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イヴレス株式会社
  • コード:7125
  • 業種:卸売業
  • 上場日:2021/07/28
山川 景子(イヴレス株式会社)

キャリアに悩み模索した20代。旅先のタイが変えた仕事観

山川 景子(イヴレス株式会社)インタビュー写真

 旅先でホテルに訪れる人の中には、観光地を巡るよりそこに滞在する時間のほうが楽しみという人もいる。1日のおおよそ3分の1を過ごす客室内は旅の重要なエッセンスだが、高級なスイートルームを除いて一般的に客室の細部まで気遣っているホテルは少なかった。仮に広さや寝具、水回りが完璧でも、ステーショナリーやアメニティボックス、ゴミ箱等の小さな調度品のセンスに難があることはよくある。

 だからといって困らない。気にも留めない人も少なくない。ただ、せっかくなら日常から離れた旅先には、普段は気にならない綻びでもないほうが心地よい。
 こうしたディテールの“もの”にこだわったおもてなしを追求するのがイヴレス株式会社だ。「ちょっといい」を「すごくいい」に変えていくのが仕事だという。
 ものを「つくる」ことに情熱を傾ける創業者・山川景子さんのキャリアは、在阪ミニコミ出版社の編集・ライターとして始まった。

「隣のデスクの同僚が『一緒に独立しよう』と誘ってくれたのが、起業のきっかけです。30歳を超えて取材記者として奮闘していた先輩社員を横目に『私たちは新しい女性の時代をつくっていこう』と提案されたのです。今から思えばすごいプレゼンテーションです。当時は20代を過ぎて女性が働く雰囲気が社会にも会社にもなく、友人の誘いに納得しました。勢いのまま経営を学んでいたわけでも目指していたわけでもなく起業しましたが、数年間は学びながら実践経営を重ねて失敗と成功を楽しめた良い時間を過ごせました」

 しかし第2の転機は、約5年後に時代の流れが後押しするかたちで訪れる。

「編集プロダクションの経営を支えていたペーパー文化の終わりを感じ、実際仕事も予算も減っていきました。最後に依頼された旅行誌の仕事をきっかけにタイに行きました。予算が乏しかったので安宿に泊まり、その周辺の街を歩きましたが、本当に貧しく感じました。その一方で人々の心は豊かで楽しそうで一生懸命に見えました。自分はいったい何を目指して起業をしたのだろうかと、これが自分自身の命や暮らしを見つめ直す大きなきっかけになったのです」

 帰国し、ものをつくることを思い立った。

「日本ではSDGsやCSRはもとより、まだエコロジーという概念も浸透せず、もったいないと思うものがあふれていました。特に紙やビニールの使い捨ての包材。それらを減らすためのものづくりに私は今も一貫してこだわっています」

人との出会い、縁を育み、積み上げて築いたブランド

山川 景子(イヴレス株式会社)インタビュー写真

 こうしてものづくりの理想を追求する起点となる商品が誕生するまでには少し時間を要した。既に起業はしていても、事業を転換することには苦労を伴ったからだ。

「ホテルの客室の備品を核としたBtoBのものづくりに着目したのは、旅行好きが高じたものでした。旅先でのニーズをかたちにしたい。そこからどうすれば事業化できるのか、調べることはライター経験が活きました。ただ、実際にものをつくって販売するというのは、簡単なことではありません」

 自社工場を持たないにしても、新しいアイデアやデザインをかたちにしてくれる工場と強力なパートナーシップがなければ成り立たない。そうした工場を見つけるにも実績や信用がものをいう世界。さらには事業が軌道に乗るまでにかかるコストは、編集プロダクションの比ではない。

「当時は今のような起業家サポートの制度はありません。そんな時代に公的機関等に相談に行っても『奥さん、どうされましたか』と言われ、何を聞いても何を説明しても、結局“奥さん”という呼び名は変わらないんです。相談員に悪気があるわけではなく、女性に対する敬意を表しているだけなのですが、事業の話は進みませんでした」

 結局、一気に「人・もの・カネ」を集める戦法は取れなかった。

「私が起こしたデザインをまだ元気だった母がミシンを踏んでサンプルを作ってくれました。刺繡見本は大阪の下町の小さな刺繍工場に協力してもらいました」

 その後同社の成長を牽引した様々なキーパーソンとは、友人からの紹介や公私にわたりアクティブに出向いた場所で出会ってきた。そうした一つ一つの縁を大切に育むことで、つくり続けた“もの”はブランドとなり、イヴレスブランドは国内外の数多くのホテルで取り扱われるようになっていった。

