上場会社トップインタビュー「創」

株式会社ユーザーローカル
  • コード:3984
  • 業種:情報・通信業
  • 上場日:2017/03/30
伊藤 将雄(株式会社ユーザーローカル)

ネット黎明期の大学生の趣味を原形にビジネスに発展

伊藤 将雄(株式会社ユーザーローカル)インタビュー写真

 情報技術サービス分野のさらなる進化が、コロナ禍でのビジネス変革や、取り組み途上の働き方改革のエンジンになるという期待が高まっている。オンライン商取引の急成長に加え、リモートワーク、オンライン教育、さらにはオンライン飲み会や帰省、法要にいたるまで、従来は人と人が物理的につながることでのみ成立していた領域でもITの存在感が増している。
 とはいえ、ITにかかわる企業や人にとっても、今年全世界が見舞われた禍難は想定外だったと思う。それでもあまたの業種がダメージを受ける中で高いポテンシャルを持っているのは、感染症リスクとの相関に由来するだけではないだろう。かねてから予測されていた第4次産業を中心とした未来に向かって、早くからアクセルを踏み続けたからだ。

 株式会社ユーザーローカルの伊藤将雄さんもその一人。現在46才の伊藤さんが最初にパソコンに触れたのは小学5年生の頃で、当時は一般家庭でインターネットにつなぐことはできなかったが、プログラミングにはまった。自前でゲームを作るなど、コンピューターへの関心は高まるばかり、大学4年生のときにはインターネットを使った『みんなの就職活動日記』(以下、みん就)を立ち上げた。

「私がウェブシステムを作り始めた1996年頃の就職活動は、一部の学生だけがインターネットを使い、ハガキでのエントリーが主流でした。そうした状況なので、初期のみん就は自分も含め一部のネットユーザーがお互いの就職活動について情報交換できればいいと思っていたのです。せいぜい1万人くらいが使えれば意味があると考え、学生起業を強く意識していたわけでもありません。ところが実際に走り出すと、アクセス総数が予想外に増えていきました。1日100万PVとなったときには、サーバーがパンク寸前になり、ボランティアでの運営に限界を感じたことを覚えています」

 伊藤さんは株式会社日経BPで月刊誌記者としての社会人人生がスタートする。その後、楽天株式会社に転職しエンジニアとなった。その後、それまで個人事業として運営していたみん就を『みんなの就職株式会社』として2002年に法人化。2004年に株式交換という形で、楽天に経営移管した。

「ITというツールは活用しても、みん就は採用系ビジネスの領域です。企業に広告やソリューションを販売する営業力が問われるので、事業運営がしっかりしている楽天のほうが安定的にサービスを提供できると考えました」

2度の起業を経て得た利用者ニーズをくみ取る力が強み

伊藤 将雄(株式会社ユーザーローカル)インタビュー写真

 伊藤さん自身は大学院生となり、レコメンデーションエンジンやユーザー行動の分析システムの研究に没頭する。その研究成果が今も主力サービスの一つである「User Insight」の構築につながるわけだが——。

「自分が一度経営に携わったことで、データ分析をもとにサービスを改善していくことが会社の成長に重要だと気づき、本格的に学ぶために2006年に大学院に入りました。大学院では顧客の行動分析を中心に学び、それをベースに無料の顧客分析のサービスを作りました。それがきっかけとなり、早稲田大学内のインキュベーション施設でユーザーローカルを創業しました。まだビッグデータという言葉がない頃からデータ分析事業を始めて順調に売上を伸ばし、長期にわたって成長を続けています」

 ユーザーローカルは伊藤さんにとって2度目の創業となる。この社名の由来は、ハードディスクの中に様々なツールが収納されたディレクトリ「/usr/local」から(いろいろなツールを配置する場所という意味)。もう一つは「ユーザーの居場所に近い会社」という思いを込めている。後者の意味のほうを大切にしている。
現在、同社のサービスの柱は、User Insightのほか「Social Insight」「Support Chatbot」の3つとなっている。

「主要サービスはいずれもデータクラウド事業で、データ分析をベースとしたSaaS型※サービスです。User Insightは、ウェブ訪問者の視点や関心を分析ヒートマップとして可視化するサービス。Social InsightはSNSにあふれる膨大な投稿や動画データを分析するツールです。東日本大震災をきっかけに急速に普及したツイッターやフェイスブックを企業も情報発信やコミュニケーションツールとしてより積極的に取り入れるようになりました。これは自然な流れとして発生した企業からのニーズで提供を始めたサービスです。さらに、今注力しているのは、AIチャットボット分野です。当社が提供しているサポート業務用チャットボットは、人ではなくAIが自動的に最も適切な回答を見つけてお客様の問い合わせに返答します」

