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電力先物

新電力業者の電気料金メニュー作りに向けた電力先物の活用 ~ 金融実務経験者の眼から見た日本の電力ビジネスの道筋

 
電力先物価格の理解と応用に向けて
 

金融市場の実務経験に基づき、筆者が日本の電力市場で感じた課題やそれらに対する取り組みや対応方法を広範に解説します。特に、電力ビジネスにおいて、ポジション管理を通じて自らの姿を知る意義や重要性、それをどのようにして理想の姿かたちに変えていくかといった観点から、電力ビジネスにおける市場業務の役割に力点を置いています。そして、同業務の中でヘッジの意義や考え方、電気料金メニューの効果に触れつつ、電力先物取引市場の意義や重要性を改めて説きます。

電力との出会い

私は、“為替”とは何か、“金利”とは何か、ひいては“通貨”とは何かという、ごく単純な疑問や興味を抱いて金融の世界に入りました。そして、いわゆる経済活動として世界中に共通のこれらの概念、ないしは紙幣や貨幣以外に具体的な姿・形が存在しない抽象的な概念を軸に、世界中の経済活動が回っている不思議を感じていました。

まず、“通貨”とは、一定の経済圏の中において、価値の尺度・単位、そして価値を貯蔵する機会を与えるものです。そして、現在の通貨と将来の通貨における同通貨間の交換レートが“金利”です。同じ経済圏における財やサービスと通貨間の相対的な価値は、インフレ・デフレ効果となって、金利表記の中で表現可能です。“金利”とは、そういった現在と将来の同通貨間における価値の交換レートを%表記したものです。加えて、その経済圏の成長性を語る時も、規模で見た成長力においても、また付加価値で見た成長力においても、同じ金利表記の中で表現できます。一方で、“為替”の本質を考えてみます。すると、“為替”とは異なる経済圏間の異通貨間の交換レートであり、それぞれの経済圏の将来性も加味した上で表現しようとしています。もちろん、日々の金利や為替は、本来あるべき交換レートを追求しつつ、随時生じる様々な事象を織り込みながら、絶えず変動しています。

金利や為替のトレーダーとして、それぞれの市場に従事していた当時は、こういった各種の価値交換が、市場という機能、ある意味で社会の公器として真にFairな価値交換を成り立たせんとする機能を肌で感じていました。特に、為替先物市場や金利先物市場で示される交換レートの水準を参照しつつ、足元から将来時点に向けて1本の糸のように紡いだ通貨ごとのゼロクーポンレートが、他通貨間の価値交換も含めて様々な価値交換に多用されていました。振り返って、海外市場の金融当局も各種規制も、ともするとそういった機能が滞る局面が生じることを想定していました。そのうえで、充分に好ましい価値交換機能が正常に発揮できるよう、通常時から市場を整備し、ウォッチする努力を尽くしていました(監視機能)。そして、一旦そのような事態が起きると、あるべき姿に戻すべく指導・介入してきました(監督機能)。

更に、為替・通貨の価値交換といった原資産を対象とした取引に、スワップ取引やオプション取引といったデリバティブ市場が並走しました。それまでの現物における価値交換が、現在から将来のある時点において、Fair Valueによる1対1の単純交換であったのに対し、それが複数期間にわたる価値交換を一度に成約できる市場機能(スワップ市場)、あるいはFair Valueから乖離する水準での価値交換を約束する(いわゆる権利を売買する)市場機能(オプション市場)、しかも現物交換をせずに資金の受取りと支払いだけで、純粋に経済的価値交換だけを行う契約が成立する可能性が生まれました。そして、こういったデリバティブ取引のFair Valueを計算する手法が開発され、それが市場関係者に支持されました。換言すると、“現在から将来のある時点におけるFair Value”の交換レートが示す水準を軸に様々な価値交換を考える体系が整理されました。その考えの軸こそが、いわゆるフォワードカーブです。そして、デリバティブ取引を含めてあらゆる価値交換や、保有している潜在的資産・負債の価値を評価する際に活用され始めました。つまり、フォワードカーブは、Fair Valueを計算するためには、無くてはならない指標となりました(後段の論点が理解しやすいように、このフォワードカーブをマーケット・フォワードカーブと呼びます)。

“金利”、“為替”、“通貨”に対する問題意識が強かった私の心の中では、このデリバティブの登場で“市場機能が抱える課題は「これで一段落」”感が生まれました。それは、2000年代初めのことです。当時の私は、人間の経済行為において、将来に亘ってFair Valueによる価値交換を成り立たせる考え方や手法は、これでおおよそ完結したのだと思い込んでしまいました。

