上場会社トップインタビュー「創」

株式会社i-plug
  • コード:4177
  • 業種:情報・通信業
  • 上場日:2021/03/18
中野 智哉(株式会社i-plug)

創業初年に抱いた危機感がアイデアに結実

中野 智哉(株式会社i-plug)インタビュー写真

 「自分もこういうことがしたいのに」

 2012年6月。あるイベント会場で輝かしいビジネスアイデアを披露するスタートアップ起業家たちを眺めながら、当時33歳だった株式会社i-plugの代表取締役 CEO 中野 智哉さんは焦りを募らせていた。

 2カ月前設立したばかりのi-plugでは「我が子が大きくなったとき誇れるサービスを」と、当初は学生向けのSNSを運営する予定だった。しかし事業として見通しが立たず、リリース直前で断念。代わりに大学生活の“出口”となる新卒対象の人材紹介事業を始めたものの、事業拡大のビジョンや道筋は描けていなかった。

 起業に賭けた自身を含む創業メンバー3人は、全員会社を辞めて退路を断っている。手元の資金は、あと半年を待たずに底をつく。後がない状況まで追い詰められた、この時の中野さんの脳裏に突如ひらめいたのが、同社が現在主力事業とする逆求人型就活サイト「OfferBox(オファーボックス)」のアイデアだった。

 「これはいけるかも」と直感した中野さんが1週間でまとめた事業概要に、他のメンバーも勝機を見いだし、起死回生のWebサイト開発が始まった。学生200人・企業100社への徹底したヒアリングで仕様を固め、2カ月後にはベータ版をリリース。その3カ月後に到来した就活解禁日は、学生2,000人・企業70社の登録を獲得して迎えた。

 以降もOfferBoxは、少子高齢化に伴う採用難、あるいは度重なるルール変更といった新卒採用市場のトレンドに素早く適応。11年目を迎えた現在、民間就職を希望する大卒者の「ほぼ2人に1人」(2023年卒約44万9,000人中の21万6,000人)が、また新卒採用を行う企業の「3社に1社以上」(中野さん)が利用するサービスに成長した。

 OfferBoxを介して実際に就職を決める人数も増え続けており、2023年卒では6,000人を突破。逆求人型サイトではもちろんのこと、長く王道とされてきた「ナビ型」を含む新卒向け就活サイト全体でも有数の存在感を示しつつある。

コミュニケーションの質を重視、数をあえて絞る

中野 智哉(株式会社i-plug)インタビュー写真

 学生が志望する企業へのエントリーから始まる一般的な就活に対し、「逆求人型」をうたうOfferBoxでは、まず企業の採用担当者がサイト内を検索し、学生記入の自己プロフィールなどを閲覧する。企業側が個別にやり取りしたい学生に対して「オファー」を送信すると、本格的なマッチングがスタート。学生がオファーを承認すれば、そこから本選考やインターンシップの日程案内といった、内定に向けたフローが動きだす仕組みだ。

 ナビ型サイトや就活イベントと異なり、学生からのアプローチを前提としない逆求人型は、企業や事業への認知・興味をあらかじめ獲得するのが難しいシーンで、特に強みを発揮できるという。中小企業による初めての新卒採用、あるいは大手でも既存のイメージと異なる新規領域での専門人材採用などが代表例だ。

 OfferBoxは学生側の利用が無料であるほか、企業側に対しても内定承諾を基準にした成功報酬制が基本。採用1人あたりの対価は「人材紹介業界の相場に比べると低価格」(中野さん)に設定しており、新卒採用にかかるコストやリスクが抑えられる点も、幅広い支持につながっている。

 もっとも他の就活サイトと比べたとき、OfferBoxならではのコンセプトが際立つポイントは別にある。サービス開始以来続く、ユーザー間のやり取りへの「通数制限」だ。

 「採用予定1人につき送信可能なオファーは40枠まで」と、企業側に上限を設けるだけでなく、学生側にも「受け取ったオファーに意思表示しない限り、15枠を超える新規オファーが受け取れない」縛りをかけたこのシステムは、人材業界で前例のないものだった。これは無論、メッセージを簡単に・何通でも送信できるネットを最大限利用することが、それまで採用市場では“常識”だったためだ。

 同社があえて数を絞り込む決断をしたのは、人と人との落ち着いたコミュニケーションが成り立つ雰囲気づくりを優先し、「ユーザーにとって居心地の良い場」を提供することが、自社にとっても最善の戦略だという確信からだった。

 中野さんは、次のように解説する。
「企業が採用候補者にスカウトやオファーを送れるサービスそのものは珍しくなく、業界各社が過去に一度は参入しています。ただその中でも、伸びるサービスはごく一部。差が付く大きな要因は、納得できる就職先や希望に合う新人が見つかるまで、ずっとコミュニケーションしたくなる『居心地の良さ』にあるというのが、私の考えです」

