上場会社トップインタビュー「創」

株式会社 Link-U
  • コード:4446
  • 業種:情報・通信業
  • 上場日:2019/07/18
松原 裕樹(株式会社 Link-U)

経営者一家に育ち、家族に憧れ起業を志す

松原 裕樹(株式会社 Link-U)インタビュー写真

 スマホでマンガを読む——今では当たり前のことも、10年前にはほとんどできず、狭い電車内でマンガ本を広げる人たちがそこかしこで見られる風景だった。その頃にもネットメディアは浸透しており、出版不況は現在よりも深刻だったように感じる。こうしたなか、世界で通用するマンガは、ファンのみならずクールジャパンに活路を見出そうとする政財界からも広く注目を集めていた。
 しかし売れるがゆえにマンガの電子化は立ち遅れた。課金を確実にしてもらえなければ、みすみす打ち出の小槌を手放すようなものだからだ。また読者がストレスなく楽しむためには、高度なIT技術を介在させ、快適な読書環境を提供したうえで、出版社側に利益が上がるモデルを確立する必要があった。だがその技術やノウハウを出版社は自社で持ち合わせていない。
 この「スマホでの快適な読書環境とビジネスモデル」の提供で、人気マンガの出版権を持つ名だたる出版社を支えているのが株式会社Link-Uである。
 同社代表の松原裕樹さん、幼少期から読書に慣れ親しみ、図書館にいつもいたという。とはいえ、だから読書をサポートする仕事を目指したというような簡単なストーリーではなさそうだ。
 経営者を志したのは、幼少期に読んでいた本と家族の影響が大きかった。

「小学校低学年の頃から軍艦が好きで、戦時中のことが記された本を読みあさっていました。その影響で戦後復興にも興味を持ち、我々の世代も経済を盛り上げていけるように頑張らなければいけないなと思ってきました。また、うちは父も祖父もおじもそれぞれ起業家です。皆悩みながらそれでも自分の決めた道を突き進む姿が幼心にかっこいい、自分も熱狂できる何かを見つけて経営したいと漠然と考えていました。父からは絶対に自分の会社には入れないと言われていたので、自分で"道"を見つけることは既定路線。実際にITを軸足にと考えたのは、大学に入った後です」

 松原さんは、大学時代に自分の会社を登記している。大学時代はわずか10年ほど前。既にインターネット関連の業界規模は拡大しており、今後も成長していくことは間違いないと考えていた。卒業後は起業を見据え、楽天株式会社(現・楽天グループ㈱)に就職した。

「ITに決めたので、この分野で学ぶ必要があると思い、伸びている会社への就職を決めました」

今につながる創業期のかけがえのない出会い

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 松原さんは独立を前提に3社でビジネスの経験を積んだ。学びがあり、かけがえのない貴重な出会いも得た。2社目のサイバーエージェントでは新規事業開発室で、数多くの新規事業の立ち上げを目の当たりにし、毎週社長とともに改善点を出していくというPDCAサイクルを経験した。3社目の電通では東大卒の内定者から、のちに創業メンバーとなり現在の取締役CTOである山田剛史さんを紹介された。

「大学院に面白いエンジニアがいると言われ、私は休日を利用してその研究室に通いました。そこではハードウェアと組合せて使うことで個人情報等のセキュリティを担保するようなチップにまつわる研究をしていました。流行っているアプリ開発等ではなく、ディープな研究だったので差別化しやすい点に着目。メンバーとアイデアを出し合い、週末にサービスを作ることを繰り返したことが当社の原点とも言える時間でした。山田の院修了を期して一緒に会社をやろうと、彼は大手IT関連企業からの内定を断り、私は電通を退社しました。彼はビジネス感覚を備え、それに対して技術的なアプローチをするタイプだったので、パートナーとして信頼できたのです」

 2013年創業当初の基幹事業は、サーバーのレンタル事業を掲げた。
「当時はクラウドサーバーの黎明期です。とりあえずクラウドを導入しても、使い方が適していなかったり、コストも高くなる事例がありました。そうしたお客様に対して、適したアプローチでコストダウンを提案して満足いただける自信がありました。レンタルサーバーは毎月売上が立つので創業時の事業としては、やりやすかったということもあります」

 アプリの開発やWebマーケティングも一貫して提供し、お客様の課題に寄り添って一緒に成長していくという点で、大手のクラウドサーバー事業者と差別化を図る同社。創業メンバーは山田さんだけでなく、研究室のメンバーなど若い技術者たちが請われて集った。創業まもない小さな会社。彼らはその先のビジョンに惹かれたのだろうか。

「いえ、何の約束もないまま…。彼らにとって大切なのは、お金でも大きな会社でもなく、自分たちが好きな技術を探求し続けられるかどうかでしたから。自分たちのペースでやりたいことを重視する中で、お客様のニーズを聞きながらコアとなる何かを見つけていくという状況でした。当時は本当にお金もなく、皆で寝泊まりしながら仕事をしていました」