ただ、これは単なる“幕間”にすぎませんでした。当時、米国の東海岸、テキサス州、カリフォルニア州等の電力市場を視察して、私は目から鱗の思いでした。当時の私にしてみれば、得体のしれない“電力”に関して、これほど見事に金融的筋道(ロジック)を当てはめて、現場で運営するどころか、経営全般に採用している事態は驚愕でした。そして突然、私の第二幕が明けました。何故、“電力”が売買の対象になり得るか、改めて市場機能を見直す必要がでてきました。

市場ができること

市場に価値交換の役割があるとするなら、為替にしろ、金利にしろ、市場で交換レートを決めることはトレーダーとして当然のように私は受け容れていました。しかしこれは、人間が何らかの「モノ」や「サービス」を取得したり提供したりする経済行為を行う上で必要となる交換レートに関して、“市場”という仕組みの中で単に取り決めただけです。1対1の交換取引に比べ、より多くの市場参加者間の競争の結果で決まります。そういった仕組みの中で決定した交換レートの方が、より公平感を生むと考えられます。また、個別にいちいち取引相手を探す手法に比べて、売買水準や売買タイミングの面ではるかに効率がいいと思われます。

ただ、当該契約や取引が真に完結するには、「モノ」や「サービス」のDelivery又は差金決済等での対応が必須です。そのDeliveryにおける「モノ」や「サービス」の特性、制約、そしてメリット・デメリットを勘案して、約定内容や価格を決めないと見当違いの契約を締結することになります。考えてみれば、金のような商品市場に少しでも慣れた方なら当たり前の話かもしれません。しかしながら、知識としては知っていても、電力ほどダイナミックな商品特性を兼ね備えた「モノ」や「サービス」は、他には存在しません。それゆえ、米国で出会った電力市場業務や電力リスク管理手法を見て、私は度肝を抜かれました。その際に感得したものは、金融と同じ市場機能を通じて将来にわたるなんらかの“値決め”は仮にできたとしても、電力としての特性をしっかり反映したものでなければ、Fairな価値交換だとは言えないというメッセージでした。これは、電力を用いたサービス提供を考えるビジネスにおいて、どんな場合にも通じるメッセージだと思います。その一方で、電力の特性を知れば知るほど、どんな金融プロダクトを扱う市場業務やリスク管理業務より、厄介で難しい世界だと思うようになりました。

電力というサービスとは

まず、電力という「モノ」や「サービス」は、人間の社会・経済活動に不可欠な必需財といわれます。電力が伝わるための電線(業界用語では連系線)上で、一定の質(電圧や周波数等における瞬時の物理的安定性、それらを維持する運営体制)が保たれれば、1kWhの電力がもたらす明るさや仕事量は、世界中でまず同等です。つまり、より長期的に考えれば、物理的な価値には安定した水準がありそうです。しかしながら、電力は人々の生活や各種産業の経済活動に不可欠な必需財であるだけに、短期的に生じる様々な事象の影響を受け、そしてニーズの内容や程度に応じて、電力に対する需要量や価値が激しく変動する可能性があります。

こういった物理的制約や特性を所与としつつ、発電事業者と電力需要家・消費者の間に入って、電力ビジネスにおいて避けては通れない量や価格のリスクを逓減するサービスや契約形態、電気料金メニューを開発・提供することが、小売り電気事業者に求められます(注1)。もちろん、このような発想は金融ビジネスでも同様に存在します。ただ、電力ビジネスのように、その物理的制約や特性を考えて量や価格の変動リスクをオフセットしたり、それらのミスマッチを運営・管理したり、それも30分単位でManageする(注2)のは容易ではありません。これらを可能にするシステム環境や計算ツール、そういった環境を開発し、運営・管理する人材や組織が必要です。それを20年前の米国で、私は目の当たりにしたわけです。彼らは、オフセット後の量や価格のリスクを管理するにあたって、金融的発想や手法を電力の世界で駆使していました。

