上場会社トップインタビュー「創」

株式会社カクヤスグループ
  • コード:7686
  • 業種:卸売業
  • 上場日:2019/12/23
佐藤 順一(株式会社カクヤスグループ)

幾多の困難を乗り越えてこそ、新たな展開が生まれる

佐藤 順一(株式会社カクヤスグループ)インタビュー写真

 ピンク色の看板でお馴染みの酒類販売チェーン『なんでも酒やカクヤス(以下、カクヤス)』。酒類販売業を営む場合、業務用あるいは家庭用の一方にターゲットを絞るのが一般的だが、カクヤスはその両方を営む。業務用向けの配送拠点も兼ねる店舗と小型倉庫等は、東京や神奈川、大阪に171箇所(2020年3月末現在)。飲食店や家庭にとって欠かせない日常のパートナーとなっている。カクヤスの強みは、軽自動車やリヤカーなどによる驚異のクイックデリバリーである。現在では1時間でのお届けサービスを行っており、極めて迅速に顧客のニーズに対応。連結売上高は9年連続で1,000億を突破と近年、好調。コロナ禍で業務用向け販売が大きく減るなかでも、家庭用向け販売における売上が同社の経営を支える。

 創業は1921年で、100年近くも続く老舗企業。関東大震災に第二次世界大戦といった災禍や、バブル崩壊にリーマンショックといった経済危機をも乗り越え、安定した企業グループへと成長を遂げた。そんな道程を振り返り、開口一番、代表取締役社長の佐藤順一さんはこうつぶやく。

「まあ、たまたまですよ(笑)。そのときどきで止むに止まれずとか、自然と守るべき条件が生まれ出てきたとか。なにか問題があれば解決していこうという強い意志は常にありましたけどね」

 聞けば、同社の歴史は困難と打開の連続に彩られていた。次々と持ち上がる課題に対して常に真摯に思考を繰り返し、丁寧な対策を取り続けたことが今につながっていると佐藤さんは言葉を続けた。祖父がはじめた家業をどのように承継し、上場企業にまで育て上げたのだろうか。その歴史をまずは佐藤社長と振り返っていく。

親への感謝から家業を継ぐと決断

佐藤 順一(株式会社カクヤスグループ)インタビュー写真

「祖父が新潟から東京に出て、酒屋をはじめたのが始まりです。そして私が物心ついた頃、父が事業を承継しました。中学くらいから、父に『将来、どうするんだ』とよく言われるようになりました。三代目として当然、酒屋を継ぐという無言のプレッシャーを日々、感じながら育ったわけです」

 その頃のカクヤスはまだ業務販売が専門だった。高校生になった佐藤さんは、ある時、父親の会社でアルバイトをすることになった。この時、受けた印象から将来、家業は継ぎたくないという気持ちに傾いていったという。

「配達用のトラックの車内には大人向けの雑誌が積まれているし、従業員は、力はあるけど知識がないという印象を受けました(笑)。将来、そういう環境で仕事をするのは嫌だと思ったんですよね。そんな気持ちが伝わったのか、父とは段々、仲が悪くなってきまして。大学進学が迫ってきて、これを機会に家を出ようと。それで家からは通えない距離にある筑波大学を選びました」

 下宿生活中は親からの干渉も受けずに、思惑通り、自由を満喫した佐藤さん。ところが大学の4年間、ご両親はきっちり生活費を仕送りしてくれたという。そんなご両親に対して、佐藤さんのなかで次第に感謝の気持ちが芽生えるようになる。そして就職活動の時期が近づく頃、「酒屋も悪くない」という思いが湧いてきて、就職活動を一切しないと腹をくくった。

「あっさり家業を継ぎたいと伝えてしまうと、父の軍門に下ったような気分になるので、就職活動をしていないことは卒業直前まで親に内緒でした」

 そして卒業後にいよいよ父親の会社へ入社。そこから佐藤さんとカクヤスの新たな歴史がスタートしていくことになる。

マーケットの動静を洞察する力と類稀なる行動力

佐藤 順一(株式会社カクヤスグループ)インタビュー写真

 お話を伺っていると、佐藤さんからはみなぎるアイデアと行動力が感じられる。さぞや、入社直後から大活躍かと思えば、実はそうはいかなかった。酒類販売において免許は必須で参入障壁が高い。しかも、業界内に数ある組合の力はそれぞれに強く、なおかつ組合員同士の関係も緊密だった。

