盤の東南アジア市場の実態です。」(鈴木氏)



今のGenesia Venturesが投資判断の軸に置くのは二つのテーマだ。

一つ目の投資テーマは「コンパウンドスタートアップ」。複数の事業レイヤーを組み合わせ、それぞれが互いを強化し合う構造を意図的に設計するアプローチだ。東南アジアでは人件費水準が低いため、SaaS単体では価格設定に限界がある。そこで業務管理ツール(SaaS層)で取引先との接点と信頼を獲得し、そこで蓄積される取引フローを活用してペイメント・与信・保険といった金融サービスで収益化するという構造が自然発生的に広まった。

「B2Bの日用消費財のサプライチェーンに在庫管理の仕組みを一気に導入しながら、そこではほとんどマネタイズしない。その上の調達の部分に決済機能を入れたり、取引フローに入って収益化する。そういうソフトウェアと決済・金融が組み合わさったプロダクトがそもそも多いんです。」(鈴木氏)

日本で「コンパウンドスタートアップ」として言語化されたこの概念は、東南アジアではとっくに実装されていた。背景には構造的な理由がある。日本で言うDXが「デジタル化された業務をさらに効率化する」フェーズにあるのに対し、東南アジアでは「まず業務フローを可視化するところから始まる」ケースも珍しくない。だからこそソフトウェア層は導入しやすい価格設定や無償提供で広げつつ、金融サービス層で取引規模に比例した収益を得るという二層構造が自然発生的に広まったのだ。

二つ目の投資テーマは「リアルビジネス×テックオペレーション」。人口が成長し続ける国においてリアルビジネスにテクノロジーを組み込み、利益率を大きく改善するモデルへの投資だ。Bobobox(ホテル運営)、Buymed(医薬品卸)、ビザエージェント運営会社などが具体例として挙がる。

「あらゆる産業のサプライチェーンに無駄がたくさんある。そこをディスラプションではなくエンパワーメントしながら滑らかにしていく、というのが私たちの戦いのスタイルです。」(鈴木氏)

「インドネシアだけ」では勝てない——リージョナル展開と資本市場戦略

Image by RizkyJogja via Wikimedia Used under the CC BY-SA 4.0 license.

Image by RizkyJogja via Wikimedia Used under the CC BY-SA 4.0 license.

東南アジアの人口約6億人の約半数がインドネシアに集中しており、かつては「インドネシアで大きくなれば他国に行く必要はない」という発想が投資家にも広く浸透していた。しかしGrabとShopeeの収益構造の変化がこの発想を根底から揺さぶった。

Grabはシンガポール・マレーシア・タイなど複数国で先行して収益基盤を確立し、その利益をインドネシア市場での競争原資に充てる戦略を取ってきた。Sea Group傘下のShopeeも同様だ。GoTo(Gojek・Tokopedia合併会社)やBukalapakがピーク時の評価額から著しく下落した事実は、域外から利益を補填される競合と戦い続けることの難しさを如実に示している。

「Grabはインドネシア以外で黒字化して、そこで生み出した利益を全部インドネシアに突っ込む戦い方をしています。その結果、インドネシア単独で勝ちたい会社がジリ貧になっていっているというのは事実としてあります。」(鈴木氏)



こうした競争環境を踏まえ、Genesia Venturesでは早い段階から投資先に東南アジア全域での展開を促している。成功の鍵は、ある国で築いた関係性や信用を「レバレッジ」として他国展開に活かせるかどうかだ。

インシュアテックのQoalaは好例で、インドネシアで保険会社との深いパートナーシップを構築し、その実績を梃子にタイ・マレーシア・ベトナム・フィリピンへ展開。医師向けプラットフォームのDocquityもインドネシア医師会とのオフィシャル提携を起点に、フィリピン・タイの医師学会との連携を実現した。

しかし、医薬品サプライチェーンのように「国ごとに規制・流通構造が全く違う」領域では同じ方程式は通用しない。業種と領域の特性に応じて、レバレッジの効き方は大きく異なる。財閥はチャネルと顧客基盤を持つが技術は持たない——日本のスタートアップが技術を持ち込み財閥の流通・顧客基盤に乗せることで一気に面を広げる構図は、東南アジアでの日本技術の有力な参入経路になる。