それはまるで自らの姿かたちを鏡の姿見に映して、自分の体形と理想とする体形を思い描きながら容姿を整えつつ、電力ビジネスに取り組んでいるようでした。難しいリスクを管理しながら、自らが望むビジネスの拡大と収益向上を目指していました。これは、そういった電力に係る市場や制度、人材、システム等の自由化環境が整っていたからできる仕儀です。そして、発電事業者に対しても、また電力需要家・消費者に対しても、彼らはより好まれる電力量の扱い方や許容される電力量のリスクと、それに見合った競争力ある電力価格(競争の結果、一般的には安価)を契約に反映(いわゆるメニュー化)したサービスを提供していました(図1参照)。

  • もちろん、発電事業者や電力需要家・消費者自身がリスクを引き受けて、発電事業者なら高付加価値のあるサービスや商品を提供したり、電力需要家・消費者なら自らの電力使用ニーズに適った契約を締結したりしても良い。ただ、発電事業者と電力需要家・消費者の間に入った小売り電気事業者だからこそ、両サイドにそれぞれ存在するリスクを上手にオフセットできる立ち位置にある。
  • 日本の電力制度や市場では、30分単位で電力需要と電力供給を管理する建付けになっている。この仕組みの中で、電力サービスを維持するための物理的制約や特性を担保することが可能となっている。海外では、電力市場の価格設定を行う時間区分を含めて、15~60分単位で電力サービスの質を管理している。
(図1)姿見の絵

(図1)姿見の絵

これまでの日本の電力自由化

翻って日本の電力ビジネス環境では、いかがでしょうか。自分の姿を鏡に映しつつ、取引先のニーズやリスク許容度に応じた各種サービスや電気料金メニューを提供しながら、電力ビジネス特有の量や価格のリスクは自ら吸収し、そのアレンジの中から収益や規模の拡大を目指すといったビジネスを創出できているといえるでしょうか。電力自由化と謳いながら、やはり電力の安定供給を優先する発想が抜けきれずに、先のような事業の自由度や競争力あるサービスや電力価格、電気料金メニューを生み出すスピード感や能力が不足している感が否めません。そのようなことを可能にし、かつ実現するために不可欠なシステムや計算ツールといった環境作りも弱いと言えます。加えて、それらを可能にする最大の試金石になる電力先物取引市場は、独り立ちしながらも、まだ本格的な市場としては発展途上にあります。

電力先物取引は、電力スポット価格を原資産とした先物取引です。原資産の取引が将来に亘って存立することを前提に、将来時点の価格を指標化して市場取引します。ただ、金融取引と違って商品市場の先物取引であることから、通常は原資産である電力スポット価格について月間平均を取ることで、各限月の価格指標としています。その電力先物取引の原資産である電力スポット価格は、経済学で一般的に用いられる需給均衡モデル(注1)で価格が決定されると考えられています。同理論では、1kWhあたりの電力を製造するコスト(限界費用)と同じ1kWhあたりの電力が提供する需要家の満足度(限界効用)と等しくなる需給曲線の交点(需給均衡点)で価格が決まることになります。こういった経済理論で想定するような供給曲線が、目に見える形で示されるのも電力市場の特徴です(注2)。発電による電力の供給曲線は、日本卸電力取引所(JEPX)にて発電の限界費用が小さい順に売り入札量を積み上げて構成されます。そして、電力需要にあたる買い入札量により構成される需要曲線を描いて、約定日の翌日分の電力価格を30分コマごとに(つまり1日48コマ)、日々約定させています。

TOCOMの電力先物取引のうち主力商品の1つである月間物取引は、この電力スポット価格を原資産として、ベースロード先物と日中ロード先物の2種類の月間先物取引が2年先まで毎月上場されています(注3)。限界費用をもとに想定される電力スポット価格を原資産にする先物取引とはいえ、この“限界費用”は先物対象期間の関数とも考えられます。スポット市場やそれより短期の市場(例えば時間前市場や需給調整市場)は、監視等委員会が市場支配力の行使の有無を監視しているように、市場の約定価格が純粋な“限界費用”に近い姿であるべきです。しかしながら、市場の対象期間がより中長期の取引となると、同じ“限界費用”の概念の中に、該当する発電設備の維持費や修繕費、場合によっては労務費や何らかの資本費が反映されていてもおかしくありません。価格の裏打ちとなる“限界費用”は、ある意味で先物対象期間や時期に対応する時間の関数です。加えて、将来の評価損益を現在価値に引き直す際には、その経済圏の通貨における金利で引き直したり、商品経済に特有のコンビニエンスイールド(CY)(注4)を考慮したディスカウントファクター(DF)で割り引いたりといった作業が必要になります(後述の図4参照)。

