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株式会社カーブスホールディングス
  • コード:7085
  • 業種:サービス業
  • 上場日:2020/03/02
増本 岳(株式会社カーブスホールディングス)

女性が楽しく通えるフィットネスクラブを作りたい

増本 岳(株式会社カーブスホールディングス)インタビュー写真

 2000年にWHO(世界保健機関)が提唱した「健康寿命」という言葉は、すっかり社会に定着したように見える。ただ長生きするだけではなく、心身ともに自立して健康的に生活できる期間を重視し、健康寿命をいかに伸ばすかに意識を向けている。その方策はいくつもあるが、とりわけ、日常的な運動とこれに伴う精神的な満足感を得ることが極めて大切であると、昨今、誰もが認識しているだろう。このような人々の要求に応えるべくサービスを提供するのがフィットネスクラブである。

 日本国内におけるフィットネスクラブの会員総数は500万人前後(*1)と、人口の約4%程度。フィットネス先進国のアメリカでは人口の約20%前後が会員となっている現状(*2)と比較すれば、日本はまだまだ伸びしろのある市場だと考えられる。時流に合わせ、利用者のニーズをきめ細かく汲み取っていければ市場規模の拡大が見込める現状。こうした背景から現在、「カーブス」が異色の存在として注目を集めている。
*1:経済産業省 大臣官房調査統計グループ調べ(2021年12月現在)
*2:国際ヘルス・ラケット・スポーツクラブ協会調べ(2018年12月現在)

 カーブスは、30分という短時間で運動をできるという手軽さと、運動の強度を調整ができ継続することでしっかり効果を実感できるプログラムが特徴だが、フィットネス界で「異色の存在」としてしばしば脚光を浴びる。それには大きく2つの理由がある。ひとつは女性に特化していること。そしてもうひとつは、50歳以上をメイン・ターゲットとしていることだ。敢えてターゲットを絞り込むことで、全国2,000以上の店舗展開に成功した。カーブスの誕生の背景について、代表取締役社長の増本岳さんは情感たっぷりにこう話した。

「カーブスはもともと米国で生まれたプログラムですが、創業者のゲイリー・ヘブンさんは13歳の時に母親を生活習慣病で亡くされているんです。そこで思い立ったのが、母のような人が通えるフィットネスクラブを作りたいということでした。誰しも一人で運動習慣を作るのはなかなか難しいもの。ですから彼は、高齢の女性でも手軽に運動ができて、なおかつ心地良く通えるクラブにしたいと考えたそうです。その話をゲイリーさんから聞いた時、非常に共感するものがありました。私自身も中学3年生の時、多忙の両親に代わって自分を育ててくれた祖母を同じように生活習慣病で亡くしていたからです。祖母のような年齢でも楽しく通えるフィットネスクラブを日本に作ることができれば、本当に素晴らしいだろうと。そのために心血を注いでみたいと考えたのです」

市場のニーズを科学的に理解するという気づき

増本 岳(株式会社カーブスホールディングス)インタビュー写真

 カーブスは2005年に日本1号店を出店し、2年後には会員数10万人を突破。その後、浮き沈みを乗り越えながら2020年3月には東京証券取引所市場第一部に上場し、今に至る。自ら「平凡な少年だった」と語る増本さんがどのようにこのオリジナリティあふれるフィットネスクラブを立ち上げ、いかに経営を軌道に乗せてきたのかは興味深いところだ。

「幼い頃、元教師だった祖母がよく本を与えてくれたんです。偉人伝の類が多く、私自身も自分の生きている証を残せるような人物になりたいと考えるようになっていったように思います。大学を卒業する頃には、普通に就職するより、自分で商売する方が性に合っているかもしれないと考えていました」

 そんな増本さんが大学卒業後に選んだのはコンサルティング会社への就職だった。この会社が入社後、10年以内に自ら事業を興すことを奨励していたのが入社の大きな動機になったという。ここで経営の基礎を学び、起業の足がかりを得ようと社会人としての道を歩み始めた増本さん。その思惑通り、コンサルティング会社での経験はその後の起業につながる多くのヒントをもたらしてくれた。

「入社後、ほどなくベンチャー・リンク社に転籍となり、ユニークなビジネスを見つけては、それをフランチャイズ化する事業に携わりました。今では誰もが知る焼肉チェーンが成長していく様子を間近で見る貴重な経験もしました。そこで学んだのは、どのようなお客様がどのような理由でこのお店を支持し、どう評価しているのかをデータによって把握する大切さです。居酒屋のような感覚で利用されているお客様が多いのでお酒やデザートのメニューを増やしていこうとか、家族連れが多いのでファミリー向けの展開をしていこうとか。データ分析の成功体験を積み重ね、強みを徹底的に強化するという経営の手法の大切さを痛感しました」

