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株式会社QDレーザ
  • コード:6613
  • 業種:電気機器
  • 上場日:2021/02/05
菅原 充(株式会社QDレーザ)

眼疾患の早期発見と視覚の補助に、新製品が続々

菅原 充(株式会社QDレーザ)インタビュー写真

 「顔に現れる体調変化と違って、目の変調は周りの人が気づきにくかった。でもこれなら、はっきり分かる」

 あるタクシー会社の社長が感激の声を上げたのは、まるで顕微鏡のような簡易視野計『MEOCHECK(メオチェック)』。ドライバーが片目ずつのぞき込むと約1分で、視野が欠ける緑内障や、夜間の視界を妨げる白内障の可能性を高い精度で判定できる。病院などで医療従事者が操作する検眼装置に比べて小型で安価、かつ短時間で検査できるのが特長だ。

 今年初めに行ったドライバーなど約100人へのテスト運用では、受診を要する眼疾患のほか、脳腫瘍が見つかる例もあり、これを機にこのタクシー会社では、治療や日中勤務へのシフトなど、安全に働き続けるための対策を取った。今後もMEOCHECKを定期健診や経過観察に活用していくという。

 「目の健康年齢がおおむね60歳と言われる中、全国に30万人弱いるタクシー運転手の平均年齢は60歳を超えています。つまり、確かな視覚が安全に直結する運転の仕事にもかかわらず、何らかの"見えづらさ"を抱える人が多い可能性があります。そこで私たちは、簡易視野計の普及と機能強化で眼疾患の早期発見を進めながら、他のバイタルデータやスマホアプリなどとも連携させ、ご自身での健康維持や医師の紹介もできるようにしたいと考えています」

 そう話すのは、MEOCHECKを開発した株式会社QDレーザの代表取締役社長である菅原充さん。かねて同社は、独自の「レーザ網膜投影技術」を生かした眼鏡型の視覚補助・支援機器(レーザアイウエア、2018年発売)で知られており、ここへ来て同技術を応用した製品ラインアップを、一気に広げている。

 日・米・欧だけで500万人以上への適応が期待されるレーザアイウエアでは、普及機と位置づけて電機メーカーと共同開発している次期モデルで10万台の販売を見込む。また、デジタルカメラのオプション装置として提供する、視覚障害があっても見やすいビューファインダー『Super Capture』のリリースも間近だ。

 さらに法人向けでは、タクシーをはじめとした運輸業界への定着を図るMEOCHECKのほか、手持ち型の小型サイズで広い視野を確保した新タイプの拡大読書機『ONHAND』が、公共図書館などの入れ替え需要を着実に取り込みつつあるところだ。

網膜に直接映像を届ける独自技術

菅原 充(株式会社QDレーザ)インタビュー写真

 「ビジリウム テクノロジー」と同社が名付けたレーザ網膜投影技術で用いるレーザーは、人工的に生みだされる光の一種だ。

 レーザーは、ある特定の色を一直線に発するのが特徴で、肉眼のレンズである角膜や水晶体に当たってもそのまま直進し、光に反応する眼底の網膜まで到達できる。つまり、目のレンズとしての機能が損なわれる白内障や屈折異常、あるいは網膜の一部が機能低下する緑内障や加齢黄斑変性症といった眼疾患があっても、レーザーであれば網膜の正常な部分に狙いを定め、色彩を直接送り届けられるのだ。

 そのため、光の三原色である赤・緑・青のレーザーを、安全に直視できるごく弱い出力で瞳孔に向けて発し、高速に細かく位置を変えながら網膜上へ"点描"していくと、残像が合成されて鮮明な視覚が回復する。さらに、同様の方法で視野全体にいくつかの点を映し出せば、見えない・見えづらい部分がないか、わずかな時間で確かめることも可能だ。

 さきに挙げたQDレーザの多彩な製品群はいずれも、こうした原理に従って光を操るさまざまな独自技術を組み合わせ、実際のニーズや利用シーンに応える機能を具現化したものだ。同社が目の健康に関わる製品開発を始めたのは、創業7年目の2012年。高出力を追求するレーザー研究の常道とはあえて真逆のアプローチから、直視できるほど弱いレーザーの活用法を探ったところ、視覚障害がある多くの人々から「見える」と反響を得たのがきっかけだった。

 そしていま網膜投影の技術は、ESGの「S」、つまり全世界で社会(Social)の課題解決につながる事業領域として、投資家からも熱い視線を浴びている。

競争力の源は"秘中の秘"

菅原 充(株式会社QDレーザ)インタビュー写真

 身近な健康と安全に貢献するビジリウム テクノロジーのほか、現在同社では、レーザー加工や通信、検査機器、センサーといった産業用途向けの半導体レーザー開発供給事業が、売上の9割を占めている。中でも特筆すべきなのが、「QDレーザ」という社名の由来でもある量子ドット(Quantum Dot)レーザーの量産技術だ。