「要するに皆、同業他社でも仲がいいわけです。お得意さんを取った取られたということは止めようという暗黙の紳士協定があったんです。跡継ぎとして会社を成長させたいという意思がありましたので、飲食店に名刺を配ってきたことがありました。そうしたら、父から『名刺を回収して来い』と言われたんです。なんだかすごい業界だと思いましたね。これでは、業界内での地位を少しは上げることができても、ベスト10には絶対なれないなと思いました」

 いわば岩盤規制とも言える壁が立ちはだかったが、佐藤さんはひるまなかった。新規開店の飲食店を開拓すればいいと考え、営業攻勢をかけていったのだ。時はバブル絶頂期。新規開店の飲食店が増えるなか、佐藤さんの営業活動は勢いを増していく。

「とはいえ、あっちもこっちも営業はできませんので、六本木に狙いを絞ったんです。六本木に張り付いて、新規開店する飲食店は徹底的に取るというスタイルで営業し、従来8億円程度だった売上は、バブル絶頂期には15億円ほどまで上がりました。この頃は酒類販売も悪くないなと思い始めていました(笑)」

 しかし、周知の通りあっけなくバブルが崩壊。多数の新規客を獲得したはずだったのに、その店がどんどんつぶれていく。人もトラックも増やしたので赤字が増えていく。佐藤さんはなんのために営業したんだ、契約しなきゃよかったと自責の念に駆られた。加えて不良債権もつかまされて、苦しい日々が続いた。その頃、酒類のディスカウントショップが流行り出してきたので、父親が経営していたコンビニを酒店にしようと思いつく。ペンキも自分で塗って15万円程度で小さなディスカウントショップを開店した。

「スーパーよりもずっと安く売るのですから、まあ、売れる。業務用が不振に陥ってキャッシュが回らなくなりそうだったので、止むに止まれず小売販売でキャッシュを回そうという発想でしたが、それが当たったわけです」

 加えて、同社にとって後のストロングポイントとなる商品の配達をスタート。これも店舗のロケーションの問題や、人とトラックが余っていたことから始めた施策だった。かくして、配達サービス付きの酒類ディスカウントショップへと同社は変貌を遂げていくのである。それから1年ほどして佐藤さんは社長に就任した。

次々と打ち出されたカスタマーファーストの施策

佐藤 順一(株式会社カクヤスグループ)インタビュー写真

「競合は大きな駐車スペースがある郊外型の大型ディスカウント店を想定していました。だから、裏通りの道幅の狭い店にはお客様は来てくれないだろうと。それなら配達をしようと決めたわけです。商圏はだいたい1kmくらいかなと思っていました。でも、それでは見込み客の多い団地の一部が圏外になってしまう。この団地の奥まで配達するとなると、商圏は1.2kmくらいだぞと(笑)。勘と状況で商圏1.2kmが決まったのですが、今でもそれが出店時の基準値になっています」

 佐藤さんの話には数字が頻出する。同社には「価格のモノサシ」という言葉があり、いろいろな数字や条件がどこからか与えられて、基準値となっていった。同社の配達料もその例だ。そもそも、他社のディスカウントショップが配達しないのは、それが最もコスト高のサービスだからだ。カクヤスも当初は一回の配達料を300円に設定した。アルバイトの時給が1,000円程度だったことから1時間で3軒程度は配送可能と算出した結果だった。

「ところが、次第に酒屋が配達料をとるなんて聞いたことがないと言われるようになるんです。確かに商品は安いんですが、ご近所の酒屋さんは配達料をとらないので、お客様に『企業の姿勢としてどうなのか』と問われると、我々もなんとかしなければいけないと考えるようになりました」

 そこで、配達と店舗での人件費を比べてみると、配達は客単価が10倍違うので、両方とも同じくらいということが判明した。無料配達をする店は他になかったので、有料のまま押し切ることもできたが、1万円以上の注文の場合は無料にした。

