上場会社トップインタビュー「創」

セルソース株式会社
  • コード:4880
  • 業種:医薬品
  • 上場日:2019/10/28
裙本 理人(セルソース株式会社)

変形性膝関節症の患者に再生医療を提供

裙本 理人(セルソース株式会社)インタビュー写真

 日本では、総人口に占める高齢者の割合は、1950年以降、上昇の一途をたどっており、2005年には10%を超え、2021年には29. 1%となった(総務省統計局)。世界で最も高い数値であるだけでなく、今後も上昇を続け、2040年には35%を超えると推計されている。

 高齢化で挙げられる健康不安の一つが、変形性膝関節症だ。これは、クッションの役割を果たす軟骨がすり減ることで膝関節に負担がかかり、炎症を起こす疾患だ。国内の推定有病者数は2,530万人(*)を超えるといわれている。この治療分野に参入したのがバイオベンチャー企業のセルソース株式会社だ。
*Yoshimura N, et al., J Bone Miner Metab 27: 620-628, 2009

「起業の際、多くの患者さんが悩んでいるのに、最適なソリューションがない疾患でターゲットを絞っていきました。変形性膝関節症の主な治療法は2つあります。一つはヒアルロン酸による治療で、定期的に整形外科に通院して膝に注射を打つので、多くの時間と健康・介護保険つまり税金が使われます。もう一つは人工関節。この治療では痛みはなくなりますが、術後の社会復帰に時間がかかることと、医療費が高額で、やはり多額の税金が使われるという問題があります。つまり、ここに大きな課題があると認識しました」

 代表取締役社長CEOの裙本理人さんは起業を意識した当時をこう振り返る。セルソースは、再生医療を行う医療機関から患者本人の脂肪組織や血液を預かり、細胞等を培養・加工するサービスを提供している。変形性膝関節症の患者に加工した細胞等を注入することで、損傷部位の早期治癒と痛みの改善を促すという。いわば第3の治療法だ。

 再生医療のための細胞の培養技術は以前より確立していたものの、医療機関が自前で細胞加工センターを設置するとなると、初期投資が大きくランニングコストもかかるため広く普及しなかった。そこでセルソースは、自社の再生医療ラボで細胞等を培養・加工して、提携する医療機関に送り届ける「セントラルキッチン方式」というサービスを展開した。

スピードと信頼は得意分野

裙本 理人(セルソース株式会社)インタビュー写真

 2005年に商社に入社した裙本さんは、2007年からロシアに赴任し、ゼロから立ち上げた木材ビジネス事業を軌道に載せた。2年後に帰国し、トライアスロンチームに入る。そこで出会ったのが、多様な職種のチームメイトだ。厳しい練習に耐え、大会の遠征で時間を共にした仲間から多くの刺激を受けた。2011年、2度目のロシア赴任で充実した日々を送る中で、機会があれば起業してみたいと考えるようになったという。

「商社の仕事はとても面白かったし、何も不満はありませんでした。だから、商社を辞めたいということではなく、自分らしく起業ができるチャンスがあるなら……という感じでした。商社に勤務する者にとっては、ビジネスチャンスを探すのは日常のことなので、新しい法律も常にチェックしていますし、いろいろアンテナを張っていました」

 そして、2014年、日本では世界に先駆けて再生医療等安全性確保法が施行された。それまで医療機関にしか認められていなかった細胞培養・加工を、企業が受託できるようになるという、再生医療を新しいステージに導く法律だった。実は、2013年に議員立法として提出されたときから、裙本さんは注目していた。それには、トライアスロンのチームメイトである山川雅之さんの存在があった。医師である山川さんから、多くの医療従事者が再生医療に期待していること、確実に市場があることを聞いていたからだ。そして山川さんと共同創業というかたちでセルソースを起業することになった。

「僕には、商社で培った企業経営や組織の構築、グローバル展開やアライアンスなどの知識と経験がある。対して、山川先生には医療行為はもちろん、自由診療に関する知識と経験があり、患者様のことや医師自身のこともよくご存知です。両方を融合することができたのが、我々の一番の強み。なによりトライアスロンをベースとして、信頼関係が培えていたというのが大きいですね」

