独自技術で医療現場のニーズに応える
JR博多駅から特急に乗ること約20分、福岡空港からでも1時間かからないJR鳥栖駅(佐賀県)。タクシーの運転手がのんびりと客を待つ駅前は、どこかゆったりとした時間が流れる。
駅から南東に広がる工業団地には全国的な知名度を誇るメーカーをはじめ、多くの企業の生産拠点がある。その一角に、医薬品メーカーの株式会社ミズホメディーが本社を構える。
同社の主力製品は、インフルエンザや肝炎などの感染症を、医療現場で検査するための体外診断用医薬品だ。薬局で販売する妊娠検査薬や排卵日予測検査薬は、自社販売製品のほかに大手ドラッグチェーン店のプライベートブランド品も展開している。
いずれも、企画開発して特許を取り、製造から販売まで一貫して自社で行なえる体制を持つ。医療の現場では「早期発見・早期治療」が効果的だとよく言われる。インフルエンザなどのウイルスによる感染症は、治療が遅れると投薬しても効果が得られないからだ。
現在主流の検体検査は、血液・尿・便による抗原抗体反応を利用した免疫血清検査だが、「僕たちが、今、力を入れているのは細菌やウイルスが持つ遺伝子を検出する検査です」と、代表取締役会長兼社長の唐川文成さんは語る。
「免疫血清検査では、ウイルスの数が数万に増えていないと診断できません。でも、遺伝子検査なら150程度のウイルスでも診断ができます。150という数は、手をちょっと舐めるだけでも体内に入る数なので、感染してからすぐでも検出できるということです」
同社は細菌やウイルスの遺伝子検査の研究開発にいち早く着手し、2014年11月に遺伝子解析システムの特許を申請した。そして、2018年10月、満を持してマイコプラズマ肺炎の診断ができる「遺伝子検査機器・試薬システム」を発売した。これまでの外注による遺伝子検査では1週間程度かかっていた確定診断が、医療現場で1時間程度でできるようになった。
ミズホメディーは既存の技術に固執せず、常に新しい技術をゼロから作り上げていく。40年に及ぶ実績の中で、唐川さんは経営だけでなく研究開発の最前線にも立ち、社員をリードしてきた。
遺伝子検査機器・試薬システム。全自動遺伝子解析装置『スマートジーン®』(左)は、幅15センチ、高さ30センチとコンパクト
早生者(わさもん)のアイデアが、開発の機動力
唐川さんは大学で心理学を専攻し、その学問を学ぶのに必要な統計学も修得した。そこで身に付けた数字のセンスが評価されて大手の医薬品メーカーに就職し、営業として販売代理店や病院を担当した。「セールスの成績はいつもトップでしたよ」という唐川さんは、単に製品を売るのではなく、医療現場でどんなニーズがあるのかをいつも探っていた。
営業先のドクターたちからよく言われたのは「こういう検査ができるものはないのか」だった。社会人3年目に医療の検査用試薬を扱う会社に転職。やがて本社勤務になり、営業で培ったノウハウとアイデアを活かして新製品の提案をするようになった。
「僕は"早生者(わさもん)"なんです。九州の方言で新しいものが好きな人という意味。面白そうだとか、なぜだろうとか気になると調べ上げないと気が済まない。社会人になってからも大学の図書館などに通って本や論文をいつもたくさん読んでいましたね。すると、『あれとこれを結びつけたらうまくいくんじゃないか』と思いつく。そうなるともう、やらずにはいられなくなるんです」
しかし、会社は現場のアイデアをまったく受け付けてくれない。唐川さんはジレンマを感じ、自分で会社を作ろうと考えるようになるが、資金がなかった。そんなとき、臨床検査薬の販売会社を立ち上げたばかりの知人から、唐川さんの出身地である九州地区の販売を任せたいとオファーがあり、資金援助を受けて福岡市博多区で会社を立ち上げた。1977年、唐川さん32歳の独立だった。
臨床検査薬の販売をしながら、その利益を元手に自らのアイデアを商品とするため小さな研究室を社内に作り、研究者を雇って新しい技術の開発を始めた。1981年、本社を佐賀県鳥栖市に移転し、業務目的を「体外診断用医薬品の開発・製造・販売」に変更した。医薬品の許認可を取るのは簡単ではないが、医療の現場が求める臨床検査薬を自ら開発したいという強い思いがあった。
早生者は、会社の業績が安定すると、医薬品の最先端の情報を集めようと海外に頻繁に出向くようになる。当時医薬品の研究開発は日本よりも欧米が圧倒的に進んでいた。シンポジウムなどを回るだけでなく、ベンチャー企業を訪問して最新の技術を見せてもらった。
1年目は紹介してくれる知り合いもおらず苦労したが、気づけば50社、70社と知り合いが増えていった。1992年に発売した妊娠検査薬も、紹介されて訪れた異業種の研究所での閃めきが結実したものだ。
海外の研究所での視察がきっかけで開発した妊娠検査薬(写真は現在取り扱っている製品)
「社員にも、研究開発の最先端の現場を探し出して飛び込めと言っています。向こうのベンチャー企業も投資家も、日本の医療業界のことを知りたいと思っている。互いにギブ&テイクできるものがあれば、いろいろなことを話せる仲になります。日本の義理人情よりも、彼らのフレンドシップの方が絆が強いように感じます。仲間と見なされれば他のベンチャーなども紹介してもらえます」
