上場会社トップインタビュー「創」

キュービーネットホールディングス株式会社
  • コード:6571
  • 業種:サービス業
  • 上場日:2018/03/23
北野 泰男(キュービーネットホールディングス株式会社)

『QBハウス』のユーザーだった銀行員時代

北野 泰男(キュービーネットホールディングス株式会社)インタビュー写真

 1995年、バブル以降の節約志向の価値観が広がるなかで、それまでの理容店にはなかった「短時間・低価格のヘアカット専門店」として登場した『QBハウス』。忙しいビジネスマンらの支持を獲得して現在ではグローバルに706店舗を展開し、シンガポールや香港、台湾、アメリカと海外進出も積極的に行っている。

 QBハウスグループを束ねるキュービーネットホールディングス株式会社代表取締役社長の北野泰男さんは、2005年に同社に入社後、要職を歴任し、2009年に同社創業者の小西國義さんからバトンを引き継いで社長に就任。前職の銀行では営業職として全国を飛び回っていた北野さんだが、その後、行内でM&A部門やファンド投資部門に携わり、様々な業種業態の企業経営者と深く接したことが、人生における大きな転機となった。

「社会の困りごとを解決するために、これまでにない新たなサービスが登場して世の中に受け入れられていることを、様々なビジネスから学びました。QBハウスもその一つで、そもそも私自身がユーザーでした。引っ越し先で理髪店を見つけることは結構大変です。初めての美容室はそわそわするし、地元の床屋さんには入りづらい。気軽に行ける店がないと思っていた時に、スピーディに安くカットしてもらえるQBハウスの存在を知って通い始めました。それまで3,000円以上払っていたクオリティーと遜色なく、技術的には超えているとQBファンになりました。そういう気持ちを持っていたので、創業者と知り合えた時は、とても興奮したことを覚えています。その後に入社の誘いを受けた時も、ご縁を感じて直観的に転職を決意しました」

 北野さんの社長就任に伴い、創業者の小西さんが引退されたため、同社の経営環境は少しずつ変わっていった。

「就任前は、影響力のある創業者の後を引き継ぐことに対して、自分はその器ではないんじゃないかと考えたこともあります。しかし、入社から4年の間に、このサービスが社会に広く必要とされていることや、事業のポテンシャルを強く感じていましたので、自分がどうこうよりも、やれることに全力で取り組もうと考えました」

 まずは現場の方々の声にしっかり耳を傾けて対話するところから始めようと、全国の店舗を訪問し、時にはお酒を交えて語らうなど現場の声を集めた。こうして現場とのコミュニケーションを重ねることで、着実に現場からの信頼を得た北野さんは、サービス力向上や人材育成、グローバル展開など様々な改革に着手し、同社の成長を導いてきた。

上場準備が会社の成長力を促進した

北野 泰男(キュービーネットホールディングス株式会社)インタビュー写真

 キュービーネットは2006年に創業者の小西さんからオリックス株式会社へと株式が譲渡され、以降、2010年に株式会社ジャフコが運営するファンド、2014年にインテグラル株式会社が運営するファンドへと経営権が移転した。

「オリックスさんに株主になっていただいた時には取締役会の内容が大きく変わりました。それまでの取締役会は、創業者の想いを伝える場であり、各部門のトップと創業者が1対1で意思決定する場でした。大株主がオリックスさんに変わったことで、経営指標や計画の進捗状況の確認のほか、資料作成もかなり細かく行うようになり、社内の足腰がかなり鍛えられました」

 その後に主要株主が変遷したが、経営スタイルの変化などが原因で苦労するということは特になかったと北野さんは振り返る。

「株主の方々には基本的にわれわれの意思を尊重していただいたので、その都度提案しながら着実に事業を進めていきました。オリックス時代に管理体制がしっかり構築できていたことと、株主との対話を密にしてきていたので、株主が変わっても大きな変化はなかったですね。また、ファイナンスの視点から株主が事前に知りたいであろうことや、慎重に協議したほうがいい案件などは丁寧に説明をしに伺っていたのですが、こういう判断には銀行員時代の経験も役立ちました」

 そしてキュービーネットホールディングスは2018年3月、市場第一部への上場を果たした。ファンドが株主になって以降、イグジットの選択肢の一つとして早い段階から上場準備に着手していたが、会社の成長力を高めるために必要な過程だったと北野さんは語る。

「上場準備の過程で会社が強くなっていったのを実感しました。永続するために会社に何が欠けているのかがあらわになりますし、様々な視点から妥協なくご指摘を受けるので、社会のルールを改めて認識し、客観的に会社を見ることができました。特に上場準備を契機に、労務関係にしっかり向き合えたことが良かったですね。利益だけ追求して、従業員が犠牲になっては意味がありません。いつでも上場できるという体制を構築することが、会社が存続し続けられる可能性を高めることにもなります」

