上場会社トップインタビュー「創」

株式会社マルク
  • コード:7056
  • 業種:サービス業
  • 上場日:2019/03/05
北野 順哉(株式会社マルク)

実体験から生まれた「志」

北野 順哉(株式会社マルク)インタビュー写真

 AIの発達により、近い将来、約半数の人が仕事を失うと言われている。先が見えない時代、「働くとはどういうこと?」、「生きるとは?」と価値観を問う風潮が強くなってきた。この「働くこと」と「生きること」に真剣に向き合い上場した会社がある。

 株式会社マルクは、愛媛県松山市で障がい者の就労支援事業を手掛けている。事業には二つの柱があり、一つは18歳以上の障がいを持つ人たちへの就労支援。これは自社で障がい者を雇用し、トレーニングをした上で事業会社への就業を支援するもので「就労継続支援A型(雇用型)事業」と呼ばれる。

 もう一つが18歳以下の障がいのある児童に対して将来的な就労・自立のための療育を提供する「放課後等デイサービス事業」だ。

創業の経緯について社長の北野順哉さんに伺った。

「マルクは私の兄が立ち上げた会社です。兄は自身の交通事故がきっかけで障がい者が働くことの難しさに気づき、そのような方たちの社会的自立を支援したいと思い、マルクを創業しました。2006年の『障害者自立支援法』で、民間事業者でも障がい者の就労支援事業ができるようになり、愛媛県第1号の就労継続支援A型事業所として認可されたのがスタートです」

 2013年、北野さんは兄の事業を手伝うことになる。しかし、入社当時は障がいのある社員との接し方が分からず戸惑いばかりだった。

 次第に関わり方が分かってくると、今度は「この子たちに何ができるのか」と自問自答する日々が続いた。そんなある日、重度の障がいのある社員が北野さんにこう話しかけてきた。

『私はマルクに入って良かった。マルクに入るまで私の世界は部屋の中だけだった。マルクに入って仕事ができた、仲間ができた、居場所ができた。私は生きていていいんだと思えるようになった』

 この言葉を聞いて大きな衝撃を受けたそうだ。障がい者にとって働くということは、お金のためではなく、生活のためでもなく、自分の人生を生きることなのだ。

「働くことを通じて、自分の人生を生きていける人を増やしたい」北野さんの腹が決まった。

マルクの理念実現に近づくための上場

北野 順哉(株式会社マルク)インタビュー写真

 2015年、北野さんは代表取締役社長に就任した。兄から受け継いだマルクの理念は『強さと優しさが循環する社会の実現』。「強さ」とは障がい者が社会的に自立し、社会保障の担い手になること、「優しさ」とは本当に支えが必要な人たちに社会保障が巡っていくこと。この社会の実現に少しでも近づけていくことが北野さんの使命だ。
 
 しかし当時のマルクは愛媛県内で3事業所を展開しているだけ。このまま続けて使命が果たせるのだろうか。そこで思いついたのが上場だった。

「従業員のうち約7割が障がい者である私たちが上場すれば、障がい者もちゃんと働いて戦力になる存在なのだと社会にメッセージを打ち出すことができる。そうすると、障がい者雇用をしようと思う会社が増え、障がい者福祉事業所はもっと就労者を送り出せるし、障がい者自身ももっと頑張れる。私たちが上場することで社会、株式市場、労働市場に一石を投じてエポックメイキングなことができるかもしれない。これが上場を考えたスタートでした」

 非営利な側面を併せ持つ社会福祉事業を営む会社でありながら、投資家から一定の成長や収益性を求められる株式市場の世界を目指したのは、事業の社会的意義を世の中に広く発信し、社会を変えていきたいという思いからだった。

 北野さんは、社会的意義の大きい福祉事業こそ「社会の公器」になっていくべきだと考えていた。

 当初はマザーズへの上場を目指していたが、2017年に就労継続支援A型事業に影響を及ぼす制度改正があり、その対応のために社内体制を再構築する必要が生じた。

 上場への道が遠のいてしまったと消沈していると、地元の伊予銀行の担当者からTOKYO PRO Marketを薦められた。

「伊予銀行からの提案を受けるまでは、TOKYO PRO Marketに関する知識はほとんどありませんでした。TOKYO PRO Marketで買付けができる投資家はいわゆるプロ投資家に限定され、また株主数に関する形式基準もありません。成長途上の段階で不特定多数の株主に囲まれるよりも、マルクの理念に共感してくれた株主と共に会社を成長させ、『強さと優しさが循環する社会の実現』を目指したいと考えるマルクにはぴったりの市場だと思い、改めて上場を目指そうと決意しました。」