 「OfferBoxの前に参入を検討していたSNSの世界は、まさにコミュニケーションの質、サービスの居心地が人気に直結しますが、求人サイトも全く同じことが言えると思います。サイトの細かな改善を絶えず続け、ユーザーにより長時間滞在してもらうほど、そのサービスならではの雰囲気、文化が確立していき、蓄積していくユーザー行動データを分析することで、いっそう居心地も良くなる。ここまで来ると、後発は簡単に追いつけません。今後手ごわい競合がもし現れても、OfferBoxユーザーからの支持が揺るがないくらい強い文化を築きたいと願っています」

起伏に富んだ“就職氷河期”の足跡

中野 智哉(株式会社i-plug)インタビュー写真

 新卒採用市場をターゲットに、画期的なサービスをヒットさせた中野さんだが、ここで気になるのは、やはり「当の本人が、どんな新卒就活からキャリアを始めたのか」だろう。率直にそう尋ねたところ、返ってきたのは「好きなことしかしない、どうしようもない学生でした」という、苦笑い交じりの答えだった。

 兵庫県西部の緑豊かな地で生まれ育った中野さんは、もともと得意不得意がはっきりしたタイプだったという。父も祖父も事業家という家系の影響からか、自身も経営学部を受験。愛知県の大学に進んだ1997年にはアジア通貨危機が発生し、国内は“就職氷河期”のピークを迎えつつあった。

 しかし当時の中野さんは、どこ吹く風と毎日テニス漬け。4年になるまで卒業要件の半分に満たなかった単位は何とか揃えたものの、肝心の新卒就活は「説明会に1度顔を出しただけ」で終えてしまった。

 卒業後実家に戻った中野さんは、ふと目にした新聞折り込みがきっかけで、発行元の求人広告会社に営業職として入社。しかし在籍した4カ月の間に同僚50人の大半が入れ替わる過酷な環境と、社長からの到底ありえない指示を受け、退職を決める。
 そこから10カ月間の“ニート生活”に突入すると、半年で25kgを落とすダイエットに成功。見違える姿になって再就職した先は、別の求人広告会社の歩合制営業職だった。

10年の業界経験と、ネットビジネスへの熱意がサービスに融合

中野 智哉(株式会社i-plug)インタビュー写真

 起伏に富んだ足跡を淡々と明かす中野さんは、創業社長となった現在につながる会社員時代の経験を、こう振り返る。

 「環境や待遇に不満な時期もありましたが、求人広告の仕事はずっと好きでした。街の社長さん・大手企業の人事・飲食店店長など、いろんな世界の責任者に会って学ぶものが多く、『自分が付けたキャッチコピーで応募数が格段に増える』といった工夫のしがいもありました」
 「求人媒体の主力が紙からWebやモバイルに移り、それまで肌感覚でつかんでいた広告効果がデータで見えるようになった時は衝撃を感じ、勤務先が大手と合併した途端、最先端のロジカルなマネジメントへ一変する様子も目の当たりにしました。何より、2社目の入社当初に全国約600人の最下位だった営業成績を、約7年かけてトップクラスにできたことが自信につながりました」

 リーマンショック後の採用市場の冷え込みもあり、2010年からビジネススクールに通って経営理論を学びだした中野さんは、やがて「オンラインのマッチングの場となるプラットフォームを提供したい」「良質なコミュニケーションで居心地良く過ごせる場をWeb上に増やしたい」と、ネットビジネスでの起業意思を固めていく。

 「人材関連で事業を興す気は全くなかった」とはいえ、ギリギリの局面で中野さんがつかんだOfferBoxのアイデアは、やはり求人広告の世界で長年培った経験に裏打ちされている。具体的には、「採用できた時だけ支払う成功報酬制の求人サイトが好調」、あるいは「某求人サイトの荒削りなスカウト機能を駆使し、採用に成功していた中小企業の事例」といった知見を呼び起こし、ネットビジネスの要素に組み込んで得たたまものだった。

上場で手に入れた「成長へのライセンス」

中野 智哉(株式会社i-plug)インタビュー写真

 好きなことをとことん突き詰め、持ち前のバイタリティーとアイデアでi-plugを引っ張る中野さんだが、その意思決定は独断専行でなく、柔軟さをうかがわせる場面も少なくない。

 今あるOfferBoxの特徴のうち、「自身のオリジナルのアイデアがそのまま残っているのは通数制限くらい」だという。サービスの利用動向やユーザーの要望、他の創業メンバーの意見次第では「個人的な思い入れを抑えて"折衷案"を選ぶこともある」とのことだ。