 そして増本さんにいよいよ起業のキッカケが訪れたのは2002年のこと。手掛けていた外食や小売の業界で変化のきざしを体感したことが、後の起業につながっていく。

ビジネスは世のため、人のためにあるべきもの

増本 岳(株式会社カーブスホールディングス)インタビュー写真

「2002年頃、市場が大きく変化してきていることを肌で感じ始めたんです。若者向けの市場はシュリンクするが、一方で団塊世代が高齢化していく時、健康関連などの産業が伸びていくのではないかと考え、日本や海外において中高年向けのビジネスで成功している事例を調べ始めたんです」

 そのような視点で様々な市場を見ていくと、ある企業の存在が目に止まった。日本では高齢者向けのビジネスで成長しそうな分野が介護サービスくらいしか見当たらなかったが、アメリカに目を向けてみると、当時から注目を集め始めていたカーブスに行き当たったのだ。すぐさま現地への視察という行動に出た増本さん。アメリカの店舗を何度も視察することで、カーブスへの興味は次第に日本でも成功するという確信へと変わっていった。

「アメリカの当時のカーブスは30代、40代の女性に向けた肥満解消をひとつのコンセプトとしていました。プログラムの内容も科学的な根拠に基づくものでしたし、ターゲットは女性オンリー、30分でできるという手法が理にかなっているなと感じたんです。ひょっとするとこのコンテンツはこれからの時代、日本の中高年向けに展開すれば可能性があるかもしれないとも思いました」

 さらに増本さんを突き動かした背景にはもうひとつの理由もあった。コンサルティング会社で多くの事業をサポートする中で、次第にある疑問が増幅していったのだという。

「多くの会社が短期間でフランチャイズを拡張して、わたしたちもミッションを達成しました。でも成長はするものの、急速な成長を遂げた歪みでうまくいかなくなるというケースが一定数あったんです。それで、スピーディな成長そのものに疑問を感じるようになっていきました。アメリカでカーブスを視察して感じたのは"ビジネスの原点"です。多くの店舗で会員の方に話を聞いたのですが、みなさん喜びに溢れている。悪かった膝が良くなって旅行に行けるようになったとか、持病が改善して元気な姿を孫に見せることができたとか。こうした声を聞いて、ビジネスは世のため人のために行うべきだ。カーブスを日本に持ち込んで多くの人々の役に立とうと決心しました」

 こうして増本さんが所属するベンチャー・リンクは、2005年にアメリカの総本部とマスターライセンス契約を締結し、日本での事業展開に関する権利を得る。同年7月には日本1号店がオープン。翌年には100店舗を超える出店を果たし、事業は滑り出しから快調に展開した。

スピンオフIPOによって成長を加速

増本 岳(株式会社カーブスホールディングス)インタビュー写真

 順調なスタートを切った増本さんの事業だったが、日本で展開を始めた約3年後には本体であるベンチャー・リンクの業績悪化が顕在化し、役員会で他社への売却が決定される。さらにはリーマンショックに追い打ちをかけられ、売却先探しに奔走していた増本さんは窮地に陥ってしまう。そこで頼ったのがカーブスのフランチャイジーとして関係を築いていたコシダカ(現・コシダカホールディングス)だった。そしてカラオケボックス事業を事業の柱としていたコシダカが2008年、中間持株会社のカーブスホールディングスを通じてカーブスジャパンを買収。増本さんを始め、経営陣も丸ごと、コシダカの傘下に入ることとなった。

「買収してくれる先が見当たらないという苦しい時期に、コシダカの腰髙博社長へすがる思いでお願いをしたんです。すると、腰髙さんから『あなたのことを信用しているし、カーブスには可能性がある』とおっしゃっていただけた。社内には反対意見があったとも聞きますが、腰髙さんはカーブスの成功を心の底から信じてくれていたんです。男気も感じましたし、命の恩人であるとさえ思っています」

 こうして窮地を脱したカーブスは2011年に1,000店舗を突破、2014年には1,500店舗を突破するなど次第に上昇気流に乗って、コシダカグループ傘下で事業を拡張していく。そして2018年、増本さんは腰髙社長からある提案を持ちかけられる。内容は東京証券取引所市場一部への上場、しかも日本初となるスピンオフIPOだった。スピンオフIPOとは特定の事業や子会社を独立させる事業分離のスキームとしてアメリカでは一般的だが、日本では前例がなかった。スピンオフされた企業の株式は原則的に元の会社の株主が保有することになる。

 コシダカホールディングスがこうした提案をした背景には、カーブスがさらに大きく成長する可能性を秘めていると判断したこと、そして、成長させるためには独立した経営体制をより洗練されたものに磨き上げる必要があると考えたことなどが挙げられるだろう。一方でスピンオフIPOを採用すれば、既存の株主は新規上場するカーブスの株式を現物配当として受け取れ、カーブス自身にとっても新たに市場を活用した資金調達の道が開ける。スピンオフでのIPOは両社にとって相応のメリットも想定されるとはいえ、窮地を救ってくれたコシダカグループのもとを離れることに躊躇していた増本さんだったが、「カーブスはカーブス、自分たちでやっていったほうが良い」という腰髙社長の言葉が背中を押した。

