上場会社トップインタビュー「創」

株式会社ヘッドウォータース
  • コード:4011
  • 業種:情報・通信業
  • 上場日:2020/09/29
篠田 庸介(株式会社ヘッドウォータース)

AIを「もっとありふれた存在」にしたい

篠田 庸介(株式会社ヘッドウォータース)インタビュー写真

「This steamed bun filled with sliced tender toroniku is one of the best appetizers for your meal.(とろ肉の角煮まんは前菜に最適です)」

 米国シアトルのラーメン店で、若い男性客を出迎えた人型ロボットが、タッチディスプレイに現れた角煮まんの画像を指し示して呼びかける。背後で動いているのは、AI(人工知能)を用いた顔認識ソリューション。カメラで捉えた来店者の表情をクラウドに送信し、年齢・性別などを判断して最もふさわしいメニューを提案する仕掛けだ。

 AIを多様な技術やツールと融合させ、身近なシーンで活用する「社会実装」の典型ともいえそうな同事例は、実用化から5年近くが経つ。ソリューションの構築を手がけた株式会社ヘッドウォータースは、その後も「社会実装のリーディングケースとなるような事例を、どこよりも早く手がけることに努めてきました」と、代表取締役の篠田庸介さんは語る。

 ライブカメラが捉えた人の数・動きを抽象的な模式図へと再構成し、プライバシーに配慮しながら"密"を警戒できるソリューションをはじめ、駐車場内のセンサー・カメラのデータから空きを予測して入場待ちを誘導する機能、あるいはテキストチャットの文章解析から"心"を理解し、本人の特性とマッチしそうな仕事を提案する試みなど、同社によって実用化されたAIの事例は、実に多種多彩だ。技術的にも用途的にもバラエティーに富んだ実績はPR効果も抜群で、近しい活用法を検討する企業からの問い合わせが絶えないという。

 これほどのペースで普及が続けば、いずれ目新しさやありがたみが薄れてしまい、AIの専門家集団としてのビジネスが成り立たなくなってしまうのではないか。傍から見ていると余計な心配をしたくなるほどの勢いだが、篠田さんのスタンスは明快だ。

「むしろ、早くコモディティ(生活必需品)化させたい。AIを、今よりもっとありふれた日用品にしたいのです。どれほど役立つAIがあってもユーザーが少ないうちは、高額な開発費用が導入コストに転嫁されてしまうため、『まだ人にやらせておけばよい』と先送りされがちなのが実情。ですから『使うのが当たり前になって初めて、AIは人を幸せにできる』というのが私の考えで、当社のビジネスにとっても、今後AIがコモディティ化していく過程で、これまで以上に大きなチャンスがあると確信しています」

ネット社会での事業創造を志し、会社を設立

篠田 庸介(株式会社ヘッドウォータース)インタビュー写真

 デジタル化というトレンドの先頭をひた走る篠田さんが生まれ育ったのは東京都西部、自宅から最寄り駅まで徒歩1時間という山あいの地だった。教員だった父親は厳格で、小学4年生からはテレビも禁止。"昨日観た話"で級友と盛り上がっていた時間は、図書館で没頭する読書、そして現在も続ける趣味のサッカーに注がれた。

 好きなことにはとことん打ち込む半面、興味と関係なく取り組まされる学業は性に合わなかったという。持ち前の集中力で「高3の途中から少し問題集を解いただけ」で大学には合格したものの、先輩の誘いでビジネスの世界に関わりだすと、ほどなく中退を決め、寸暇を惜しむように営業活動に明け暮れた。

「20代前半はリアリティと刺激を求めていた」と振り返る篠田さん。特に起業を意識したことはなかったが、勤務先のトップが散財に走って会社が倒産。急きょ仲間とコンピューターグラフィックスの制作受託企業を立ち上げることとなった。

 ここで再び営業を担う一方、「いつまでもそれだけでよいのか」との思いも募りだした1990年代半ば、篠田さんは、憧れの若手起業家だったソフトバンク(現ソフトバンクグループ株式会社)の孫正義氏が「これからはインターネットの時代」と予言する講演に感化され、インターネットビジネスとネットベンチャー企業の研究を始める。同時にパソコンを買いそろえて手を動かし、トップ営業の傍ら社内ネットワークやデータベース、ポータルサイトの構築までこなすスキルを独学で習得していった。

 既存のものを売るだけでなく、デジタル技術を生かして新たな製品やサービスをつくる。そんな未来が見えた篠田さんは、30歳で自ら設立したeラーニング教材の開発販売会社の代表に就く。ここでの体験が、現在率いるヘッドウォータースの誕生を決定づけた。

"源流"を意味する社名に込めた思い

篠田 庸介(株式会社ヘッドウォータース)インタビュー写真

 eラーニング企業でソフトウエア開発に着手した篠田さんは、このとき初めてエンジニアを社員として迎え、あることに気がついたという。

「ITに詳しくない人にとっては魔法のようなことを、エンジニアは技術力で、いとも簡単に実現してしまいます。間近に見てそのすごさを再認識したと同時に、彼らの多くがチーム運営やコミュニケーション、事業開発といった、技術以外の事柄にほとんど興味を示さないのを、非常にもったいないと感じました」