 長文の自由記述が可能なOfferBoxのプロフィール欄も、その一例。中野さんは当初、「面倒なら全く書かないし、長すぎる文章も読まれない」と懸念を示したが、現在では学生の人となりが伝わる、他サービスにない機能として定着。運用面では「プロフィールを書く・書かないは学生に、検索して読む・読まないは企業に委ね、それ以上の介入はしない」こととし、ユーザーの自由と利便性、公平性をバランスさせている。

 事業の根幹に関わるOfferBoxの料金体系も、トップの一存では決めないようだ。サービス開始以来、中野さんは「お客様が喜ぶ瞬間に意識を集中させたい」と、内定承諾時に受け取る成功報酬にこだわってきたが、2016年卒の就活スケジュールが前年より大幅に後ろ倒しされたのに伴い、「本選考前のインターンシップで使いたい」との要望が採用側から殺到。知恵を絞った末、前売り割引方式のプラン「早期定額型」を追加する判断は大当たりし、今日ではこのプランが、全社売上高の8割近くを占めている。

 好調な業績を追い風に、i-plugは2021年3月18日、東証マザーズ(現グロース)に株式を上場。「広く採用に関わるインフラ提供を目指す企業として、上場基準に耐える安定したガバナンスを構築する」との目的を達成した。

 上場会社になって実感したメリットとして、中野さんは「期待したとおり、人材業界内での信用が高まった」とコメント。さらに、こう続ける。
「経営に緊張感を持つ意味で、上場前からアクティブユーザー数やオファー承認件数などのKPIは月次で発表し、人材業界随一の情報公開レベルと自負してきました。ここ2年、上場会社のIR資料という観点で注目されるようになってからは社外からの評価も高まり、結果として魅力的なM&Aの情報をいただく機会が一気に増えました」

 創業以来本拠とする大阪で「先輩から受けた恩を全力で次世代に送る」起業家支援にも熱心な中野さんは、そうした若手の未来を念頭に、上場への向き合い方を次のようにアドバイスする。
「私自身が先輩から聞いて納得した例えですが、パワーもリスクもある企業の経営は『自動車の運転』のようなもの。速く・遠くまで・安全に行きたい経営者は、教習所に通うつもりで必ず上場準備にチャレンジした方がよいでしょう。『メリットしかない』と断言します」

分け隔てない、開かれたマインドで飛躍に挑む

中野 智哉(株式会社i-plug)インタビュー写真

 OfferBoxを通じて逆求人型の就活を広め、時代にふさわしい採用活動のアップデートに貢献してきたi-plugは例年、自社の新卒採用にもサービスを利用している。

 「出社不要・コアタイムなし」という自由な働き方で、全国各地に住む200人以上が従事する会社のサービスから、運営に携わる仕事のオファーが届くとなれば、気になる学生ユーザーは少なくないことだろう。

 さらに、「『社長と社員』という関係は役割で、本来は誰でも対等。社内でいちばん人との距離感が近いことは自覚していますが、社員に誘われて予定が合えば、いつでも会うようにしています」と中野さん。初対面でも瞬く間に打ち解ける希有な才能は、直近では起業家仲間と週末出かけるフィッシングで存分に発揮されている。
「冗談交じりに話しながら糸を垂れ、釣った魚をさばいて一緒に酒を飲む。そのプロセス全てが最高です。仕事の相談も交えるのでオン・オフの垣根はなく、スケジュールは常に満杯ですが、ストレスを感じたことは一度もないですね」

 今後もOfferBoxは、サイトの居心地の地道な向上はもとより、適性検査結果から採用企業で活躍できるタイプの学生をスクリーニングできる追加機能などでマッチング精度の向上を図っていくという。その先には、2022年8月リリースの20代・30代向けオファー型転職サイト「PaceBox」(ペースボックス)など、個人のキャリアや企業の人事部門を対象にした事業拡大、さらにそれらをつなぐエコシステムの構築構想も控えている。

 「上場を経たことで、i-plugが取り組める事業の幅は格段に広がりました。1社目の就職以降についても、社会に求められ、よい影響を及ぼせそうな分野には積極的にチャレンジしたい」と中野さん。常に開かれたマインドが導き出す、新たな直感に驚かされる日も近そうだ。

(文=相馬 大輔 写真=永田 謙一郎 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2023/03/08

プロフィール

中野 智哉(株式会社i-plug)プロフィール写真
中野 智哉
株式会社i-plug 代表取締役社長CEO
1978 年
兵庫県生まれ
2001 年
中京大学経営学部経営学科卒業
2002 年
株式会社インテリジェンス(現 パーソルキャリア株式会社)入社
2012 年
グロービス経営大学院大学経営研究科経営専攻修了(MBA)
2021 年
株式会社i-plugを設立、代表取締役CEOに就任
2021 年
東京証券取引所 マザーズ(現グロース)市場上場

会社概要

株式会社i-plug
株式会社i-plug
  • コード:4177
  • 業種:情報・通信業
  • 上場日:2021/03/18