 裙本さんにとって医療分野は未知であったが、ためらいはなかった。

「時代が進み、いかに物質的に豊かになっても、健康への興味関心は失われない。だから、永続的に医療は存在します。そして、再生医療の事業化については、法律ができたばかりでまだ市場がなかった。たとえば何かITのサービスを作るとしても、世界を見れば誰かが手掛けている可能性がありますが、この分野はまだ真っ白。一斉スタートです。これは挑戦しがいがあると思いました。ゼロから立ち上げるのだとすればスピードと信頼が勝負のカギになる。それは自分の得意分野なんです」

医師・研究者とのネットワークを構築

裙本 理人(セルソース株式会社)インタビュー写真

 2014年10月、裙本さんは商社を退職する。それから起業するまでの13か月間、整形外科の学会に参加して医学的な知見の吸収に努め、さらにその技術や成果を市場に適切に届けるにはどのような工夫が必要かを考察した。さらに、山川さんのクリニックで医療機関のバックヤードの仕組みを勉強するなど、自身の中に必要な知識や情報をインプットし続けた。とりわけ苦労したのは、事業開始後に顧客になる可能性のある医師、そして事業を行う上で欠かせない細胞加工などの分野に携わる研究者との面談だった。

「先生方はセルソースの名前はおろか、私が何者なのかもご存知ではありません。実際に患者に投与するものを作るのは、いわば医療の本丸です。そこに、医師でも研究者でもない者が再生医療に関わろうとすることに、いぶかしがられましたし、安全性や有効性についても厳しく質問され、エビデンスも問われました」

 素人が再生医療の事業を立ち上げても成功できるわけがないというのが大方の意見だった。しかし、裙本さんはそれを否定した。商社時代の成功体験があったからだ。ロシアの木材事業の担当に決まったとき、ロシア語ができるわけでも、ロシアや木材事業に詳しいわけでもなかった。しかし業務を遂行するなかで、ロシア語で現地の人たちとコミュニケーションできるようになり、木材事業の立ち上げを成功させた。

「人は誰しもスタート時点では初心者ですから。必要なことは後から勉強すればいい。それよりも大事なことは、市場の本当のニーズを見極める目を持っていること、課題を抽出して適切な解決策を作ること、そしてコミュニケーションによって信頼関係を構築していくこと。その上にビジネスが乗ってくるのだと思います。どのビジネスでも根幹のところは一緒であるという確信がありました」

 裙本さんは、学会で多くの医師の発表を聞き、そこに潜むシーズを丁寧に拾い集めた。そして、どうやってビジネス化するかを具体的に説き、医師・研究者とのネットワークを構築していった。さぞ大変だったろうと問うと「鈍感力がメチャクチャ強いんで」と笑う。

 2021年7月末現在、整形外科を中心とする提携医療機関数は910院に上る。実績も2万7千症例を超え、再生医療に取り組んでいないと遅いというムードになっている。セルソースでは、医療機関が再生医療等を提供する際に必要な申請や運用についてのサポート事業も順調で、問い合わせは後を絶たない。

発見した課題から事業を展開

裙本 理人(セルソース株式会社)インタビュー写真

 創業から赤字続きのバイオベンチャーは珍しくないが、セルソースは1期目から黒字を達成した。しかも、資金調達をせず、自身と共同創業者との2人の自己資金のみでスタートしての結果だ。裙本さんは創業時、いい会社とは何かと自問し"儲かっている会社"と定義したという。

「企業の存在意義=社会に価値を提供することとすると、提供した価値の対価としての売上を追求するのは当然で、それをマネージして利益を出すというのが事業家としてあるべき姿だと思います。外部からの資金調達をせずにゼロから会社をスタートしたのは、たとえ事業規模が小さくても利益を出してその事業が成り立っているのが美しいという考えがあるからです。」

