上場会社トップインタビュー「創」

Appier Group株式会社
  • コード:4180
  • 業種:情報・通信業
  • 上場日:2021/03/30
チハン・ユー(Appier Group株式会社)

AI科学者が起業を意識した理由は

Appier Group(エイピア・グループ)株式会社は2012年に台湾で創業したAI x SaaS企業だ。2021年に東京証券取引所マザーズ市場(現グロース市場)に上場後、1年9カ月という速さでプライム市場に市場変更した。より効果の高い運営を可能にするビジネスの意思決定サポートAIなど、多種のマーケティング・ソリューションを開発、提供している。
 創業12年を経たいま、アジア太平洋地域、アメリカ、ヨーロッパに17拠点を置き、トヨタフィリピンや台湾資生堂などを顧客とし、創業地の台湾では「AIといえばエイピア」と名前が上がるほど有名企業となった。最高経営責任者(CEO)兼共同創業者のチハン・ユーさんは、もともと史上初、200マイル(約320キロ)を走破した自動運転車の開発にも携わった、AI科学者だった。科学者として成功を収めた彼が、なぜビジネスマンに転身したのだろうか。

チハン・ユー(Appier Group株式会社)

「会社を立ち上げる前は10年ぐらいAIの研究をしていました。自動運転車や自動で動くロボットなど、歴史に残るような最先端の研究ではありましたが、最先端の技術がゆえに、当時の社会で実用化される状況ではなかったのです。2010年ごろからAIを直接社会に貢献できる形で実装したいと思っていたのですが、多くの人にとってAIの活用はまだ知られていませんでした。当時はアメリカと比べてアジアにはまだデータにフォーカスした会社があまりないことにも気づき、AIの会社をアジアで立ち上げることを決めました。背景にはアメリカで学ぶアジア人学生として故郷に帰って何かをしたい、国際的なステージで成長していきたいという思いが強くありました。多くの人にとって、ソフトウェアインテリジェンスを使いやすくするビジネスによって、経済に影響を与え、才能あるアジアの人たちにとってグローバルなプラットフォームとなる会社にしたかったのです。このビジョンは会社を立ち上げてから徐々に現実化してきました」

ウォンリン・リー(Appier Group株式会社)

ウォンリン・リーさん

 こうして、ハーバード大学で同じコンピューター・サイエンスの博士課程の学生でルームメイトでもあったチャユン・スーさん(現最高情報責任者(CIO)兼共同創業者)と科学者らしくブレストから始め、スタンフォード大学で出会ったウォンリン・リーさん(現最高執行責任者(COO)兼共同創業者、左写真)を会社に招いた。

「2人は科学者とエンジニアでしたので、テクノロジーをどう社会実装するか、コンセプトやアイデアを言語化して伝えられる人材を探していたようです。そして私が会社に誘われました。」とウォンリンさんは言う。

チハン・ユー(Appier Group株式会社)

「そのころ彼女は免疫学を研究していて、卓越した実績を残していました。いま私たちは夫婦ですが、当時は友人で、才能がある人材をリクルートできたことはうれしかったです」

 3人はゲームのためのAIエンジン企業を立ち上げたが、一種のメタバースにおけるAIエージェントは当時としては早すぎて、資金がショートしかけ、銀行に残り数カ月の資金しかなくなったこともあった。だが、現在のマーケティング・ソリューションを提供するビジネスに舵を切ることで、無事エイピアを軌道に乗せた。そんな彼らに大きな選択の機会が訪れた。

「2015年ごろ、私たちは会社の次のステップを考え始めていました。ずっと現状のまま会社経営を続けるかなど、会社の将来に対してあらゆる可能性をリサーチしていたのです。当時、会社はまだ小規模で、アメリカのトレードショーに出展し、小さなブースで営業活動をしていました。実はそこに東京証券取引所の担当者がいらして、上場に関する資料をいただいたのです。それで上場という選択肢が生まれました。上場すればビジネスを大きくでき、投資家にも利益を出せるのではないかと検討し、東証への上場を決めました。私たちにとって、東証への上場は本当に正しい選択でしたし、最初のオファーに感謝しています」

苦労を苦労と思わない前向きなメンタリティ

ウォンリン・リー(Appier Group株式会社)

 しかし言語も違い、上場には大変なご苦労があったのではないかと尋ねたところ、ウォンリンさんから驚くべき答えが返ってきた。

「上場という目標を達成するためにやるべきことはやらなくてはならず、苦労とは思いませんでした。私たちはスタートアップで脆弱でしたから…会社を上場するのは成長体験みたいなものでした。信頼される上場企業になるためにはコーポレートガバナンスや内部管理体制を強化する必要があり、上場基準を満たす努力は自分たちの会社のために当然必要なことでした。一番重要なのは、それが自分たちのためになることだと思ってやっていくことで、実際にそうすることでより良い企業に成長し、より良い組織になっていきました。私たちにとってはどのプロセスも意味がありましたし、成果をあげて会社をしっかり成長させることができました。上場後の今では、本当にビジネスを盤石にサステナブルにできて、信頼してもらえる組織だと株主様に分かっていただけるようにもなりました」

 言語の違いもほとんど問題にならず、上場企業として経営も業務も改善するなどより良い組織づくりができ、顧客からの信頼度も上がり、人材確保もやりやすくなったという。

チハン・ユー(Appier Group株式会社)