 上場によって現場の士気が高まり、意欲を持つ人材の確保にもつながった。また、海外展開においてはアジアでもアメリカでも、上場企業であることが何よりの信用の担保となる。現地でのパートナー契約や不動産契約の上でも大いに役立った。

「上場後は個人の株主や機関投資家など、多様な価値観の方々と話す機会が増えました。企業として様々なご意見を尊重しつつ、しっかり優先順位を定めて、自分の言葉で誠実に説明することを心がけています」

離職者を激減させた「秘策」

QBハウス事業は、限られた時間の中で均一かつ良質なカットサービスを提供することが肝になる。しかし創業当時から、スタイリストのサービスや技術力に差があることが課題だった。北野さんは社長就任後、様々な取り組みによってサービス力を高めるとともに、一時期は50%に達した離職率を8%まで下げることに成功した。

「理美容の業界は職人気質で、上下関係に厳しかったり『技術を見て盗め』という雰囲気がいまだに残っていたりします。また、低価格帯のヘアカットに接客サービスはいらないという考えのスタイリストも少なからずいました。そのような価値観の転換を徐々に図るべく、未経験者も受け入れる社内スクール創設のほか、コミュニケーションの取り方やリーダーとしての心構えに関する集合研修、顧客満足度調査を全社的に実施して、職場環境の改善やサービス力向上に努めました」

 年1回、全店舗の店長が一堂に会して接客やカット技術の表彰を行う社内イベント「全国店長会」も発足させた。今ではスタイリストのモチベーションを高める絶好の機会になっている。

「表彰されるスタイリストは、500名以上の仲間によって選ばれます。最初は表彰なんて興味がないと言っていた方々も、だんだん感化されて『自分も表彰されたい』と接客や技術向上に励むようになりました」

 そして、これらの取り組みは、会社の持続可能性を高めることにもつながった。

「私の持論ですが、労働集約型のサービス業においては、創業期こそトップダウンによるスピード感が最大の強みとなりますが、ある程度の規模になると社長のカリスマ性によるのではなく、社員一人一人の個の意欲を活かしたボトムアップによる組織に大きく転換していく必要があると考えています。当社の表彰制度は、あくまでも仲間たちから認められる場。創業者が引退されても、社員がやる気になって続けたいと思えるような組織風土をつくり上げることに注力しました」

北野 泰男(キュービーネットホールディングス株式会社)インタビュー写真

社内にはスタイリスト向けの研修施設が常設されている

将来のビジョンを提示し、国境を超えた強い絆を作る

北野 泰男(キュービーネットホールディングス株式会社)インタビュー写真

 2010年からキュービーネットは海外戦略を重要な事業として位置付け、軌道に乗せていった。国ごとに様々な文化があり、好まれる髪型も違う。日本とは異なる部分が多々あるため、現地のトレーナー育成に力を注いできた。

「例えばシンガポールは赤道直下で暑いのでカットサイクルが短く、香港や台湾では日本以上にショートスタイルが好まれます。日本のように自然に仕上げるヘアカットではないため、国によってはバリカンを多く練習するなど、研修内容を変えるようにしています。最初は日本のトレーナーが現地のスタッフに技術指導しますが、やはり日本の感覚とはいろいろと違うところがあるため、ローカライズして現地トレーナーを育成することを重要視しています」

 現地トレーナーが育てば、現地での事業の存続可能性は断然高まる。各国で順調に出店数を伸ばしていった背景には、トレーナー育成への注力と、スタッフ間のつながりを強めるためにチームワークの重要性を様々な研修を通して高める施策があった。

「海外の事業展開においては、中心メンバーが定まるのに7年程度かかります。中にはノウハウだけを取得してすぐに辞めてしまうスタッフもいますが、仕事に励んできた責任感の強いメンバーには、海外の他のスタッフと集まる機会を定期的に作るようにしました。同じ目標を持つ先輩や仲間たちと国を超えて仕事のうれしさやつらさを共有し、将来のビジョンを想像してもらうことは、何よりの励みになります。各国で年に一度開催される社員総会にも、必ずコアとなる各国社員をゲストとして参加してもらいます。各国のメンバーがお互いの国を客観的に見る機会を年に4回持つことで、様々な気づきが生まれ、悩みの共有や支援といったつながりが自ずと生まれていきます」

 日本でも海外でも、未来のビジョンがモチベーションを高め、人を動かすことは共通している。そのため、会社が社員に今後のキャリアを示すことこそが重要だと北野さんは語る。

