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株式会社紀文食品
  • コード:2933
  • 業種:食料品
  • 上場日:2021/04/13
堤 裕(株式会社紀文食品)

久々の帰省、囲む食卓をおせちが彩る

堤 裕(株式会社紀文食品)インタビュー写真

 間もなく丸3年になろうとしている感染症対策は続けつつ、2023年の年明けは、久しぶりに郷里に帰省して迎えた家庭も少なくなかったようだ。

「お正月用のおせち料理を各家庭で作りそろえ、代々レシピを親から子へ、またその子へ受け継ぐのが当たり前だったのを、店頭でも買いそろえられる商品として私たちが展開しだしたのが、およそ半世紀前(1965年)のこと。さらに近年のご家庭では世帯人数が減ったことで、自宅専用のおせち料理は用意せず、実家に集まって大人数で食べるというスタイルが増えています。移動制限でしばらくお預けだった、親族一同で食卓を囲む風景が徐々に戻ってきたことは今回、当社のおせち商品に対する需要動向からもはっきりうかがえました」

 食に反映される時代のトレンドをそう解説するのは、おせち料理の重詰めや伊達巻き、かまぼこなどの料理・食材で知られる、株式会社紀文食品の代表取締役社長・堤裕さんだ。

 ふんわり滑らかな食感が特徴的な「魚河岸あげ」、チーズと層になったちくわの「チーちく」など、水産練り製品で国内最大手の食品メーカーである同社。連結の従業員数は約2,700人、グループ全体の売上高は約1,000億円、日本国内では自社内外のチルド食品の物流ネットワークを支えるほか、食材の輸出入・商品の現地生産などを通じてグローバルな食文化を担う顔も併せ持っている。

創業100周年・2037年の未来像を見据えて上場

 紀文食品の源流は、1938(昭和13)年6月、「日本一の商人」を目指して山形から上京した創業者である保芦邦人氏が、25歳で米店を開いたことにさかのぼる。

 ほどなく築地場外に店を構え、海産物卸に進出した同氏は、戦後間もない1946(昭和21)年、当時の公務員の初任給4年半分の費用を投じてイタリア製オートバイを購入。遠くは千葉の太平洋岸・九十九里浜から当日買い付けてくる新鮮な品々で評判を取った。

 さらに翌年1947(昭和22)年から鮮度の良い材料をいかして「かまぼこ」や「さつま揚」などの魚肉加工品の製造に着手。3年後には、評判を聞きつけて味を確かめた銀座の百貨店から直接依頼を受けて出店するという、築地の商店で初の快挙を遂げた。

 1955(昭和30)年に魚肉練り製品で初めて商品をパッケージ化したのを皮切りに、自動包装機の導入や工場のオートメーション化など、生産性と衛生水準を高める新たな手法にも挑戦、導入した。後の業界標準を先取りした同社は、品質の証として商品への焼印により「紀文」ブランドをアピールするブランディング戦略、さらに現在の上皇陛下が皇太子殿下だった時のご成婚(1959年)祝宴料理の調製を拝命するといった実績でも名を上げ、“全国区”の食品メーカーへと飛躍していった。

 大相撲中継に映る呼び出しの着物に染め抜かれた「紀文」の文字、1980年代から数次にわたった“豆乳ブーム”での商品展開、最近では国内食品企業有数の約24万フォロワーを集める公式Twitterアカウントなど、暮らしと身近なシーンで常に示してきた存在感からは意外なものの、紀文食品は創業以来、長く非上場の企業だった。グループの豆乳・化成品部門として「紀文フードケミファ(現キッコーマンソイフーズ株式会社ほか)」が一時期上場していた例外はあるものの、同社も2008年7月のグループ離脱に伴い、上場を廃止した経緯がある。

 それだけに2021年4月13日、創業84年目に入ろうとするタイミングで東証一部(現プライム)に上場した紀文食品の決断と、その理由にはメディアからも注目が集まった。今回の上場に込めた狙い、そして現時点までの感触を、堤さんは次のように説明する。

堤 裕(株式会社紀文食品)インタビュー写真

「私が社長職に就いた2017年、当社は創業80周年の節目にあり、この先グループが100周年をどう迎えるかという未来像を議論しました。そこでは社員から『ローカルな国内市場だけに安住することなく、グローバルでもっと大きなチャレンジをしていこう』という前向きな意見が多く聞かれ、そのためには資金調達などの観点から上場が不可欠という結論になりました。実はそれ以前から、上場を視野に入れた検討は経営陣としても行っていたところで、会社全体として目標がはっきりしたのを機に、具体化が一気に進んで実現できました」

「上場会社として新たに船出した私たちはこの2年、パンデミックや世界情勢の影響による原材料の急騰という、いわば“嵐”のただ中にいました。ただ、この難局を切り抜けてきた中で『国内食品事業』『食品関連事業(物流など)』『海外食品事業』という3つのセグメントのうち、100周年までにどこを伸ばしていくかという道筋が、かなり鮮明になりました。それらを踏まえた個別の取り組みを、これから特に社内の若手と私の思いを擦り合わせながら決めていくつもりです」

