上場会社トップインタビュー「創」

株式会社I-ne
  • コード:4933
  • 業種:化学
  • 上場日:2020/09/25
大西 洋平(株式会社I-ne)

ベンチャーブームを彩った若い起業家に憧れ、在学中に起業

大西 洋平(株式会社I-ne)インタビュー写真

 髪は人に与える印象を大きく変える。質感、ツヤ、香りなど、髪へのこだわりは「美」を追求するうえで欠かせない。最近では男性も女性用やユニセックスの商品を使う人が増え、供給側にとってヘアケア市場は魅力的だが、それゆえに大手メーカーからは複数のブランド投入は当たり前で、売り場には競合商品がひしめく世界。埋もれて細々と残る、あるいは消えていった商品は数知れない。
 そんな世界に2000年代以降に果敢に飛び込み、2015年に発売したヘアケア商品で高いシェアと評価を獲得しているのが株式会社I-ne(アイエヌイー)だ。現在、同社の主力ブランドはボタニカルライフスタイルブランド「BOTANIST(ボタニスト)」だが、BOTANISTより3年早く発売したミニマル美容家電ブランドのSALONIA(サロニア)も若い女性を中心に幅広い支持を得て、当社の年商は280億円超にまで成長した。
 このスピードとスケール感から化粧品やトイレタリーメーカーから満を持しての独立かと思いきや、実際の様相は異なる。同社代表の大西洋平さんは、大学卒業間近の2005年に起業を考え、在学中に個人事業主として事業を立ちあげた。

「当時は、ZOZOや楽天、サイバーエージェントなどの新興企業の成長が目覚ましいベンチャーブームでした。私には若い人たちが経済を回しているように見え、起業っていいなと思ったんです。スマホの普及前で、いわゆる"ガラケー"の小窓から多くの人がいろいろな商品を買っているのが面白くワクワクしました」

 そこでまず取り組んだのはアパレルのモバイル通販。アルバイトで貯めた資金を元手に、女性の友人たちに売れるデザインをリサーチし、アパレル工場でサンプル品を30着近く作ってもらった。そのサンプルを読者モデルなどの女性に配り、ブログや雑誌で紹介してもらい、ネット通販で販売した。
 2年後に仲間を1人誘い法人を設立するが、事業は簡単には軌道に乗らず、昼は社業に励み、夜は警備員のアルバイトをこなした。その間に販売する商品は、アパレルからネイル関連商品、化粧品へと変遷していたが、自社ブランド確立までにはさらに時間を要する。

オンライン×オフラインで、激戦市場でも躍進

大西 洋平(株式会社I-ne)インタビュー写真

 徐々に世の中のEC(電子商取引)の普及にあいまって、オリジナル化粧品のモバイル通販事業が芽を出し始めた。
「ガラケーでのモバイル通販がニッチだったことも追い風でした。大手メーカーがまだ市場規模が小さかったマーケットに手を出す状況でもなく、ブルーオーシャン(競合のいない未開拓市場)だったのです」

 同社の最初の転機は、現在ヒットしているSALONIAの前身の美容家電開発・販売に着手したことにある。

「われわれのビジネスモデルの要は、オンラインとオフラインの両方で美容系プロダクトをマーケティングすることでした。多くの化粧品を企画して世に出し、徐々にオフラインである店頭にも卸し始めました。それが売上伸長のきっかけにはなりましたが、化粧品をモバイル通販で売るにあたっての薬事法(現 薬機法)に苦慮しました。次に手がけたのが、美容家電のヘアアイロンで、技術的にもシンプルです。これで一気に売上が上がり、流通チャネルを増やすことができ、今につながっています」

 その商品をもっと幅広い世代に向けて開発されたブランドがSALONIAだ。

「SALONIAの特徴は安くてオシャレで機能性が高いこと。コストパフォーマンスの良さがウケたのです。当時、ヘアアイロンは2万円くらいで売られているものが多かったのですが、当社はECで売る形態なので中間マージンがかかりません。3千円程度で販売したら一気にECサイトのランキング上位に入り、良いレビューが大量に出て、口コミやSNSで話題になり、さらに売れるという好循環が生まれました」

ボタニカルライフスタイルブランド「BOTANIST(ボタニスト)」

 しかしヘアアイロンが主力では売上80億円の壁は乗り越えられない。そう考えた大西さんは、2000億円市場であるヘアケア市場に着目した。競合も桁違いに多いが、事業をスケールアップするにはここで勝たなければいけないと、前を見据えた。

「私には勝算があったんです。なぜなら当社は基本的にECで先にマーケティングをしてしっかり仕掛け、多くの初回のお客様を獲得します。ある程度のトライアル顧客と認知を獲得できたら、その実績を持って店舗に卸していくかたちです。まだその頃は大手メーカーが直販でECを活用しているケースはほとんどありませんでした。特にECで競合のいない女性向け、中価格帯のヘアケア商品を売れば絶対成功し、その実績を持って店舗に卸せばある程度は売れると確信していました」