一方、東証 アジア スタートアップ ハブが掲げる「アジアのスタートアップが東証に上場し、日本の成長資本を取り込む」という構図も、こうしたリージョナル展開と密接に絡んでいる。台湾やシンガポールのスタートアップの間では「東証も選択肢として考えている」という声が出てきている。

一つは「市場心理」だ。日本の個人投資家層にとって東南アジア企業はまだ馴染みが薄く、「なぜこの会社の株を持つべきか」というナラティブを丁寧に描けるかどうかが実質的な上場可否を左右する。もう一つは人材の希少性だ。日英バイリンガルで上場プロセスを主導できるCFOや管理部長は、日本のスタートアップですら採用に苦労するレアな人材だ。

「人さえいればできるのに、人がいない。そういった能力を持った人を育てなきゃいけない。現場でどれだけゴリゴリやっている人が増えるか、ということです。まだそこまで育っていない。」(鈴木氏)

ジェネシア・ベンチャーズの投資先——東南アジアの勝ち筋

ジェネシア・ベンチャーズは2024年6月、ベトナム・ホーチミンシティにシェアオフィス「Orbit」をオープン Photo credit: Genesia Ventures

ジェネシア・ベンチャーズは2024年6月、ベトナム・ホーチミンシティにシェアオフィス「Orbit」をオープン Photo credit: Genesia Ventures

インドネシア発のQoalaは、東南アジアのインシュアテック領域ナンバーワンへと成長した。日系ではMUFG Innovation Partnersが出資しており、東京海上日動・三井住友海上などの大手損保は保険商品の開発・販売チャネルパートナーとして連携している。日系大手損保各社がアジア事業の拡大を中期目標に掲げる中、旅行代理店向けソリューションOpsigo(インドネシアのトップ100旅行代理店が利用)と連携し、インドネシア人が海外渡航時に義務付けられる旅行保険の販売チャネルとして機能している。

Docquityは、東証 アジア スタートアップ ハブ第1期選定企業(シンガポール法人)で、医師向けデジタルプラットフォームを東南アジア全域から中東・台湾・韓国にまで展開する。伊藤忠商事が株主として参画しており、東証上場へのパスが描きやすい企業の一つだ。医師学会とのオフィシャル提携で「サプライサイド」を一気に獲得するモデルは他国でも再現性が高く、単なる医師向けSNSではなくMR活動支援・患者紹介フローなど複数の収益レイヤーを積み上げる構造が中長期の成長可能性を高めている。

Movus Technologiesは日本人創業者がインドネシアで立ち上げたライドシェアドライバー向けの車両リース類似サービスだ。GrabやGojekの普及で個人ドライバー需要が急増する一方、車両取得が参入ハードルになっているドライバーは多い。

ベトナムのBNPL最大手Fundiinも大型調達を完了し、クレジットカード普及率が低いベトナム市場で若年層の消費ニーズを取り込んでいる。

インドネシアの日用品サプライチェーンSinbadは、食料品・日用品の卸流通に在庫管理SaaSを無償に近い形で提供し、調達フローに決済・与信機能を乗せてマネタイズするコンパウンド型の典型例だ。物流プラットフォームのLogislyはトラック配車のデジタル化にとどまらず、積載効率の最適化による物流コスト削減からフィーを得る構造を持つ。

ベトナム・タイ・カンボジアで事業展開するBuymedは、医薬品卸のデジタル化から独自の流通網と与信データを武器に成長し、国ごとに規制・流通ルートが異なる医薬品の特性が各国での先行優位性を形成している。

インドネシアのBoboboxは中価格帯ホテル不足に着目し、運営とOTA機能を一体化。人口成長と中産階級拡大を追い風に高い利益率を実現するリアルビジネスの体現例だ。