 2018年、就労継続支援A型事業における制度改正にも対応しつつ、本格的にTOKYO PRO Marketへの上場準備を開始した。

成長戦略と内部管理体制の構築

北野 順哉(株式会社マルク)インタビュー写真

 成長戦略としては、「18歳以下の子どもたちへの放課後等デイサービス」を据えた。同業他社の施設は全国で1万2千箇所ほどあるが、そのほとんどが子どもたちを見守る「預かり型」で、マルクのような就労・自立のためのノウハウを提供する「準備型」は競合が少ない。

 学校教育を補完する形で行うバスの乗り方やコミュニケーションの取り方などの指導は親御さんたちから喜ばれ、ここにビジネスチャンスがあると考えた。

 まずは中国・四国地方で、「障がいのある子どもたちの就労や自立の準備だったらマルクだよね」と言われる状態を目指した。

 一方、内部管理体制の構築は社内に知見のある人材がいなかったため、上場企業の監査経験がある公認会計士を管理部長として招聘した。北野さんはじめ現場のメンバーは一からの勉強となり、内部管理体制を構築する過程においては、現場ひとりひとりのメンバーがその必要性を理解するところから想定以上の時間を要した。

「上場準備過程における管理部長の指示を現場のメンバーがキャッチアップすることにとても苦労しました。従来の業務フローのほうが早いという局面も多く、業務フローを変えて定着させていくことは大変でした。担当J-Adviserからの指摘事項を話し合う中で、何度か衝突もしました。正直『もう、上場できないのではないか』とあきらめかけたこともあります。それでも様々な苦労を乗り越えることができたのは、当時社会問題化していた企業の不祥事等を目の当たりにして内部統制の重要性を再認識できたことのほか、私だけではなく管理部長が信念と推進力をもって体制整備に動き、そして現場のメンバーもその必要性を理解し、管理部長の指示のもと協力してくれたおかげです」

上場の3つの価値

北野 順哉(株式会社マルク)インタビュー写真

 こうしてマルクは上場企業となった。地元愛媛での上場はインパクトが大きく、銀行、取引先、地元の経済界などとの関わりがより深まるようになった。講演依頼も増え注目度が高まり、人材採用も、マルクの理念に共感して集まってくれる人が増えた。社内においても、休日を105日から130日に増やし、給与制度も改定。より健全な組織体へと向かっている。

「我々が存在しなくても、障がい者が自立し社会保障の担い手になり、本当に支えが必要な人には社会保障が巡っていく、そんな社会を実現することがマルクの最終目標です。それには長い年月を要するでしょう。ですから私は中継ぎ役として、次の人がバトンを受け取りやすいように、経営の透明性を上げて、組織体を健全なものにしておく必要があるわけです。そういう意味でTOKYO PRO Marketへの上場は、社会的意義と事業成長、そして事業承継の3つの側面において非常に意義あるものでした」

 マルクは社会を変えるための一歩を踏み出した。そして、創業当時から受け継いでいるマルクの理念実現に向けて成長を加速させていくだろう。

(文=江川裕子 写真=岡田悦紀 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2019/10/17

プロフィール

北野 順哉(株式会社マルク)
北野 順哉
株式会社マルク 代表取締役社長
1974 年
愛媛県生まれ
1995 年
松山大学卒業
2013 年
まるく株式会社(2018年、株式会社マルクに事業譲渡)入社
2015 年
株式会社マルク代表取締役社長 就任(現任)
2019 年
Bリーグ 愛媛オレンジバイキングス運営会社 社外取締役 就任(現任)
学校法人松山大学 外部評価委員 就任(現任)

会社概要

株式会社マルク
株式会社マルク
  • コード:7056
  • 業種:サービス業
  • 上場日:2019/03/05