「そうすると当時ビールが1ケース3,980円程でしたから、ビール2ケースでは配達料無料にならないのかと言われるようになりました(笑)。またなんとかしなければということで、5,000円以上お買い上げの場合は配達料無料に変更。これでいいんじゃないかと思ったら、ビール1ケースだと配達料無料にならないのかと(笑)。では、3,000円以上お買い上げの場合は配達料無料と、どんどん料金設定を変えていったんです」

 その頃、発泡酒が市場に登場した。相場は1ケース2,880円程であったため、3,000円以上配達料無料の設定はまたもやクレームの対象となることが予想された。そこで佐藤さんは、原則として1本から無料で配達すると決断する。顧客の声を真摯に聞きながら、カスタマーファーストのサービスをどんどん実現していった佐藤さん。その勢いは加速していく。

「東京都内、どこでも2時間」の配送のインフラ網が完成

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「お酒の市場は1996年をピークに縮小に転じました。そのインパクトは弊社にとっても少なくありませんでした。同時に酒類販売業免許の規制緩和が始まって、大型総合スーパーが酒類のディスカウントに打って出てきます。もう安さで勝負できない。価格以外で弊社を選んでいただける価値をつくらなくてはいけないと考えました。それまでの配達は、配達日をお約束していませんでしたので、全て当日配達にすることにしたのです。しかも、ご注文から2時間以内でのお届けをお約束しました。売り手側の都合はすべて取っ払ってしまい、すべてをお客様寄りのサービスにしていけばきっと選ばれるだろうという判断です」

「東京都内は2時間以内で配達」を実現するために3年間で100店舗近く出店をするが、計画通りに黒字にならなかった。このままならあと2年でつぶれるというときに気づいたのは、業務用配送にこのインフラ網を使うということだった。

「業務用配送の場合、前日に注文をいただいく計画受注・計画配送が一般的でしたが、カクヤスの店舗網を使えば、当日の夕方に注文をすれば、2時間後に冷えた酒が届く。一般家庭用に作り上げたインフラ網が、業務用に効果的に使えると気づき、都内9万件の飲食店に案内したところ、入れ食いのように(笑)お客様が弊社を選んでくださいました」

 業務用の配送に使えると気づいたときは、天からの贈り物のような気がしたと佐藤さんは顔をほころばす。決して自らの商才を誇示せず、謙遜する姿勢が印象的な佐藤さんだが、マーケットの動静を察知する洞察力と、迅速な決断、そしてなによりものごとをシンプルに考え、いかなるハードルがあろうとも必要な手を打っていくという、極めて純粋な経営手法が同社の成長を即したのは間違いない。現在では、当日注文で1時間枠でのお届けを行うなど、同業他社がマネできない施策を次々に実行していく。

健全な経営を支えるのはパブリックカンパニーというあり方

佐藤 順一(株式会社カクヤスグループ)インタビュー写真

 2019年12月には東京証券取引所市場第二部へ上場を果たすが、なぜ、創業100年近くに及ぶ安定した企業をこのタイミングでパブリックカンパニーへと変えたのか。その真意についてはこう語る。

「随分前の話ですが、一人のマネージャーが会社の経費でマイカーを購入したことがありました。ビールも積んで配達するから社用車と変わりないとは言うものの、それはいかがなものかと。こういうことが続いていくと立ち行かなくなるなと、自分を律するという意味も込め、あらゆる社員の役得を外していこうと考えたんです。その先には当然、パブリックカンパニーにしていくという考えがありました」

 とはいえ、業歴が長く、すでに経営規模も大きかったこともあり、上場準備から上場まで実に7年かかった。たとえば反社会的勢力との関係排除のための体制整備については、既存顧客についても全てに確認するため4万件ほどの取引先を1件1件、丹念にチェックしてまわるという作業も必要だった。