 技術をもとにビジネスを育てるテック企業の隆盛が米国から聞こえてくるのに、「注文どおりの仕事を納めるだけ」というエンジニアの働き方で、真価が発揮されたといえるのか。ビジネスが価値を生む源泉から遠い下請け的な地位を脱しなければ、いずれ新興国と真っ向勝負のコスト競争に追い込まれてしまう。おりしもeラーニング業界のビジネスモデルがパッケージの売り切りからサブスクリプション型のサービスへと激変していく中、篠田さんは「技術で新たなビジネスを生む風土を持ったチームづくりが不可欠」との確信を深めていった。

 経済的・文化的に成熟した日本の強みを生かすためにも、作り込んだサービス・洗練されたユーザー体験を武器に、率先してビジネスを仕掛けたい。1人では難しくても、さまざまな強みを持つ者が合流して共通の文化を育て、大きな流れを生み出せれば必ず実現できる。そう決心し、2005年にeラーニング企業から分離独立した篠田さんが新会社に与えた名前が、川の源流を意味する「ヘッドウォータース(Headwaters)」だった。

Pepperとの出会いが、飛躍の契機に

篠田 庸介(株式会社ヘッドウォータース)インタビュー写真

「高度なITナレッジを駆使して事業を開拓・推進する、新しいタイプのエンジニアを現代日本に輩出する」との理念を掲げ、たった1人から船出したヘッドウォータースは、その後3年で百数十人の同志を獲得した。篠田さんは、採用成功の大きな要因が「自らブログで行った情報発信」にあったと分析する。

「長い人生を見据えて成功を目指すなら、特に若いうちは目先の損得にとらわれず、仲間のために汗をかき、業務外でも意欲的に学んで "土台"を築くべきだという持論を、リーマンショック後という世相も踏まえて忌憚なく伝えました。一般受けはしなくても、世の中全体の3%に刺されば十分と割り切ったことで、強く共感してくれる人が集まった。おかげで早期にビジョンを共有でき、お互いにとってプラスだったと思います」

 もう一つ、同社が特色あるベンチャーとして注目された理由が「独立事業部制」だった。これは全社員を対象に新規事業の企画実行を募る制度で、発案者本人は「事業部長」となり、社内からメンバーをスカウトする。事業内容、ビジネスモデル、収支予算はもとより、利益の還元・再投資や、自身を含むメンバー全員の報酬額まで事業部長に委ねる仕組みだった。

 いわば「徹底した社内カンパニー制」で起業家精神を刺激し、将来の事業の柱を発掘するこの取り組みは約10年続き、最も多いときで12事業部がそれぞれのビジネスを展開した。ゲーム開発では数タイトルをヒットさせ、現在提供中の新人教育向けクラウドサービス「Pocket Work Mate」も、このとき原型が誕生。東南アジアに進出したソフトウエア開発事業は、途中から会社本体の事業と位置づけて集中投資し、ベトナム・ハノイで日系企業随一の150人を現地雇用するなど、ビジネス創出の経験を着実に積み上げた。

 さらに特筆すべきは、この独立事業部制のもとソフトバンクから受託した、人型ロボット「Pepper(ペッパー)」のアプリケーション開発事業だ。2015年、篠田さんが私淑する孫氏発案による極秘プロジェクトへ、くしくも参画。篠田さんにも当初伏せられていたヘッドウォータースのミッションは「吉本興業のクリエイターが演出したロボットのせりふやしぐさを、外部のクラウドサービスなどと連動させながら具現化する」というもので、発表前からPepper関連の開発に参加できた外部企業は、実はわずか数社だった。貴重な経験から得た成果を、篠田さんは次のように語る。

「Pepper本体は、動作用のメカと知覚を担うセンサー類、タブレット端末で構成され、最大の特徴とされた対話機能はクラウド上のAIが担っています。また、応対中に顧客情報を参照したり、決済機能を使ったりできるよう、外部システムと連携させる専用アプリケーションの開発も必要でした。つまりPepperの実用化に際しては、ロボット・クラウド・アプリに対する横断的な理解が求められたのです。今までにないチャレンジでしたが、それを楽しむ文化を私たちが持っていたからこそ要求をクリアでき、以後Pepperだけで400以上の企画開発実績を積むことができました」

 ヘッドウォータースは現在、特にロボットを介したコミュニケーションを支援する分野でリーディングカンパニーを自任している。そこに至る過程では、ロボットをより賢く・安価に運用するために最新のAIを多数検証したほか、連携先を簡単に切り替えられるAI開発運用プラットフォーム「SyncLect(シンクレクト)」も構築している。

Pepperとの出会いを機に、創業以来発掘してきた中で最大の鉱脈を見いだした同社は、これ以降「AIの社会実装」にリソースを集中させ、成長の加速を図ることとなる。

上場のハードルに向き合い、チームを強くする

篠田 庸介(株式会社ヘッドウォータース)インタビュー写真

 ヘッドウォータースの創業から10年弱、AIの社会実装という成長戦略が明確になったタイミングで、篠田さんは当時の自身と同じ40代半ばで株式上場を経験した旧知の経営者に連絡を取り、上場に関して率直な感想を尋ねるようになった。