こういった電力ビジネスの特性を表現する電力先物取引市場という点、またそれを活用するという点では、まだまだ課題が多いのが実態です。とはいえ、公の市場として日々の電力価格は将来に亘って(2025年8月現在、年度物取引を入れて取引日の翌々年度まで)公表されています。この“公の市場”として確立している意義は大きいと言えます。広く公表される水準を巡って電力先物取引や関連取引が約定され(アナウンスメント効果)、それらの基準となる先物取引の終値(帳入価格)は、日々、値洗いされていきます。しかしながら、電力先物取引がTOCOMに本上場されて3年経った2025年時点でも依然として流動性が十分ではないのは課題です。とはいえ、日本の電力ビジネスを巡る諸事情を勘案した将来の電力価格水準が誰の目にも見えることが、先のような小売り電気事業者のビジネスを可能にします。つまり、Fair Valueに依拠したポートフォリオ評価が可能になり、またFair Valueに基づいた電気料金メニューや商品開発等が可能になります。そこで、こういった本来の市場機能を活用して、新たな取り組みにチャレンジする事業者をあえて“新電力業者”と呼びたいと思います。それは、「今までの日本の電力自由化をもう一度見直して、本来の市場機能を活用して海外勢とも伍する事業環境と管理手法を目指す電力事業者の姿」を表わす用語として使用したいからです。

  • 需給均衡モデルとは、市場における需要と供給が一致する「均衡点」を分析するミクロ経済学の概念。同モデルでは、需要曲線と供給曲線の交点である均衡点が、製品の均衡価格と取引量を決定する重要な役割を果たす。市場がこの均衡点に近づくことで、資源の効率的な配分が実現されると考えられている。
  • 市場における供給曲線については、金融市場では概念として存在しても、実際に目にすることはできない。
  • 2025年5月からは年度物先物取引が始まり、取引日の翌々年度まで対象にしている。
  • コンビニエンスイールド(CY)とは、現物や商品を保有することから得られる、金利や保管コストでは説明できない経済的便益のこと。現物や商品を手元に所有することで得られるメリットが価格に反映されていると考えて(価格Aとする)、現物や商品を手元に所有せず保有のメリットを享受できない状態(価格Bとする)と比して、AとBの価格差を金利表記したもの。CYを考慮したDFは、金利のみを考慮したディスカウント効果を緩和する働きがある。そのため、発電設備や電力調達契約の現在価値を高め、電力先物を利用して資産価値をヘッジするインセンティブになる。その結果、電力先物市場の流動性向上に資すると思われる。

新電力業者のチャレンジ

新電力業者がまず取り組むべき切り口は、“マーケット・フォワードカーブの活用”です(図2参照)。このカーブは、先述したように、“現在から将来のある時点におけるFair Value”の交換レートが示す水準です。まずは、このマーケット・フォワードカーブ(以下、MKTFC)を使って、自らが保有している電力資産、それに他社と締結している電力販売契約や調達契約をMKTFC対比で評価する必要があります。

(図2)新電力業者におけるMKTFCを活用する業務

(図2)新電力業者におけるMKTFCを活用する業務

MKTFCが電力先物取引由来であるため、電力先物水準が変動すれば、その変動の程度に応じて評価レートのMKTFCも変化します。これにより、発電設備等の電力資産や電力販売契約、電力調達契約の評価の振れが、電力先物取引の売買によって相殺されることになります。つまり、電力資産・負債の日々の評価損益(日次で運営した際には、1日分の実現損益も加算)が電力先物取引の毎日レポートされる評価損益(売買実績があれば実現損益として加算)でネットアウトされることになります。すなわち、有効なヘッジがここに成立することになります(注)(図3参照)。

  • 需給均衡モデルや時系列モデル等を利用して将来の電力価格水準をフォワードカーブとするアプローチがある(モデル・フォワードカーブ:MDLFC)。経営/事業戦略や商品開発、市場分析には金融でも用いられる手法だ。特に、市場が存在しないマイナー通貨や長期取引では用いられることがある。しかしながら、本稿で言う時価的な損益評価やリスク管理に利用することは許されていない。
(図3)MKTFCの事例

(図3)MKTFCの事例

こういった手法は、いわゆる時価による損益評価(時価評価)(注)と呼ばれます。金融における市場トレーディング業務では、日々採用されています。また、こういった時価ベースの損益に関する振れの程度について、統計的に管理するのが典型的なリスク管理業務です。金融ではごく当たり前のアプローチであり、私が見た限り米国の電力ビジネスでもこれを20年前に実現していました。その限りでは、グローバルには何も新しい取り組みだとは思えません(図4参照)。