1年半続いたというそんな合宿所のような状態から抜け出せたのは?
「小学館とタッグを組み、『マンガワン(課金ベース型マンガアプリ)』をリリースし、ヒットしたことで光が見えてきました。サーバー事業の側面でも、小学館さんが使ってくれたという信頼と稼働実績の向上から評価されるようになり、別の出版社や別の業種の会社から引き合いが増えました」

事業リスクをとる提携が実を結び飛躍の契機に

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 『マンガワン』リリースのきっかけは、小学館編集部のビジネスプラン募集告知をホームページで見たことだ。要するにビジネスコンペを勝ち抜いたことによる。その頃、既に無料マンガアプリはあったが、課金ベース型は小学館が初めての試みだった。無料だから読まれるというのが当時の常識だったので、不安も大きかった。
 しかし本来リスクを負うのは、発注する小学館側だが、ここは敢えて自社もリスクをとる「レベニューシェア」※の契約を提案した。

「この契約を機に大きく会社として成長できなかったら、1年半以上つらい思いをしてきた意味がないと思いました。それ以前もヒットこそなかったですが、レベニューシェアで事業に取り組んできました。ようやくそれが結実したのです。出版社側にもデジタル化を今後進めるにあたり、イニシャルでかけられる予算に限界があり、リスクを限定したいという考えがあったと思います。当社としてはサーバーを自社で持っているので、仮にヒットしなくてもサーバー費は変わりません。それなら一緒に気持ちよく取り組んでもらったほうがいいですから」

 その結果、マンガワンはヒット。課金ベース型マンガアプリというひとつのビジネスモデル確立に至る。レベニューシェアのかたちをとったことで、裏方ではなく、自社事業として堂々と公表できたことが功を奏した。今では小学館の同業他社ともマンガアプリを手がけるようになっている。

「マンガはトラフィックが出るので、サーバーコストが尋常ではない。通常のクラウドサーバーではかなりの予算が必要です。一般的な開発会社は、サーバーはクラウドで、ソフトウェアの開発で差別化を提案してきますが、当社は両方差別化でき、費用も柔軟に設定できます。サーバーだけ自社でアプリ開発は他社というようなお客様の様々な要望に応えられることが支持につながっています」

 同社ではアプリデザインも手がける。ワンストップで一貫した提案ができるのが大きな強みだ。

※レベニューシェア・・・提携手法のひとつ。 支払い枠が固定されている委託契約ではなく、パートナーとして提携し、リスクを共有しながら、相互の協力で生み出した利益をあらかじめ決めておいた配分率で分け合う。

取り組むのは世の中の課題解決を目指す事業のみ

松原 裕樹(株式会社 Link-U)インタビュー写真

 Link-Uの経営理念は「世の中の課題を技術で解決する」。
意味するところは?
「どんなビジネスでも課題解決が基本です。お客様や世の中にある課題を解決することで対価を得て、経済を回し、社会を良くしていくこと。それがビジネスの役割だと思います。売上が上がっても、課題解決にならない事業には取り組まないと決めています」

 ではどんな課題を解決に導いたのか。
「出版業界のデジタルでの売上は、マンガワンをリリースした頃は10%未満でした。紙の出版物は売上が下がり続けている状況でしたが、現在はデジタルと合わせて年率で成長するところまで戻っています。当社も少しは寄与できたと思っています。マンガアプリ市場も数字に表れるまで広がってきました。今後もお客様が持つ貴重な資産を世の中に広め、収益化につなげていくことを目指します」

 社員の働く環境も、合宿状態からは様変わりした。だが芯の部分、研究室発の雰囲気や社員の裁量は大切にしている。
「働き方はある程度個人に任せています。コロナ禍以前から水曜日は在宅勤務を認め、納期を守ればフレックスタイム制の自由な雰囲気です。採用は基本的に新卒。ゼロから自分たちの開発への考え方、アプローチを共有していきたいという思いからです。当社の場合、転職が多く新陳代謝が激しいと雰囲気が壊れてしまう。そういった風土に適した会社もありますが、私たちはロイヤリティを重視する経営で、新卒入社したエンジニアは創業以来1人も辞めていません。IT業界では珍しいことです」

 確かに創業メンバーもある意味新卒採用で、松原さん自身がまだ若い。ただ昨年からのコロナ禍で、新卒採用者はいきなりリモートワークを強いられている。
「新卒とリモートワークは非常に相性が悪い。卒業した日から変わらない日常が続き、私たちも四苦八苦しています。どうしても放っておかれる感覚になるのは否めません。マンガやゲームが好きな社員が多いので、オンラインで一緒にボードゲームをやったり、仕事以外で時間を共有する、雑談ができる場を作る工夫はしています。とはいえ、新卒メインで今後も考えていくので対面の職場は必要です」