 上場後の同社のトピックとしては2022年2月、自社商品の詰め合わせを贈る株主優待制度を設けたことも挙げられる。

「株主への利益還元を配当に集約する」などの理由で、このところ優待を廃止する上場会社も少なくない中で、堤さんは「当社は上場を機に、従来の50倍近い約2万人の株主さまからご支援をいただく会社になりました。これほど多くの株主の皆さまとよりよい関係を築くため、生活に身近な食に携わる私たちは、現物を通じて事業を評価いただき、会社に対する親しみを持っていただける優待制度を採り入れる意義が大きいと考えました」と明かす。

練り製品から「4つのタンパク質」へ

 魚肉練り製品のほか、チルドぎょうざや肉まん、大豆を主原料にした「とうふそうめん風」、小麦粉を使わない「糖質0g麺」など、いまや紀文ブランドのラインアップは多種多彩。それらの関係を読み解くキーワードといえるのが、魚肉・畜肉・大豆・鶏卵という「4つのタンパク質」だ。

 3大栄養素の1つであるタンパク質が豊富な食品は、低温での保存を要する一方、凍らせると食感が変わってしまうものが多い。そのため鮮度とおいしさを保つには、工場出荷から店頭販売まで一定の温度帯(0~10℃)を保てる倉庫・車両といった物流網(コールドチェーン)が、きわめて重要な存在となる。

 1960年代以降、チェーン展開のスーパーマーケットが消費者の支持を得た潮流をとらえ、全国を網羅するコールドチェーンの構築にいち早く乗りだした同社は、この革新的なインフラを競争力の源とする一方、そこを流れる商品を練り製品以外にも広げ、タンパク加工技術を活用したチルド食品を幅広く展開することで、さらなる発展を遂げてきた。

 同社が4つのタンパク質で商品のバリエーションを増やした理由は、もう1つある。「食料資源の確保」という、古くて新しい問題だ。

堤 裕(株式会社紀文食品)インタビュー写真

 堤さんは、次のように解説する。
「1970年代半ば頃まで、海には国際的に定められた国境がなく、沿岸を離れればどこでも魚が捕れました。そのため日本の遠洋漁船が世界中へ盛んに出漁し、私たちはその水揚げから練り製品を作っていましたが、やがて各国が沿岸から200海里(約370km)の排他的経済水域を設けるようになり、そこでは入漁料を払うか、相手国が捕った魚を買うこととなった。つまり、従来通りの原料調達が見込めなくなったのです」

「当時の経営陣は、『商品の原材料にする魚がなくなるかもしれない』という危機感を抱きながら、魚肉以外の商品分野を開拓してきたと聞いています。漁業の持続可能性が世界的な課題になった現在、私も同じ危機感を持っており、商品構成としては引き続き4つのタンパク質をバランスよく伸ばしていくとともに、魚のすり身については2030年までに、MSC(海洋管理協議会)の漁業認証をはじめとする持続可能な漁業を通じた原料の使用率を、75%以上まで高めていく計画です」

 いつでも食べられる手頃な価格で、良質なタンパク質が摂れる食品を、持続的に安定供給する。堤さんの語り口からは、SDGsやESGといった言葉で形容されるよりもはるかに前から、そうした姿勢を先取りしてきた事業への自負もうかがえる。

40代で迎えた転機に、自身の「役割」を問う

堤 裕(株式会社紀文食品)インタビュー写真

 静岡県出身で、中学・高校時代を過ごした名古屋から慶應義塾大学への進学を機に上京した堤さんは、学業、そして友人との麻雀のかたわら、中元・歳暮商品を扱う大手百貨店の外商包装センターで4年間アルバイトを続けた。

 当時、全国の百貨店に約250店舗を展開するまでに成長していた紀文の商品は、贈答品としても大量の出荷があった。それらを前に「この会社は大きいのだなと感じていた」堤さんは、所属ゼミの教授が同社のコンサルタントをしていた縁で紹介を受け、1980年に入社した。

「創業家による同族経営の会社だったので、まさか自分が社長になるとは思いもしなかった」と当時を振り返る堤さんは、配属された名古屋の店舗で迎えた入社後最初の年末を、今も鮮明に記憶しているという。

「店舗は大手百貨店の一角。朝の開店と同時に迎春準備のお客様が走ってこられ、かまぼこなど数万円単位のお買い上げもありました。店の日商は、普段の3倍から5倍。熱心にお求めいただくお客様と直に接し、売る面白さ・売れる楽しさに目覚めた経験でした」