  • いわゆる時価評価であるが、あくまで社内業務上の損益評価であり、管理会計として採用する。財務会計として導入するには、社内の他部門の会計処理(例えば、発生主義、現金主義、期間損益等)との調和や整合性、あるいは株主や投資家の利便性や、所属する業態や産業部門が採用する会計制度との同調性を考慮する必要がある。しかしながら、ダイナミックな市場業務やリスク管理業務を行うからには、管理会計として時価評価手法を採用する以外、適正な管理手法はないとする見解が一般的。
(図4)電力ビジネスにおける時価評価のイメージ

(図4)電力ビジネスにおける時価評価のイメージ

より効果的なヘッジ手法

電力ビジネス特有の量や価格のリスクのうち、価格の変動リスクについては、ヘッジしたい電力資産や電力負債に対して時価評価を導入し、それらの評価損益の変化に対して電力先物取引を活用することでポートフォリオ全体の評価損益の振れをオフセットできます。すなわち、最終的には電力先物取引で丁寧なヘッジが可能となります。しかしながら、電力資産や電力負債に計上される個別の取引毎に対応して、電力先物取引でヘッジ取引を実行してしまう(いわゆるヘッジ会計対応(注))と売買取引を両建てで大量に行うことになります。そのため、実際に効率的なヘッジを行うためには、電力の運用(販売)量と調達量の差額(これをポジションと言う)に着目して、その差額に対してヘッジを行うのが通例です。具体的には、まず30分単位でポジションを把握します。そのうえで、同様な価格変動を行う時間帯のポジションを合計してみて、対外的に自分たちのビジネスが約束した(ある意味でコミットした)ポジション残高推移の特徴を把握します。あたかも“自分の姿かたちを姿見に映す”かのような作業になります。そして、理想とする姿かたちに対して、どこがどの程度、あるべき姿から乖離しているかを知ることができます。

  • ヘッジ会計とは、当期の損益計算に影響を与えない会計処理。例えば、ヘッジ対象の資産・負債から生じる期間損益を発生主義に基づいて評価した際に、ヘッジに使用したツールについても同じ期間損益で認識する手法。ヘッジ会計は、当該会計ルールに要求される事前テスト、及び事後テストをクリアする場合に限定して、資産・負債の評価と対応する先物取引等のデリバティブを組み合わせたポートフォリオに対して発生主義に基づく期間損益処理を適応することが許される。ここからは筆者の見解になるが、ヘッジ会計に対応するためには、本稿のような時価的評価能力が備わっている中で運営されるものと考えている。海外では、多くの場合、時価評価能力が備わっているオペレーションの中で運営されるため、特殊処理として例外的に認められる。つまり、時価評価的対応を行っている中で、ヘッジ関係の成立が認められる取引の組み合わせやポートフォリオに限定してそれらを抽出し、ヘッジ会計の対象にする。そのため、日本のようにヘッジ会計認定時にヘッジの妥当性が問題になることは少ない。
(図5)電力ポジションを把握・調整する際の考え方

(図5)電力ポジションを把握・調整する際の考え方

このポジションを把握するステップを踏むことで、必要最低限のヘッジ取引である電力先物取引を実施することができます。つまり、現物としての電力を扱う発電資産の所有や電力調達契約、及び電力販売契約を締結することなく、時価評価ベースでヘッジを効果的に実施することができることになります。

加えて、姿かたちを整えるためにも、遵守すべきガイドラインを設定します。金融的に言うと、“ポジション枠”です。先のステップでポジションの大きさが肥大化し、むやみに体形が崩れるのを防ぐことになります。また、ポジション枠を超過する際には、組織の周囲、特に経営層に警告を発することになります。この警告を発するリスク管理機能は、市場業務を始め、これを推進するビジネスを運営する際には不可欠の業務と位置付けられます。金融における長年の市場業務や苦い経験を通じて生み出された知恵です。電力の市場・リスク管理業務でも活用しない手はありません。