 こうしてホテルのホスピタリティを高めるものづくり、空間演出に完全に軸足を移す頃合いで社名を現在のイヴレスに変えたのは1998年。タイ出張から約2年後のことだ。

事業の原点はもったいない精神とサステナビリティ

山川 景子(イヴレス株式会社)インタビュー写真

 社名の“イヴレス(IVRESSE)”はフランス語で陶酔を意味する。

「当初、私は日本では“香り”にこだわる文化が十分に浸透していないと気づき、香りのブランドの商品開発から始め、この社名に決めました。香りや雰囲気を醸し出す世界に自己陶酔しなければ、自分のつくった商品を愛して世に出すことはできないと考えました。実際に線香花火のようなデザインの香りの商品を開発して、あるコンビニエンスストアチェーンで試験的に販売してもらったこともあります」

 しかし同社をブレークスルーさせた商品は、ホテルのアメニティグッズをまとめて入れるオリジナルポーチだった。当時は歯ブラシセットやヘアブラシなどが箱やビニール袋に入れてキレイに整頓しアメニティトレイに並べられていた。

「私の中にあったもったいない精神から、一度きりの使い捨てを前提にしたアメニティ商品をポーチにまとめたらどうだろうと。そうすれば思い出として持ち帰っていただけます。ポーチは布製品で、当社は布製品に強い。ビニールや不織布と違い、何度でも使えます」

 実際に包材の簡素化に貢献した。そもそも一度ホテルゲストに開封された商品は仮に使われていなくてももう使えない。ポーチでまとめてギフトとして持ち帰ってもらう発想に共感してくれるホテルが地元大阪にあり、初めて大きな仕事を任された。今は企業にSDGsへの取り組みが求められるが、事業の原点にサステナビリティがあると山川さんが言う。

 同社は今、ホテル・旅館内のアイテムの幅を広げたファブレスメーカー、さらにはコンサルティングや施設運営にも携わるサービス分野にも拡大し、着実に成長している。

「当社の強みはお客様(取引先)のニーズをくみ上げながら、アイデアやデザインを考えるところから生産、流通まで自社ブランド、もしくはお客様のブランドで一貫して広げていけるところ。コンサルティングサービスや空間づくり、施設運営も行い、ゲストの嗜好や満足度、クレームまで把握することができます。こうした生きたマーケティングデータは次の商品開発にもつながり、その好循環をつくっていけるのは当社だけではないかと自負しています」

イヴレス株式会社

同社のアメニティ商品

 業容が拡大し取引先の数も増えたことで多品種でも安定供給ができるようになった。地方の旅館の仕事ではご当地柄の布製品にこだわった商品を提供しているので、同じ用途の商品でも多品種になるが、欠品は許されない世界。安定供給の重要性が再認識され、今年に入って新規の問い合わせも増えている。

 お客様を始めステークホルダーとの良好な関係をつくっていくうえでは、「トレンドにならないこと」と山川さんは言う。イヴレスが目指す世界は100年先まで続くブランディング。時間をかけて良い商品だと認知されることが最優先で、丁寧だが特異すぎないものづくりが持続可能な供給を支える。

上場を目指しクリエーター社員の自由裁量に揺らぎ

山川 景子(イヴレス株式会社)インタビュー写真

 社員はクリエーター中心に採用していた。一般的にクリエーターの人材教育は難しいが、同社では一貫して社員に求めてきたことがある。

「事業の志を示す『おもてなしをカタチに』をキャッチフレーズとして、3つの行動指針を定めています。『いつも笑顔で』『自分で考え行動しよう』『誰かの思い出づくりに貢献する』。この指針をもとにマルチタスクで働く。これが当社の基本です。採用するのはビジネスがニッチなので、デザイン経験がない人でもいい。仕事を好きになるということが大切です。すごく良いお客様がいて、そのお客様のための商品がつくれて、すぐに商品化されます。ホテルの紹介の中でテレビや雑誌のメディアに紹介されることも多い。商品を手にしたゲストがちょっと優雅な気持ちになり、安心したり思い出になったり。そういうことに喜びを感じる社員であってほしいというのが根底にある思いです。学ばなければ取得できないこともありますが、センスだけは『好き』という思いを源泉に自分で磨くしかありません。だから人材教育らしい人材教育はしてこなかったんです」

 だが企業として成長していくにつれ、整備しなければならない規定や制度との狭間で、思い描く理想が揺らいだ。

「上場プロセスには人事制度や労務管理の整備など、人事に関わる基準の作成が多く出てきます。それらを網羅し実行するなかで、そういうことを嫌う社員が出てきました。クリエーターの社員からしてみれば、自分たちの裁量に任され、高い意識で働いてきたはずなのに、いきなり朝は何時に出勤しなさい、昼休みは何時から何時で、さて何時間働きましたかと、幼稚園に逆戻りさせられるようなことばかり言われていると感じたようです。もともとは任せることで仕事を全うしてもらうという方針だったので大きな変革でした」

 実際、離れていった社員も少なくなかった。持続可能な経済活動を目指す経営こそが社員にも幸福をもたらすと確信していた山川さんにも、会社が壊れてしまうという危機意識も芽生え、孤独も感じた。