「当社のサービスの強みは、常に利用者目線で開発していることです。ITやAIの分野は日々進化しています。それに合わせてサービスの精度を高めていくことや新しい商材を創造することも重要ですが、研究を究めるあまりシステム開発ベンダー自身しか使わないシステムになっては顧客満足につながりません。私たちは自分たちが実際にサービスを運営していく中でニーズを感じる、地に足のついたサービス提供を心掛けています」

※注 SaaS 「Software as a service」の略。ユーザーが必要な機能のみをインターネット経由で利用できるようにしたソフトウエアのこと。ユーザーは必要な期間・量に対してサービス対価を払う仕組み。

ユーザーローカル・主要サービス

スピード重視。着想から3カ月での商品化を目指す

伊藤 将雄(株式会社ユーザーローカル)インタビュー写真

 若くして2度起業し、現在の会社は順調に成長。最初に立ち上げたみん就は、今も就活のクチコミサイトとして多くの学生に活用されている。目に見えぬ苦労や挫折がなかったわけではないだろうが、経歴や本人の話から失敗らしい失敗がうかがい知れないのは、目標が起業ありきではなかったことも大きいのではないだろうか。
 伊藤さん自身、「自分は開発してプロダクトを作る経営者」と言い切る。
 大学院入学もその先に起業を見据えていたわけではなく、同社に在職する多くの社員に対しても「上場を目指す会社」として採用面接をしたわけではない。さかのぼって見れば、唯一無二とも言えるみん就を開発しながら、学生起業はしていない。内定を得た会社に就職をして、のちに日経BPや楽天で培った人脈を生かしつつ、自身が研究開発を進めるプロダクトを軸に事業を軌道に乗せている。
 そして今では業種を問わず1000社を超える取引先に同社のシステムやサービスは採用されているという。事業スタート当初の取引先との信頼関係が実績となり、信頼を生み、その数が企業価値や会社の成長につながったと言える。みん就を引き渡した楽天をはじめ個人法人のビジネスパートナーとも、その時々で良いシナジーを出しながら円滑な関係が続いているようだ。

 ユーザーローカルのプロダクトが競合の中で市場を勝ち取ってきた秘訣はもう一つある。それは上市のスピードである。

「例えば、チャットボットは今では扱っている会社は珍しくないですが、国内ではかなり早いタイミングで事業化したと思っています。スピードは重要です。一般に、新規事業の成功率がけっして高くないのは大企業でもベンチャーでも同じですが、私たちは着想から3カ月で形になるかどうかを事業化の判断基準にしています。それ以上かかると集中力が続かず、発想自体が古くなります。3カ月を基準にした場合は、基盤となる技術は確立されたものから考えます。社内で過去に作っていたものを流用することも当然あります。そういったナレッジやノウハウの蓄積が製品化の早さにつながっていると自負しています」

 スピーディかつ利用者目線の開発で、先にポテンシャルの高い市場を取っていく。
それがユーザーローカルの成長戦略だ。

産学連携は有望な研究者と出会うチャンス

伊藤 将雄(株式会社ユーザーローカル)インタビュー写真

 ビッグデータ解析やAIといった先端技術を活用し、価値創出を続けるには人材の採用と育成は重要な課題となる。社会のニーズをくみ取った豊かな発想のもと、スピーディな事業化を目指す同社にとっては尚更だろう。

「当社は上場企業の中でも平均年齢が抜群に若いのが特徴です。全社員の平均年齢はおおよそ27才で、ほとんど新卒を採用してきました。新卒のエンジニアは、大学院在院中にAI技術を開発していた学生に入社してもらっているケースが多いです。AI技術は5年前、10年前の大学では学ぶことができなかった分野です。先端技術の研究をしている人を学生のうちから積極的に登用することが当社にとってメリットになります。若手研究者のアウトプット能力は非常に高いと評価しています」

 ユーザーローカル立ち上げのきっかけとなった産学連携については、現在も続けて取り組んでいる。確かにかつて伊藤さんがそうであったように、学び直さない限り、AIなどの先端技術を学術的に研究してきているのは若い世代に限られる。若手の積極採用も産学連携を続けていることも理にかなったことと言える。
 産学連携のメリットは、新技術・商品の開発や採用だけではない。

「テストマーケティングで大学の力を借りることもあります。今当社では、オンライン試験におけるカンニング防止システムの開発と販売に取り組んでいます。AIによる画像認識システムを活用したコロナ禍のニーズに応えたプロダクトです。開発段階から大学と話し合いを重ね、実験的に使っていただきました」