効果的な新商品開発とは

さて、ようやく“電気料金メニュー作り”の本題に入ります。いわゆる新電力業者にとって、魅力的な商品開発やメニュー作りは、どのように考えたらよいのでしょう。それは、“効果的に理想の姿かたちに近づける取引”、またある意味で“効果的に経営が望む姿かたちに近づける取引”作りだとはいえないでしょうか。ここで言う“取引”というのは、様々な電源特性を持つ発電資産でもあり、そこから切り出した電力調達契約や調達メニューでもあります。また、電力の販売を目的とした販売契約や電気料金メニューともいえます。また、そこにはPPA(注1)・相対取引・卸取引も含まれます。

ただ、それらの“取引”が成立するにあたっては、種類によって、時間や労力、コストのかかり方が異なります。また、設備保有や取引締結の目的や趣旨からして、対象となる期間も様々です。発電設備の建設ということになれば、資金の手当てから建設工事の期間を経て運転開始に至るまでに、かなりの期間を想定することが必要です。発電事業者が電力を販売する相対契約を締結する場合でも、一定の電源の裏打ちを意識しながら、契約相手の与信手当(クレジットラインや預託金の水準を決める等)に時間を要します。小売事業者側でも、契約条件の内容検討や交渉そのものに時間がかかります。

その中で、電力先物取引が将来の電力価格の水準を公示するといったより大きな意義や機能・役割を果たします。すなわち、手探り状態の電力ビジネスに一定の道標を示すことになります(アナウンスメント効果)。加えて、中長期の“取引”期間に関しては、先に言及しましたように、当該期間にふさわしい“限界費用”を含めることも自由です。更に、発電事業者間に一定の競争があれば(市場支配力の行使が無ければ)、こういった行為が市場で果たす機能は好ましく、効果的です。しかしながら、電力先物取引市場の参加者が思った価格や量で売買できない現状は、流動性が低い問題として引き続き大きな課題です。流動性が充分であれば、思い通りの価格と量で約定が可能な状態となります。それが2025年時点では、まだまだ実現しているとは言えません。

ただ、日本の電力先物取引市場にまだ課題があるとはいえ、他の“取引”に比べれば、取引評価に関する指標性、価格発見に関する利便性、与信行為に関する省力化において実務的に長けています。そこで、まず電力先物取引そのものを用いて、“効果的に理想の姿かたちに近づける取引”や“効果的に経営が望む姿かたちに近づける取引”を締結することを考えてみましょう。そのうえで、理想的な姿かたちを安定的に実現する“取引”について多少時間をかけてでも作り上げるという方策が、一つの戦略になります。その際に、損益関数を用いて市場価格の変化に対するポートフォリオの収益性の変動を計測します。そして、損益関数の形状や位置取りをコントロールします。最終的に損益関数の形状がSmileカーブとなって、市場価格が下がっても上がっても一定の収益を得ている状況を事前に確認できる状況が理想の姿と言えるでしょう。そして、 そういった損益関数の形状や位置取りに近づくなんらかの“取引”を成約することができた際には、先に締結していた先物取引を反対売買して一時的なヘッジを解消することができます。こういった手法を繰り返して積み重ね、そこから収益を上げるやり方を金融では、“ブックランニング(注2)”と称しています(図6参照)。

  • PPA(Power Purchase Agreement)とは、電気を使う需要家の企業がPPA事業者と締結する電力購入契約。典型的には、太陽光発電設備はPPA事業者が設置し、発電した電気を企業等の需要家が使用する仕組み。
  • ここでいうブックランニングとは、株式や債券発行時の主幹事としてのブックランニングではなく、アセットマネジメントやポートフォリオ管理で使われる場合の用語。市場業務を運営する上で、長きに亘り安定して収益を計上し、経営を揺るがすような損失を回避しつつ、経営方針に沿った新規ビジネスを生み出すポートフォリオ運営のこと。より具体的には、顧客等の第三者と取引や契約を締結するにあたり、市場価格の変動によるリスクを積み上げることなく、また経営から事前に許されたリスク量の範囲で、損益関数の形状や位置取りを指標にリスクとリターンのバランスを志向しながら収益を上げる手法。
(図6)損益関数の形状から描く理想の姿 ~ Smirk カーブからSmileカーブへ

(図6)損益関数の形状から描く理想の姿 ~ Smirk カーブからSmileカーブへ

  • Smirkとは、人を小馬鹿にするように得意げにニヤニヤ笑うこと。
 

これが機動的に運営されるには、市場にある程度充分な流動性が必要です。その一方で、市場の流動性が不十分な間は、価格変動や量のリスクをなるべく抑えながら、電力先物取引を活用するのが現実的なアプローチだと言えます。そういった意味では、可能な範囲で電力先物取引に取り組みながら、価格変動と量のリスクを抑制しながら収益性を確保する別の“取引”も必要となります。特に、経営の体力や管理スパンで一定の限界が想定される新電力事業者にとっては、許容できる電力調達方法や販売料金メニューを考案することが肝要です。