「反社チェックに伺うといぶかしがられたり、大手のホテルから『業者のくせに生意気だ』と反発されたり、上場まであと一年という時期は、産みの苦しみといった心境でしたね。それを乗り越えるモチベーションは2つあって、ひとつが採用の苦労です。内定承諾率が落ち込んでおり、30人採用するためにその倍以上の人数を内定しないといけない。もし内定者全員に就職したいと言われたら大変なことになるというリスクを抱えていたのです。そのような状況が上場によって打破できるとも思いました。上場後すぐにコロナの影響を受けてしまったのですが、きっとメリットがあると思っています。もうひとつは、事業承継です。非上場のままだと社長として個人保証もついていますし、簡単に承継できません。今のうちに経営を譲れる体制を整えておかなければと思ったのです」

 初めての株主総会を2020年6月に行った。予想よりも個人株主が多いと分かり、アイデアマンの佐藤さんらしく、株主優待に関しても様々な施策を検討しているとか。カクヤスらしいサービスによって、また新たな支持層を生み出すだろう。

会社全体の活力は、社長自身が仕事を面白がることで生まれる

佐藤 順一(株式会社カクヤスグループ)インタビュー写真

 数々の画期的な展開によって、創業時の事業スタイルとは大きく異なる姿に変貌を遂げた同社のDNAは、どのように受け継がれているのかについて、佐藤さんはこう答える。

「弊社には社是もたいそうな経営理念もありません。あるのはただ一つ、お客様の要望に"なんでも応えたい"という思いだけです。私は"カクヤスらしさとは?"と常に考えています。たとえば、お客様が朝6時から店舗を開けてほしいと言われたらどうするか。『大変申し訳ないですが、今の我々は力不足でそれはできませんと。でも、いつかそんなご期待にも答えていきたいと心の底から考えているので、少しお時間をいただけませんか』と答えます。これがマーケットに対する我々の姿勢です」
 
 社長になったときから「自分にしかできないことはなんだろう」と自問してきた佐藤さんが導き出したのは、大きな戦略の決断と組織風土のマネジメントだった。それに自らの時間を集中させ、任せるべきところは適材適所で即座にアサインしていく。そんなスタンスが事業効率を高め、業績を向上させる原動力ともなっている。

「以前、お客様が弊社の配送センターを見たいとおっしゃるのでお連れしました。その後、『現場の人の目があれだけ輝いていると取り引きしたくなりますね』とのお言葉をいただきました。うれしいお言葉ですよね。社員の高いモチベーションこそ、弊社にとって最大の財産であり強みなんです」

 同社は、これまで毎年数回にわけて全社員懇親会を行ってきたが、その目的は社長と社員との交流だ。佐藤さんは、社員全員に酒を注ぎに回り、言葉をかける。ほんのわずかな時間でも一対一で直接会うことが重要なのだと言う。社員が目を輝かせて仕事をするのは、次々とユニークな戦略を打ち出す佐藤さんの高揚感が、会社全体に伝播しているのかもしれない。どのようなタイミングでアイデアを思いつくのかについて、佐藤さんは最後にこう答えてくれた。

「最初は勘とか匂い。おそらくこんなサービスが喜ばれるはずだぞと。そこに計算式が入ってくるとつまらないものになっていくんです。ビール1本からでも1時間で配達します、と言えばお客様に刺さりそうじゃないですか。これを実現しようとなったらあとで計算すればいい。時には勘が外れることもありますけどね(笑)」

 社長自ら、先入観や既存の慣例に縛られず、仕事を面白がる。そんなリーダーに率いられ、成長を続けるカクヤスグループ。コロナ禍という危機を経て、同社がまたどのようなメタモルフォーゼを見せてくれるのか、楽しみでならない。

(文=宇都宮浩 写真=高橋慎一 編集責任=上場推進部"創"編集チーム)2020/09/16

プロフィール

佐藤 順一(株式会社カクヤスグループ)プロフィール写真
佐藤 順一
株式会社カクヤスグループ 代表取締役社長
1959 年
東京都生まれ
1981 年
筑波大学卒業後、カクヤス本店(現株式会社カクヤスグループ)入社
1993 年
同社代表取締役社長に就任
2019 年
東京証券取引所 市場第二部へ上場

会社概要

株式会社カクヤスグループ
株式会社カクヤスグループ
  • コード:7686
  • 業種:卸売業
  • 上場日:2019/12/23