 それでも上場を目指す気持ちを変えなかった。

TOKYO PRO Marketに上場。ゴールはもっと先に

山川 景子(イヴレス株式会社)インタビュー写真

「成長の機会を逃し、同じことをずっと繰り返していても、やはり壊れる。持続可能な会社にはなれないんです。企業風土を変えるだけで人が去っていくならそれはある種の構造変革として受け入れ、前に進むしかない」

 とはいえ、上場後のこうした変化を予測していたわけではなかったという。上場を考えたのも監査法人などから勧められたことがきっかけだ。

「デューデリジェンスや経営面で的確なアドバイスをいただきました。これまでには経験してこなかったことで、達成すべき目標も明確になり、1年間で達成できたのが大きなきっかけです」

 2021年7月28日にTOKYO PRO Marketに上場を果たしたが、当初の目標は違った。ただ、2020年からの新型コロナウイルス流行は、業績への打撃は免れなかった。一般市場を目指すなら3年間は待ったほうがいいという意見があったが、山川さん自身はいったん上場準備に一区切りつけたかったこともあり決断した。

「自分たちの会社の価値を良くも悪くも知ったことが上場の大きなメリットだと感じます。従来、借入等の銀行取引もなかったのですが、自社がどれくらいの資金調達能力があるのかもわかりました。また、コロナ禍の多様な助成制度もアドバイスをいただきました。最も良かったことは、お客様やパートナー企業が喜び、応援してくれ、上場後の第三者割当増資に参加してくれたことですね。全然知らない人が投資をするのではない点はプロマーケットで良かったことかもしれません。上場維持には費用もかかりますが、応援してくれて何億もの増資をしてくださる方がいるなかで、安直にやめるとか、高く売れるうちにイグジットするようなことは考えられません。もっとまじめにこの仕事と向き合って、死ぬまでやめられないという自分の覚悟にも気づきました」

 上場による露出の増加には大きなPR効果もあり、新規の問い合わせも増えている。だが、プロマーケット上場をゴールとも考えていない。数年後東証グロースを目指すのか、その先にはプライム市場に向かうのか。いずれにせよ、立ち止まるつもりはないという。

 退職した社員もいるが、上場プロセスの中で入社した社員も多くいる。特に管理部門に携わる社員にとっては本人のスキルアップのうえでもメリットがある。営業や商品開発にかかわる社員も、会社が経営状況を公開し信用を得ることの重要性を感じているのではないかと山川さんは言う。

思いを大切に、自分の目標を持ち、仕事は一生

山川 景子(イヴレス株式会社)インタビュー写真

 山川さんは人と人がリアルに会え、旅を楽しめる世界が戻ってきたことを喜んでいる。

「直近ではコロナ禍で受けた業績のダメージの回復が大きな課題です。2023年3月に27カ月ぶりに単月で黒字化して回復基調に向かっています。今期を乗り越えればあとは成長しかないので、赤字部門を削り、黒字部門に集中させていきたいと考えています。」

 ポストコロナの時代はまだ始まったばかり。今後の展望を聞いた。

「今後はまず主力のイヴレスの商品をさらに普及させ、流通させること。さらにはEC(電子商取引)を強化していきたいと思っています。2023年4月に東京・銀座に初のショールームをオープンしました。これまで展示会もほとんどしていない当社が表舞台に商品を出すのは勇気がいることでしたが、プロ向け商品をショールームに出したことで様々な方に来店いただいています。1日1人でも事業者の方が相談に来ていただければ、良い営業の窓口になります」

 TOKYO PRO Market上場を目指す起業家へのメッセージは。

「ベンチャーの方が何を目指すのかによると思います。私のように経営者として入口と考えているのか、イグジットしたいのか、もしくは次のステップのための踊り場なのか。自分の目標は自分で持つべきで、それぞれの思いを大切にしてほしい。まずは体験してみないとわかりません。目指したからといって何が起こるかは自分次第です」

 山川さんは仕事で週に何度も大阪、東京間を往復するが、泊まることはほぼない。「本人はもう必要ないと思っているかもしれないけれども」と言いつつ、大学生の息子さんの弁当を毎朝作ることを楽しみにしているからだ。お弁当づくりはもう少しさせてほしいと笑う。
 仕事は一生。家族との日常も成長・変容しながら続いていくに違いない。

イヴレス株式会社

同社のショールーム

(文=吉田 香 写真=工藤 裕之 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2023/06/02

プロフィール

山川 景子(イヴレス株式会社)プロフィール写真
山川 景子
イヴレス株式会社 代表取締役社長CEO
大阪府生まれ
1990 年
編集プロダクションとして起業
1998 年
イヴレス株式会社に商号変更
2018 年
イヴレスホスピタリティ合同会社設立 代表就任
2021 年
TOKYO PRO Marketに株式上場

会社概要

イヴレス株式会社
イヴレス株式会社
  • コード:7125
  • 業種:卸売業
  • 上場日:2021/07/28