 理想はかつて勤めたサイバーエージェントのように、社長がスローガンを掲げなくても、個々のチームが自発的にモチベーションを上げ、期待値以上のアイデアや成果がいろいろなところから出てくるような社風づくり。良いところをうまく取り入れていきたいと考えている。

社会に貢献していくために上場、より透明性のある経営へ

松原 裕樹(株式会社 Link-U)インタビュー写真

 新規上場は2019年に東証マザーズで、その1年後に東証市場第一部に市場変更した。若いメンバーとの自由な雰囲気の中で、敢えて上場を目指したのは?
「上場は最初から決めていました。社会貢献をしていくためには、外部からの目にさらされながら透明性のある経営をしていかなければならない。会社が成長の軌道に乗ったとしても初志貫徹できるよう、第三者の目を入れて自分にプレッシャーをかけるという意図もあります」

 ただ一筋縄ではいかなかった。まず数年前に起こった「漫画村」の海賊版事件の影響が少なからず業績に響いた。また当時の業界動向により、追加で審査される内容が多々あったため、審査時の説明資料作成の際に出版社の協力も必要であった。しかし、取引先の多くを占める出版社は上場をしていない。なぜ上場を目指すのか、説明し理解してもらいながら進めることが思いのほか大変だったという。タイミングや周りの環境など実力以外の影響もあるからこそ上場は難しい。それでも上場で得られた効果は大きいという。

「あまたあるIT会社のひとつでしかなかった当社が上場をしていることで、まずは話くらい聞こうかとなる。きちんと手続きを踏み、審査されて認可されたことのエビデンスにはなるので、そのことによる信頼性は知名度の低さを補えます。今後は知名度を上げることで、まずは新卒採用の際に親御さんの安心感を勝ち取りたいですね」

「東証一部への市場変更で、対話をする機関投資家の数や規模が変わってきているのを感じます。海外投資家も増えました。また事業の面でも、提携時のスピードが速くなり、社内のモチベーションも上がりました。とはいえ、東証一部企業の中ではまだまだひよっ子。緊張感を持って売上と利益を作り、投資家の期待に応えていかなければなりません。IR面ではフェアディスクロジャーを心がけています。また、ビジネスなので業績の良いとき、悪いときはありますが、どんなときもしっかりと説明し投資家の方々とリレーションを築いていきたいと考えています。今はオンライン説明会が増えてきているので、個人投資家との対話をよりきめ細かく丁寧できるようになりました。コロナ禍では投資家もこうしたアプローチを求めています」

世界的DX、データ格納にイノベーションを

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 これから起業や上場を目指す方へ。
「起業を考えている人は、諦めなければ必ずうまくいくので粘り強くやってほしい。自分自身も最初からうまくいっていたわけではないし、何回もやめようと思った。上場は創業とは別の新しいスタートライン。会社も経営者としても成長できます」

 Link-Uの今後のビジョンは?
「マンガアプリの海外進出とブロックチェーンに力を入れています。日本のマンガは海外で高い評価を受けていますが、現状流通しているのはほとんど紙ベース。IT分野は各国で進化しているので、ポテンシャルは高い。ブロックチェーンについては、データの耐改ざん性、透明性を実現することで、中央集権型のこれまでのサーバーから置き換わり、比率が高まる可能性がある技術です。当社ではポートフォリオとして、オンプレミス(自社運用)、クラウド、ブロックチェーンに取り組んでいますが、中でもブロックチェーンに力を入れていきます。ここにのせるコンテンツとしてマンガ、アニメはグローバルコンテンツなので相性がいいんです」

「今後、世界的にデジタル化がさらに進むと、世の中のデータは増え続けます。データが格納できなくなる状況を見据え、何らか革新的な方法がないと行き詰ります。当社は大量のデータを扱っているので、そのソリューションを見つけ、提供していきたいと考えています」

 三つ子の魂百までなのか、今も本が好きという松原さん。また映画、スポーツにもできるだけ分野が偏らずに触れるようにしている。様々なコンテンツから、何かひらめきがないか意識して探し求めているそうだ。
 松原さんは32歳、入社してくる社員は皆新卒。この先の道はまだ果てしなく続く。彼らがどんな未来のかたちを見せてくれるのか、興味は尽きない。

(文=吉田香 写真=岡村享則 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2021/06/17

プロフィール

松原 裕樹(株式会社 Link-U)プロフィール写真
松原 裕樹
株式会社 Link-U 代表取締役CEO
1989 年
埼玉県生まれ
2011 年
楽天株式会社入社
2012 年
株式会社サイバーエージェント入社
2013 年
株式会社電通入社
2013 年
株式会社Link-U設立、代表取締役CEO(現任)就任
2019 年
東京証券取引所マザーズ市場へ株式上場
2020 年
東京証券取引所市場第一部に市場変更

会社概要

株式会社 Link-U
株式会社 Link-U
  • コード:4446
  • 業種:情報・通信業
  • 上場日:2019/07/18