 とはいえ、国内で初めての事業分野であるうえ、創業時はまだラボもなかった。日々、資金が目減りしていくという緊張感の中で導入したのが、コンシューマー事業だった。大手ECサイトで美顔器を販売して収益を上げ、それを再生医療事業に投資した。そして創業からわずか1年3か月で、セルソースの再生医療ラボは、厚生労働省関東信越厚生局から特定細胞加工物製造許可を取得し、早くも2期目からは再生医療事業も黒字化した。

 以来、提携医療機関の数は年々伸び、順調に細胞等の加工受託件数も増加している。売上高、純利益とも、創業以来、右肩上がりだ。確かな成長をしている理由をどう分析するのか聞いた。

「バイオベンチャーにありがちなのは"技術ドリブン"。しかし、研究室ですごい技術を開発して起業したけれども、市場では必要とされなかったということが少なからずあります。私たちの場合、変形性膝関節症の治療を求める多くの患者という確実なニーズがあった。それが一番の成功要因です。解決しなければならない課題がそこにあり、最適と思われる解決策を提案して、利用いただくことができた。これを私たちは"課題ドリブン"といっています」

 セルソースという企業としても、大きな課題解決を使命にしている。高齢化社会に伴う問題の解決、少子化に伴う問題の解決、財政問題の解決。「この3つのミッションを追求するのがセルソース」なのだと裙本さんは語る。それを実現するためにこだわっているのが、変形性膝関節症の再生医療の"自由診療"だ。

「まずは、国の税負担のない自由診療領域で診療件数の増加を目指しています。診療件数が増えれば、価格を抑えることができます。患者様にとって手の届きやすい価格になれば、利用する方が増え、多くの患者様のQOL(Quality of Life)が上がる。当社と医療機関は収益を得ることができ、納税額が増える。国も含めて全員が"WIN"になる。これは、ある意味で医療革命みたいなものです」

 その課題解決の意気込みは日本にとどまらない。裙本さんの視線の先には広い世界が広がっている。「海外では、セントラルキッチン方式を実践しているところはないと思います。当社が世界で一番細胞を培養・加工しているという自負があります」と胸を張る。セルソースでは、今後の成長戦略としてグローバル展開も掲げており、近い将来、海外の事業者とアライアンスを組んで、セルソース・モデルを世界に進出させていく目算だ。

四半期ごとの決算説明会で株主と直接対話

裙本 理人(セルソース株式会社)インタビュー写真

 創業時の目標に最短上場を掲げていた裙本さんは、2019年10月、創業3年11か月で東証マザーズに上場する。上場にあたって成し遂げなければならなかったのは業績拡大と、組織づくり、つまり内部管理体制の構築だ。その両輪を一緒にやっていくのは難しかったと振り返る。

「攻め(業績拡大)と守り(組織づくり)は表裏一体なのだと思い知りました。売上だけに気を取られて、コンプライアンスを守らないようなことをすれば、一時的に伸びても長続きはしない。適切にステップを踏んで守りを固めた土台があってこそ、その上に成り立つのが本当の攻めなのだと。上場プロセスを経て、企業としてレベルアップしたのは間違いありません」

 上場後、セルソースでは四半期ごとの決算説明会をオンラインで行っており、株主からの意見や要望、質問はメールやチャットで寄せられる。

「真のパブリックカンパニーであるためには、株主との対話は重要だと考えます。私たちは毎日顔を合わせて事業を行っていますが、株主のみなさんには私たちの動向は決算説明会の時しか見えないわけです。ですから、コンプライアンスを遵守しながら、適切な開示をし、株主と対話をするのはすごく重要です。そのためにできることは全部やろうというのが、当社のIRの考え方です」

 株主からの質問には、すべて裙本さんが答える。他の役員が登場することはない。全ての質問に彼自身が答えるのは、何より株主から信頼感を得るためだという。

「株主のみなさんからの質問に答えることは、私自身の頭の整理にも役立っていて経営に生きています。だから、3か月に1回の決算報告を楽しみにしているんです」

 セルソースでは、事業戦略をX軸、Y軸、Z軸の3軸で捉えている。これは、今は点であるビジネスが、いずれ面になり、さらに立体になるという考えだ。3次元のチャートで表現し、社員とも株主とも共有しやすいイメージを作り出している。