日本とアジアを結ぶ——財閥連携・言語の壁・ディープテック戦略

Sinarmas Landのオフィスビル群「Sinarmas Land Plaza」 Photo by Tom Fisk via Pexels

Sinarmas Landのオフィスビル群「Sinarmas Land Plaza」 Photo by Tom Fisk via Pexels

鈴木氏がエコシステムの新たな動きとして注目するのが、インドネシアのトップ財閥Sinarmasグループを軸にしたファンド設立だ。同グループ不動産部門のCVCであるLiving Lab Venturesとシンガポール拠点のSpiral Venturesが共同で設立した「Sinarmas Spiral Japan Theme Fund」が2025年11月に調印式を迎えた。最終目標総額1億ドル。クールジャパン機構、MUFGグループ傘下のダナモン銀行、ロート製薬などが投資家として名を連ねる。日本のスタートアップへの投資とその技術のインドネシアでの実装を両輪で進める設計だ。

このファンドのロジックは、財閥が「市場とチャネルを持つが技術を持たない」という構造的特性と表裏一体だ。Sinarmas Landがインドネシア各地で手がけるスマートシティ開発に導入できる日本の技術は多い。鈴木氏はゴンドラ型都市内交通を開発するZip Infrastructure(同社はGenesia Venturesの投資先ではない)や、蓄電と電力トレーディングを組み合わせたエネルギーマネジメントなどを例に挙げる。日系企業との連携についても、個別案件ごとのマッチングが現実的に機能している。

日本市場はインドネシア・ベトナムのスタートアップにとって「市場としての魅力はイエス」だが、言語の壁により情報の解像度が上がらないという現実がある。英語圏であれば現地のリーダー層へのヒアリングで市場理解が進むが、日本は大企業のセクターに精通した人物にアクセスしようとしても日本語でしか情報が取れない。台湾・シンガポールのスタートアップは日本進出を具体的に検討するケースが増えているが、インドネシア・ベトナム勢にとっては「魅力はあるが入り口が見えない」状態に近い。

産業構成や市場の成熟度の違いによる構造的なミスマッチも存在する。東南アジアで機能するビジネスモデルがそのまま日本で刺さるとは限らず、現地に深く食い込んだ製品や強みが日本市場で通用するかどうかは別問題だ。逆に言えば、この言語と情報の壁を越えるプレイヤーが増えれば、日本市場への参入障壁は劇的に下がる。東証 アジア スタートアップ ハブの取り組みも、Genesia Venturesがこうした発信に力を入れる理由も、突き詰めれば「壁を下げる」行為に他ならない。

鈴木氏が語るGenesia Venturesの今後の方向性は二本柱だ。

一つは、日本の大企業と東南アジアのスタートアップをつなぐブリッジ機能の深化。「まだギリギリ日本ブランドの信頼は東南アジアで通用している」今のうちに、紹介にとどまらない取引実績・業務連携の構築を積み重ねていく。

もう一つは、日本のディープテックスタートアップの東南アジア・東アジアへの橋渡しだ。現在投資全体の約2割をディープテックに振り向けており、日本の投資先と東南アジア企業との連携を加速させる取り組みをすでに進めている。

「新しい産業を再定義していくようなスタートアップと大企業が互いに補い合いながら、我々が並走してサポートしていけるような形が作れると理想的です。
 日本のディープテックスタートアップは、東南アジアや東アジア——韓国や台湾の大企業——との方が技術シナジーを生み出しやすい。我々がそのハブになれると、面白いと思っています。(鈴木氏)

日本でなかなか売上が作れないディープテック企業の悩みは根深い。大企業が導入を決めるまでに時間がかかり、その間に資金が尽きる構図だ。しかし東南アジアの財閥や東アジアの大企業は意思決定が速いケースも多く、意外にも日本市場より先にアジアで実績を作れる可能性がある——それが鈴木氏の見立てだ。投資家としてだけでなく、人材・ネットワーク・情報のハブとしての役割を担いながら、アジアとの間に張られた「クロスボーダーの糸」を太い幹へと育てる挑戦が続く。

(取材日:2026年2月23日)

 

本稿は、Growthstock Pulse に掲載された記事の要約です。全文は、Growthstock Pulse の記事(前編と後編)をご覧ください。