「革新と挑戦と夢」をモットーに、多くを若手に委ねる社風になじんだ堤さんは、「あまり周囲の言うことを聞かず、むしろ滔々と自説を述べてやりたいことをやる」という積極的な姿勢で、出世街道を順調に歩んでいった。

 40代を迎えるころ、中部地域のマーケティング担当から沖縄の合弁会社「海洋食品」の役員に抜擢されて出向を命じられる。ここでの経験が、その後の会社人生を大きく変えた。

 ある日のこと。東京の本社から沖縄を訪れた創業家の社長(現会長)に突然呼び出された堤さんは、海洋食品で製造するはんぺんに関して叱責を受けた。本社が費用を投じてはんぺんの製法を見直し、よりふんわりした食感になったとTVCMなどでキャンペーンをしていたのに、沖縄の製品は従来通り。にもかかわらずパッケージは本社と共通で “中身が違う”状態になっていたのが理由だった。本社のキャンペーンはもとより、会長の来訪予定も事前にキャッチしていなかった堤さんは、ほどなく東京に呼び戻され、課長職に降格となる。

 なぜこうなったのか。それまで疎遠だった読書にも手がかりを求めながら、堤さんは、本社からの出向で現地の経営に参画していた自身の「役割」について考え直すようになった。

異なる感性に触れ、すぐに動く

堤 裕(株式会社紀文食品)インタビュー写真

 それから20余年を経て会社のトップまで上りつめた立場から、堤さんは、かつて自身に訪れた転機が意味するものを次のように説明する。

「自分の意志・信念はもちろん大切ですが、人間誰しも、社会で果たす役割を全うするために生かされている面もあると思います。特に仕事では、信じた道を突き進むだけでなく、周りが期待する為すべきことを感じ取って成果を出すことが大事。そうすることで、より大きなステージに立つことができ、自分本位では味わえない楽しさも得られます」

「本社からローカルに任せる部分があっても、何でもやっていいわけではない。現地の経営に参画していた私は、このバランスを取る役割をもっと意識すべきでした。これは、紀文グループの今後のグローバル展開においても当てはまる教訓だと思います」

 2017年12月から現職にある堤さんは、社是と同じ「感謝 即 実行」が信条。絶えず周囲にアンテナを張り、向けられた期待を形にするべくただちに動き出すことが、今では何より面白いという。

 若手時代と対照的に、2日で1冊読破するほどの読書家になった堤さんは近頃、「妻に勧められた本も手に取っている」。そこには女性の生活者という、自身にない視点への探究心もあるようだ。

「紀文食品は、女性のお客様の割合が高く、社員も特に30代以下では女性が半数近くを占める会社です。仕事上は区別しませんが、男性と女性が、少なからず異なる視点で物事を見ていることも確か。ですから、何か情報を得たいというよりも、ある物事に対して私が想像もしなかった反応があるのを知るたび、『ありがたいな』と感じています」

 包装改良による賞味期限の延長や、SNSへの注力といった近年の取り組みも、「女性の就業率増加に伴う買い物行動の変化」というトレンド、さらには「まとめ買いした冷蔵庫の中身とスマホを眺めながら献立を考える生活に寄り添ってほしい」という顧客の期待を感じ取り、それらに応えた成果といえるだろう。

 では、上場した理由であり、2026年度に売上比率15%(2020年度比で6ポイント増)を見込む海外事業の推進にあたっては、世界各地からのどんな期待に応えるのだろうか。計画の一端を、堤さんはこう明かす。

「当社の海外展開には、実は既に半世紀の歴史があります。ただ、当初は私たちがよいと考える日本流をそのまま現地に押しつけてしまいがちでした」

「カリフォルニアロールなどの寿司、あるいはサラダの具として世界共通で親しまれるカニ風味かまぼこのような商品がある一方、日本ではそのままで食べることが一般的な『チーちく』が、香港や台湾では鍋料理の具材として親しまれているといった、ローカルな動きも見逃せません。その土地の食文化に溶け込み、喜んでいただくため、私たちの商品自体だけでなく、ネーミングやパッケージ形態、レシピ提案などまだまだ工夫の余地があり、そうした取り組みが進めば、海外比率15%、さらには20%の達成も十分可能と考えています」

 国内外から感じ取る食へのニーズと、4つのタンパク質を生かす知恵を乗せて、堤さんが舵を取る船は、いよいよ高く帆を上げようとしている。

(文=相馬大輔 写真=高橋慎一 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2023/01/13

プロフィール

堤 裕(株式会社紀文食品)プロフィール写真
堤 裕
株式会社紀文食品 代表取締役社長
1956 年
静岡県生まれ
1979 年
慶応義塾大学経済学部卒、株式会社紀文(現 株式会社紀文食品)へ入社
2017 年
代表取締役社長・COOに就任
2021 年
東証一部(現東証プライム市場)上場

会社概要

株式会社紀文食品
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  • コード:2933
  • 業種:食料品
  • 上場日:2021/04/13