「当社には、主婦業を経てニューヨークのQBハウスでバリバリ働く日本人スタイリストや、脱サラして理容師になる夢を叶えたスタイリスト、80歳を過ぎて元気に働く高齢スタイリストもいます。一人一人が歩んできた人生の苦労話を国内外のスタイリスト同志が詳細に共有し合う場を積極的に設けるようにしています。そうすることで、皆が『自分にもできるんじゃないか』と前向きに仕事に取り組むモチベーションになっています」

新型店舗を展開し、さらなる発展へ

北野 泰男(キュービーネットホールディングス株式会社)インタビュー写真

 キュービーネットは次の10年に向かうQBブランドヒストリーとして『NEXT10』を掲げ、つい先日には2020年6月期を初年度とする新たな5ヵ年の中期経営計画も発表した。

 新型店舗の展開も積極的に行う。

 2011年に立ち上げた『FaSS(ファス)』は、QBハウスの短時間・低価格に加えてカウンセリングと居心地の良さが加わり、20~40代の男女に人気を博して店舗数を拡大している。

 2020年春頃には、香港・シンガポールで実験的に展開してきた新ブランド『QBプレミアム』を日本に初出店する予定。

 予約サービスを導入することで待ち時間を短縮し、より幅広い層に利用してもらうための機会を増やしていく。

「カット専門店は日本でまだまだ伸ばしていける分野です。超高齢社会の進展に伴い、カットで若々しくなりたいニーズは益々高まると予想されます。当社ではこれまでのノウハウを生かし、短時間で高齢者が負担なくカットできる訪問理美容も始めました。今後は電子カルテも導入し、海外出張先でいつもの髪型をオーダーしやすくなるようにするなど、利便性をさらに高めていきたいですね」

 同社の課題は、人材の確保だ。安心して働ける社内環境を整えることは、いつまでも生きがいを持って働き続けることにもつながる。定年退職制を設けていないキュービーネットでは、60~80代のスタッフも元気に働いている。スタイリスト育成のための独自の研修制度も整えており、今後さらに様々なキャリアを持つ人材をバックアップしていく予定だ。

細やかに、大らかに - 事業承継において大事なこと

北野 泰男(キュービーネットホールディングス株式会社)インタビュー写真

 近年、後継者難の問題を抱える企業が増加している。キュービーネットは事業承継の成功例といえるが、北野さん自身はどう考えているのだろうか。

「当社の場合は、創業者が、自らが去った後の会社の未来を見据えていたことが大きかったのではないかと思います。私を含め、銀行やゼネコンなどで働く人間を誘ってチームを作り、数年かけて段階を踏み、65歳で完全に引退されました。私たちはその時にまだ30代でしたので、三回りほど年下の人間に託すことに内心不安な気持ちもあったはずですが、信じて任せてくれたことを非常にありがたく思います」

 創業者から経営を引き継いだものの、不安な船出であったことは想像に難くない。しかし、自分一人で引き継いだわけではないと北野さんは言う。

 「人」を大事にする秘策で仲間を増やし育て、会社経営にあたってはいろいろな人の話に丁寧に耳を傾け、チームでタッグ組み、大海原を漕ぎ続けてきた。

 そんな自身の経験を振り返り、経営者には「父親タイプ」と「母親タイプ」の両方の思考が必要だと北野さんは語る。

 より細やかな視点で現状を把握し規律を敷く母親タイプと、長期的な目でどっしりと見守る父親タイプ。双方を兼ね備えることが企業を発展させると考えている。

「事業承継には多くの経営者の方が悩まれていることだと思います。会社によって置かれている環境は様々なので、何が正しい判断かは言い切れません。ただ一つ実感しているのは、いわゆる『いいところどり』はできないことを腹の底から理解すること、守るものを明確にし、それ以外は捨て去る覚悟を決めること、その2つを考え抜くことに尽きるのではないかと感じています」

 「10分1,000円カット」に始まり、人材育成や海外展開など理美容業界に前例のない様々な改革を行い、事業を発展させてきたキュービーネット。北野さんの言葉は、業種を超えて多くの企業の参考になることだろう。

北野 泰男(キュービーネットホールディングス株式会社)インタビュー写真

(文=武田純子 写真=青地あい 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2019/12/19

プロフィール

北野 泰男(キュービーネットホールディングス株式会社)
北野 泰男
キュービーネットホールディングス株式会社 代表取締役社長
1969 年
大阪府生まれ
1995 年
株式会社日本債券信用銀行(現株式会社あおぞら銀行) 入行
2005 年
キュービーネット株式会社(現キュービーネットホールディングス株式会社)入社
2009 年
同社 代表取締役社長 就任(現任)
2018 年
東京証券取引所 市場第一部上場

会社概要

キュービーネットホールディングス株式会社
キュービーネットホールディングス株式会社
  • コード:6571
  • 業種:サービス業
  • 上場日:2018/03/23