上場会社トップインタビュー「創」

株式会社ハイブリッドテクノロジーズ
  • コード:4260
  • 業種:情報・通信業
  • 上場日:2021/12/23
チャン バン ミン Tran Van Minh(株式会社ハイブリッドテクノロジーズ)

パソコンとビジネス書に傾倒するベトナム人少年から、起業へ

チャン バン ミン Tran Van Minh(株式会社ハイブリッドテクノロジーズ)インタビュー写真

 ベトナムは経済成長著しい東南アジアの国家。社会主義国でありながら、積極的に外国資本を受け入れ、民間企業の台頭が目覚ましい。日本と経済連携が進んでいる国のひとつでもある。約1億人の人口を抱えながら、平均年齢が約33歳と若いのも大きな特徴と言える。

 株式会社ハイブリッドテクノロジーズの創業者であり社長のチャン バン ミンさんは、ベトナムに生まれ、8歳のときに来日。その後、両国間を行き来しながら成長してきた。そのおかげなのか、ミンさんは日本語もベトナム語もネイティブ。2カ国語を操るコミュニケーション力が現在の仕事にも大いに生きているわけだが、意外にも子ども時代は「あまり人と話さない子だった」と自認する。いきなり日本に来た戸惑い、理解してもらえないという思いがあり、興味はパソコンに向かった。

 「自分一人で向き合えるパソコンがいいかなと。ウィンドウズが発売されたばかりでOfficeもまだない時代で、プログラミングに興味を持ちました」

 一方で、中・高校時代には松下幸之助氏の書籍を読みあさった。多くの言葉に感化されたというが、最も好きで今も心に残っているのは「事業は人」だった。
 中・高校生でずいぶん早熟ではないかと聞くと——。

 「なぜそこに感銘を受けたのか自分でもよくわからないです。事業はテクニカルなことがあり、世界情勢や経済など様々な要素が絡みますが、最後に人に行き着くということを教えてもらったような気がしました」

 こうして大学生のときには、起業を視野に入れた歩みを始めることになる。
しかし、いきなり学生起業というわけではなく、日越両国で貿易や製造請負業など3社に勤め、社会人として、日越両国間の事業の経験を重ねた。

企業のDXをハイブリッド型サービスで支える独自のビジネスモデル

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 会社の創業は、2016年4月。そのときにはもう起業自体を目的とは考えていなかった。会社員として、またベトナム企業の日本法人の代表という立場で仕事をしている中で、「自分だったらこんなこともできるのに」「もっと自由に仕事をしたい」という思いから、環境ややり方を変え試行錯誤して行き着いた先が起業だったという。

 「だからと言って自分1人でやろうともやれるとも思っていませんでした。今の大株主も含め、いろいろな人がサポートしてくれました」

 立ち上げたのは、主に取引先のソフトウェア開発をオフショアで行う事業。オフショアとは、コスト削減を目的に業務を人件費の安価な海外の子会社などに移管・委託することをいうが、同社の委託先は自社。縦に長い地形のベトナムの北部・中部・南部の主要都市にオフィスを構え、自社でIT人材を採用し、教育、活用まで一貫体制で行っている。

 「オフショア会社はたくさんあります。ただ、日本とベトナムが連携する上場会社は少なく、ベトナム人が代表を務めるのは当社だけです。さらに日本法人の中に日本人のプロジェクトマネージャーとエンジニア、在日ベトナム人のエンジニアがおり、ベトナムにも大規模な開発組織を持っています。要件定義、コンサルテーション、企画提案などの上流部分は、顧客の日本企業に近い日本で行い、その内容をベトナム人がベトナムのオフィスに指示を出す。この構図を"ハイブリッド型サービス"と呼んでいますが、コミュニケーションに齟齬がなく円滑にサービスが提供できることが強みです」

 同社がオフショアで受注しているのは、社内システムの構築やモバイル・アプリの開発など。特にウェブに関連する開発、ウェブ上でのユーザー体験をデザインすることに強みを持つ。UI/UXデザイン、設計、コンサルティング、アプリやAIの実装が得意分野。作りたいが、何をどう作っていいかわからない企業には、一貫したサービスを提供できる。
 企業のDXへの投資から行うことも多いのが特徴で、ストックビジネスの比率を押し上げ、安定的な経営と成長を担保している。顧客企業にとっては、DXへの初期投資を極小化できるだけでなく、オフショア人材を安定的に活用できる。