 こうして発売に至ったBOTANISTシリーズは、当人の予想をも超えるヒットを記録した。発売から7年、大手のブランドがひしめく激戦市場にもかかわらず、その人気はとどまるところを知らない。

秀逸なアイデアを支える独自のマーケティング投資

大西 洋平(株式会社I-ne)インタビュー写真

 同社の躍進を支えるのは、独自のマーケティング投資にある。

「BOTANISTを発売した7年前の当時、インスタグラムを使ったマーケティングは、日本では新しかったのです。でも海外メーカーはインスタからどんどんヒット商品を出していました。まずそこに投資しました。SALONIAで培ったインフルエンサーとの人脈からメイクアップアーティストやカリスマ美容師にサンプリングをすることでインスタを通じて口コミが広がり、広告費なしに日本中でバズが起こりました。これがBOTANISTのヒットの要因です」

 また、社内のトレンドハンティングチームが国内外の広告やプロダクトのトレンドを追い続けている。海外で流行ったものが日本に後れて入ってくることはよくある。マンパワーのマーケティングにとどまらず、5年前に欧州のAI関連会社と組み、KIYOKOという独自のAIツールを開発。世界中の情報をリアルタイムで把握する仕組みを作った。

「当社にとって商品企画が会社の根幹で、一番大事なのは秀逸なアイデアです。世界のあらゆる媒体から収集したビッグデータを解析し、消費者の潜在的ニーズをキャッチアップできます。KIYOKOのデータの更新はずっと続け、新商品の開発に生かしています。そこで得たデータから優秀なマーケッターが消費者ニーズを汲み取り、オンラインとオフラインのどちらにも共通するアイデアの種を見つけ出してくれます。」

 そうして集めたアイデアの種は、IPTOSという独自のブランド開発のフェーズ管理の仕組みに沿って商品化に至る。テストフェーズにあまり時間をかけず、ECで販売し売れれば広告に投資する。結果、圧倒的に早く低コストで市場に商品を出せる。他社の商品に比べて、広告投資が小さい分、商品にお金をかけている。質を求めるゆえに原価率が高いのも同社の商品の特徴の一つだという。

ブランド開発フレームワーク「IPTOS」

Chain of Happiness——お客様の幸せな体験のために

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 同社のエントランスの壁面に刻まれているのは、「Chain of Happiness」。これは大西さんが大切にしている経営理念、ミッションでもある。

 Chain of Happinessは、商品を通じて世界中を幸せにするという意味だと大西さんは語る。

「最初はお金を稼ぎたい、自由な時間がほしいと思って起業しました。ところが設立して5年目に年商10億円が見えても、幸せではなく虚しかったんです。売上や利益だけを目的に経営しても幸せではないという気づきが、当社のミッションを生みました。Chain of Happinessの中心には、お客様がいます」

 例えば「肌質のせいでシャンプー選びも慎重になっていたけど、BOTANISTは頭皮もしっかり洗えるし、髪もサラサラになって満足した」、SALONIAでは「中学生の娘のくせ毛がひどく登校を嫌がっていたが、ヘアアイロンをプレゼントしたら朝の数分でストレートヘアになって楽しく学校に行くようになった」といった生の声がECの場合は会社に届きやすい。こうした声を聞くのが大西さんや社員にとって何よりも幸せだという。

「社員には常々、われわれはただシャンプーやヘアアイロンを売っている会社ではなく、お客様の悩みを解決したり、ささやかでも幸せな体験をお贈りしたりしている会社なのだと言っています。また、Chain of Happinessには、地域社会・地球環境の幸せも含まれています」

 地球環境の幸せ、サステナビリティに対しても積極的に取り組む。まずは商品の容器をバイオマスに。商品そのものも地球環境に貢献できるものへと研究を進めている。またBOTANISTの売上の一部を使い、一般社団法人more treesの協力を得て植林、自然保護活動を続けている。2021年には北海道美幌町に「ボタニストの森」を作り、植林を通じて二酸化炭素の削減や多様性のある森林を取り戻す活動に貢献をしている。

上場がもたらした、会社を長期的に見据える高い視座

大西 洋平(株式会社I-ne)インタビュー写真

 新規上場は2020年東証マザーズ。すでに売上、知名度も高かった。そうした中でも上場を考えたのは?