より具体的な管理手法 - 量のリスク

それでは、量や価格を一定のコントロール下に置く工夫には、どのようなものが考えられるでしょうか。

まず、量が安定しないのは電力ビジネスの特性の一つです。電力の“性(さが)”といってもいいでしょう。発電ビジネスについては、特に太陽光や風力等の自然エネルギー系発電ビジネスにおいて、気象現象に発電量そのものが左右されます。電力小売りビジネスにおいても、特定の特別高圧や高圧電力の大口需要家以外は、通常、気温の高低によるビジネスの規模で、電気使用量が大きく変わります。ガスや灯油等エネルギー関連産業やスーパー・百貨店等の商業施設、レジャー関連ビジネス、旅客に係る鉄道等の運輸ビジネス、飲料・食品関連、薬品・薬剤関連、衣料品関連、その他消費者向け生活関連産業、農業関連等、気温に左右されるビジネスは実に多いと言えます。加えて、産業用以外の個人需要家向け電力消費量についても、冷暖房需要を中心に気温をはじめとする天候に大きく左右されます(注1)

更に気温以外にも、国内景気動向全般や地域産業構造次第で、電力需要水準も変動します。そのように考えると、新電力業者の顧客層がどのエリアのどういう産業部門で構成されるかによっても、電力需要量の将来想定を安定的に描ける度合いは異なってきます。

そこで、量のリスクを抑える典型的な手法は、大数の法則とリスク分散です。要は、対象となる需要家数が多くなればなるほど、個別の変動が相殺される傾向が強くなります。その一方で典型的な電力需要のパターンがあるとすると、そのパターンに収束するといった傾向が生まれます。自らの経験からすると、様々な電力需要から構成されるポートフォリオは、そういった統計的な社会現象を実際に観察できる貴重なビジネスだと感じています(注2)

その中で、電力使用量を固定するメニューの開発は、自然体で生じる量のリスクを意図的に抑制することになります。こういった手法は、電力に関する確定量調達や確定量販売を意識して増やすところから始まります。需要家によっては確定的に電力使用量をコミットできる需要家もいます。確定的に量を決められる電力使用量と変動せざるを得ない電力使用量と切り分けることができる需要家もいます。季節や時間帯によっては、そういうことができ、逆にできない需要家もあるでしょう。こういったコミットができる需要家には、電力料金として相対的に安価となるメリット還元型の固定料金、ないし市場連動系の電気料金メニューを設計します。そして、変動せざるを得ない電力使用量に対しては、別途メニューを提案するといった工夫が考えられます(後述)。

本アプローチは、大数の法則やリスク分散といったポートフォリオ運営的なリスク管理手法を超えて、更に意図的に量のリスクを抑えるメニュー開発です(注3)

  • 鉄鋼業、自動車産業、建設業等の大口需要家は、気温というより国内景気動向や物価動向等経済要因により電力需要が変動すると思われる。そのため、そういった業種における電力需要の予測では、気温に左右されずに意識的に計画通りに電力使用量を取り込む余地が大きい。
  • 一般需要家の電力需要の予測には、クラスター分析を使って典型的な電力需要パターンを探ることが可能だ。一般需要家の電力需要は、エリアや職業、家族構成、生活スタイル等で分類されるパターンが存在すると考えられ、これを電力需要の将来予測に活用する可能性がある。
  • その他、天候デリバティブを用いた気温に変動するビジネス量のリスクを管理する手法もある。関心のある方は以下をご参照。 「企業の天候リスクと中長期気象予報の活用に関する調査」(気象庁)
    「天候リスクマネジメントへのアンサンブル予報の活用に関する調査」(気象庁)

より具体的な管理手法 - 価格のリスク

次に、価格のリスクをコントロールする手法です。先に説明しましたように、“ヘッジしたい電力資産や電力負債に時価評価を導入し、それらの評価損益の変化に対して電力先物取引を活用すること”や、“効率的なヘッジを行うためには、電力の運用(販売)量と調達量の差額(これをポジションと言う)に着目して、その差額に対してヘッジを行う”といったアプローチは、ある意味では、価格のリスクを最終的にコントロールするための前準備です。そして、“効果的に理想の姿かたちに近づける”ために、各種“取引”を検討する話を展開しました。成約まで時間がかかる“取引”の場合には、その間、電力先物取引を活用する話もお伝えしました。