 「日本企業がオフショアをやりたいと思っても、現地視察、通訳の採用から始まり、現地の理解に時間がかかります。文化や言葉の壁から打破するのに数年単位の時間をかけてもうまくいかないこともあります。当社のビジネススキームは、顧客企業がオフショアを意識することなく、日本国内で当社の日本人スタッフと協議をするだけで完結します。現地法人をつくる必要がないので、コストメリットを享受できるはずです」

「事業は人」の学び貫き、人中心の事業を推進

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 "ハイブリッド型サービス"という言葉を聞き、社名の由来を知った気がしたが、もう少し掘り下げたい。

 「文字どおり様々な掛け算で成り立つものという意味です。日本とベトナムのハイブリッド、開発手法についてもアジャイルとウォーターフォール※を組み合わせています。日本人とベトナム人の力の合わせることで、両国の懸け橋になれる会社という意味で付けた社名がハイブリッドテクノロジーズです」

 そして学生時代に感銘を受けた「事業は人」を今も事業を推進するうえで貫いている。

 「事業は人なので、何をやるかより誰とやるかを大事にしています。優秀な人材が存分に活躍できる環境の整備が経営の優先課題です。アセットもそこに投資しています。ステークホルダーとの関係性では、ベトナムの良さをもっと日本市場に広めたいと考えています。ベトナム人は日本人と近い国民性で、かつ親日的でもあると思っていますし、実務を推進するうえで小さい時差(2時間)も魅力です」

 その思いは仲間や社員にも伝わっているのか、創業メンバーは4人中3人が残り、直後に入社した十数人も力を発揮しているという。

 「日本法人の人材の定着率は非常に高く、当社にとって彼らの存在は大きいです。半面、ベトナムは転職でキャリアアップしていくのが当たり前の流動性の高い市場です。そういう意味で、ベトナムでは採用がカギになってきます」

※アジャイル開発とウォーターフォール開発
 2つの手法の大きな違いは、開発プロセスで、ウォーターフォール開発は上から下に各工程を後戻りしない前提で進めていく手法。一方のアジャイル開発は機能単位で短いプロセスを素早く繰り返していく手法とされる。現在のDXのように新たな価値を創出していく取り組みは、素早く市場検証を繰り返せるアジャイル開発が適しているとされるが、それぞれに利点や適性がある。

株式会社ハイブリッドテクノロジーズ

新卒採用にかじを切り、ともに成長し新しい景色を見たい

チャン バン ミン Tran Van Minh(株式会社ハイブリッドテクノロジーズ)インタビュー写真

 カギとなるベトナムでの採用に上場が果たした影響は大きい。日本ではひとつの新規上場(IPO)だが、ベトナムでは"たった"ひとつの東証へのIPO。つまりベトナム人創業者初の東京証券市場への上場で、ミンさんが知る限りのベトナムメディアから取材が殺到した。
 注目された結果、格段にベトナム国内の優秀なエンジニアを採用しやすくなったという。

 「ベトナムには、エンジニアは大勢いますが、国立大学を卒業した優秀なエンジニアを採用するときには、会社の認知度、信頼が高くないと難しいのです。50人の採用に対して、従前はせいぜい200人程度でしたが、今は約1,000人の応募があります。新型コロナウイルス流行では、ベトナムのほうが日本より厳しいロックダウン政策をとっていたので、現在は人材の流動性も低く、定着率も格段に上がっています」

 同社では過去には中途のエキスパート採用中心で即戦力を求めていた時期があったが、上場準備を始めた段階から一定の新卒を採用し教育する方向にかじを切った。ガバナンスや内部統制、企業風土の形成に重きを置くようになったからだが、新卒採用に対して社会的な認知度がものを言うのはどの国も同じで、上場が功を奏したというわけだ。

 一方で、新卒採用には教育が重要になる。

「2021年にタレントアカデミーという社内組織を立ち上げ、カリキュラムを作成しました。そこでは日本の文化、考え方、PDCAとは何かを実務に入る前に教えています。新入社員の多くは理系なので技術的には基本的なプログラムは書けますが、最新のプログラム言語についても3カ月程度OJTで習得してもらいます」

 雇用創出は同社が大切にするサステナブルな取り組みの一環でもある。ベトナムでの雇用創出が、日本の課題である労働生産人口の課題に真っ向から寄与している。今はシェアが小さいが、今後の成長が日本のDX促進にも貢献し、社会課題の解決にもつながると信じる。

 企業風土という言葉が出たが、理想の企業像とは——。

 「会社のビジョンは"New view with you."社員、顧客企業の皆さん、日越の関係者などあらゆるステークホルダーと、この事業を通して新しい景色を一緒に見ていきたい。今だけではなく、もっと先まで、一緒に成長して様々な景色を見ていきたいということを浸透させるようにしています」