 そして2020年3月、カーブスホールディングスはコシダカグループから分離独立を果たし、東証一部への単独上場を実現する。上場の影響はどのようなものだったか、増本さんはこう話す。

「企業としての経営管理体制は確実にレベルが向上したと感じます。加えて上場前の2018年頃から、自治体や医療機関との連携が数多く展開してきたこともあって、上場はブランドの認知向上にもつながり、こうした連携を加速させることもできるだろうという判断が功を奏したと感じていますね」

カーブスの武器はコミュニケーション能力

増本 岳(株式会社カーブスホールディングス)インタビュー写真

 せっかくフィットネスクラブに入会したのだから、継続できるようにすることが運営には肝要だと増本さんは話す。カーブスのオリジナリティ、強みをさらに挙げるとするなら、それは「コミュニケーションの深さ」にあると言っていい。

「お客様から評価を得ているのは、充実したプログラムであると同時にインストラクターのサポートなんです。運動のサポートはもちろん、健康になるためのアドバイスであったり、情報提供であったり。私は常々、カーブスで働く方々に対し、仕事の半分は運動の指導で半分はコミュニケーションだと話しているんです。そのお客様が抱える悩みは、体重を落としたいのか、腰の痛みを改善したいのか。こうしたことを深いコミュニケーションによって理解し、さらには体重が落ちたら綺麗なドレスを着たいとか、腰の痛みが改善したら旦那様と山登りに行きたいといったことまで把握していく。すると、指導の中身だけでなく励まし方も変わるんですよね」

 会員が1週間以上、クラブを訪れない場合は必ず店舗から電話をし、次回の来店を確認する「ウェルカムコール」というルールも徹底。その際にも「次はいつ来られますか」と問いかけるだけではなく、介護で忙しい会員には「お母様の具合はいかがですか」といった言葉を添えて、丁寧に向き合う。増本さんがスタッフに求めるのは知識や技術の習得だけでなく、このように会員とともに歩むという姿勢だという。

苦しい時期こそ、市場の声に耳を澄ます

増本 岳(株式会社カーブスホールディングス)インタビュー写真

 近年では男性向けの「メンズ・カーブス」の展開、さらにはオンラインで気軽に参加できる「おうちカーブス」もスタートし、新たなチャレンジにも積極的だ。こうした展開も含め、カーブスの未来をどう創造していこうとしているのか、増本さんに聞いてみた。

「コロナ禍という大きなピンチに際してはオンラインフィットネスサービスを加速させ、この『おうちカーブス』が現在、好評です。また、コロナ禍という厳しい状況を経て、チェーン全体の結束も深まったと自負しています。こうして振り返ると逆境をチャンスに変えてきたというか、苦しい時期にこそ市場のニーズを見極めて正しい方向性を見出してきたということになるでしょう。創業から今まで変わらず、お客様の声を聞くということが最も大切であると思っていますし、これからも市場の声に耳を澄ますことで新たな展開を見いだせればと考えています」

 チェーンに関わる全スタッフの働きやすさにも心血を注ぎ続ける増本さん。インストラクターも全員が女性であることから子育てしながら働けるというコンセプトによって、離職率も低く抑制できている。会員だけでなくカーブスに関わる全ての人々に対する優しさ、丁寧な対応が企業の成長エンジンであり、その方針は今後も変わらないと増本さんは熱く語る。

「家庭の中において、女性が健康であり、明るいということはとても大切なことだと思うんです。私たちの事業は健康で明るい女性を応援していくということが目的であり、女性が心身ともに健全であれば周りにいる旦那さんやお子さん、親族の皆さんが笑顔でつながっていく。そう考えるとまた私自身の使命感も増し、カーブスはさらに発展していけると思えます。とてもやりがいのある仕事を続けられて、私は日々、幸せを噛み締めています」

 終始、笑顔で楽しそうに話す姿が印象的な増本さん。その優しさが原動力となり、すべての女性や社会を思いやる気持ちが会社全体に浸透することで、カーブスは前進していく。誰もが幸せになれる場所を目指して。増本さんの挑戦はまだまだ続いていく。

(文=宇都宮浩 写真=髙橋慎一 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2022/01/14

プロフィール

増本 岳(株式会社カーブスホールディングス)プロフィール写真
増本 岳
株式会社カーブスホールディングス 代表取締役社長
1964 年
神奈川県出身
1988 年
明治大学政経学部経済学科卒
1988 年
株式会社日本エル・シー・エー入社
1989 年
株式会社ベンチャー・リンク入社
2005 年
株式会社カーブスジャパン代表取締役社長就任
2011 年
株式会社カーブスホールディングス代表取締役社長就任(現任)
2018 年
株式会社カーブスジャパン代表取締役会長就任(現任)
2020 年
東京証券取引所 市場第一部に株式上場

会社概要

株式会社カーブスホールディングス
株式会社カーブスホールディングス
  • コード:7085
  • 業種:サービス業
  • 上場日:2020/03/02