そこで、より機動的に価格リスクのコントロールを図るもう一つの手段として、電力需要家や発電事業者と直接リスク分担を測る方法があります。それは電気料金メニューを工夫することです。例えば、(1)対象期間や時間帯によって電気料金の市場連動化や固定化を選択できるように設計したり、(2)電気料金は市場連動だが、市場価格の変動には一定の価格水準を超えて変動しない上限価格を設定したりする方法(オプション性メニュー)です。

この発想は、「固定価格で電力調達や販売を実施すること」が、ある意味で「需要家・消費者から価格変動のリスク転嫁を一方的に受け入れること」になるため、もう少し異なる形や大きさで、コスト水準の調整をしながら、契約当事者間で価格変動リスクを分担しようとするものです。そのためには、まず電力を売買する水準について、先述のMKTFCを基準に、売却する際には少し高めに、購入する際には少し安めに取引を締結して適切な利鞘を確保するマインドが必要になります(図7参照)。

(図7)電力契約を締結する際の基本的な発想

(図7)電力契約を締結する際の基本的な発想

そのうえで、(1)の場合は、市場連動を固定化しようとする際に、MKTFCの水準(ただし、先述の利鞘込み)で固定化するケースであれば、いつでもコストはほとんどかからずに固定化できるとするのが妥当です。多少のサービス手数料は載せるとしても、そうすればFair Valueな水準における約定とみなされます。

また、(2)の場合だと、MKTFCを基準にモンテカルロ・シミュレーション(注)を使って、価格パスを発生させ(例えば、100~10,000本)、特定の価格水準を上回ったり、下回ったりした価格差相当の期待値を計算することで、おおよそのFair Valueが算定されます。そして、その期待値にある程度の手数料を乗せて電気料金メニューを作成することが考えられます(図8参照)。

  • モンテカルロ・シミュレーションとは、第2次大戦後にコンピュータの計算速度が高速化するにつれて、不確実な状況下での意思決定を改善するために導入されていった数学的技法。株価等の市場価格予測、売上・需要予測、オプション等の価格設定や統計的リスク管理への適用、人工知能など、現実のシナリオに照らして想定される多様なリスクの影響度を事前に評価・計測する際に利用されている。
(図8)モンテカルロ・シミュレーションの事例

(図8)モンテカルロ・シミュレーションの事例

こういったアプローチで、契約相手先との双方にHappyで、なおかつFair Valueとみなせる水準で価格リスクのシェアを図ることができます。すなわち、姿見の前で映る自らの姿に納得感が生まれることになります。

おわりに ~ 日本の電力市場に敬意を込めて

これまでご紹介したアプローチの発展形を考えてみましょう。一つは、発電事業者向けであれ、需要家向けであれ、電気料金メニューがヒット商品となり、自らの姿を整えるどころか過剰に“取引”が発生してしまうケースです。この場合、それらの取引を締結することで収益性の確保がされることを前提に、本稿で記載したような“ブックランニング”を機動的に、かつ回転を効かせて進めることになるでしょう。状況によっては、一時的にポジション枠の拡大が必要かもしれません。ただ、目的を失うことなく、経営の趣旨に沿った業務運営を図ることも心がける必要があります。

また、量と価格のリスクをコントロールする手法として、先に紹介した手法のハイブリッド型の電気料金メニューを考えることができます。例えば、大口需要家がコミットできる一定の電力需要量に関しては、同需要家が事業計画を確かなものにすべく、固定価格に設定することにします。しかしながら、電力需要量が先の一定水準の量から離れて変動した場合は、時間帯別の上限価格付市場連動メニューにしてみたり、自由に固定化や市場連動化ができる電気料金を設定できたりするハイブリッド型メニューにするといった組み合わせも可能です(図9参照)。

(図9)電気料金メニューを考える切り口

(図9)電気料金メニューを考える切り口

このようなことができるためには、それらが管理できるシステム環境やツールが必要です。その一方で、電力先物取引市場が発信源となって提供される基本情報や関連サービスがあってこそ、それらシステム環境やツールの運営が可能となります。その際に、電力先物取引が果たす役割は、実に大きいと言わざるを得ません。

 
  • 本記事は、2025年10月時点の情報に基づいて構成しています。