上場は事業と人を成長させるために必要なエンジン

チャン バン ミン Tran Van Minh(株式会社ハイブリッドテクノロジーズ)インタビュー写真

 ベトナムで注目を集め、様々な影響をもたらした同社の新規上場は2021年12月。世界はまだコロナ禍にあり、ある程度デジタルの力で渡航の不自由は解消できるとはいえ、事業面では向かい風のほうが強かった。

 「コロナ禍では売上が3、4割減少しました。新型コロナウイルスの影響を大きく受けた大口の取引先との取引が急激に減ったからです。これをどうやって挽回したらいいのか。そもそも上場はできるのか。上場準備段階で様々な問題・課題があったうえにビジネス環境の悪化が重なり、苦しくて自分の能力を疑うこともありましたが、仲間の力で乗り越えることができました」

 上場を志したのは、新型コロナウイルス流行前の2018年ころで、当時は万事順調。同社を支える株主の上場後の飛躍を目の当たりにして憧れを感じていた。上場が事業を成長させるためには必要なエンジンだと思ったという。

 「むろん当時の私たちの力だけで上場することは不可能でした。様々な知見を持つ人に力を貸してもらうために、上場に対する自分の熱意を伝え、説得することに苦労しました。結果としてそれを機に現在の取締役の数人が集まってくれました」

 上場を果たした今は、プラスしかないと実感する。

 「上場によって得られた信頼は大きく、取引先によっては発注量を増やしていただけました。これまで与信で通らなかった新規取引先との門戸も開け、ビジネスがスムーズに進められるようになりました。全てが公開されることで、社員に対しても会社の実態が可視化され、やる気にもつながっています。今後の目標設定も明確にすることで、合意形成がしやすくなりました」

 IRについては、背伸びをせず、等身大の会社の姿を正確に発信することを心がける。まだ上場後間もない。「ポテンシャルを理解してほしい」と力を込めた。

DXに対する供給力を高め、新たな価値創出を目指す

チャン バン ミン Tran Van Minh(株式会社ハイブリッドテクノロジーズ)インタビュー写真

 これから見据える未来は——。

 「海外展開も視野に社内で分析はしていますが、現時点ではベトナムとの関係が一番シナジーを生み出せると思っています。日本とベトナムの親和性はとても高いと思っています。ベトナムに対するODAは日本が圧倒的で、日本に対する憧れが根強いんです。それだけではなく、ベトナム自体が成長市場で、優秀なエンジニアが数多くいます」

 まだDXという大きな需要に供給力は足りていないと感じている。

 「この事業はもっと伸びます。私たちもできることをもっと増やさなくてはなりません。例えばブロックチェーンの技術、進化するAI技術をキャッチアップし、IoTを踏まえた研究開発などに力を入れていきます。会社としての戦略を事業化し推進していく人は誰なのかを最も重要視しています」

 「事業は人」この先人の教えが今も根幹にあるミンさんに、後に続く上場を目指す起業家へのメッセージを聞いた。

 「ずっと1人では寂しいので、ベトナム人起業家にはぜひ挑戦してもらいたいと思います。今、上場について教えてほしいとの声がかかることが増えているので、そういう場には積極的に出向いています。私は上場によって大きなメリットを享受できたので、意欲ある同胞にはこの景色を見てほしいと願っています」

 寝ても覚めてもずっと仕事のことを考えている。趣味といえるかわからないと前置きしつつ、「マインドフルネス(瞑想)でストレスを和らげています」という。
 日本とベトナム、8歳から2つの異なる環境に身を置きながら、2つの景色を見て、今では両国をつなぐ懸け橋の役割を担うミンさん。これからも日越の人々と一緒に会社を成長させ、両国の皆の心がときめく新しい景色を見せてほしい。

(文=吉田 香 写真=工藤裕之 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2022/06/27

プロフィール

チャン バン ミン Tran Van Minh(株式会社ハイブリッドテクノロジーズ)プロフィール写真
チャン バン ミン Tran Van Minh
株式会社ハイブリッドテクノロジーズ 代表取締役社長
1986 年
ベトナム生まれ
1994 年
初来日
2016 年
株式会社ハイブリッドテクノロジーズを創業
2021 年
東京証券取引所 マザーズ市場へ株式上場
(2022年4月4日~グロース市場)

会社概要

株式会社ハイブリッドテクノロジーズ
株式会社ハイブリッドテクノロジーズ
  • コード:4260
  • 業種:情報・通信業
  • 上場日:2021/12/23