 その結果、「デメリットはほぼなく、必要以上に身構えなくてもできるという感触」が得られたこと、また上場準備にあたって取り組む社内体制の見直しや、増大する手続きといった負担も「より強いチームを作るのに有益で必要なプロセス」と前向きに受け止められたことから、本格的な上場準備に入ったという。

 東京証券取引所マザーズへの上場は、2020年9月29日。おりしもコロナ禍でビジネスのオンライン化が加速、AI活用を含めたDX(デジタルトランスフォーメーション)への期待が高まっていたこともあり、上場4日目でようやく付いた初値は公開価格の11.9倍を記録した。

 ただ篠田さん自身は、上場という節目を華々しく迎えた結果よりむしろ、そこまでのプロセスで達成感を感じたと明かし、こうコメントする。

「上場準備というタイミングで、長期的に重要と知りながら棚上げしていたテーマと真摯に向き合い、はっきり結論を出せたのが何よりよかったと思います。上場は、それまでの集大成であると同時に、より多くの人々に貢献していくための出発点。ある瞬間だけを捉えず、10年後、20年後に何が実現できるかを、常に問い続けたいと思います」

「将来上場を考えている経営者の方々には『会社をよりよくしたいのであれば、デメリットは1つもないので、ぜひ上場にチャレンジしてほしい』『やると決心さえすれば、必ず実現できる』とお伝えしたいです」

人のセンスや裁量を、AIで支える社会へ

篠田 庸介(株式会社ヘッドウォータース)インタビュー写真

 社名の由来が示すとおり、主体的にビジネスを生み出す姿勢を重んじるヘッドウォータースは、社外との協業においても価値観の近しいパートナーを選んでいるという。最近の分かりやすい例が、「遊べる本屋」のコンセプトと、現場主導のユニークな品ぞろえで知られる株式会社ヴィレッジヴァンガードコーポレーションとの業務提携だ。

 2021年からスタートした共同事業では、実店舗のセンシングによる消費者行動データの蓄積とデータ活用基盤の構築に取り組み、顧客行動の可視化・分析を通じた購入率の向上を目指している。また、店舗運営で実際に効果が実証されたAIの学習モデルなどを、他企業に提供することも計画しているという。

 ここでやはり気になるのは、ユニークな商品を買い付けて紹介するスタッフのセンスや人柄が伝わってくる "ヴィレヴァン"ならでは魅力が、AIによって失われないかどうかだろう。篠田さんは、自身の見解をこう語る。

「ヴィレッジヴァンガードの店舗では、過去にデザインTシャツの値段を下げたとたん爆発的に売れた、つまり仕入れのセンスはよかったのに価格設定が売上のネックになっていたケースがあるそうです。もしこの店舗がセンシングやAIを導入していたら、例えば『手に取った買い物客が値札を見て元に戻した』のをいち早く捉えてスタッフに通知し、すぐ価格を見直せたかもしれません。今回の試みでは、店内に常時くまなく目を届かせたいスタッフをサポートし、人のセンスや裁量をさらに発揮できる環境づくりを目指しています」

 "巣ごもり消費"が伸びた2020年時点でも、日本の消費者向け物販のEC化率は10%に満たない。*まだまだ小売の主戦場である実店舗の魅力を引き立てるAIの力が実証されれば、多くの企業にとって見逃せないリーディングケースとなることは間違いないだろう。
*経済産業省 商務情報政策局 情報経済課(令和3年7月)「令和2年度産業経済研究委託事業(電子商取引に関する市場調査)報告書」による

「コモディティとして使い続けていただける、手軽で実用的なAIソリューションを普及させることが、私たちにとっても安定基盤を築き、さらなる挑戦的なプロジェクトの土台になると考えています。現在2割ほどの継続的な収益源を、最終的に半分まで伸ばせたら」。そう意欲をのぞかせる篠田さんは、50歳を超えた今もサッカーとトレーニングで週5日汗を流すだけあり、若々しく軽やかな身のこなしが印象的。清冽な源流が周囲を潤しながら行き着く大海の広さは、いまだ計り知れない。

(文=相馬大輔 写真=高橋慎一 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2022/03/18

プロフィール

篠田 庸介(株式会社ヘッドウォータース)プロフィール写真
篠田 庸介
株式会社ヘッドウォータース 代表取締役
1968 年
東京都生まれ
1989 年
株式会社プレステージジャパングループ入社
1997 年
ジャパンエデュケーションキャピタル株式会社(現・株式会社スマートビジョン)設立 代表取締役会長
1999 年
株式会社ネットマーク(現・株式会社アイソルート)設立 代表取締役社長
株式会社日本サービス企画 設立 取締役
2005 年
株式会社スマートビジョンテクノロジー(現・株式会社ヘッドウォータース)設立、代表取締役
2020 年
東京証券取引所 マザーズ市場へ株式上場

会社概要

株式会社ヘッドウォータース
株式会社ヘッドウォータース
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  • 業種:情報・通信業
  • 上場日:2020/09/29