 量子ドットとは、電子を内部に閉じ込めて余計な動きを封じられる微粒子のことで、半導体に応用すると、温度安定性や電力効率を大幅に向上できる。 QDレーザの量子ドットレーザーでは、自社生産の半導体ウエハーから切り出した各辺1ミリに満たないレーザチップの内部に、約100万のドットが均一に分散している。

 こうした量子ドットウエハとレーザチップを大量生産できるメーカーは、世界でも同社が唯一。その具体的な製法は"秘中の秘"で、特許出願さえしていない完全な門外不出のノウハウだ。

 ベンチャー企業が比類ない独自技術を持つ意義と、それが社会にもたらすインパクトを、菅原さんは次のように説明する。

 「新興国の半導体メーカーが存在感を増した現在でも、先端的な物理の知見と高度な製造技術がそろって求められる半導体レーザーの分野はなお日・米・欧の独擅場で、しかも主要なプレーヤーは、軒並み1,000億円以上の市場しか狙わない大手メーカーです。そうした中で社員60人ほどの当社は、量子ドットレーザーのような大手にも作れないデバイスと、それらを応用した製品を全世界に送り出すことで、私たちにとって十分大きい未開拓市場へのチャレンジを続けてきました。

 一般に"熱に弱い"とされる半導体デバイスでありながら、量子ドットレーザーは約200度まで正常に機能し、しかも氷点下40度からプラスの100度超までは無調整で出力を維持できる安定性を特長としています。ですから例えば、量子ドットレーザーをコンピューター内部の信号伝送に応用できれば、電気をはるかに上回る光の速さを過酷な環境下でも使えるようになり、コンピュータによる情報処理の大幅な性能向上が達成されるでしょう」

研究所からスピンオフ。「研究者と経営者の仕事は同じ」

菅原 充(株式会社QDレーザ)インタビュー写真

 幼い頃からの数学好きだったという菅原さん。父親は大学病院の勤務医だったが、自身は「血を見るのが苦手」で、むしろ量子力学など基礎研究寄りの物理分野に魅力を感じたという。やがて、特異な物性を示す「材料」に対する興味が募り、東京大学大学院の修士課程に進むころには「電気抵抗がなくなる超伝導物質などを研究するようになり、自分で買ってきた金属を混ぜて焼いては、計測を繰り返す毎日でした」と振り返る。

 1984年に大学院を修了後は、半導体の材料研究で世界をリードしていた富士通研究所に就職。以来20年余にわたり、精力的に論文を発表する研究漬けの生活を送った。

 光通信装置などへの応用を見据えて新材料の実用化に取り組んでいた同研究所は、1995年に量子ドットを発見し、レーザーの作成に成功。この研究を率いていた菅原さんがプロジェクトの要職に就いた2000年代初頭には、量子ドットレーザーでICチップ内部に光を届けるための諸技術が、一通りそろうところまで来ていた。

 しかしこの頃、ITバブル崩壊に伴う会社の方針転換のあおりを受けた研究体制の前途は、にわかに不透明さを増すようになる。文部科学省と経済産業省の支援を得て、東京大学との共同研究という形で数年間をしのいだものの、せっかく完成した技術が実用化されないままになる状況となった。

 最終的に、菅原さんは「それまで一度も考えたことがなかった」という独立の道を選ぶ。2006年4月、富士通と三井物産のベンチャーキャピタルから出資を得てQDレーザを設立し、社長に就任。「ここで実用化の芽を摘むわけにはいかない。国の支援も得た以上、きちんと形にして責任を果たすべき」との思いで決めた "スピンオフ"だった。

 ちなみに、起業当時47歳の菅原さんと同期入社だった研究所の約40人は現在、大半が大学などに移って研究職を続けているという。キャリアを積んだ40代でハイテク企業を立ち上げる起業家は米国でこそ珍しくないものの、日本で菅原さんが歩んできた道は、かなり先駆的に映る。戸惑うことはなかったかと問うと、「研究者と経営者がやることは同じですよ」と、意外なほどあっさりした答えが返ってきた。

 「企業経営では、目標を設定し、問題の背景を把握し、解決するために重要なポイントを見つけ、具体的な方法を探って試行を繰り返します。また同時に、それを実行するためのお金や人、パートナーを集めます。今振り返ると、これらはかつて研究者として論文を書くためにやってきたことと全く一緒。ですから、博士号を持つ技術者が盛んに起業するシリコンバレーの仕組みはとても理にかなっていると思いますし、日本でも研究者主体のベンチャーが上場するケースが、これからさらに増えていくと思います」