「ゆっくり成長していく選択肢を取るなら、上場しなくてもよかったのですが、Chain of Happinessというミッションが後押しをしました。世界中に私たちの商品を届けて、世界中のお客様に喜んでもらいたい。そのためにはしっかり資金調達をしていかなければならない。さらには優秀な人材も必要です」

 有言実行——中国・上海に子会社を設立し、2021年からは中国の大手ドラッグストアチェーンでBOTANISTの販売を開始した。ECでは上場前から海外でも販売していたが、実店舗に広げたのは初めてだ。

 上場準備では苦労もあった。
「2017年から3年越しで上場に至りました。内部統制の整備、月次決算、連結、管理システム。これらを一気通貫でデータ連携をさせる仕組みづくりが大変でした。それ以外にも上場するためには様々な規定がありますが、2017年時点でほぼゼロスタートでした」

「それでも実際に上場して得られた効果は大きいと思います。会社の認知度が上がり、優秀な人材の採用にはプラスに働いています。資金調達面も柔軟に対応できます。何より実感しているのは、役員メンバーの視座が上がったこと。上場前は目の前のことに全力で短期勝負だったのが、上場してから長期的に物事を見られるようになりました。会社は永続的に成長を続けなければならないから、3年後、5年後どうしようという話が交わされるようになったことが一番良かったことじゃないかと思っています」

 IRは道半ばだが、チーム体制づくりから着実に進めている。当社製品のファンから当社シェアホルダーへ。そういった期待を込めて、今後、個人投資家とのコミュケーションにも本格的に取り組みたいと考えている。

3つのバリューを大切にさらに上を目指して永続的な成長へ

大西 洋平(株式会社I-ne)インタビュー写真

 社員とは3つのバリューを大事にしながら共に進んでいる。

「『Respect』『Commit』『Innovate』、この3つのバリューを持っている人が、I-neらしい人だと社員に対して発信しています。私たちは商品を全事業部横断の体制でお客様に届けています。連携の力がものをいう会社では、本部同士がRespectし合わなければ良い商品ができないし、お客様にも届きません。Commitはベンチャー企業なのでやると決めたことは絶対にやらなければ前に進めない。Innovateは『Innovation Never Ends(=I-ne)』と社名でも表明しています。大手メーカーと同じことをやっていたら一生勝てません。小さな要素でもいいので今までになかったことを取り入れていく。この3つの文化を当社では大切にしています」

 全社へのビジョンの浸透には本気で取り組んでいるという大西さん。後を追い、これから上場を目指す方へのメッセージも聞いた。
「私は上場して良かったと思っています。永続的に会社を成長させ続けるには資金やその調達手段は潤沢なほうがいい。優秀な人材が集まり、会社の認知も高いほうがいいので、上場は会社をスケールアップしていくうえで絶好の機会です。社内管理体制を整備すること自体も、会社の成長を促すものであり、無駄なことは一切なかったと思っています」

 I-neとしては、今後売上500億円、営業利益75億円を達成すると明言。さらに1000億円、2000億円規模の会社に歩を進めるには、新たな領域開発も重要になってくる。現在の得意領域であるヘアケア商品の市場拡大は続けつつ、スキンケア商品のヒットを生みたいと、2021年にはSalanaru(サラナル)というブランドをリリースした。また成長の柱として、グローバル展開で市場を大きく広げることも必要と考えている。やがては、売上の1/3を海外事業から得ることを目標にしている。さらに、既存の販売チャネルの強化にも目を向けている。自社サイトの売上に成長の余地があり、全体の中での自社ECサイトにおける営業利益率を高めることで、さらなる企業成長を図るという。

 大西さんは自身をこう称する。
「私は誰に対しても嘘はつけないタイプです。あとはいい意味で自分に自信があまりない。上場して自分はすごいと思ったことはなく、BOTANISTをヒットさせたのも自分がすごいからだとは思っていません。もっと成長していかなければいけないし、優秀な人材をもっと集めなければならないと常々思っています」

 39歳。大学在学中に憧れたベンチャー企業のトップたちと、同じくらいの年齢、同じような立場になった今も謙虚にさらなる高みを目指す。
 一方で3人の幼い子どもたちの父でもある。休日に家族で楽しむキャンプと、1人で没頭できる盆栽が趣味。盆栽は品評会にも出品する熱の入れようだ。
 家庭で小さなHappinessを積み上げながら、会社と社会で大きなHappinessの鎖をつないでいく。これからも長く続く経営者人生の中で、いくつもの新しいHappinessを生み出していくに違いない。

(文=吉田香 写真=井田公雄 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2022/02/02

プロフィール

大西 洋平(株式会社I-ne)プロフィール写真
大西 洋平
株式会社I-ne 代表取締役
1982 年
兵庫県生まれ
2005 年
大学在学中にY.B.O設立(個人事業主)
2007 年
株式会社I-ne設立 代表取締役就任(現任)
2020 年
東京証券取引所 マザーズ市場へ株式上場

会社概要

株式会社I-ne
株式会社I-ne
  • コード:4933
  • 業種:化学
  • 上場日:2020/09/25