AIに強いグローバルベンチャーとの競争に上場は必要

伊藤 将雄(株式会社ユーザーローカル)インタビュー写真

 同社がマザーズに上場したのは2017年3月のこと。ITやAI分野のベンチャーは、研究開発の資金需要からも早くに目指すことが多いが、それだけではないと伊藤さんは言う。

「当社はデータ分析の領域で創業以来売上が順調に上がっていき、ずっと黒字でしたので、資金需要だけで上場したいとは思っていませんでした。とはいえ、ビッグデータ時代からAI時代に変遷していく中で、多くの研究者の雇用、あるいはよりスケールの大きいビジネスに挑戦していくには当然資金が必要です。また、グローバル展開する大手ベンチャーにもAIに強い会社がありますので、そういった会社と競争していくためには上場が必要だと考えました」

 最も大きな目的は研究開発の質の向上にあるという。質を上げるためには、能力の高い人材が必要で、採用面で上場会社であるほうが有利だと考えている。

「上場にあたっては管理部門を強化、コンプライアンスへの意識をより高めて臨みました。財務系の役員、社員の奮闘もあり、大きな障害なく短期間に上場することができています。上場によって、研究開発に対して不安なく投資できることや優秀な人材確保にメリットを実感しています。一方で上場前から当社で働く社員には、マネジメントへの意識を高めてもらいました。自分のあるべき姿の確立、増えていく後輩社員に対する教育や配慮など、上場によって社員もしっかり変わっていかなければならないとの認識が深まったと思います」

 上場から2年後、2019年11月には市場第一部へのステップアップを実現した。

「社会の一機能としての自覚が高まりました。IRにおける情報発信力強化は今後の課題と認識しています。投資家とのコミュニケーション機会は増やしていく考えです」

ビッグデータ×人工知能で創る新しい世界

伊藤 将雄(株式会社ユーザーローカル)インタビュー写真

 これから上場を目指す方へ——。

「正直、上場準備は面倒なことが多いです。しかし着実にクリアすることで、様々なリスク回避や株主への説明準備ができ、結果的に強靭な社内体制が備わります。上場益を得ることを目的とした上場はお勧めしません。上場を目指す過程で会社が強くなっていくことに大きなメリットがあると思っています」

 今後、ウィズコロナからアフターコロナへ。今もAIやソフトウエアに関する技術はますます進化し、今回のコロナ禍がその浸透を早めた側面もあろう。
 同社は3月、新型コロナウイルス対策に際して、関連する質問に自動対応するチャットボットを自治体・官公庁など公的機関への無償提供を発表した。公的機関が国民の重要な関心事に対して、AIを使って24時間回答する体制を整えるのは、コロナ禍がなければ少し先の未来になっていたかもしれない。

「私たちは『ビッグデータ×人工知能で世界を進化させる』というビジョンを掲げていますが、公的機関の問い合わせ窓口、大学のオンライン試験の監視システムなど、今までオフラインでしかできなかったことをオンラインでも安心して実施いただけることは重要だと考えています。会社として、なるべく実験的な取り組みを尊重するようにしています。その時点ではニーズがないこともありますが、そういったサービスも多く社会に出しています。直接的に売上に結びつかなくても、たとえ無償のサービスであっても、知見を得られることはあります。顧客に使っていただければ、様々なフィードバックを得て実績も積み上げられます。こうしたことが当社の成長につながっています」

 プログラミングが趣味という伊藤さんは、限りあるオフタイムにもコンピューターと向き合っているという。仕事と趣味が合致しているのはうらやましく感じるが、上場会社経営の重責も感じていることだろう——。
 とはいえ、共通の思いを持ち、高いスキルの確立を目指す若い研究者たちが次々と仲間に加わり、アイデアから社会を変えていく一助を担えることは、やはり夢がある。その夢が創る便利で人に優しい未来は、もう目の前かもしれない。

(文=吉田香 写真=岡村享則 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2020/07/17

プロフィール

伊藤 将雄(株式会社ユーザーローカル)プロフィール写真
伊藤 将雄
株式会社ユーザーローカル 代表取締役
1973 年
千葉県生まれ
1997 年
株式会社日経BP入社
2000 年
楽天株式会社入社
2002 年
みんなの就職株式会社設立、2004年楽天が株式交換により子会社化
2005 年
有限会社ユーザーローカル設立(2007年株式会社ユーザーローカルに改組)
2017 年
東京証券取引所 マザーズ市場へ株式上場
2019 年
東京証券取引所 市場第一部に市場変更

会社概要

株式会社ユーザーローカル
株式会社ユーザーローカル
  • コード:3984
  • 業種:情報・通信業
  • 上場日:2017/03/30