上場で得た信用を生かし、あらゆる現場を歩く

菅原 充(株式会社QDレーザ)インタビュー写真

 どれほど画期的な技術も、現実のニーズを満たして初めて、世の中に価値をもたらす存在となる。では、レーザーの独自技術に磨きをかけてきたQDレーザは、それらを実社会に生かすビジネスをどのように構築してきたのだろうか。菅原さんは、次のように語る。

 「半導体レーザーに関して私たちは、光のあらゆる波長に対応できる材料製造のノウハウと設備を持つ一方、加工や組み立ては外部に委ねる、業界唯一の"セミファブレス"の体制を採っています。これは、強みを持つ領域に集中する"水平分業"が重要と考えているためで、企業規模の割にかなり幅広い製品を手がけているのも、この仕組みによるところが大きいです。

 QDレーザは、レーザーの材料と、材料が発する光を操る設計技術に強い会社です。これらの強みを生かし、実際に何をつくるかというマーケティングでは、まず仮説を立てて、『もしこういう商品があれば使ってくれますか』と、さまざまな現場を歩いて声を聞くようにしています。いきなり仮説通りのニーズなどまずありませんが、外れた結果が意味するものを知ることが、次につながる。まさに、実社会をフィールドに実験している感覚ですね」

 ビジリウム テクノロジー関連事業拡大に向けた資金調達などを目的に、同社が東証マザーズ(現グロース)に上場したのは2021年2月。上場で実感したメリットについて、菅原さんは「いちばん大きかったのは、人の健康に関わる事業の展開にあたって『上場企業という信用』が得られ、提案や営業に対する"門前払い"がなくなったこと。レーザアイウエアで医療機器の承認を取った経験と併せて、医療分野に進出を目指すベンチャーなどから助言を求められる機会も増えました」と明かす。

 上場を契機に、現場の声を求めて歩くフィールドは一気に広がり、レーザアイウエアの販売では眼科薬の参天製薬やコンタクトレンズのSEEDと、ビューファインダーの商品化ではソニーと提携するなど、名だたるパートナーとの実績が次の協業を呼び込む好循環が生まれているという。菅原さんはさらに、「上場準備のプロセスでは私自身、コーポレートガバナンス・コードを暗唱できるほど読み込み、社内体制を強化する上で大いに役立ちました」とも証言する。

 とことん突き詰める学究肌は社長業にとどまらず、趣味のピアノで毎年コンサートを開き、今年末に20回目の節目を迎える菅原さんだが、目下最大の「マイブーム」は、やはり仕事。来年からスタートする量子ドットレーザーの量産と、それが世界に与えるインパクトに期待を寄せているという。

 「QDレーザ創業以来の目標である、『量子ドットレーザーでコンピューターチップに光で情報を届けること』と、『それにより、10年単位で100~1,000倍に増える通信需要に応えること』が、ようやく実現できそうです。2030年ごろ普及が見込まれる次世代モバイル通信の6Gでは、自動運転車1台あたり数十個あるカメラの画像データを一瞬で処理できる技術が求められ、大手半導体メーカーは既に、電気よりも伝送速度に優れた光で計算・記憶できる回路を開発しています。回路自体は発光しないので、光は外部から取り込む必要がありますが、その光を回路に直接届けられるのは、私たちの量子ドットレーザーだけ。外部から光ファイバー経由でレーザーを送る競合の方式には、必ず勝てると思います。

 もし世界中の6G通信の基地局がそろって量子ドットレーザーを採用しても、私たちが既に確立しているノウハウと既存設備の増設で、ほぼ全ての材料供給をまかなえるとみています。現在、各国の通信関連の半導体メーカー約10社に試作品を提供しているところで、採用を発表できる日を心待ちにしています」

 まだ見ぬ世界を鮮やかに描き出し、現実のものとするレーザーの本領発揮は、いよいよこれからだ。

(文=相馬大輔 写真=石渡史暁 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2022/08/25

プロフィール

菅原 充(株式会社QDレーザ)プロフィール写真
菅原 充
株式会社QDレーザ 代表取締役社長
1958 年
新潟生まれ
1984 年
東京大学大学院物理工学修士課程修了、同年富士通研究所入社
1995 年
富士通研究所光半導体研究部主任研究員、東京大学工学博士
1999 年
東京工業大学大学院電子機能システム専攻客員助教授 (兼務)
2001 年
富士通研究所フォトノベルテクノロジ研究部長
2004 年
東京大学生産技術研究所特任教授
2005 年
富士通研究所ナノテクノロジー研究センター センター長代理
2006 年
QDレーザを設立 代表取締役社長(現職)

会社概要

株式会社QDレーザ
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  • 業種:電気機器
  • 上場日:2021/02/05