 X軸に挙げているのが再生医療の疾患領域の拡大。今は整形外科と産科・婦人科(不妊治療)や形成外科がメインだが、脳神経内科、呼吸器内科などに拡げていく。これが一番大きな成長戦略だ。Y軸は、地域の拡大。現在は国内のみのビジネスだが、いずれアジアやアメリカ、ヨーロッパなどに展開していく。そしてZ軸は予防医療やデータ活用などの分野への進出と強化だ。

出典:2021年10月期 第3四半期決算説明資料より

大きく成長した未来のあるべき姿を思い描いて

裙本 理人(セルソース株式会社)インタビュー写真

 裙本さんに「社長の仕事」を尋ねると、未来のセルソースを創る人材を集めることだという答えが返ってきた。たとえば10年後のあるべき姿から逆算して組織を考えているのだという。

「私たちが目指しているのは、ただの右肩上がりではなく、大きくジャンプアップするような非連続的な成長です。今の事業が"1"だとして、10年後に"100"であろうとしたら、そのために必要な組織図を考えます。すると足りない部分が見えてくるんです。例えば海外展開のための海外戦略室を作る。そして、今いる人材を当てはめていくのですが、全然足りないわけです。だから先を見据えて人材を集めることに、今は集中しています」

 さて、X軸の成長戦略の一つとして、セルソースは、2021年、プロ野球やJリーグのチームとメディカルサポート契約を結んだ。これは、ケガをした選手に対してチームドクターを介してセルソースのサービスを提供するもの。選手が安心してプレーできる環境を整えることで、チームに貢献していく。従来の治療なら長期離脱せざるを得ない怪我でも、医療を適切に提供すれば復帰を早めることができる。復帰が早まれば、選手自身はもちろん、チームにとってもメリットが大きい。

 プロスポーツ選手の早期復帰をサポートすることは、セルソースにとって社会貢献であり、同時にPR活動にもなる。選手もチームも、そして患者も再生医療等の選択肢を知るきっかけになる。これもみんなが"WIN"になる事業だ。

 実は、裙本さん自身も幼い頃から大学まで剣道で、常に高みを目指してきたスポーツマンである。今も毎朝1時間走ってから出社するのが日課で、トライアスロンも継続している。これまで通算30レース以上出場し、世界一過酷とも言われるアイアンマンも5回完走しているという。さらに、2019年12月、マレーシアで開催された第21回アジアマスターズ陸上競技選手権に、日本代表選手として出場したのだというから驚きだ。

「2019年3月にオリンピック強化選手でもあった秋本真吾選手が半月板を損傷したのですが、当社の再生医療により3か月で本格トレーニングに復帰されました。そのとき秋本選手が12月に出場するという選手権の話をしていたのですが、選考レースで勝てば日本代表として私も出場できるというんです。短距離走にも興味があったので、秋本選手たちと一緒にリレーに出ようということになりしました(笑)」

 そして、2019年8月に北海道で行われた選考レースで見事に結果を残し、陸上競技選手権でM35(35~39歳)クラスの4×100mリレーに出場することになった。セルソースの上場承認はその年の9月、そこから10月の上場までに、機関投資家に向けて行うロードショー(会社説明会)を行っていた。「この期間は結構きつかった」というものの、短距離走のトレーニングもしていた。結果はなんとアジア優勝。そんな話を、飄々となんでもないことのように裙本さんは話す。今後も裙本さんは楽しみながら、とんでもないスピードで、想像を超えたことを成し遂げていくのだろう。ビジネスでもプライベートでも、その非連続的な成長を楽しみにしたい。

(文=佐藤紀子 写真=髙橋慎一 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2021/10/11

プロフィール

裙本 理人(セルソース株式会社)プロフィール写真
裙本 理人
セルソース株式会社 代表取締役社長CEO
1982 年
兵庫県生まれ
2005 年
神戸大学発達科学部卒業 住友商事株式会社入社
2015 年
セルソース株式会社設立
2019 年
東京証券取引所 マザーズ市場へ株式上場

会社概要

セルソース株式会社
セルソース株式会社
  • コード:4880
  • 業種:医薬品
  • 上場日:2019/10/28