 そしてプライム市場へのスピーディーな移行。

「グロース市場のままでもうまくいっていたのですが、プライム市場に移れば、より多くの機関投資家が株主として参加して頂けるため、多くの資金が集まります。グロース市場にも多くの投資家が集まってはいますが、グロース市場に注目しない投資家もいますし、プライム市場にはより大きな資金力があります。そういうわけで、証券会社等の助力もあって、市場区分変更の申請を始め、上場から1年9カ月後にグロースからプライムへ市場区分変更を実現しました。グロース市場からプライム市場への移行はかなり早いほうだったと思います。このプロセスそのものが、もともとプライム上場で達成したかった投資や取引額の増加につながりました」とチハンさんは言う。

多様性が自然発生する人材登用でイノベーションが生まれやすく

ウォンリン・リー(Appier Group株式会社)

 経営者が優秀かつ努力家であることはどこの上場企業でも共通かもしれないが、それにしても一体どのように人材を集めているのだろうか。科学者とエンジニア、そして免疫学者が創業した同社には、友人の伝手で当初から優秀な人材が集まったが、彼らをどのように引き留めておくのか。ウォンリンさんにとって、才能の確保は最重要事項だ。

「イノベーションが生まれやすくするため、AI科学者やエンジニアがコンスタントに楽しく情熱を持って新しいテクノロジーを生み出せる環境づくりが重要です。そうした環境に人材を迎えられたら、新しい人材は自然に入ってきます。一番大事なのは、AI科学者やエンジニアがやりたいことをやれることです。ビジネス的に見ても、作りたいものを作っている人が結果的に素晴らしいものを作っています。もちろんAI科学者やエンジニアと同様、一緒に働いてくれるビジネスパーソンも全員大事ですが、素晴らしいものを作っている限り、ビジネスも呼び込めるし、ビジネス面で秀でた人材も入ってきてくれます」

チハン・ユー(Appier Group株式会社)

 能力重視、言い換えれば性別や年齢や国籍を判断基準にしない人事で、多様な人々が集まり、それがさらなる好循環につながった。チハンさんはエイピア・グループの多様性は自然発生したと言う。

「働いているとき、相手のジェンダーとか年齢とか国籍については忘れていますよね。私たちはそうしてきたし、そういう伝統です。エイピアは男性社員が何人で女性社員が何人と決めたこともありませんでした。人数構成を教えてくれと外部の方から言われて初めて、エイピアはかなり多様だったと分かりました。いまは社員の男女比が6:4くらい。国籍は約30カ国です。リクルートの段階では能力にしかフォーカスしません。アメリカに住んでいた頃は、私たち自身が多様性を構成する一員だったのですから、会社を設立するときにこうしたコンセプトは当たり前にありました」

Appier Group株式会社

エイピアが大切にしている価値観

チハン・ユー(Appier Group株式会社)

 彼らの企業文化の醸成も、生き生きした社内環境を保つ後押しとなっている。Openminded、Direct Communication、Ambitionと書かれた可愛いステッカーが日本法人代表のPCに貼られていた。

「大事だと思うことをステッカーにしています。オープンマインド(先入観を持たず受け入れること)、ダイレクト・コミュニケーション、アンビション(向上心を持つこと)の3つで、特にオープンマインドが大切です。というのも、我々の業界はすごく発展が早く、市場で何が起こっているのか、何が新しいのか、常に先入観なく見ていないといけないからです。アップデートされたばかりの最新情報や人々の意見に耳を傾けないといけません。それに、ダイレクトなコミュニケーションはグローバルに事業をやるためには本当に大事です。設立間もない組織にもかかわらず多くの国でビジネスをしていますが、直接コミュニケーションを取れば、悩む必要がなくなり、より早く効果的に問題を解決できます。最後の一つが向上心を持つことです。普通の会社ではなく、すごい会社にしたいから、テクノロジーやプロダクト、サービスなどいつも最良なものに挑戦し続けていたい。これも重要なメンタリティだと思います」とチハンさんは言う。

Appier Group株式会社

 もちろん、向上心を持つからといって、ただ利益だけを追い求めるわけではない。

「大事にしているのは、相手の立場に立ってみることです。例えば、顧客のために顧客の利益をピンポイントで考えます。そうすればお互いの共通点が見つかります。先方にとっても同じだと思います。見方を変えて相手の立場から物事を見れば、最も大切なことがわかります。そうやって、私たちはいつも顧客、株主、パートナーや雇用者について、立場を変えてみながら考えています。そしてまた、社内の才能開発を続けていくために、業界の人々だけでなく、大学にも多様な奨学金を出したりAIの取り組みを支援したりしています。AIを学ぶすべての人に一企業としてどのように貢献できるのか、才能ある人に会社に入ってきてもらい、社会に持続可能性を生み出していくためにどのように貢献できるか、いつもベストにできているとは思いませんが、影響力のある仕事で世界の持続可能性を高めようとしているつもりです」

チハン・ユー(Appier Group株式会社)

 国をまたぐ企業になったとき、上場企業になったとき、それぞれのターニングポイントでいつもあらゆる立場から新たな可能性を考えてきた。

「まったく変わらなかったのは“変え続けてきた”ことだけです」とチハンさんが言うと、ウォンリンさんが「進化を続けてきましたね」と言い添えた。
「そう、進化です。いつも心地よい場所から出て、前に進むことを肝に銘じてきました」

 エイピア・グループの進化はどこまでも続きそうだ。

(文=遠藤京子 写真=工藤裕之 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2023/11/28

プロフィール

チハン・ユー(Appier Group株式会社)
チハン・ユー Dr. Chih-Han Yu
Appier Group株式会社 代表取締役CEO
2012 年
Appier, Inc. Director(現任)
2013 年
Appier Pte. Ltd. Director就任(現任)
2014 年
Appier Japan株式会社取締役就任(現 代表取締役)
2019 年
当社代表取締役就任(現任)

会社概要

Appier Group株式会社
Appier Group株式会社
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  • 業種:情報・通信業
  • 上場日:2021/03/30