今はインターネットで論文も簡単に読める時代になり、唐川さんは43インチの大型モニターにたくさんの資料を表示して、それらを一気に読むのだという。そして、月に1回は社内の開発会議にも参加し、担当者の社員たちと議論を交わす。
「アイデアを形にして世に出して、それが思った通りに求められるのかどうかを確かめたい。僕はそれをやりたくて会社を始めたようなものです」
求められるものを作りたいと言う唐川さんのベンチャースピリッツは止まらない。70歳を過ぎた今でも、最先端の情報入手に余念がない。唐川さんを突き動かすのは「もっと人のために」という情熱だ。ミズホメディーはこれを企業のテーマに掲げている。
会社が長く生き続けること、それが"成功"
ミズホメディーは、研究開発から販売まで自社で手がけることを基本にしてきた。その背景には「会社の成功は長く生き残り続けること」という考えがあるからだ。
「時代は必ず変わるんです。今の状態のまま続くことはない。同じ製品しか作れなかったり売れなかったりすれば、いつか価格を下げることを求められます。でも、時代の変化を読み取ることができれば、今の製品が求められなくなる前に、新たなものを自社で開発して製造し販売できる。少なくとも医薬品の分野では、この一貫性こそ長生きできる条件だと、そう僕は考えているんです。その代わり資金繰りはとても大変ですよ。でも、銀行からはこれまで多くの融資を受けています。当社なら長生きすると思ってくれているからです」
唐川さんは、常に長い時間軸の上に立って先を見てきた。医薬品は信頼性が強く求められるため、上場会社となることが必要と考えていた。創業38年目の2015年、JASDAQ市場に株式を上場。
目的は二つあった。一つは、医療機関やドクター、そして一般消費者の知名度や信頼性の向上だ。上場してみると狙い通り、社員はドクターたちから「上場したんだね」とよく声を掛けられ、とても注目されていることを実感した。上場準備は大変だったが、上場により当社に対する信頼性は確実に高まった。
「もう一つの上場目的は社員のためです。創業3年目には将来の上場を意識して、従業員持株会制度を導入したので、上場した際には社員にとても喜ばれました。はじめは『株って何ですか? 持株会に入ろうにもお金がありません』というような状況でした。僕が保証人になって銀行から融資を受け、そのお金で株を買ってもらったこともありました。そのときの社員が定年を迎えていて、持株会制度のおかげで老後の心配がなくなったと言って喜んでいますよ(笑)」
JASDAQ上場の翌年度の売上は前年比21%増だった。2018年11月の東証市場第二部への市場変更は、冒頭に紹介した「遺伝子検査機器・試薬システム」のリリースに合わせたものであり、これにより更なる知名度アップを図った。
世界に目を向けるなら、拠点は選ばない
ミズホメディー 久留米工場・遺伝子研究所
佐賀県鳥栖市の本社と工場、研究所に加え、2019年9月に『ミズホメディー久留米工場・遺伝子研究所』が稼働をはじめた。
遺伝子に特化した研究所は、まったく新しい発想で研究に取り組むため、新しい研究者を集め、敢えて鳥栖の研究所と交流がないよう分離した組織にしている。唐川さんは、ここは研究開発をするのにふさわしい場所だと言う。
「当社は新卒にこだわらず中途採用も積極的におこなっています。開発部の研究者もそうです。面接でよく見るのは、まず真面目で一生懸命にコツコツとできそうかどうか。それでいて人とは違う発想ができる"変わり者"かどうか。そしてもう一つ、東京などの都会で苦労してきたかどうか。都会で大変な思いをしてきた者ほど、ここに来ると安心して仕事に打ち込むようになるんです。開発というのは集中力が大事。それを発揮できる環境と待遇を会社がきちんと用意する。東京でしばらく過ごした経験もありますが、朝の満員電車は苦痛で嫌でしたね。誘惑の多い環境での開発なんてなかなか難しいですよ(笑)。それに医薬品の最先端の情報は海外にあることが多く、東京で得られる情報はむしろ少し遅いんです」
分野によって"世界の中心地"は異なる。中心地に届きやすい場所であれば「拠点はどこでもいい」という。営業所を東京、名古屋、大阪に設けているので、本社が佐賀県鳥栖市にあることは何ら問題ないと言い切る。
福岡空港から、アジア最大級の国際空港の韓国仁川(インチョン)国際空港を経由すれば、海外へはどこへでも行きやすい。唐川さんは、時間が許す限り、新製品開発のヒントを探すため海外の医薬品会社や機器メーカーを訪れ、診断薬や診断技術に関する情報を積極的に収集、自社に持ち帰り、社員に新製品開発のヒントや検査機器の開発・改良のアドバイスをおこなっている。
ミズホメディーは、新技術の結晶である「遺伝子検査機器・試薬システム」の発売を追い風に、グローバル戦略を構想している。今はマイコプラズマ肺炎の診断しか対応していないが、複数のウイルスの遺伝子検査が可能になった暁には、海外に打って出る。
感染症には国境がない。検査用の医薬品や機器のニーズは世界規模だ。九州の早生者が牽引する企業が産み出す製品は、世界から求められるに違いない。
(文=宇津木聡史 写真=河本純一 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2019/09/06